マリー・フォン・ザクセン=アルテンブルク (1818-1907)

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マリー王妃と次女マリー、ヴィルヘルム・フォン・カウルバッハ

アレクサンドリーネ・マリー・ヴィルヘルミーネ・フォン・ザクセン=アルテンブルクAlexandrine Marie Wilhelmine von Sachsen-Altenburg, 1818年4月14日 - 1907年1月9日)は、ハノーファーゲオルク5世の王妃。

ザクセン=ヒルトブルクハウゼン公世子ヨーゼフとヴュルテンベルク公女アマーリエ (de) の長女として、ヒルトブルクハウゼンで生まれた。1826年、ヨーゼフは領地を交換してザクセン=アルテンブルク公となったため、一家はアルテンブルクに転居した。ロシア大公妃アレクサンドラ・イオシフォヴナ(ドイツ名アレクサンドラ・フリーデリケ)は妹である。

1843年2月、当時王太子だったゲオルクと結婚した。2人は3子をもうけた。

1866年、普墺戦争オーストリア側についたゲオルクは、敗戦後に領地をプロイセンに没収され、国王一家はオーストリアへ亡命した。そのまま帰国することはなく、マリーはグムンデン(現在のオーバーエスターライヒ州グムンデン郡の町)で死去した。