ロサンゼルス・レイカーズ

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ロサンゼルス・レイカーズ
Los Angeles Lakers
LosAngeles Lakers logo.svg
所属リーグ  NBA アメリカ合衆国の旗カナダの旗
カンファレンス  ウェスタン・カンファレンス 
ディビジョン  パシフィック 
創設 1946年
チーム史 デトロイト・ジェムズ
(1946-1947)
ミネアポリス・レイカーズ
(1947-1960)
ロサンゼルス・レイカーズ
(1960 - )
本拠
ロサンゼルス・レイカーズの位置(アメリカ合衆国内)
ロサンゼルス・レイカーズ

カリフォルニア州の旗 カリフォルニア州ロサンゼルス
アリーナ ステイプルズ・センター1999年開設
収容人数 18,997人
チームカラー 紫、黄色  LAL 
オーナー ジム・バス&ジーニー・バス
社長 ジーニー・バス
GM ミッチ・カプチャック
ヘッドコーチ ルーク・ウォルトン
優勝歴 NBL:1回(1948年)
NBA:16回 NBA FINAL CHAMP.pngNBA FINAL CHAMP.pngNBA FINAL CHAMP.pngNBA FINAL CHAMP.pngNBA FINAL CHAMP.pngNBA FINAL CHAMP.pngNBA FINAL CHAMP.pngNBA FINAL CHAMP.pngNBA FINAL CHAMP.pngNBA FINAL CHAMP.pngNBA FINAL CHAMP.pngNBA FINAL CHAMP.pngNBA FINAL CHAMP.pngNBA FINAL CHAMP.pngNBA FINAL CHAMP.pngNBA FINAL CHAMP.png
(1949年, 1950年, 1952年, 1953年, 1954年, 1972年, 1980年, 1982年, 1985年, 1987年, 1988年, 2000年, 2001年, 2002年, 2009年, 2010年)
ファイナル進出 31回(1949年, 1950年, 1952年, 1953年, 1954年, 1959年, 1962年, 1963年, 1965年, 1966年, 1968年, 1969年, 1970年, 1972年, 1973年, 1980年, 1982年, 1983年, 1984年, 1985年, 1987年, 1988年, 1989年, 1991年, 2000年, 2001年, 2002年, 2004年, 2008年, 2009年, 2010年)
ディビジョン優勝 32回(1950年, 1951年, 1953年, 1954年, 1962年, 1963年, 1965年, 1966年, 1969年, 1971年, 1972年, 1973年, 1974年, 1977年, 1980年, 1982年, 1983年, 1984年, 1985年, 1986年, 1987年, 1988年, 1989年, 1991年, 2000年, 2001年, 2004年, 2008年, 2009年, 2010年, 2011年, 2012年)
永久欠番

 13   22   25   32   33 
 34   42   44 

 52 
NBADL提携チーム ロサンゼルス・ディーフェンダーズ
ユニフォーム
Kit body lakers1h.png
Homeのジャージ
Kit shorts lakers1.png
チームカラー
Home
Kit body lakers2h.png
Awayのジャージ
Kit shorts lakers2.png
チームカラー
Away
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Alternateのジャージ
Kit shorts lakers3a.png
チームカラー
Alternate
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ロサンゼルス・レイカーズ (Los Angeles Lakers) は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルスに本拠を置く全米プロバスケットボール協会 (NBA) のチーム。ウェスタン・カンファレンス、パシフィック・ディビジョン所属。元はミネソタ州にあり、一帯には湖が多かったことにちなんでレイカーズと名付けられた。

歴史[編集]

2009-10年シーズン終了時点、レイカーズはNBA最多勝利(3027)、最高勝率(.619)を誇る。また、最も多くNBAファイナルに出場し(31回)、優勝回数は歴代2位の16回である(ボストン・セルティックスの17回。レイカーズはまた、アメリカのプロチームの中で最も長い連勝記録33を持っている。プレーオフを逃したこともわずか7回(2015年時点)しかない。

デトロイト・ジェムズ[編集]

1946年、デトロイト・ジェムズとして創設され、NBLに加盟。4勝40敗と惨憺たる結果に終わり(ジェムズの勝敗は通算勝敗に数えない)、1947年にはミネアポリスへ移転し、ミネアポリス・レイカーズに改名した(ミネアポリスのあるミネソタ州は湖が多いことで有名)。

ミネアポリス・レイカーズ[編集]

前年、デトロイト・ジェムズがリーグ最低の成績に終わっていたため、後に偉大なセンターとなるジョージ・マイカンをドラフトで獲得した。1948年、所属していたNBLとBAAが合併、NBAが結成される。

ジョン・クンドラに率いられたチームは後に殿堂入りしたヴァーン・ミッケルセンジム・ポラードスレーター・マーティンクライド・ラヴレットらを擁し1952年から1954年までの3連覇を含み、1949年、50年にも優勝、6年間で5回優勝と黄金時代を築いた。

ロサンゼルス・レイカーズ[編集]

初期[編集]

その後、1960年にロサンゼルスへ移転。ロサンゼルス・レイカーズとなる。1960年代は殿堂入りしたエルジン・ベイラージェリー・ウェストゲイル・グッドリッチそしてウィルト・チェンバレンを擁したが豊富なタレントにもかかわらず8年間のうち、6度もボストン・セルティックスを破ることができずに優勝できなかった。

セルティックスのビル・ラッセルが引退するとNBAは新時代を迎えニューヨーク・ニックスが台頭しレイカーズと3回NBAファイナルで激突した。1960年代のライバルがセルティックスなら1970年代のライバルはニックスとなった。1970年にニックスとファイナルで対戦したが敗退する。1972年にベイラーが怪我が元で引退をするとチームの結束力は高まり、ビル・シャーマンヘッドコーチのもとでアメリカのプロスポーツチーム最多連勝記録33連勝を記録しファイナルでニックスを破り久々に優勝した。これはロサンゼルスにもたらされた最初のチャンピオンシップとなった。その後、チェンバレンやウェストなど主力選手が引退し世代交代していく。トレードでカリーム・アブドゥル=ジャバーを獲得したが見返りに有能な選手を放出したためしばらくは優勝できなかった。1979年にマジック・ジョンソンが入団してから黄金時代を築く。

マジック・ジョンソンの時代[編集]

1985年のNBAファイナルにおけるマジック・ジョンソンとジャバー。

1979-80シーズンのNBAファイナルでフィラデルフィア・セブンティシクサーズを破り、ジョンソンは新人ながらNBAファイナルMVPを獲得した。ジョンソンはジャバーが欠場した試合で42得点15リバウンド7アシストを記録してシリーズを制した。

1982年にはジェリー・ウェストがジェネラルマネージャーに就任、ジェームズ・ウォージーをドラフト1位で獲得し、ジョンソンを中心とした華やかな速攻は「ショータイム」と呼ばれた。1980年代には元レイカーズの選手のパット・ライリー率いるレイカーズは10年間のうち、8回ファイナルに進出し、そのうち5度優勝した。1987年、88年の連覇は1969年のボストン・セルティックス以来であった。この間、ラリー・バード擁するボストン・セルティックスと3回対戦、そのうち2回優勝、ジュリアス・アービング擁するフィラデルフィア・セブンティシクサーズとは3回対戦して2回優勝している。

特に1987年のチームはボストン・セルティックスを倒しNBA歴代最高のチームに選ばれた。1988年、89年のファイナルではアイザイア・トーマスを中心としたバッドボーイズデトロイト・ピストンズと2年連続対戦、88年はトーマスの負傷もあって4-3で勝利したが、翌89年は4連敗で敗れた。アブドゥル=ジャバー、ライリーが去った91年にもファイナルに進出したがマイケル・ジョーダン擁するシカゴ・ブルズに敗れ、ジョンソンはしばらく現役を退いた。その後はウォージーも引退し、1990年代中盤頃にはセドリック・セバロスブラディー・ディバッツエルデン・キャンベルニック・バン・エクセルアンソニー・ピーラージョージ・リンチエディー・ジョーンズなど、好選手を多く擁した布陣を敷くが、プレーオフを勝ち抜くには至らなかった。

シャック&コービーの時代[編集]

シャキール・オニール(左)とコービー・ブライアント(右)は3年連続のNBAチャンピオンをチームにもたらした。

1995-96シーズン終了後シャキール・オニールオーランド・マジックより獲得、ディバッツとの交換で得たドラフト指名権でコービー・ブライアント、全体24位でデレック・フィッシャーを獲得すると次第にチーム状態は上向き一躍優勝候補になった。

1999年にフィル・ジャクソンをヘッドコーチに迎え、グレン・ライスロン・ハーパーホーレス・グラントらベテラン選手を加えたチームは優勝し、レイカーズは2000年、2001年、2002年に3連覇を果たしオニールは3年連続でファイナルMVPを受賞して再び黄金時代を築いた。特に2001年のプレイオフのレイカーズは15勝1敗で過去最高の勝率を記録した。2003年にサンアントニオ・スパーズに敗北し4連覇の道は閉ざされた。

2003-04シーズン前に何としてもチャンピオンリングを取りたいベテランのカール・マローンゲイリー・ペイトンと大物二人を加え「史上最強のチーム」とも呼ばれ、2004年のファイナルに進出したがデトロイト・ピストンズに1勝4敗で敗れた。このシリーズではマローンの不振も目立った。オニールとブライアントは不仲であり(どちらが攻撃の中心となるか)、2004年7月にオニールはラマー・オドムらと交換でマイアミ・ヒートに移籍し、フィル・ジャクソンもチームを去った。

コービー&ガソルの時代[編集]

コービー・ブライアント(左)とパウ・ガソル(右)を中心に2連覇を達成した。

2004-05シーズンにプレイオフ出場を逃した後、フィル・ジャクソンは再びレイカーズに戻ってきた。2005-06シーズン、チームはコービーを中心とし、コービーはチーム記録となる1試合81得点などを記録したがウエスト7位に終わり、プレーオフ1回戦でフェニックス・サンズに敗れた。 レイカーズが1回戦を勝ち上がっていた場合、同じステイプルズ・センターを本拠地とするロサンゼルス・クリッパーズとの対戦という面白い組み合わせとなるところだった。シャック退団後の数年は、コービーはスコアラーとしての能力を存分に発揮したがチームは中堅レベルだった。

2007-08シーズン冬季トレード市場には、クワミ・ブラウンジャバリス・クリッテントン、ドラフト指名権とのトレードでメンフィス・グリズリーズから2002年の新人王を受賞したパウ・ガソルを獲得し、大型センタープレーヤーの補強に成功すると再び西の強豪となりNBAファイナルに進出を果たしたがライバルチームのボストン・セルティックスに敗れた。

2008-09シーズン、ファイナルでオーランド・マジックを破り7季ぶり15回目の優勝を果たした。

2009-10シーズン、一昨年敗れた宿敵の相手ボストン・セルティックスをNBAファイナルで破り2連覇を果たした。

2010-11シーズン、3連覇を狙うレイカーズはその年のNBAファイナルを制したダラス・マーベリックスにプレーオフセミファイナルでスイープ負けを喫し、不完全燃焼でシーズンを終え、フィル・ジャクソンは退任した。

2011-12シーズンは見事6年連続プレーオフに進出し、昨年の名誉挽回を試みるが1回戦のデンバー・ナゲッツに予想外に手こずり7戦目でようやく勝利。しかし2回戦のオクラホマシティ・サンダーに1勝しかできずセミファイナル敗退が決まった。

ナッシュ&ハワードの獲得[編集]

2012年7月11日、サイン&トレードでMVPを2回獲得しているスティーブ・ナッシュがレイカーズに移籍することが決まった。背番号は10。サンズは2013年と2015年のドラフト1巡目指名権、2014年と2015年のドラフト2巡目指名権、現金300万ドル(約2億4,000万円)をレイカーズから獲得することとなる。レイカーズはさらに現役最強のセンター、ドワイト・ハワードをもマジックから獲得し、3年ぶりの優勝を狙った。しかし、HCのマイク・ブラウンが取り入れたプリンストン戦略に選手が上手く機能せずプレシーズンは0勝8敗に終わり、レイカーズ史上初のプレシーズン全敗を記録した。レギュラーシーズンが始まった第二戦目でナッシュはルーキーのデイミアン・リラードと衝突、その際に右脚を骨折する重症を負い20試合以上を離脱することになった。そして、第4戦目でHCのマイク・ブラウンがチームの成績不振で解雇され、代わりにナッシュがサンズ時代にHCだったマイク・ダントーニが就任する。この就任はナッシュがダントーニの得意とするアップテンポなバスケスタイルを理解しており、以前アマレ・スタウダマイアーと展開したようなピック&ロールがハワードと再現できるとチームが考えていたからとされている。

しかしナッシュが怪我で離脱している間、チームの戦略がマイク・ブラウンのデフェンシブな物からダントーニの超オフェンシブな物に変わりチームは混乱に陥った。コービー率いるレイカーズは奮闘したが、急激に変わった戦略に選手がうまく機能せず成績は前年にくらべ悲惨なものとなった。ダントーニの戦略を熟知しているナッシュが怪我から2ヶ月後に復帰し、希望の光が見えたレイカーズだったが、マジック時代にピック&ロールをほとんど経験していないハワードにはサンズ時代にアマレと展開したようなピック&ロールが出来ず、オールスターゲーム前の前半は25勝29敗と勝率5割をきっていた。オールスター後にHCのマイク・ダントーニは「チームがプレイオフに行くには20勝8敗が最低条件」と言及。勝率5割をきっていたレイカーズには高すぎるハードルだった。

だが、オールスターゲーム後半は快進撃を見せつけダントーニが最低条件と言っていた20勝8敗を見事に実現しレイカーズはプレーオフに7位で進出した。しかしレイカーズの大黒柱のコービーがレギュラーシーズン終了5日前にアキレス腱をゴールデンステート・ウォリアーズ戦で断裂、プレーオフは絶望的になった。

プレーオフは第一回戦でサンアントニオ・スパーズと対戦した。ところが、多くの選手を怪我で無くしていたチームはそのまま屈辱のスイープでシーズンが終了し、レイカーズにとっては最悪のシーズンとなった。シーズン終了後にハワードはヒューストン・ロケッツに移籍した。

低迷期[編集]

2013-14シーズンはコービーがわずか6試合、ナッシュが15試合にしか出場にできなかったこともありレイカーズがロサンゼルスにフランチャイズ移転以降初めて30勝以下となり27勝55敗と最低成績で終えた。8シーズン続いていたプレーオフ進出も当然途切れることとなった。

2014-15シーズンは、ヘッドコーチにチームOBのバイロン・スコットを招聘し、屈辱からの再スタートを切ることになった。しかしガソルがシカゴ・ブルズに移籍するなど暗雲が立ち込めていた。チームはガソルの獲得に伴ってブルズから放出されていたカルロス・ブーザーと契約。更にヒューストン・ロケッツから地元出身のジェレミー・リンを獲得するなど、積極的に動いた。だが、前シーズンからの悪夢は続いた。キャンプ中にニック・ヤングが右手を骨折し、ナッシュが持病の背中痛を悪化させて引退を表明した。更に開幕戦のヒューストン・ロケッツ戦で、ルーキーのジュリアス・ランドルが右足を骨折してシーズンは絶望となった。そしてコービーも2015年に入って右肩を負傷し手術のためにシーズン残り試合を全休となるなど、ネガティブな要素ばかりが目立ってしまった。スコットHCが掲げていたチームディフェンスの立て直しも進まず、結局は前シーズンをも下回る21勝61敗というチームワーストの成績でシーズンを終えた。

2015-16シーズンは開幕直後からコービーが絶不調で、それに引きずられるようにチームも負けを重ねた。11月29日にコービーが引退宣言を行い、レジェンドのファイナル・シーズンにチーム内外から奮起を求められたが、その後も昨シーズンから続くNBAワーストの28連敗中だったフィラデルフィア・76ersに敗れるなど調子は上がらず、2年連続でチームワーストを更新する17勝65敗に留まりウェスタン・カンファレンス最下位となってしまった。

セレブリティ[編集]

ハリウッドのそばにあるため、レイカーズの本拠地では有名な映画俳優が多数見られる。中でもジャック・ニコルソンが最も有名で彼はシーズンチケットを1967年より持っている。他によく知られているのは、デンゼル・ワシントンダスティン・ホフマンアンディ・ガルシアペニー・マーシャルアイス・キューブシルヴェスター・スタローンマイケル・クラーク・ダンカンダイアン・キャノンである。 南カリフォルニアに本拠地を置くレッド・ホット・チリ・ペッパーズのメンバーも長年のレイカーズファンであることが知られている。 「Salute to "Kareem" and "Magic Johnson", a tribute to the "Showtime"-era Lakers」 というジャバーやマジック・ジョンソンの歌が彼らのアルバム Mother's Milk にある。チリペッパーズのベースのフリーにより、2005-06シーズンNBA公式HPにレイカーズのブログが書かれた。 07-08シーズンでは、プロサッカー選手であるデビッド・ベッカムがロサンゼルスチームであるギャラクシーに移籍し、多々ステイプルズセンターを訪れ妻ビクトリア夫人と共に観戦し、話題を呼んだ。

その他[編集]

Staples Center coloring
  • ミネアポリス・レイカーズと呼ばれていた頃に、フォート・ウェイン・ピストンズと共に一試合の最低得点記録を持っている。1950年11月22日、対ピストンズ戦で、レイカーズは第4クォーターまでリードしていたが、ピストンズに試合をひっくり返され、19対18で負けている。これは、ショットクロックや10秒ルールなどが適用され、試合のテンポを早める工夫がされる前である。
  • ミネアポリスを本拠にした最後のシーズンの1960年1月18日、セントルイスからの遠征の帰途についていたレイカーズのメンバーを乗せたダグラス DC-3は飛行途中に電気系統が故障、無線やコンパスも使えなくなった。機長は北極星を目印に飛行を続け、燃料切れになった為途中の高速道路に緊急着陸しようとしたが副機長から「道路には溝や石、走行中の車もあるので危険だ」とアドバイスを受けこれを取りやめ、結局アイオワ州のキャロルという小さな町のトウモロコシ畑に緊急着陸、畑に50cmほど積もった雪がクッション代わりになり、乗っていたレイカーズの選手・コーチは全員無事だった[1]
  • 1960年にロサンゼルスに移転後、プレイオフに進出できなかったのはわずか4度である。
  • レイカーズはホームゲームでのジャージの色が白でない唯一のチームである(金)。ただし2002-03シーズンからは日曜や祝日のホームゲームでは白のジャージを着ている。
  • オーナーはジェリー・バス。その娘、ジニーはフィル・ジャクソンのガールフレンドでもある。ホームコートはロサンゼルスのダウンタウンにあるステイプルズ・センターだが、練習施設「トヨタ・センター」(浅田真央が練習をするスケートリンクもあり、NHL所属のキングスの練習場でもある)および、チームオフィスはロサンゼルス国際空港にほど近い、エルセグンドと言う街にある。
  • 2012年に世界有数の経済誌フォーブスが公表した調査によると、ロサンゼルス・レイカーズの資産価値は9億ドルであり、NBAのチームで1位である。また、チームの収益は2億800万ドルであり、ニューヨーク・ニックスに次ぎ2位である。

シーズンごとの成績[編集]

Note: 勝 = 勝利数, 敗 = 敗戦数, % = 勝率

シーズン  % プレーオフ 結果
ミネアポリス・レイカーズ (BAA)
1948-49 44 16 .733 1回戦勝利
BAA準決勝勝利
BAA決勝優勝
レイカーズ 2, シカゴ 0
レイカーズ 2, ロチェスター 0
レイカーズ 4, シラキュース 2
ミネアポリス・レイカーズ (NBA)
1949-50 51 17 .750 1回戦勝利
ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル勝利
レイカーズ over ロチェスター
レイカーズ 2, シカゴ 0
レイカーズ 2, フォートウェイン 0
レイカーズ 2, アンダーソン 0
レイカーズ 4, シラキュース 2
1950-51 44 24 .647 ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝敗退
レイカーズ 2, インディアナポリス 1
ロチェスター 3 レイカーズ 1
1951-52 40 26 .606 ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝勝利
NBAファイナル勝利
レイカーズ 2, インディアナポリス 0
レイカーズ 3, ロチェスター 1
レイカーズ 4, ニックス 3
1952-53 48 22 .686 ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝勝利
NBAファイナル勝利
レイカーズ 2, インディアナポリス 0
レイカーズ 3, フォートウェイン 2
レイカーズ 4, ニックス 1
1953-54 46 26 .639 総当り戦
総当たり戦
ディビジョン決勝勝利
NBAファイナル勝利
レイカーズ 3-0 over
ロチェスター and フォートウェイン
レイカーズ 2, ロチェスター 1
レイカーズ 4, シラキュース 3
1954-55 40 32 .556 ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝敗退
レイカーズ 2, ロチェスター 1
フォートウェイン 3, レイカーズ 1
1955-56 33 39 .458 2回戦勝利
ディビジョン準決勝敗退
レイカーズ over セントルイス
セントルイス 2, レイカーズ 1
1956-57 34 38 .472 タイブレークゲーム敗退
ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝敗退
セントルイス over レイカーズ
レイカーズ 2, フォートウェイン 0
セントルイス 3, レイカーズ 0
1957-58 19 53 .264
1958-59 33 39 .458 ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝勝利
NBAファイナル敗退
レイカーズ 2, ピストンズ 1
レイカーズ 4, セントルイス 2
セルティックス 4, レイカーズ 0
1959-60 25 50 .333 ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝敗退
レイカーズ 2, ピストンズ 0
セントルイス 4, レイカーズ 3
ロサンゼルス・レイカーズ
1960-61 36 43 .456 ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝敗退
レイカーズ 2, ピストンズ 0
セントルイス 4, レイカーズ 3
1961-62 54 26 .675 ディビジョン決勝勝利
NBAファイナル敗退
レイカーズ 3, ピストンズ 2
セルティックス 4, レイカーズ 3
1962-63 53 27 .663 ディビジョン決勝勝利
NBAファイナル敗退
レイカーズ 4, セントルイス 3
セルティックス 4, レイカーズ 2
1963-64 42 38 .525 ディビジョン準決勝敗退 セントルイス 3, レイカーズ 2
1964-65 49 31 .613 ディビジョン決勝勝利
NBAファイナル敗退
レイカーズ 4, ボルチモア 2
セルティックス 4, レイカーズ 1
1965-66 45 35 .563 ディビジョン決勝勝利
NBAファイナル敗退
レイカーズ 4, セントルイス 3
セルティックス 4, レイカーズ 3
1966-67 36 45 .444 ディビジョン準決勝敗退 サンフランシスコ 3, レイカーズ 0
1967-68 52 30 .634 ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝勝利
NBAファイナル敗退
レイカーズ 4, ブルズ 1
レイカーズ 4, サンフランシスコ 0
セルティックス 4, レイカーズ 3
1968-69 55 27 .671 ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝勝利
NBAファイナル敗退
レイカーズ 4, サンフランシスコ 2
レイカーズ 4, ホークス 1
セルティックス 4, レイカーズ 3
1969-70 46 36 .561 カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
レイカーズ 4, サンズ 3
レイカーズ 4, ホークス 0
ニックス 4, レイカーズ 3
1970-71 48 34 .585 カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
レイカーズ 4, ブルズ 3
バックス 4, レイカーズ 1
1971-72 69 13 .841 カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル勝利
レイカーズ 4, ブルズ 0
レイカーズ 4, バックス 2
レイカーズ 4, ニックス 1
1972-73 60 22 .732 カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
レイカーズ 4, ブルズ 3
レイカーズ 4, ウォリアーズ 1
ニックス 4, レイカーズ 1
1973-74 47 35 .573 1回戦敗退 バックス 4, レイカーズ 1
1974-75 30 52 .366
1975-76 40 42 .488
1976-77 40 42 .488 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
レイカーズ 4, ウォリアーズ 3
ブレイザーズ 4, レイカーズ 0
1977-78 45 37 .549 1回戦敗退 ソニックス 2, レイカーズ 1
1978-79 47 35 .573 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
レイカーズ 2, ナゲッツ 1
ソニックス 4, レイカーズ 1
1979-80 60 22 .732 カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル勝利
レイカーズ 4, サンズ 1
レイカーズ 4, ソニックス 1
レイカーズ 4, シクサーズ 2
1980-81 54 28 .659 1回戦敗退 ロケッツ 2, レイカーズ 1
1981-82 57 25 .695 カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル勝利
レイカーズ 4, サンズ 0
レイカーズ 4, スパーズ 0
レイカーズ 4, シクサーズ 2
1982-83 58 24 .707 カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
レイカーズ 4, ブレイザーズ 1
レイカーズ 4, スパーズ 2
シクサーズ 4, レイカーズ 0
1983-84 54 28 .659 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
レイカーズ 3, カンザスシティ 0
レイカーズ 4, マーベリックス 1
レイカーズ 4, サンズ 2
セルティックス 4, レイカーズ 3
1984-85 62 20 .756 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル勝利
レイカーズ 3, サンズ 0
レイカーズ 4, ブレイザーズ 1
レイカーズ 4, ナゲッツ 1
レイカーズ 4, セルティックス 2
1985-86 62 20 .756 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
レイカーズ 3, スパーズ 0
レイカーズ 4, マーベリックス 2
ロケッツ 4, レイカーズ 1
1986-87 65 17 .793 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル勝利
レイカーズ 3, ナゲッツ 0
レイカーズ 4, ウォリアーズ 1
レイカーズ 4, ソニックス 0
レイカーズ 4, セルティックス 2
1987-88 62 20 .756 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル勝利
レイカーズ 3, スパーズ 0
レイカーズ 4, ジャズ 3
レイカーズ 4, マーベリックス 3
レイカーズ 4, ピストンズ 3
1988-89 57 25 .695 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
レイカーズ 3, ブレイザーズ 0
レイカーズ 4, ソニックス 0
レイカーズ 4, サンズ 0
ピストンズ 4, レイカーズ 0
1989-90 63 19 .768 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
レイカーズ 3, ロケッツ 1
サンズ 4, レイカーズ 1
1990-91 58 24 .707 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
レイカーズ 3, ロケッツ 0
レイカーズ 4, ウォリアーズ 1
レイカーズ 4, ブレイザーズ 2
ブルズ 4, レイカーズ 1
1991-92 43 39 .524 1回戦敗退 ブレイザーズ 3, レイカーズ 1
1992-93 39 43 .476 1回戦敗退 サンズ 3, レイカーズ 2
1993-94 33 49 .402
1994-95 48 34 .585 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
レイカーズ 3, ソニックス 1
スパーズ 4, レイカーズ 2
1995-96 53 29 .646 1回戦敗退 ロケッツ 3, レイカーズ 1
1996-97 56 26 .683 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
レイカーズ 3, ブレイザーズ 1
ジャズ 4, レイカーズ 1
1997-98 61 21 .744 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
レイカーズ 3, ブレイザーズ 1
レイカーズ 4, ソニックス 1
ジャズ 4, レイカーズ 0
1998-99 31 19 .620 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
レイカーズ 3, ロケッツ 1
スパーズ 4, レイカーズ 0
1999-2000 67 15 .817 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル勝利
レイカーズ 3, キングス 2
レイカーズ 4, サンズ 1
レイカーズ 4, ブレイザーズ 3
レイカーズ 4, ペイサーズ 2
2000-01 56 26 .683 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル勝利
レイカーズ 3, ブレイザーズ 0
レイカーズ 4, キングス 0
レイカーズ 4, スパーズ 0
レイカーズ 4, シクサーズ 1
2001-02 58 24 .707 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル勝利
レイカーズ 3, ブレイザーズ 0
レイカーズ 4, スパーズ 1
レイカーズ 4, キングス 3
レイカーズ 4, ネッツ 0
2002-03 50 32 .610 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
レイカーズ 4, ウルブズ 2
スパーズ 4, レイカーズ 2
2003-04 56 26 .683 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
レイカーズ 4, ロケッツ 1
レイカーズ 4, スパーズ 2
レイカーズ 4, ウルブズ 2
ピストンズ 4, レイカーズ 1
2004-05 34 48 .415
2005-06 45 37 .549 1回戦敗退 サンズ 4, レイカーズ 3
2006-07 42 40 .512 1回戦敗退 サンズ 4, レイカーズ 1
2007-08 57 25 .695 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
レイカーズ 4, ナゲッツ 0
レイカーズ 4, ジャズ 2
レイカーズ 4, スパーズ 1
セルティックス 4, レイカーズ 2
2008-09 65 17 .793 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル勝利
レイカーズ 4, ジャズ 1
レイカーズ 4, ロケッツ 3
レイカーズ 4, ナゲッツ 2
レイカーズ 4, マジック 1
2009-10 57 25 .695 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス準決勝勝利
NBAファイナル勝利
レイカーズ 4, サンダー 2
レイカーズ 4, ジャズ 0
レイカーズ 4, サンズ 2
レイカーズ 4, セルティックス 3
2010-11 57 25 .695 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
レイカーズ 4, ホーネッツ 2
マーベリックス 4, レイカーズ 0
2011-12 41 25 .621 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
レイカーズ 4, ナゲッツ 3
サンダー 4, レイカーズ 1
2012-13 45 37 .549 1回戦敗退 スパーズ 4, レイカーズ 0
2013-14 27 55 .329
2014-15 21 61 .256
2015–16 17 65 .207
通算勝敗 3235 2134 .603
プレイオフ 437 297 .596 優勝16回

主な選手[編集]

現役選手[編集]

ロサンゼルス・レイカーズ ロースター
プレーヤー スタッフ
Pos. # 名前 国籍 年齢 身長  体重 出身
F/C 28 タリク・ブラック (Tarik Black) Cruz Roja.svg アメリカ合衆国の旗 25 (1991/11/22) 6ft9in(2.06m) 250lb(113kg) カンザス大学
G 5 ホセ・カルデロン (Jose Calderon) Cruz Roja.svg スペインの旗 35 (1981/9/28) 6ft3in(1.91m) 208lb(94kg) スペイン
G 6 ジョーダン・クラークソン (Jordan Clarkson) キャプテン アメリカ合衆国の旗 24 (1992/06/07) 6ft5in(1.96m) 188lb(85kg) ミズーリ大学
F 9 ルオル・デン (Luol Deng) イギリスの旗 31 (1985/04/16) 6ft9in(2.06m) 220lb(100kg) デューク大学
G 4 マルセロ・ウェルタス (Marcelo Huertas) ブラジルの旗 33 (1983/05/25) 6ft3in(1.91m) 205lb(93kg) コッペル高校
F 14 ブランドン・イングラム (Brandon Ingram) アメリカ合衆国の旗 19 (1997/09/02) 6ft9in(2.06m) 195lb(88kg) デューク大学
C 20 ティモフェイ・モズコフ (Timofey Mozgov) ロシアの旗 30 (1986/07/16) 7ft1in(2.16m) 270lb(122kg) ロシア
F 7 ラリー・ナンス・ジュニア (Larry Nance, Jr.) アメリカ合衆国の旗 23 (1993/01/01) 6ft9in(2.06m) 215lb(98kg) ワイオミング大学
F 30 ジュリアス・ランドル (Julius Randle) アメリカ合衆国の旗 22 (1994/11/29) 6ft9in(2.06m) 250lb(113kg) ケンタッキー大学
F 15 トーマス・ロビンソン (Thomas Robinson) アメリカ合衆国の旗 25 (1991/03/17) 6ft10in(2.08m) 237lb(108kg) カンザス大学
G 1 デアンジェロ・ラッセル (D'Angelo Russell) キャプテン Cruz Roja.svg アメリカ合衆国の旗 20 (1996/02/23) 6ft5in(1.96m) 190lb(86kg) オハイオ州立大学
G 23 ルイス・ウィリアムス (Lou Williams)6th アメリカ合衆国の旗 30 (1986/10/27) 6ft1in(1.85m) 185lb(84kg) 南グイネット高校
SF 37 メッタ・ワールド・ピース (Metta World Peace) アメリカ合衆国の旗 37 (1979/11/13) 6ft7in(2.01m) 210lb(95kg) セント・ジョーンズ大学
G/F 0 ニック・ヤング (Nick Young) Cruz Roja.svg アメリカ合衆国の旗 31 (1985/06/01) 6ft7in(2.01m) 262lb(119kg) 南カリフォルニア大学
C 40 イヴィチャ・ズバッチ (Ivica Zubac) クロアチアの旗 19 (1997/03/18) 7ft1in(2.16m) 240lb(109kg) クロアチア
ヘッドコーチ
アメリカ合衆国の旗 ルーク・ウォルトン (Luke Walton)
アシスタントコーチ
  アメリカ合衆国の旗 ブライアン・ショウ (Brian Shaw)
  アメリカ合衆国の旗 クレイ・モーゼー (Clay Moser)
  アメリカ合衆国の旗 トレーシー・マレー (Tracy Murray)
  アメリカ合衆国の旗 マーク・マドセン (Mark Madsen)
  アメリカ合衆国の旗 ジェームズ・ウォージー (James Worthy)
  アメリカ合衆国の旗 ブライアン・キーフェ (Brian Keefe)
  アメリカ合衆国の旗 ジュド・ブシュラー (Jud Buechler)

記号説明
キャプテン キャプテン
(S) 出場停止(Suspended)
(-) ベンチ外(Inactive)
Cruz Roja.svg 故障者(Injured)
DL  :Dリーグ・アサイン
(+)  :シーズン途中契約
FA  :フリーエージェント
DP  :ドラフト未契約

外部リンク

更新日:2016年12月5日


年代別主要選手[編集]

太文字…殿堂入り選手(名前の後の数字は背番号) (C)…優勝時に在籍した選手 (M)…在籍時にMVPを獲得した選手 (50)…偉大な50人

1940年代 (プレイオフ進出:1回 ファイナル進出:1回 優勝:1回)

1950年代 (プレイオフ進出:9回 ファイナル進出:5回 優勝:4回)

1960年代 (プレイオフ進出:10回 ファイナル進出:6回)

1970年代 (プレイオフ進出:8回 ファイナル進出:3回 優勝:1回)

1980年代 (プレイオフ進出:10回 ファイナル進出:8回 優勝:4回)

1990年代 (プレイオフ進出:9回 ファイナル進出:1回)

2000年代 (プレイオフ進出:9回 ファイナル進出:5回 優勝:4回)

2010年代 (プレイオフ進出:4回 ファイナル進出:1回 優勝:1回)

栄誉[編集]

殿堂入り[編集]

永久欠番[編集]

永久欠番となった選手たちのジャージ

コーチ、その他[編集]

歴代ヘッドコーチ[編集]

チーム記録 [編集]

ロサンゼルス・レイカーズのチーム記録

脚註[編集]

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外部リンク[編集]