アレクセイ・ニコラエヴィチ (ロシア皇太子)
アレクセイ・ニコラエヴィチ・ロマノフ(Алексей Николаевич Романов / Alexei Nikolaevich Romanov, 1904年8月12日 - 1918年7月17日)はロシア皇帝ニコライ2世の第一皇子、ロシア帝国最後の皇太子。正教会で聖人(新致命者)。
[編集] 生涯
ニコライ2世とアレクサンドラ皇后の第五子、第一皇子として生まれる。夫妻の待望の皇太子で、家族、とりわけ母アレクサンドラから溺愛された。しかし先天的に、母親を通じてイギリスのヴィクトリア女王の家系から遺伝的にもたらされた血友病の患者としての誕生であった。それゆえ、生命の危険に晒されることもしばしばあったという。しかし、皇太子の血友病の事は極秘であった為、皇帝夫妻の親しい友人でさえその事を知らなかった。様々な病気の治療者として評判になっていたラスプーチンが皇太子の血友病の治癒を行ったため、皇帝夫妻のラスプーチンに対する信頼は揺るぎないものとなった。
1917年3月、ロシア革命により父ニコライ2世が退位する際、ニコライはアレクセイの健康を理由に継承権を放棄させ、弟のミハイル大公に帝位を譲ろうとしたが、ミハイルには身の安全が保障されない事を理由に辞退された。翌年7月17日、父母と4人の姉(オリガ皇女、タチアナ皇女、マリア皇女、アナスタシア皇女)や4人の従者と共に銃殺された。13歳。
[編集] 死後
元皇帝一家の遺骸は長らく行方がわからず、一部には生存逃避行説も流れたが、70年以上たった1989年、銃殺され埋葬された遺骨が発掘され、1991年に改葬された。しかし、アレクセイとマリアの遺骨は発見されず捜索が続けられた結果、2007年8月にエカテリンブルク近郊で2人のものと思われる遺骨が発見された。DNA鑑定を行い、2008年4月、「遺骨はアレクセイとマリアのもの」と公表された。またこの2つの遺体は切られた跡があるために焼却する前にバラバラにされた可能性があるという事実がわかり、かなり残酷な殺され方をした事も判明した。
[編集] 外部リンク
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