ウィンザー朝

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バッキンガム宮殿のバルコニーに姿を現したウィンザー家の人々(2013年6月15日)

ウィンザー朝は、1917年に始まる現在のイギリス王朝サクス=コバーグ=ゴータ朝の後身。ハノーヴァー朝の後身と見なされることもある。

歴史[編集]

ウィンザー家House of Windsor)の元の家名(王朝名)はサクス=コバーグ=ゴータ家(House of Saxe-Coburg-Gotha)といった。これはヴィクトリア女王の夫(王配アルバートの家名(その英語形)であった。アルバートはドイツザクセン=コーブルク=ゴータ公エルンスト1世の息子であったが、この家系からはベルギーブルガリアポルトガルの王家も出ている。

第一次世界大戦中の1917年ジョージ5世は敵国ドイツ領邦であるザクセン=コーブルク=ゴータ公国の名が冠された家名を避け、王宮のあるウィンザー城にちなんでウィンザー家と改称し、かつ、王家は姓を用いないとの先例を覆してウィンザーを同家の姓としても定めた。そのため、1917年以降は現在の女王エリザベス2世にいたるまでをウィンザー朝と称し、かつ、その構成員は(必要がある場合には)ウィンザーの姓を用いる。ただし、ヴィクトリア女王の血統が断絶したわけではないので、いずれもハノーヴァー朝の継続と見なされることがある。ハノーヴァー朝以来代々の王位継承者の配偶者はドイツ人やドイツ系の王族が迎えられることが多かったが、エドワード8世がアメリカ人女性ウォリス・シンプソンとの結婚問題から退位し、代わって王位に就いたジョージ6世の妃エリザベスグレートブリテン王国成立以降で初の同国出身の王妃となった。現王太子チャールズの元の妃ダイアナ、現在の妃カミラもまた同国出身である。

なお、1960年にエリザベス2世と夫フィリップ・マウントバッテン(Philip Mountbatten)公の間に生まれる子の姓をマウントバッテン=ウィンザー(Mountbatten-Windsor)とする枢密院令が発せられた。もっとも、家名(王朝名)が変更されたわけではないため、現状を前提とすればチャールズ王太子が即位してもその家名(王朝名)はウィンザーのままであり、姓のマウントバッテン=ウィンザーとはずれが生じることとなる。

歴代君主[編集]

サクス=コバーグ=ゴータ朝[編集]

この時代はウィンザー朝には含まれないことになるが便宜上挙げておく。

ウィンザー朝[編集]

1917年に家名をウィンザー家と改称。

1922年にアイルランド自由国がイギリス(グレートブリテンおよびアイルランド連合王国)から分離し、1927年以後イギリスの正式国名はグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国となった。

系譜[編集]

関連項目[編集]