フランツ (ザクセン=コーブルク=ザールフェルト公)

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ザクセン=コーブルク=ザールフェルト公フランツ

フランツ・フリードリヒ・アントン(Franz Friedrich Anton, 1750年7月15日コーブルク - 1806年12月9日、コーブルク)はザクセン=コーブルク=ザールフェルト公(在位:1800年 - 1806年)。ベルギーイギリスブルガリアの王家となったザクセン=コーブルク=ゴータ家の共通の祖である。

ザクセン=コーブルク=ザールフェルト公エルンスト・フリードリヒと妃ゾフィー・アントイネッテ(父はブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル公フェルディナント・アルブレヒト2世)の長男として生まれた。父の死により1800年に公位を継承し、6年後の1806年に死去した。

結婚と子女[編集]

1776年3月6日ザクセン=ヒルトブルクハウゼン公エルンスト・フリードリヒ3世カールの娘ゾフィーとヒルトブルクハウゼンで結婚したが、同年10月28日に死別した。

1777年ロイス・エーベルスドルフ伯ハインリヒ24世の娘アウグステエーベルスドルフで結婚した。2人の間には9子(死産を除く)が生まれた。

系譜[編集]

フランツ 父:
エルンスト・フリードリヒ
祖父:
フランツ・ヨシアス
曽祖父:
ヨハン・エルンスト (ザクセン=コーブルク=ザールフェルト公)
曽祖母:
シャルロッテ・ヨハンナ(ヴァルデック=ヴィルドゥンゲン伯女)
祖母:
アンナ・ゾフィア
曽祖父:
ルートヴィヒ・フリードリヒ1世 (シュヴァルツブルク=ルードルシュタット侯)
曽祖母:
アンナ・ゾフィア
母:
ゾフィー・アントイネッテ[1]
祖父:
フェルディナント・アルブレヒト2世 (ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル公)
曽祖父:
フェルディナント・アルブレヒト1世 (ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル=ベーヴェルン公)
曽祖母:
クリスティーネ・ヴィルヘルミーネ(ヘッセン・エシュヴェーゲ方伯女)
祖母:
アントイネッテ・アマーリエ[2]
曽祖父:
ルートヴィヒ・ルドルフ (ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル公)
曽祖母:
クリスティーネ・ルイーゼ(エッティンゲン候女)

[1]の次兄アントン・ウルリヒは、ロシア女帝の後継者と見なされていたアンナ・レオポルドヴナと結婚。ロシア皇帝イヴァン6世の父。長姉エリーザベト・クリスティーネは、プロイセン王フリードリヒ2世妃であり、次姉ルイーゼ・アマーリエはプロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム2世の母となった。末妹ユリアーネ・マリーデンマークノルウェーフレデリク5世妃。

[2]の長姉エリーザベト・クリスティーネは、神聖ローマ皇帝カール6世の皇后であり、マリア・テレジアの母である。

先代:
エルンスト・フリードリヒ
ザクセン=コーブルク=ザールフェルト公
1800年 - 1806年
次代:
エルンスト1世