フィラデルフィア・セブンティシクサーズ

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フィラデルフィア・セブンティシクサーズ
Philadelphia 76ers
呼称/略称 シクサーズ  PHI 
チームロゴ 1977-1997年のロゴ復活-赤7と6ersで、青色で13革命スター7バスケットボールの上に、市名を含む。
所属リーグ アメリカ合衆国の旗  NBA 
カンファレンス  イースタン・カンファレンス 
ディビジョン  アトランティック 
創設 1937年に独立チームとして創設。1946年NBLに加入、1949年からNBAに参加。
チーム史 シラキューズ・ナショナルズ
1937年-1963年
フィラデルフィア・76ers
(1963年-)
本拠
フィラデルフィア・セブンティシクサーズの位置(アメリカ合衆国内)
フィラデルフィア・セブンティシクサーズ

ペンシルベニア州の旗 ペンシルバニア州フィラデルフィア
アリーナ ウェルズ・ファーゴ・センター
収容人数 20,318人 開設1996年
チームカラー Red, Blue, Navy, Silver, White
                        
オーナー ジョシュア・ハリス
社長 ブライアン・コランジェロ
GM ブライアン・コランジェロ
ヘッドコーチ ブレット・ブラウン
優勝歴 3回 NBA FINAL CHAMP.pngNBA FINAL CHAMP.pngNBA FINAL CHAMP.png
(1955年, 1967年, 1983年)
ファイナル進出 6回(1967年, 1977年, 1980年, 1982年, 1983年, 2001年)
ディビジョン優勝 11回(1950年, 1952年, 1955年, 1966年, 1967年, 1968年, 1977年, 1978年, 1983年, 1990年, 2001年)
永久欠番

 2 ,  3 ,  6 ,  10 ,  13 ,  15 ,  24 

 32 ,

 34 
NBADL提携チーム デラウェア・87ers
ユニフォーム
Kit body thinbluesides.png
Homeのジャージ
Kit shorts bluesides.png
チームカラー
Home
Kit body thinwhitesides.png
Awayのジャージ
Kit shorts thinwhitesides.png
チームカラー
Away
Kit body thinwhitesides.png
Alternateのジャージ
Kit shorts thinwhitesides.png
チームカラー
Alternate
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76サーズホームコート

フィラデルフィア・セブンティシクサーズPhiladelphia 76ers)は、アメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィアに本拠を置く全米プロバスケットボール協会 (NBA) のチーム。イースタン・カンファレンス、アトランティック・ディビジョン所属。チーム名は1776年にアメリカ独立宣言が、当時の首都であったフィラデルフィアで行われたことに由来する。セブンティシクサーズは略してシクサーズ (Sixers)とも呼ばれる。

歴史[編集]

シラキューズ・ナショナルズ[編集]

ドルフ・シェイズ 1951年
  • フィラデルフィア・セブンティシクサーズの歴史は長く、1937年ニューヨーク州シラキュースで設立されたシラキューズ・ナショナルズに遡る。ナショナルズは1946年にプロバスケットボールリーグ NBL (National Basketball League) に参加した。3年間このリーグでプレイしたのちの1949年破産状態のNBLから離脱し、その年からNBAと名前を変えた BAA (Basketball Association of America) に参加した。
  • NBAに加わったナショナルズは強豪として初期の数シーズンを過ごした。1948年に入団したドルフ・シェイズや、同年チーム入りし監督も兼ねたアル・サービに率いられたチームは、NBA初年度の1950年1952年に地区首位の成績を残し、1950年と1954年にはNBAファイナル(決勝)に進出。43勝29敗とリーグ首位タイの記録でレギュラーシーズンを終えたナショナルズは、この年NBAファイナルでフォートウェイン・ピストンズを4勝3敗で破って優勝を果たした。

フィラデルフィア・セブンティシクサーズ[編集]

  • その後数シーズンを中堅程度のチームとして過ごしたナショナルズには、中規模の都市シラキューズよりも大きな市場が必要になっていた。1963年ペンシルベニア州フィラデルフィアに本拠を置いていたフィラデルフィア・ウォリアーズサンフランシスコへ移転するのと機を同じくしてナショナルズはフィラデルフィアに移転、名をフィラデルフィア・セブンティシクサーズ(シクサーズ)と改めた。「セブンティシクサーズ (76ers)」の名は、フィラデルフィアでアメリカ合衆国の独立宣言が採択された1776年にちなんでつけられた。

チェンバレン時代の優勝[編集]

ウィルト・チェンバレン
  • 当時のシクサーズは、1958年のドラフトで獲得したハル・グリア1965年にトレードで入団したウィルト・チェンバレンらを中心としており、1966年にはリーグ首位の55勝25敗の成績だったが、プレイオフではこの時代の強豪ボストン・セルティックスに敗退した。そのシリーズ第7戦で、グリアが最後の瞬間に犯したパスミスはよく知られている。
  • 続く1966-67シーズン、アレックス・ハナムがシクサーズの監督に就いた。ハナムはプロ入り以来7年連続で得点王だったチェンバレンの得点を減らす方針を採った。他の選手がより積極的にオフェンスにかかわった結果、シクサーズは当時NBA史上最高の68勝13敗の記録でシーズンを終えた。プレイオフでは同地区の宿敵だったセルティックスを破り、NBAファイナルではサンフランシスコ・ウォリアーズを4勝2敗で下してチーム史上2度目の優勝を果たした。1966-1967年のシクサーズは、1980年に発表された『NBA35周年オールタイムチーム』でNBA史上最も偉大なチームに選ばれた。
  • チェンバレンは1968年のシーズンを最後にロサンゼルス・レイカーズへ移り、シクサーズの成績は次第に下降していった。1972-73シーズンには9勝73敗にまで落ち込んだ。これは現在でも2012年のシーズンでシャーロット・ボブキャッツに更新されるまでNBA史上最低勝率の記録である。

アービング、マローンの時代[編集]

  • 1975年、シクサーズはNBAのライバルリーグだったABAインディアナ・ペイサーズからジョージ・マクギニスを獲得。さらに翌年、ABAからNBAに加盟したニューヨーク・ネッツよりジュリアス・アービングを獲得し、1978年にはドラフトでモーリス・チークスを指名すると、シクサーズは次第に優勝も狙える強豪へと成長していった。
  • この時代のシクサーズの宿敵は、1960年代と同様ボストン・セルティックスだった。アービング初年度の1977年に、シクサーズはセルティックスを破ってNBAファイナルに進出。ファイナルでは2勝4敗でポートランド・トレイルブレイザーズに敗退した。
  • 1980年代初頭のシクサーズは、毎年60勝前後をマークするリーグ屈指の強豪だったが、あと一歩で優勝を逃す年が相次いだ。1980年にはセルティックスを下してファイナルへ進出、しかし新人マジック・ジョンソンの活躍によりシクサーズは2勝4敗で優勝を逃した。翌1981年のプレイオフではボストン・セルティックスに3勝4敗で敗退。セルティックスはこの年優勝した。続く1982年のプレイオフでは、セルティックスを3勝4敗で破ってNBAファイナルに進出。しかしファイナルではレイカーズに2勝4敗で敗れた。
  • 優勝を目指したシクサーズはさらなる補強に着手し、フリーエージェントモーゼス・マローンを獲得した。シクサーズはリーグ首位の65勝17敗でレギュラーシーズンを終え、マローンはMVPを受賞した。プレイオフに臨む折り、マローンは「フォー、フォー、フォー (4, 4, 4)」という有名なコメントを残した。これはプレイオフを12勝0敗で優勝するという意味だった。実際は4戦、5戦、4戦と12勝1敗での優勝になったが、これは当時のNBAのプレイオフ史上現在でも最高の勝率となっている。(2001年にロサンゼルス・レイカーズが勝率を更新)1996年に発表された『NBA50周年オールタイムチーム』で偉大なチームに選ばれた。チーム史上3度目の優勝で、これまでのところ最後の優勝となっている。

バークレーの活躍と低迷期[編集]

チャールズ・バークレー
  • その後のシクサーズは数年間ディビジョン2位の成績を保つが、プレイオフでは勝ち残れなくなっていった。1986年にマローンは放出され、1987年にアービングが引退すると、1984年にドラフトされたチャールズ・バークレーがチームの大黒柱になっていった。
  • バークレーはリーグを代表するフォワードへ成長していったが、チーム成績は次第に低下していき、1988年にプレイオフ出場を逃した。チーム強化に積極的にならないフロントに対し、バークレーは次第に不信感を持つようになり、再びプレイオフ進出ができなかった1992年を最後にバークレーはシクサーズを離れフェニックス・サンズへ移った。
  • バークレーを失った1990年代のシクサーズは低迷期に入り7年間プレイオフに出場していない。勝ち数は年々減っていき、1996年にはリーグでワースト2位の18勝64敗となった。シーズン後のシクサーズはドラフトで1位指名権を引き当て、ジョージタウン大学アレン・アイバーソンを指名した。

アイバーソンの時代[編集]

アレン・アイバーソン

イグダーラの時代[編集]

アンドレ・イグダーラ

再建期[編集]

球団行事でのブレット・ブラウン(左)パネル左はカーター=ウィリアムス、右はノエル
  • しかし14-15シーズンは、前シーズンに続き苦難のシーズンになった。2013年に球団社長兼GMに就任したサム・ヒンキー(Sam Hinkie)はあからさまに将来のドラフト指名権で上位を得るためにDリーグ級の選手しか揃えず、向こう数シーズンを「タンク」(わざと負け続けること)しているのではないか疑われ、勝利への姿勢を疑問視されているのだが、実際に前シーズンに続き連敗という形で出てしまった。オフに右肩の手術をしたマイケル・カーター=ウィリアムスを欠いたチームは開幕から連敗が続き、12月1日のサンアントニオ・スパーズ戦に敗れニュージャージー・ネッツが2009-10シーズンに記録した開幕18連敗のNBA記録に次ぐ17連敗を喫してしまった。迎えた12月3日のミネソタ・ティンバーウルブズ戦でようやくシーズン初勝利をあげ、リーグワーストタイ記録だけは免れた。一方で2015年に入ってからも未だにホームゲームで勝利を挙げていなかったが、1月5日のクリーブランド・キャバリアーズ戦でようやく14-15シーズンのホームゲーム初勝利を挙げた。だが、その後も低迷が続き、トレード期限日にカーター=ウィリアムスに見切りを付ける (ミルウォーキー・バックスに放出) という不可解なトレードを敢行するなど最後まで迷走し、最終的には10連敗を喫しリーグワースト3位の18勝64敗という散々な成績でシーズンを終えた。
  • 2015年のNBAドラフトで3位指名権を得たシクサーズは、噂されていたエマニュエル・ムディエイの指名を回避し、デューク大学ジャーリール・オカフォーを指名し立て直しを計るも、前シーズン10連敗で終えた悪い流れは変わらず15-16シーズンは開幕18連敗、前シーズンと併せて28連敗というNBAワースト記録を樹立してしまった。開幕から1ヶ月経過した12月1日のロサンゼルス・レイカーズ戦に103-91で勝利し、ようやくシーズン初勝利を挙げた[2]。しかしながら、同月7日のサンアントニオ・スパーズ戦では68-119の歴史的大敗を喫するなど悪い状況は変わらず、ラリー・ブラウンから「私なら5分で今の状況を変えられる」と苦言を呈されるなど苦しいチーム状況に変化はなく、2016年4月5日のニューオーリンズ・ペリカンズ戦で漸くシーズン10勝目に到達するという体たらくで、社長兼GMのサム・ヒンキーは翌日辞任に追い込まれた。結局その後もシーズン最終戦まで勝利することなく終わり、トータルでは10勝72敗で72-73シーズンの9勝に次ぐチーム史上ワースト2位、NBA史上ワースト3位の成績だった。
  • 2016年のNBAドラフトで全体1位指名権を獲得したシクサーズは、ルイジアナ州立大学ベン・シモンズを指名。16-17シーズンこそ上昇気流に乗るものと思われたが、シモンズは開幕前に右足を骨折。またしてもシクサーズに暗雲が立ち込めた。一方で2014年に入団後丸々2シーズンを棒に振っていたジョエル・エンビードが、漸くNBAデビューを果たし、新加入のセルヒオ・ロドリゲスダリオ・サリッチも奮闘。同シーズンも開幕から連敗が続いたが、11月10日のインディアナ・ペイサーズ戦で、開幕からの連敗を7で止めるシーズン初勝利を挙げた。

シーズンごとの成績[編集]

Note: 勝 = 勝利数, 敗 = 敗戦数, % = 勝率

シーズン  % プレーオフ 結果
シラキューズ・ナショナルズ
1949-50 51 13 .797 ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝勝利
NBAファイナル敗退
ナショナルズ 2, フィラデルフィア 0
ナショナルズ 2, ニックス 1
ミネアポリス 4, ナショナルズ 2
1950-51 32 34 .485 ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝敗退
ナショナルズ 2, フィラデルフィア 0
ニックス 3, ナショナルズ 2
1951-52 40 26 .606 ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝敗退
ナショナルズ 2, フィラデルフィア 1
ニックス 3, ナショナルズ 1
1952-53 47 24 .648 ディビジョン準決勝敗退 セルティックス 2, ナショナルズ 0
1953-54 42 30 .583 Round-Robin
Round-Robin
ディビジョン決勝勝利
NBAファイナル敗退
ナショナルズ 2, セルティックス 0
ナショナルズ 2, ニックス 0
ナショナルズ 2, セルティックス 0
ミネアポリス 4, ナショナルズ 3
1954-55 43 29 .597 ディビジョン準決勝勝利
NBAファイナル優勝
ナショナルズ 3, セルティックス 1
ナショナルズ 4, フォートウェイン 3
1955-56 35 37 .486 タイブレークゲーム勝利
ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝敗退
ナショナルズ 1, ニックス 0
ナショナルズ 2, セルティックス 1
フィラデルフィア 3, ナショナルズ 2
1956-57 38 34 .528 ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝敗退
ナショナルズ 2, フィラデルフィア 0
セルティックス 3, ナショナルズ 0
1957-58 41 31 .569 ディビジョン準決勝敗退 フィラデルフィア 2, ナショナルズ 1
1958-59 35 37 .486 ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝敗退
ナショナルズ 2, ニックス 0
セルティックス 4, ナショナルズ 3
1959-60 45 30 .600 ディビジョン準決勝敗退 フィラデルフィア 2, ナショナルズ 1
1960-61 38 41 .481 ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝敗退
ナショナルズ 3, フィラデルフィア 0
セルティックス 4, ナショナルズ 1
1961-62 41 39 .513 ディビジョン準決勝敗退 フィラデルフィア 3, ナショナルズ 2
1962-63 48 32 .600 ディビジョン準決勝敗退 シンシナティ 3, ナショナルズ 2
フィラデルフィア・セブンティシクサーズ
1963-64 34 46 .425 ディビジョン準決勝敗退 シンシナティ 3, シクサーズ 2
1964-65 40 40 .500 ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝敗退
シクサーズ 3, シンシナティ 1
1965-66 55 25 .688 ディビジョン準決勝敗退 セルティックス 4, シクサーズ 1
1966-67 68 13 .671 ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝勝利
NBAファイナル優勝
シクサーズ 3, シンシナティ 1
シクサーズ 4, セルティックス 1
シクサーズ 4, サンフランシスコ 2
1967-68 62 20 .756 ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝敗退
シクサーズ 4, ニックス 2
セルティックス 4, シクサーズ 3
1968-69 55 27 .671 ディビジョン準決勝敗退 セルティックス 4, シクサーズ 1
1969-70 42 40 .512 ディビジョン準決勝敗退 バックス 4, シクサーズ 1
1970-71 47 35 .573 ディビジョン準決勝敗退 ボルチモア 4, シクサーズ 2
1971-72 30 52 .366
1972-73 9 73 .110
1973-74 25 57 .305
1974-75 34 48 .415
1975-76 46 36 .561 1回戦敗退 バッファロー 2, シクサーズ 1
1976-77 50 32 .610 カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
シクサーズ 4, セルティックス 3
シクサーズ 4, ロケッツ 2
ブレイザーズ 4, シクサーズ 2
1977-78 55 27 .671 カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ニックス 4, シクサーズ 0
ワシントン 4, シクサーズ 2
1978-79 47 35 .573 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
シクサーズ 2, ネッツ 0
スパーズ 4, シクサーズ 3
1979-80 59 23 .720 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
シクサーズ 2, ワシントン 0
シクサーズ 4, ホークス 1
シクサーズ 4, セルティックス 1
レイカーズ 4, シクサーズ 2
1980-81 62 20 .756 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
シクサーズ 2, ペイサーズ 0
シクサーズ 4, バックス 3
セルティックス 4, シクサーズ 3
1981-82 58 24 .707 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
シクサーズ 2, ホークス 0
シクサーズ 4, バックス 2
シクサーズ 4, セルティックス 3
レイカーズ 4, シクサーズ 2
1982-83 65 17 .793 カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル優勝
シクサーズ 4, ニックス 0
シクサーズ 4, バックス 1
シクサーズ 4, レイカーズ 0
1983-84 52 30 .634 1回戦敗退 ネッツ 3, シクサーズ 2
1984-85 58 24 .707 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
シクサーズ 3, ワシントン 1
シクサーズ 4, バックス 0
セルティックス 4, シクサーズ 1
1985-86 54 28 .659 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
シクサーズ 3, ワシントン 2
バックス 4, シクサーズ 3
1986-87 45 37 .549 1回戦敗退 バックス 3, シクサーズ 2
1987-88 36 46 .439
1988-89 46 36 .561 1回戦敗退 ニックス 3, シクサーズ 0
1989-90 53 29 .646 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
シクサーズ 3, キャブス 2
ブルズ 4, シクサーズ 1
1990-91 44 38 .537 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
シクサーズ 3, バックス 0
ブルズ 4, シクサーズ 1
1991-92 35 47 .427
1992-93 26 56 .317
1993-94 25 57 .305
1994-95 24 58 .293
1995-96 18 64 .220
1996-97 22 60 .268
1997-98 31 51 .378
1998-99 28 22 .560 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
シクサーズ 3, マジック 1
ペイサーズ 4, シクサーズ 0
1999-2000 49 30 .598 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
シクサーズ 3, シャーロット 1
ペイサーズ 4, シクサーズ 2
2000-01 56 26 .683 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
シクサーズ 3, ペイサーズ 1
シクサーズ 4, ラプターズ 3
シクサーズ 4, バックス 3
レイカーズ 4, シクサーズ 1
2001-02 43 39 .524 1回戦敗退 セルティックス 3, シクサーズ 2
2002-03 48 34 .585 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
シクサーズ 4, ホーネッツ 2
ピストンズ 4, シクサーズ 2
2003-04 33 49 .402
2004-05 43 39 .524 1回戦敗退 ピストンズ 4, シクサーズ 1
2005-06 38 44 .463
2006-07 35 47 .427
2007-08 40 42 .488 1回戦敗退 ピストンズ 4, シクサーズ 2
2008-09 41 41 .500 1回戦敗退 マジック 4, シクサーズ 2
2009-10 27 55 .329
2010–11 41 41 .500 1回戦敗退 ヒート 4, シクサーズ 1
2011–12 35 31 .530 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
シクサーズ 4, ブルズ 2
セルティックス 4, シクサーズ 3
2012–13 34 48 .415
2013–14 19 63 .232
2014–15 18 64 .220
2015–16 10 72 .122
通算勝敗 2,726 2,578 .514
プレイオフ 217 205 .514 3回優勝

主な選手[編集]

現役選手[編集]

フィラデルフィア・セブンティシクサーズ ロースター
プレーヤー スタッフ
Pos. # 名前 国籍 年齢 身長  体重 出身
G 0 ジェリッド・ベイレス (Jerryd Bayless) Cruz Roja.svg アメリカ合衆国の旗 28 (1988/08/20) 6ft3in(1.91m) 200lb(91kg) アリゾナ大学
F 33 ロバート・コビントン (Robert Covington) アメリカ合衆国の旗 25 (1990/12/14) 6ft9in(2.06m) 210lb(95kg) テネシー州立大学
C 21 ジョエル・エンビード (Joel Embiid) カメルーンの旗 22 (1994/03/16) 7ft0in(2.13m) 275lb(125kg) カンザス大学
G 12 ジェラルド・ヘンダーソン・ジュニア (Gerald Henderson, Jr.) アメリカ合衆国の旗 29 (1987/12/9) 6ft4in(1.93m) 215lb(98kg) デューク大学
F 22 リシャーン・ホームズ (Richaun Holmes) アメリカ合衆国の旗 23 (1993/10/15) 6ft10in(2.08m) 245lb(111kg) ボーリング・グリーン州立大学
F 7 エルサン・イルヤソバ (Ersan Ilyasova) トルコの旗 29 (1987/05/15) 6ft10in(2.08m) 240lb(109kg) トルコ
G 24 ティモテー・ルワウ (Timothé Luwawu-Cabarrot) フランスの旗 21 (1995/05/09) 6ft6in(1.98m) 220lb(100kg) フランス
G 1 T・J・マコーネル (T. J. McConnell) アメリカ合衆国の旗 24 (1992/03/25) 6ft2in(1.88m) 200lb(91kg) アリゾナ大学
F/C 4 ナーレンズ・ノエル (Nerlens Noel) キャプテン Cruz Roja.svg アメリカ合衆国の旗 22 (1994/04/10) 6ft11in(2.11m) 228lb(103kg) ケンタッキー大学
C 8 ジャーリール・オカフォー (Jahlil Okafor) キャプテン Cruz Roja.svg アメリカ合衆国の旗 20 (1995/12/15) 6ft11in(2.11m) 275lb(125kg) デューク大学
G 14 セルヒオ・ロドリゲス (Sergio Rodriguez) スペインの旗 30 (1986/10/12) 6ft3in(1.91m) 187lb(85kg) スペイン
F 9 ダリオ・サリッチ (Dario Šarić) クロアチアの旗 21 (1995/04/02) 6ft10in(2.08m) 240lb(109kg) クロアチア
F 25 ベン・シモンズ (Ben Simmons) Cruz Roja.svg オーストラリアの旗 20 (1996/07/20) 6ft10in(2.08m) 240lb(109kg) ルイジアナ州立大学
G 11 ニック・スタウスカス (Nik Stauskas)6th カナダの旗 23 (1993/10/07) 6ft6in(1.98m) 205lb(93kg) ミシガン大学
G/F 31 ホリス・トンプソン (Hollis Thompson) アメリカ合衆国の旗 25 (1991/04/03) 6ft8in(2.03m) 206lb(93kg) ジョージタウン大学
ヘッドコーチ
アメリカ合衆国の旗 ブレット・ブラウン (Brett Brown)
アシスタントコーチ
  アメリカ合衆国の旗 ジム・オブライエン (Jim O'Brien)

記号説明
キャプテン キャプテン
(S) 出場停止(Suspended)
(-) ベンチ外(Inactive)
Cruz Roja.svg 故障者(Injured)
DL  :Dリーグ・アサイン
(+)  :シーズン途中契約
FA  :フリーエージェント
DP  :ドラフト未契約

外部リンク

更新日:2016年11月12日


年代別主要選手[編集]

太文字…殿堂入り選手 (C)…優勝時に在籍した選手 (M)…在籍時にMVPを獲得した選手 (50)…偉大な50人

1940年代 (プレイオフ進出:1回 ファイナル進出:1回)

1950年代 (プレイオフ進出:10回 ファイナル進出:2回 優勝:1回)

1960年代 (プレイオフ進出:10回 ファイナル進出:1回 優勝:1回)

1970年代 (プレイオフ進出:6回 ファイナル進出:1回)

1980年代 (プレイオフ進出:9回 ファイナル進出:3回 優勝:1回)

1990年代 (プレイオフ進出:3回)

2000年代 (プレイオフ進出:5回 ファイナル進出:1回)

2010年代 (プレイオフ進出:2回)

栄誉[編集]

永久欠番[編集]

殿堂入り[編集]

コーチ、その他[編集]


チーム記録[編集]

フィラデルフィア・セブンティシクサーズのチーム記録

脚註[編集]

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  1. ^ 76ers hire Brett Brown as coach---ESPN.com
  2. ^ NBA Game Info LAL vs. PHI(2015/12/01) NBA.com 2015年12月01日

外部リンク[編集]