ジョージ5世 (イギリス王)

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ジョージ5世
ジョージ5世

ジョージ5世George Frederick Ernest Albert Windsor, né Wettin, 1865年6月3日 - 1936年1月20日)は、グレートブリテンおよびアイルランド連合王国(イギリス)ならびに海外自治領(the British Dominions beyond the Sea)の国王(1927年からはグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国ならびに海外自治領の国王)、インド皇帝(在位:1910年5月6日 - 1936年1月20日)。ウィンザー朝の初代君主。エドワード7世とデンマーク王女アレクサンドラの次男。

[編集] 生涯

青年時代には兄アルバート・ヴィクターとともに海軍に所属した。兄が肺炎で急死した1892年ヨーク公に叙され、翌1893年、兄の婚約者だったメアリー・オブ・テックと結婚した。1901年、父の即位にともないプリンス・オブ・ウェールズとなる。

治世中に第一次世界大戦が勃発する。サクス=コバーグ=ゴータ家の家名がドイツ風だったため、居城にちなんで1917年ウィンザー家と改称した。

ロシア皇帝ニコライ2世は従弟であり、入れ替わっても親族さえ気付かないほど容貌もよく似ていた。ロシア革命後イギリスに亡命した皇帝の家臣がジョージ5世に拝謁した時、ニコライ2世が生きていたと思って跪いたという。また、ニコライ2世の皇后アレクサンドラも従妹、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は従兄である。つまり、従兄弟同士が第一次世界大戦で敵同士として戦ったことになる。

1921年、日本の裕仁皇太子(のちの昭和天皇)が訪英の際、ジョージ5世は親身になって世話をし、その接し方は実の父親のようであった。このときジョージ5世は皇太子に「君臨すれど統治せず」の立憲王政のあり方を懇切丁寧に教え、昭和天皇の人生に大きな影響を与えた。

ジョージ5世の死を受けて1936年1月、長男エドワード8世が王位につくが、ウォリス・シンプソン夫人との結婚の為に同年12月退位し、弟ヨーク公アルバート(ジョージ6世)に王位を譲った。

[編集] 子女

[編集] 関連項目

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ウィキクォートジョージ5世 (イギリス王)に関する引用句集があります。
先代:
エドワード7世
連合王国国王
1910 - 1936
次代:
エドワード8世