プリンスエドワードアイランド州

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プリンスエドワードアイランド州
: Prince Edward Island
: Île-du-Prince-Édouard
プリンスエドワードアイランド州の旗
州旗
モットー: ラテン語:"Parva Sub Ingenti"
(英語:The Small Protected By The Great
プリンスエドワードアイランド州の位置
基本データ
州花 アツモリソウ
Pink Lady's Slipper
州木 アカガシワ
Red Oak
州鳥 アオカケス
Blue Jay
州都 シャーロットタウン
最大の都市 シャーロットタウン
州の公用語 英語(事実上)
面積
 - 総計
 - 陸地
 - 水域(割合)
最高標高
(国内第13位)
5,660 km²
5,660 km²
0 km² (0%)
142 m
人口2011年
 - 総計
 - 人口密度
(国内第10位)
140,204
24.77 人/km²
GDP2011年
 - 州合計
 - 1人当たり
(国内第10位)
53億5,300万[1]カナダドル
3万6,740カナダドル
連邦政府加入
 - 順番
 - 加入年月日

8番目
1873年7月1日
時間帯 大西洋標準時(AST、UTC-4
大西洋夏時間(ADT、UTC-3
郵便コード
郵便番号
ISO 3166-2:CA
PE
C
CA-PE
公式サイト www.gov.pe.ca
行政
副総督 フランク・ルイス英語版
州首相 ロバート・ギズ英語版:自由党
カナダ議会
 -下院議席数
 -上院議席数

4
4
「赤毛のアン」の家のモデルになったグリーンゲイブルズ

プリンス・エドワード・アイランド州: Prince Edward Island, PEI: l'Île-du-Prince-Édouard, Î.-P.-É.)は、カナダの1つ。カナダの州のなかで面積、人口共にもっとも小さい。

歴史[編集]

この島には元々先住民族である「ミクマク族(Micmacs、Mi'kmaq)族」が暮らしており、島の名前を「アベグウェイト(波の上のゆりかごの意)」としていた。

アカディアの一部としてのフランス領時代には「サン・ジャン島」と呼ばれていたが、1758年フレンチ・インディアン戦争七年戦争)で英軍が占領すると、英語式にセント・ジョン島と呼んだ。1798年ジョージ3世の第4王子で当時ハリファックス駐在の英軍を指揮していたケント公エドワードにちなんで、プリンス・エドワード島と改称された。ケント公エドワードはヴィクトリア女王の父にあたる。

1864年9月に「シャーロットタウン会議」が開催され、1867年連邦制発足とカナダ独立に向けての話し合いが行われた。しかしニューファンドランド州と共にプリンスエドワードアイランドは連邦に加盟せず、独立した植民地となるか、アメリカ合衆国の一部になるかの検討をしていた。1870年代には鉄道の敷設を開始したが、成功せず多額の負債が残った。この負債を相殺すると共に、本土との蒸気船交通の確保等の条件により、プリンスエドワードアイランドは1873年7月1日に連邦政府に加盟した。

地理[編集]

州はセントローレンス湾プリンスエドワード島で構成され、同様にカナダ沿海州であるニューブランズウィック州とはノーサンバーランド海峡で隔てられる。ただし、この海峡には1997年コンフェデレーション橋Confederation Bridge)が架けられ、プリンスエドワード島ボーデン=カールトンBorden-Carleton)とニューブランズウィック州のケープ・ジューリマン(Cape Jourimain)とを結んでいる。 州都は島の南岸の中央部に位置する同州最大の都市、シャーロットタウンである。

行政[編集]

主な都市[編集]

州内の郡[編集]

経済[編集]

漁業は主にロブスター漁が盛んで、農業はジャガイモの生産が盛ん。島にはジャガイモ畑が広がっている。また観光産業も盛んで、観光客は急増している。美しい海岸と牧歌的な田園風景、プリンスエドワードアイランドの文化などが観光の目玉となっている。本土とは、ノーザンバーランド海峡に架かるコンフェデレーション橋で繋がれ、1時間に4000台の車が通行できる。また、フェリーもある。その一方で犯罪の増大や、美しい海岸がリゾート開発で荒らされるなどの自然破壊の懸念、不安もある。L・M・モンゴメリの「赤毛のアン」の舞台となった北東部ではその心配は今のところはないようで、日本人による赤毛のアンの故郷を訪ねる観光客は増えているが、なるべく赤毛のアンのイメージを壊さないように努力している。年間1万2000人をも上まわる日本人観光客の多くは赤毛のアンのファンの女性が多い。[要出典]

先住民のミクマク族は社会的、経済的にもあまり恵まれておらず、ミクマク族の4割は失業中か生活保護を受けて暮らしている。観光業で働くミクマク族はほとんどいないが、ミクマク族の文化・歴史を伝える展示などを企画したりしている。

文化[編集]

この島の特産はジャガイモであるが、それ以上に児童文学者L・M・モンゴメリによる「赤毛のアン」などの作品の舞台として有名である。現在でも「赤毛のアン」が書かれた当時の文化が残っており、多くの観光客が訪れる。

1763年ごろから、アカディア人が大規模追放Great Upheaval)された先から旧アカディアに帰還しはじめ、プリンスエドワード島南西部のエグモント・ベイ(Egmont Bay)、モント・カーメル(仏発音:モン・カルメル Mont Carmel)などに定住した。同地域には今日もフランス語を母語とするアカディア人の自治体が存続し、観光スポットにもなっている。

州内の風景
州内の風景

言語[編集]

2006年のカナダ国勢調査による各言語の母語話者数は以下の通り。英語話者が大多数を占めている。

順位 言語 人数 %
1. 英語 120,260 91.8%
2. フランス語 10,345 6.0%
3. オランダ語 865 0.6%
4. ドイツ語 275 0.2%
5. スペイン語 220 0.2%
6. 中国語 190 0.1%
7. アラビア語 150 0.1%
8. ハンガリー語 120 0.1%
9. ミクマク語 90 0.1%
10. 日本語 80 0.1%
11. ポーランド語 70 0.1%
12. 韓国語 65 0.1%

交通[編集]

1924年まで、プリンスエドワード島では車は左側通行となっていた。

コンフェデレーション橋は、島から出るときのみ通行料がかかる。現在の乗用車料金は41.50カナダドル。歩行者と自転車は立ち入りを禁止されているが、シャトルバスに乗ることができる。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Gross domestic product, expenditure-based, by province and territory (2011)”. Statistics Canada (2013年11月19日). 2013年9月26日閲覧。

外部リンク[編集]