アン (イギリス王女)
| アン Anne, Princess Royal |
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|---|---|
| イギリス王女 | |
| 続柄 | エリザベス2世第1王女 |
| 称号 | プリンセス・ロイヤル |
| 全名 | Anne Elizabeth Alice Louise(アン・エリザベス・アリス・ルイーズ) |
| 身位 | Princess(王女) |
| 敬称 | Her Royal Highness(殿下) |
| 出生 | 1950年8月15日(62歳) ロンドン |
| 配偶者 | マーク・フィリップス(1973年 - 1992年) |
| サー・ティモシー・ローレンス(1992年 - 現在) | |
| 子女 | ピーター ザラ |
| 父親 | エディンバラ公フィリップ |
| 母親 | エリザベス2世 |
プリンセス・ロイヤル・アン(Princess Anne, Princess Royal;全名Anne Elizabeth Alice Louise、1950年8月15日 - )は、イギリスの王族。「プリンセス・ロイヤル」の称号を持つ。父はエディンバラ公フィリップ、母はイギリス女王エリザベス2世。兄にウェールズ公チャールズ、弟にヨーク公爵アンドルー、ウェセックス伯爵エドワードがいる。
目次 |
経歴 [編集]
ロンドンのクラレンス・ハウスで、エディンバラ公爵夫人エリザベス王女とエディンバラ公爵フィリップの長女として生まれ、1950年10月21日に、バッキンガム宮殿において、ヨーク大主教のシリル・ガーベットによって洗礼を施される。代父母には、ルイス・マウントバッテンやアリス・オブ・バッテンバーグ等がいる。
国王の孫の代における王子・王女の称号は男系の孫に限るとした曾祖父のジョージ5世の1911年の勅許状により、アンもそれまでの例にならえば単に儀礼称号の「レディ」を帯びた「レディ・アン・マウントバッテン」と名乗るはずだった。しかし母のエリザベス王女は当時王位推定相続人であり、しかも近い将来女王になることが確実だったことから、アンの兄・チャールズが生まれた直後に祖父のジョージ6世は特旨によってエリザベス王女所生の子女たちには王子・王女の身分と王室の一員である「殿下」の称号が付与されると定めていた。このためアンは生まれながらに「アン・オブ・エディンバラ王女殿下」を名乗ることになった。母がイギリス女王となったのはその2年後のことである。
幼少期は、バッキンガム宮殿やケント州の寄宿学校であるベネンデン・スクールで学んだ。1960年代後半からは公務もこなすようになった。
乗馬を得意としており、21歳の時にヨーロッパ馬術選手権大会個人の部で優勝し、1971年のBBC Sports Personality of the Yearに選出されることとなる[1]。また、4年後に西ドイツで行われた同大会でも、個人・団体の2部門で準優勝という結果を収め、1976年にはモントリオールオリンピックにイギリス代表として参加している。
家庭生活 [編集]
| イギリス王室 |
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アンは1970年にアンドリュー・パーカー・ボウルズとの交際が伝えられたが短期間で破局。その後マーク・フィリップス(Mark Phillips)陸軍少尉との婚約が成立し、1973年11月14日にウエストミンスター寺院で結婚式を執り行った。ふたりの間にはピーター(1977年誕生)とザラ(1981年誕生)の2子が生まれている。
フィリップスは平民の出身だったが、かつてエリザベス女王の妹マーガレット王女がやはり平民のアンソニー・アームストロング=ジョーンズ(Antony Armstrong-Jones)と結婚した際には夫君が「スノードン伯爵」に叙爵された先例があることから、フィリップスも結婚と同時に叙爵されることが予想されていた。しかしアンが将来生まれる子供たちを普通に育てたいと希望したことから、フィリップスの叙爵は沙汰止みとなった。その後、アンがエリザベス女王にとって初孫となるピーターを出生した際にも女王からは特にピーターを叙爵することが打診されたが、アンはやはりこれを辞退したと伝わる。この結果、ピーターは歴代君主の直系の孫としては約500年ぶりに何の貴族称号も持たない人物となった。
夫妻はグロスタシャーのギャトコム・パークに居を置いたが、1992年4月23日に離婚した。
アンは離婚から約6ヵ月後の同年12月12日にティモシー・ローレンス(Timothy Laurence)海軍中佐と再婚した。王族の離婚・再婚は違憲ではないものの、離婚は勿論のこと離婚を経験した人間が再婚することを更なるタブーとしたイングランド国教会の保守性により、2度目の結婚式は再婚に鷹揚なスコットランドの教会で質素に行われた。ローレンスとの間に子供は生まれなかった。
ローレンスは2007年に海軍中将に進級し、2011年8月に現役を退いた。前夫と同じようにローレンスもアンとの結婚に際して叙爵されることはなかったが、2011年6月14日にロイヤル・ヴィクトリア勲章ナイト・コマンダーに叙せられ、ナイトの称号とサーの敬称を許されている。
その他 [編集]
- 200以上のチャリティー活動に関わっており、1970年から『セーブ・ザ・チルドレン』の会長職にある。
- スポーツ振興に対する支援にも熱心で、パトロンとしてラグビースコットランド代表を支えている。シックスネイションズのスコットランド戦にはたびたび観戦に訪れている。
- 陸軍での従軍経験があり、戦車の操縦を担当していた。
- リライアント・シミターGTのオーナーであったことが知られる。
- 2008年開催の北京オリンピック開会式に、夫妻で出席した。
称号および敬称 [編集]
- 1950年8月15日 – 1952年2月6日
- アン・オブ・エディンバラ王女殿下(Her Royal Highness Princess Anne of Edinburgh)
- 1952年2月6日 – 1973年11月14日
- アン王女殿下(Her Royal Highness The Princess Anne)
- 1973年11月14日 – 1987年6月13日
- マーク・フィリップス夫人アン王女殿下(Her Royal Highness The Princess Anne, Mrs. Mark Phillips)
- 1987年6月13日 -
- プリンセス・ロイヤル殿下(Her Royal Highness The Princess Royal)
脚注 [編集]
- ^ ちなみに、娘のザラも2006年に行われた同大会の同部門で優勝している。
| 上位: ルイーズ・ウィンザー |
イギリス王位継承順位 継承順位第 10 位 他の英連邦王国の王位継承権も同様 |
下位: ピーター・フィリップス |