アレクサンドラ (レディ・オギルヴィ)
| アレクサンドラ Princess Alexandra, The Hon. Lady Ogilvy |
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| レディ・オギルヴィ | |
| 続柄 | ケント公爵ジョージ王子第一女子(ジョージ5世孫) |
| 称号 | オギルヴィ令夫人 |
| 全名 | Alexandra Helen Elizabeth Olga Christabel |
| 身位 | Princess(王女) |
| 敬称 | Her Royal Highness(殿下) |
| 出生 | 1936年12月25日(76歳) |
| 配偶者 | サー・アンガス・オギルヴィ |
| 子女 | ジェームズ マリナ |
| 父親 | ケント公ジョージ |
| 母親 | マリナ |
| イギリス王室 |
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オギルヴィ令夫人アレクサンドラ王女(Princess Alexandra, The Honourable Lady Ogilvy、全名:Alexandra Helen Elizabeth Olga Christabel、1936年12月25日 - )は、イギリスの王族。ケント公ジョージとケント公爵夫人マリナの長女。結婚前にはアレクサンドラ・オブ・ケント王女(Princess Alexandra of Kent)と呼ばれた。現ケント公エドワード王子は兄である。
ロンドンで誕生し、幼年時代の多くを家族のカントリー・ハウスがあるバッキンガムシャーのコッピンズで過ごした。第二次世界大戦中、アレクサンドラは祖母のメアリー・オブ・テックとともに、ボーフォート公ヘンリー・サマセット (en) の本宅バドミントン・ハウス (en) (グロスターシャー。ボーフォート公爵夫人メアリー (en) はメアリー王太妃の姪であったため)へ疎開していた。
1947年、従姉エリザベス王女とフィリップ・マウントバッテン(母の従弟に当たる)の挙式でブライズメイトを務めた。また、アレクサンドラはイギリス王女として初めて家庭教師ではなく、学校(アスコットにある英国屈指の名門女子校のヒースフィールド・スクール)で教育を受けた人物である。
1963年4月24日にエアリー伯爵の次男アンガス・オギルヴィとウェストミンスター寺院にて結婚式を挙げた。王女を妻とした場合、通常であれば伯爵位が授けられるところを、アンガスは辞退した。それは、2人の間に生まれる子供にはなんの称号も与えられないことを意味した。アンガスは1988年にナイトの称号を授けられた。夫妻は2子をもうけたが、アレクサンドラ以外は王族としての義務はない。
- ジェームズ・オギルヴィ(1964年 - )
- マリナ・オギルヴィ(1966年 - )
2007年にデビッド・オースチン社より「プリンセス・アレクサンドラ・オブ・ケント」というバラを捧げられている。
外部リンク [編集]
- Japan Hails Princess - 1961年に日本やタイなどを訪問したときのニュース映像
| 上位: ガブリエラ・ウィンザー |
イギリス王位継承順位 継承順位第 42 位 他の英連邦王国の王位継承権も同様 |
下位: ジェームズ・オギルヴィ |