日立サンロッカーズ東京

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日立サンロッカーズ東京
Hitachi SUN ROCKERS Tokyo
所属リーグ 日本の旗 NBL
創設年 2000年
本拠地 東京都
アリーナ 大田区総合体育館
Ota city general gymnasium.jpg
チームカラー
企業 日立製作所
公式サイト [1]
ユニフォーム
Kit body thinblacksides.png
ホームジャージ
Kit shorts blacksides.png
チームカラー
ホーム
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アウェイジャージ
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チームカラー
アウェイ
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日立サンロッカーズ東京 (HITACHI SUN ROCKERS TOKYO) は日立製作所が運営するバスケットボールチームである。ナショナル・バスケットボール・リーグ(NBL)に所属しており、多くの選手は嘱託(セミプロ)契約を結んでいる。本拠地は東京都。チームカラーは黄で、全国タイトルは計20回(全日本総合1回・国体13回・全日本実業団6回)。

概要[編集]

クラブ理念[編集]

・日立サンロッカーズは、日立製作所が所要する企業スポーツクラブであり、バスケットボールに関連したその活動は、未来の子どもたちに夢や希望を与え、これからの豊かな社会を創造し、社会貢献に通じるものではなくてはならないと考えている。

その根底にあるのは、日立がよき企業市民として社会の要請と信頼に応え、豊かな人間生活とよりよい社会の実現に貢献することを理念としており、「教育」「環境」「福祉」の3分野において持てる資源を最大限に活用し、次なる時代の変革を担う「人」を育む活動を中心に、いきいきとした社会の実現を目指していることにある。

日立はモノづくりをしている会社ですが、モノづくりには人づくりが大変重要であると認識しており、人の成長にスポーツがもたらす効果は計り知れません。それは体力や健康ばかりではなく感性や協調性に集中力や決断力、また人々の生活に頼みや喜びや潤いを与えられるのがスポーツです。

日立サンロッカーズは、バスケットボールというスポーツを通じ次世代を担う人材育成に寄与していきます。

活動基本方針[編集]

1.トップリーグに所属するクラブとして、強く、そして信頼されるクラブを作り目指す。

2.企業スポーツ活動を通じて、シンボリックで、地域や日本を代表するプレーヤーやスタッフを輩出し、常に革新的で他をリードするバスケットボール・プログラムの構築にまい進する。

3.社会を創っていく一員であることを認識し、将来を担う子供たちを営む活動を中心に、社会貢献活動に全力を尽くす。

チーム名の由来[編集]

"太陽(リング)を揺らす"激しいダンクを狙い撃つ集団

概略[編集]

2000年のプレスーパーリーグに合わせて社内にあった2チーム(日立本社ライジングサン日立大阪ヘリオス)が統合される形で創部された新しいチームである。ホームゲームは国立代々木第二体育館など東京都内の他、柏市日立柏サッカー場があることから)、茨城県内(茨城県は日立製作所の発祥の地であることから)でも開催する。特に柏市では同地を本拠地とする女子チーム「JX-ENEOSサンフラワーズ」と合同で「柏市バスケットボール教室」を開いている。日立大阪からの流れでスーパーリーグ時代には大阪府を中心とする近畿地方でホームゲームを開いたこともあった。

前身の日立本社・大阪時代を含めて、国体以外の単独チームによる全国大会(リーグ、オールジャパン等)のタイトルを2014年まで手にしていなかった。しかし、2008-09シーズンはオールジャパン・リーグで初の決勝進出、2009-10シーズンではオールジャパンで2年連続の決勝進出(3戦ともアイシンに敗れて準優勝)を果たしている。そして2015年のオールジャパンでは悲願であった初優勝を果たし、チームとしては初のタイトルを手にした。

2013年ナショナル・バスケットボール・リーグ参戦に伴いチーム名を「日立サンロッカーズ東京」とする。東京と柏のダブルフランチャイズとする。

オフィシャルDJはパトリック・ユウ

成績[編集]

旧JBL[編集]

年度 リーグ ディビジョン レギュラーシーズン セミファイナル ファイナル 最終結果
順位
2000 日本リーグ SL 34 6 15 7位 --- 7位
2001 スーパーリーグ 1 2 19 8位 --- 8位
2002 2 8 13 7位 --- 7位
2003 3 11 17 7位 --- 7位
2004 4 8 20 8位 --- 8位
2005 5 15 11 4位 1 2 --- 4位
2006 6 11 13 5位 --- 5位

JBL[編集]

年度 リーグ レギュラーシーズン セミファイナル ファイナル 最終結果 HC
順位
2007-08 JBL 1 16 19 6位 --- 6位 小野秀二
2008-09 2 23 12 2位 2 1 1 3 準優勝
2009-10 3 23 19 4位 0 2 --- 4位
2010-11 4 16 20 5位 震災のためプレイオフ実施せず
2011-12 5 24 18 3位 0 2 --- 3位
2012-13 6 22 20 4位 0 2 --- 4位

NBL[編集]

年度 レギュラーシーズン カンファレンス
セミファイナル
カンファレンス
ファイナル
ファイナル 最終結果 HC
順位
2013-14 1 18 36 東5位 --- 8位 ティム・ルイス
年度 レギュラーシーズン カンファレンス
クォーターファイナル
カンファレンス
セミファイナル
ファイナル 最終結果 HC
順位
2014-15 2 45 9 東1位 2 0 0 2 --- 3位 マイケル・オルソン

獲得タイトル[編集]

監督陣と選手[編集]

チームスタッフ[編集]

  • ヘッドコーチ: マイケル・オルソン
  • アシスタントコーチ: 金田詳徳
  • ストレングスコーチ: 柴田宗範
  • アスレティックトレーナー: 松田直晋
  • チームドクター: 金勝乾
  • 通訳兼オペレーションディレクター: 宮野陣
  • マネージャー(渉外): 松岡翔太
  • マネージャー(総務): アセニヨス・ケネス

選手[編集]

(2015年9月16日現在)

No. 名前 ポジション 生年 身長、体重 出身 前所属
0 満原優樹 F/C 1989 198cm、102kg 神奈川県 東海大学
1 木下博之 G 1980 177cm、71kg 大阪府 和歌山トライアンズ
2 川嶋勇人 G 1990 185cm、85kg 京都府 関西学院大学
7 伊藤駿 G 1990 176cm、73kg 宮城県 青山学院大学
10 アキ・チェンバース G 1990 190cm、85kg アメリカ合衆国 浜松・東三河フェニックス
15 竹内譲次 F/C 1985 207cm、98kg 大阪府 東海大学
24 広瀬健太 F 1985 193cm、90kg 島根県 パナソニックトライアンズ
28 酒井泰滋 F 1984 190cm、88kg 長崎県 慶應義塾大学
33 アイラ・ブラウン F 1982 193cm、105kg アメリカ 富山グラウジーズ
39 藤高宗一郎 F 1991 189cm、88kg 大阪府 関西大学
42 ジョシュ・ハイトベルト F/C 1986 211cm、113kg アメリカ ゴンザガ大学

永久欠番[編集]

過去の主な所属選手[編集]


脚注[編集]

  1. ^ 菅裕一選手のNO.11を永久欠番に制定 - トピックス 2010年8月9日

外部リンク[編集]