マリー=クリスティーヌ (マイケル王子夫人)

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マリー=クリスティーヌ
Marie Christine, Princess Michael of Kent
マイケル王子夫人
Princess Michael of Kent (Armistice Day 2008).jpg
マイケル・オブ・ケント王子妃(マリー・クリスティーヌ)
全名 Marie Christine Anna Agnes Hedwig Ida
身位 Princess(王子妃)
敬称 Her Royal Highness(殿下)
出生 1945年1月15日(69歳)
チェコの旗 チェコ
配偶者 トマス・トルーブリッジ(1971年 - 1973年
  マイケル・オブ・ケント1978年 - 現在)
子女 フレデリック・ウィンザー卿
ガブリエラ・ウィンザー令嬢
父親 ギュンター=フベルトゥス・フォン・ライプニッツ男爵(Günther-Hubertus, Freiherr von Reibnitz)
母親 マリア(Maria Anna Carolina Franziska Walpurga Bernadette Szapáry von Muraszombath, Széchysziget und Szapár)
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イギリス王室
Badge of the House of Windsor.svg

エリザベス2世女王
エディンバラ公爵フィリップ王配


マイケル・オブ・ケント王子妃Princess Michael of Kent[1]、全名:マリー=クリスティーヌ・アン・アグネス・ヘッドウィッグ・アイダMarie-Christine Anne Agnes Hedwig Ida)、旧名:マリー・クリスティーネ・アナ・アグネス・ヘートヴィッヒ・イーダ・フォン・ライプニッツ男爵令嬢(独 Marie Christine Anna Agnes Hedwig Ida Baronin von Reibnitz;英 Baroness Marie-Christine Agnes Hedwig Ida von Reibnitz), 1945年1月15日 - )は、イギリス王室の一員。エリザベス2世の従弟であるマイケル・オブ・ケント王子の妻。作家であり、欧州の王室について数冊の著作を持つ。

当時ナチス・ドイツ領であったズデーテン地方カールスバード(現在はチェコカルロヴィ・ヴァリ)で、敗戦が近い1945年1月15日に、ドイツ系の父ギュンター・フォン・ライプニッツ男爵と、ハンガリー人の母マリアとの間の娘として誕生した。カトリック教徒として育てられた。ちなみに母方の祖先には、フランスアンリ2世の愛妾ディアーヌ・ド・ポワチエやアンリ2世妃カトリーヌ・ド・メディシス、画家のピーテル・パウル・ルーベンスがいる。

1971年、イギリス人銀行家トマス・トルーブリッジと結婚し、1973年に離婚した。1978年、マイケル・オブ・ケント王子と再婚した。1701年王位継承法en)で『王室構成員がカトリック教徒と結婚した場合、王位継承権を失う』と定められていることによって、マイケルはイギリス王位継承権を失った。しかし、フレデリックLord Frederick Windsor)とガブリエラLady Gabriella Windsor)の子供2人はアングリカン・コミュニオンとして育てられたため、王位継承権がある。

称号・敬称[編集]

  • Baroness Marie-Christine von Reibnitz(マリー=クリスティーヌ・フォン・ライプニッツ男爵令嬢、1945年 – 1971年)
  • Baroness Marie-Christine von Reibnitz, Mrs Thomas Troubridge(トマス・トルーブリッジ夫人マリー=クリスティーヌ・フォン・ライプニッツ男爵令嬢、1971年 - 1978年)
  • Her Royal Highness Princess Michael of Kent(マイケル・オブ・ケント王子妃殿下、1978年 - )

正式には、Her Royal Highness Baroness Marie-Christine Anne Agnes Hedwig Ida, Princess Michael of Kent(マイケル・オブ・ケント王子妃マリー=クリスティーヌ・アン・アグネス・ヘッドウィッグ・アイダ男爵令嬢殿下)[2]

著書[編集]

  • 『異国へ嫁した姫君たち―ヨーロッパ王室裏面史』(Crowned in a Far Country: Portraits of eight royal brides)(時事通信社、1989年)
  • 『宮廷を彩った寵姫たち―続・ヨーロッパ王室裏面史』(Cupid and the King: Five Royal Paramours)(時事通信社、1994年)

脚注[編集]

  1. ^ 彼女は自身の権利としてではなく夫との婚姻を通じてPrincessの身位を有するため、Princess Marie-Christineではなく、夫の名に基づいてPrincess Michael of Kentと称するものであり、現に著書においてもこのように称している。著書の日本語訳では「マイケル・ケント公妃マリー・クリスチーヌ」と記されているが、本文においては、他の記事における訳例との整合性および訳語としての正確性を勘案して「マイケル・オブ・ケント王子妃」と表記している。
  2. ^ Styles and titles of Prince and Princess Michael of Kent 英国王室公式ウェブサイト