エドワード・オーガスタス (ケント公)

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ケント・ストラサーン公爵エドワード・オーガスタス王子(1818年)

エドワード・オーガスタス(The Prince Edward Augustus, Duke of Kent and Strathearn, 1767年11月2日 - 1820年1月23日)は、イギリスジョージ3世の四男でヴィクトリア女王の父。ケント・ストラサーン公およびダブリン伯。

1817年に摂政王太子ジョージの一人娘シャーロット・オーガスタが死去すると、ジョージの弟たちは王位継承者たるべき嫡出の子をもうけるため相次いで妻を迎えることになった。エドワードも、それまで何人もの愛人を抱えながらも結婚はせずに通していたが、1818年にシャーロットの夫レオポルド公子(後のベルギー国王レオポルド1世)の姉、ザクセン=コーブルク=ザールフェルト公女ヴィクトリアと50歳で結婚した。ヴィクトリアはこの時32歳であったが、1814年に10年余り連れ添った最初の夫ライニンゲン侯カールと死別していた。

翌1819年にアレクサンドリナ・ヴィクトリアを得たが、1820年にエドワードは生後8ヶ月のこの一人娘を残して死去した。

関連項目[編集]

以下の地名がエドワードにちなんで名づけられた。