アキタ電子システムズ

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日立製作所 > 日立超LSIシステムズ > アキタ電子システムズ
株式会社アキタ電子システムズ
Akita Electronics Systems Co.,Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
010‐1231
設立 1969年4月1日(49年前) (1969-04-01
業種 電気機器
事業内容
代表者 吉田昌弘 (代表取締役)
資本金 ¥98百万
売上高 ¥1,510百万 (2013年度)
従業員数 225人 (2013年4月1日)
所有者 日立超LSIシステムズ
関係する人物 吉崎和夫
外部リンク http://www.akita-elec.co.jp/index.html
特記事項:2014年4月1日に日立超LSIシステムズに吸収合併にされて解散した
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アキタ電子システムズ(アキタでんしシステムズ、Akita Electronics Systems)はLSI回路設計やソフトウェア設計開発を事業とする電気機器製造会社である。

同社は吸収合併によって既に解散している。

詳細[編集]

アキタ電子システムズは1969年4月1日日立製作所国際電気(【現】日立国際電気)の出資アキタ電子として設立された。 同社が最初に建設した『天王工場』はトランジスターバイポーラICおよびMOSメモリLSI生産拠点となっていた。 1982年に建設された『雄和工場』は、DRAMの生産拠点となり、1991年にICやLSIおよびメモリモジュールやカードの生産も開始された。 また、同社は1989年に『開発センター』[A 1]を建設してソフトウェアやLSIの設計にも事業を拡大している。

アキタ電子は、1996年に子会社となるアキタエレクトロデバイスを設立し、一時は従業員が1000人を超えて資本金も数億円規模であった。 しかし、2001年には、『天王工場』が閉鎖されて、アキタ電子の製造部門は『雄和工場』に集約された。 また、2002年には大規模再編およびアキタ電子システムズへの改称が行われ、同年の『雄和工場』のアキタセミコンダクタとしての子会社化[A 2]を経て、2006年には秋田エルピーダメモリへの『雄和工場』(LSI後工程事業)の譲渡が行われた。 さらに、アキタ電子システムズは、2001年の日立製作所による完全子会社化[R 1]を経て、2008年に「効率的な事業運営」や「一体運営」を目的に日立超LSIシステムズの子会社となり[R 2][R 3]、2014年4月1日には同社に吸収合併にされ[R 4]て解散した。

沿革[編集]

  • 1969年4月1日 ‐ 日立製作所と国際電気の出資でアキタ電子として設立される
  • 1969年4月 ‐ 『天王工場』の操業開始・『天王工場』におけるトランジスターの生産開始
  • 1970年 ‐ 『天王工場』におけるバイポーラICの生産開始
  • 1978年 ‐ 『天王工場』におけるメモリの生産開始
  • 1982年 ‐ 『雄和工場』の操業開始・『雄和工場』におけるDRAMの生産開始
  • 1989年 ‐ 『開発センター』[A 1]の建設とソフトウェアやLSIの設計事業の開始
  • 2001年3月30日 ‐ 日立製作所の完全子会社となる[R 1]
  • 2001年 ‐ 『天王工場』の閉鎖・『開発センター』への本社機能の移転
  • 2002年 ‐ 人員と設備の大規模削減
  • 2002年4月 ‐ アキタ電子システムズへの改称・『雄和工場』のアキタセミコンダクタとしての子会社化[A 2]
  • 2004年4月 ‐ 日立製作所によるグループ経営への参画
  • 2006年10月1日 ‐ 秋田エルピーダメモリへの『雄和工場』(LSI後工程事業)の譲渡(アキタセミコンダクタの順次縮小・廃止)
  • 2008年3月31日 ‐ 日立超LSIシステムズの完全子会社となる[R 2][R 3]
  • 2014年4月1日 ‐ 日立超LSIシステムズに吸収合併にされて解散する

注釈[編集]

  1. ^ a b 2001年から本社機能を持つ
  2. ^ a b アキタ電子システムズ自身は、ファブレス会社となって、設計とソフトウェア開発に特化した。

出典[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]