オクラホマシティ・サンダー

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オクラホマシティ・サンダー
Oklahoma City Thunder
チームロゴ バスケットボールの模様の入った盾にOKCのロゴ、その上にTHUNDER
所属リーグ  NBA アメリカ合衆国の旗カナダの旗
カンファレンス  ウェスタン・カンファレンス 
ディビジョン  ノースウェスト
創設 1967年
チーム史

シアトル・スーパーソニックス  SEA 
1967 - 2008

オクラホマシティ・サンダー  OKC 
2008 -
本拠地
オクラホマシティ・サンダーの位置(アメリカ合衆国内)
オクラホマシティ・サンダー

オクラホマ州の旗 オクラホマ州オクラホマシティ
アリーナ チェサピーク・エナジー・アリーナ
収容人数 18,203人 開設2002年
チームカラー ライトブルー、オレンジ、ネイビーブルー、金
オーナー クレイ・ベネット
社長 サム・プレスティ
GM サム・プレスティ
ヘッドコーチ ビリー・ドナヴァン
優勝歴 1回 NBA FINAL CHAMP.png SEA 1979年)[1]
ファイナル進出 4回( SEA 1978年, 1979年, 1996年, OKC 2012年)
ディビジョン優勝 11回( SEA 1979年, 1994年, 1996年, 1997年, 1998年, 2005年, OKC  2011年, 2012年, 2013年, 2014年, 2016年)
永久欠番  1 , 10 , 19 , 24 , 32 , 43 [2]
NBADL提携チーム オクラホマシティ・ブルー
ユニフォーム
Kit body oklahomath.png
Homeのジャージ
Kit shorts oklahomath.png
チームカラー
Home
Kit body oklahomata.png
Awayのジャージ
Kit shorts oklahomata.png
チームカラー
Away
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オクラホマシティ・サンダーOklahoma City Thunder)は、アメリカ合衆国オクラホマ州オクラホマシティに本拠を置く全米プロバスケットボール協会(NBA)のチーム。ウェスタン・カンファレンス(西地区)のノースウェスト・ディビジョンに所属。本拠地はハリケーン・カトリーナの被害のためニューオーリンズ・ホーネッツが2005-2007の2シーズンの間使用していたチェサピーク・エナジー・アリーナ

歴史[編集]

オクラホマシティのホームコートであるチェサピーク・エナジー・アリーナ

シアトル時代[編集]

シアトル・スーパーソニックスとしてチームは1966年に設立されて、翌1967-68シーズンよりリーグに参加した。1970年代終盤に黄金期を迎えて、オールスター選手ジャック・シクマデニス・ジョンソンを擁し、レニー・ウィルケンズに率いられたチームは1978年1979年NBAファイナルに進出、2年連続でワシントン・ブレッツと対戦し、このうち1979年には優勝を果たした。1991-92シーズンよりジョージ・カール監督を迎え入れると次第にソニックスは西地区有数の強豪へと成長して行き、1993-94シーズンは63勝19敗の成績でウェスタンカンファレンス首位の第1シードとなったが、プレーオフ1回戦でディケンベ・ムトンボ擁する第8シードのデンバー・ナゲッツに敗れた。1995-96シーズンにはフランチャイズ最高の64勝をマークし再びNBAファイナルに進出した。ゲイリー・ペイトンショーン・ケンプデトレフ・シュレンプ、そして長年チームを支えてきたネイト・マクミランらが活躍したが、NBA新記録のシーズン72勝を挙げたシカゴ・ブルズに2勝4敗で敗れた。その後1998年にカール監督が退任するまで好成績を残したがプレイオフ1回戦を突破できなかった。2000年にマクミランが監督に就任し、1998年に指名した高卒のラシャード・ルイス2003年にペイトンとのトレードで獲得したレイ・アレンが中心となり、2005年にはカンファレンス準決勝まで進んだ。その後低迷期に入り、2007年のオフにはルイスとアレンを一度に放出し、2007年のNBAドラフトで2位指名で獲得したケビン・デュラントを中心に再建モードに入った。

オクラホマシティ移転 デュラントの時代[編集]

2008年4月18日のNBAのオーナー会議でオクラホマシティへの移転が28対2で承認された [3]キーアリーナとの2010年までのリース契約などの問題が残ったが同年7月2日、チームはオクラホマシティへの本拠地移転について違約金7,500万ドルを支払うことでシアトル市との和解が成立、移転することに対する合意に達したことが発表された[4]。チーム名・チームカラー・チームロゴマーク・ソニックス時代の優勝記念バナーと永久欠番バナーなどはシアトル市が保有することとなった。同年9月3日、新チーム名としてオクラホマシティ・サンダーとなること、ロゴが発表された[5]

2008-09シーズンは序盤は連敗続きで泥沼状態だったが、ヘッドコーチのP・J・カーリシモを解雇しアシスタントコーチのスコット・ブルックスを暫定HCとし、2008年のNBAドラフト4位でラッセル・ウェストブルックを指名し、ネナド・クリスティッチターボ・セフォロシャの加入などでチームは若返りを図り23勝59敗と低迷しシーズンを終えたが、ルーキーのウェストブルック、2年目のデュラントが活躍し来シーズン以降に向けて可能性を感じさせるシーズンとなった。

西の強豪へ[編集]

オクラホマシティ移転2年目の2009-10シーズン、デュラント、ウェストブルック、ジェフ・グリーンが核となり、そこに2009年のNBAドラフト4位でジェームス・ハーデンを指名し、若さ溢れるチームに多くの専門家とファンが期待を寄せた。サンダーは期待に応じ開幕から勝率5割を維持しシーズン中頃には9連勝を記録。その後もシーズン終盤まで好調を維持し最終的には50勝32敗となり前年の23勝から実に27勝分を積み上げ、これはリーグ史上でも6番目の飛躍となった。チームの躍進に立役者のデュラントは平均30.1得点7.6リバウンド2.8アシストで史上最年少となる21歳と197日での得点王となった。またレギュラーシーズンMVPの投票でレブロン・ジェームズに次ぐ第2位の票を集め、オールNBAチーム選考では1stチームに初選出された。その他ブルックスHCはNBA最優秀コーチ賞を受賞している。サンダーとしての初のプレーオフは一回戦でいきなり前年度チャンピオンのロサンゼルス・レイカーズと対戦。2勝4敗で敗退したものの、プレーオフ未経験者が大半を占める若いチームが、古豪から2勝上げ健闘を見せた、

2010-11シーズン、シーズン途中グリーン、クリスティッチとの交換トレードでケンドリック・パーキンスネイト・ロビンソンを獲得し、弱点だったインサイドの強化とベンチの層を厚くし、さらにサージ・イバカの成長とウェストブルックはオールスターに選ばれるほどリーグ屈指のガードとして認められ、デュラントは2年連続得点王となり、チームは55勝27敗とさらに躍進した。プレーオフでは順調に一回戦でデンバー・ナゲッツを4勝1敗で破り、続く二回戦ではザック・ランドルフ擁するグリズリーズに苦しめられるものの4勝3敗で退け15年ぶりにカンファレンスファイナルに進出しマーベリックスと対戦。若さ溢れるサンダーとダーク・ノヴィツキージェイソン・キッドをはじめ経験豊富なベテランのマブスとの戦いとなった。デュラントは一人気を吐いたがチームを牽引することができず、経験の差が露呈し、1勝4敗で敗れた。それでもドアマットチームから3年でカンファレンスファイナルに進出し優勝争いできるチームに成長した。

2011-2012シーズンは1995-1996シーズン以来、オクラホマシティ移転後初となるファイナル進出となるが、マイアミ・ヒートの新生BIG3に敗れた。

2012-2013シーズンは、契約交渉が難航していたジェームス・ハーデンヒューストン・ロケッツに放出しながらも、リーグ最高勝率でシーズンを終えた。しかしプレーオフ一回戦のヒューストン・ロケッツ戦で、ラッセル・ウェストブルックが、右膝に重傷を負い、プレーオフ絶望に。ロケッツ戦は勝ち抜いたものの、続くメンフィス・グリズリーズに1勝4敗で屈した。

2013-2014シーズンは、カンファレンスファイナルまで勝ち上がってきたが、サンアントニオ・スパーズに2勝4敗で敗退した。

2014-2015シーズンは、主力に怪我人が続出し、5割前後の苦しい戦いを強いられる中、2015年に入り次々と大型トレードを敢行し、ディオン・ウェイターズD・J・オーガスティンエネス・カンターなどを獲得するなど、積極的に戦力補強を行い、6年連続プレーオフ出場を目指したが、ケビン・デュラントを欠いたのが響き、45勝37敗ながらプレーオフ出場を逃し、スコット・ブルックスヘッドコーチを4月22日に解任。4月30日にビリー・ドナヴァンを新ヘッドコーチに招聘し、再出発することになった。

2015-2016シーズンは、デュラントが健康体を取り戻し、カンファレンスの上位に返り咲いたものの、チーム内に不幸が降りかかる。モンティ・ウィリアムズアシスタントコーチの妻、小口オーナーの一人が相次いで事故死したのに続き、ディオン・ウェイターズの弟が殺害されるなど、試練の連続となったが、チームは55勝27敗で2シーズン振りの地区優勝。プレーオフでは2ndラウンドで67勝15敗を記録したサンアントニオ・スパーズを4勝2敗で退け、カンファレンスファイナルはNBA史上最高の 73勝9敗 を記録したゴールデンステート・ウォリアーズとの対決となった。サンダーはデュラント、ウェストブルックの二枚看板に加え、ウェイターズ、スティーブン・アダムスエネス・カンターアンドレ・ロバーソンらの奮闘もあり、一時は3勝1敗と王手をかけた。しかし、そこからステフィン・カリークレイ・トンプソンのウォリアーズの二枚看板を止めることが出来ず、その後3連敗を喫し、3勝4敗で力尽きた。

2017-18シーズンはウェストブルックのサポートを固める為にビクター・オラディポドマンタス・サボニスとのトレードでインディアナ・ペイサーズからポール・ジョージ[6]エネス・カンターダグ・マクダーモット、将来のドラフト2巡目指名権とのトレードでニューヨーク・ニックスからカーメロ・アンソニーを獲得し[7]BIG3を形成した[8]。レギュラーシーズンは波が大きく連勝、連敗を繰り返し最終的に昨シーズンから1勝増やした48勝34敗、カンファレンス4位で終了した[9]。プレーオフは1回戦でカンファレンス5位のユタ・ジャズに2勝4敗で敗れた[10]

シーズンごとの成績[編集]

Note: 勝 = 勝利数, 敗 = 敗戦数, % = 勝率

シーズン % プレーオフ 結果
シアトル・スーパーソニックス
1967-68 23 59 .280
1968-69 30 52 .366
1969-70 36 46 .439
1970-71 38 44 .463
1971-72 47 35 .573
1972-73 26 56 .317
1973-74 36 46 .439
1974-75 43 39 .524 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ソニックス 2, ピストンズ 1
ウォリアーズ 4, ソニックス 2
1975-76 43 39 .524 カンファレンス準決勝敗退 サンズ 4, ソニックス 2
1976-77 40 42 .488
1977-78 47 35 .573 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
ソニックス 2, レイカーズ 1
ソニックス 4, ブレイザーズ 2
ソニックス 4, ナゲッツ 2
ワシントン 4, ソニックス 3
1978-79 52 30 .634 カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル優勝
ソニックス 4, レイカーズ 1
ソニックス 4, サンズ 3
ソニックス 4, ワシントン 1
1979-80 56 26 .683 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ソニックス 2, ブレイザーズ 1
ソニックス 4, バックス 3
レイカーズ 4, ソニックス 1
1980-81 34 48 .415
1981-82 52 30 .634 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ソニックス 2, ロケッツ 1
スパーズ 4, ソニックス 1
1982-83 48 34 .585 1回戦敗退 ブレイザーズ 2, ソニックス 0
1983-84 42 40 .512 1回戦敗退 マーベリックス 3, ソニックス 2
1984-85 31 51 .378
1985-86 31 51 .378
1986-87 39 43 .476 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ソニックス 3, マーベリックス 1
ソニックス 4, ロケッツ 2
レイカーズ 4, ソニックス 1
1987-88 44 38 .537 1回戦敗退 ナゲッツ 3, ソニックス 2
1988-89 47 35 .573 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ソニックス 3, ロケッツ 1
レイカーズ 4, ソニックス 0
1989-90 41 41 .500
1990-91 41 41 .500 1回戦敗退 ブレイザーズ 3, ソニックス 2
1991-92 47 35 .573 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ソニックス 3, ウォリアーズ 1
ジャズ 4, ソニックス 1
1992-93 55 27 .671 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ソニックス 3, ジャズ 2
ソニックス 4, ロケッツ 3
サンズ 4, ソニックス 3
1993-94 63 19 .768 1回戦敗退 ナゲッツ 3, ソニックス 2
1994-95 57 25 .695 1回戦敗退 レイカーズ 3, ソニックス 1
1995-96 64 18 .780 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
ソニックス 3, キングス 1
ソニックス 4, ロケッツ 0
ソニックス 4, ジャズ 3
ブルズ 4, ソニックス 2
1996-97 57 25 .695 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ソニックス 3, サンズ 2
ロケッツ 4, ソニックス 3
1997-98 61 21 .744 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ソニックス 3, ウルブズ 2
レイカーズ 4, ソニックス 1
1998-99 25 25 .500
1999-2000 45 37 .549 1回戦敗退 ジャズ 3, ソニックス 2
2000-01 44 38 .537
2001-02 45 37 .549 1回戦敗退 スパーズ 3, ソニックス 2
2002-03 40 42 .488
2003-04 37 45 .451
2004-05 52 30 .634 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ソニックス 4, キングス 1
スパーズ 4, ソニックス 2
2005-06 35 47 .427
2006-07 31 51 .378
2007-08 20 62 .244
オクラホマシティ・サンダー
2008-09 23 59 .280
2009-10 50 32 .610 1回戦敗退 レイカーズ 4, サンダー 2
2010-11 55 27 .671 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
サンダー 4, ナゲッツ 1
サンダー 4, グリズリーズ 3
マーベリックス 4, サンダー 1
2011-12 47 19 .712 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
サンダー 4, マーベリックス 0
サンダー 4, レイカーズ 1
サンダー 4, スパーズ 2
ヒート 4, サンダー 1
2012-13 60 22 .732 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
サンダー 4, ロケッツ 2
グリズリーズ 4, サンダー 1
2013-14 59 23 .720 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
サンダー 4, グリズリーズ 3
サンダー 4, クリッパーズ 2
スパーズ 4, サンダー 2
2014-15 45 37 .549
2015–16 55 27 .671 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
サンダー 4, マーベリックス 1
サンダー 4, スパーズ 2
ウォリアーズ 4, サンダー 3
2016–17 47 35 .573 1回戦敗退 ロケッツ 4, サンダー 1
2017–18 48 34 .585 1回戦敗退 ジャズ 4, サンダー 2
通算勝敗 2,234 1,900 .540
プレイオフ 150 148 .503 優勝1回

主な選手[編集]

現役選手[編集]

プレーヤー スタッフ
Pos. # 名前 国籍 年齢 身長 体重 出身
G 8 アレックス・アブリネス (Alex Abrines) スペイン 25 (1993/8/2) 6ft6in(1.98m) 190lb(86kg) スペイン 
C 12 スティーブン・アダムス (Steven Adams) ニュージーランド 25 (1993/07/20) 7ft0in(2.13m) 250lb(113kg) ピッツバーグ大学 
G/F 30 ディオンテ バートン (Deonte Burton) TW.png アメリカ合衆国 24 (1994/1/31) 6ft5in(1.96m) 250lb(113kg) アイオワ州立大学 
C 34 タイラー デイビス (Tyler Davis) TW.png プエルトリコ 21 (1997/5/22) 6ft10in(2.08m) 266lb(121kg) テキサスA&M大学 
G 6 ハミドゥ・ディアロ (Hamidou Diallo) アメリカ合衆国 20 (1998/07/31) 6ft5in(1.96m) 198lb(90kg) ケンタッキー大学 
G 2 レイモンド・フェルトン (Raymond Felton) アメリカ合衆国 34 (1984/6/26) 6ft1in(1.85m) 205lb(93kg) ノースカロライナ大学 
G/F 23 テレンス・ファーガソン (Terrance Ferguson) アメリカ合衆国 20 (1998/05/17) 6ft7in(2.01m) 175lb(79kg) プライム・アカデミー高校 
F 13 ポール・ジョージ (Paul George) アメリカ合衆国 28 (1990/5/2) 6ft9in(2.06m) 220lb(100kg) カリフォルニア州立大学フレズノ校 
F 9 ジェラミ・グラント (Jerami Grant) アメリカ合衆国 24 (1994/03/12) 6ft8in(2.03m) 210lb(95kg) シラキュース大学 
F - ケビン・ハーベイ (Kevin Hervey) DP アメリカ合衆国 22 (1996/07/09) 6ft8in(2.03m) 211lb(96kg) テキサス・アーリントン大学 
G/F 7 ティモテー・ルワウ (Timothé Luwawu-Cabarrot) フランス 23 (1995/5/9) 6ft6in(1.98m) 205lb(93kg) フランス 
G/F 11 アブデル・ネイダー (Abdel Nader) エジプト 25 (1993/09/25) 6ft7in(2.01m) 230lb(104kg) アイオワ州立大学 
F/C 3 ナーレンズ・ノエル (Nerlens Noel) アメリカ合衆国 24 (1994/04/10) 6ft11in(2.11m) 228lb(103kg) ケンタッキー大学 [1]
F/C 54 パトリック・パターソン (Patrick Patterson) アメリカ合衆国 29 (1989/3/14) 6ft9in(2.06m) 235lb(107kg) ケンタッキー大学 
G/F 21 アンドレ・ロバーソン (Andre Roberson) アメリカ合衆国 26 (1991/12/04) 6ft7in(2.01m) 210lb(95kg) コロラド大学 
G 17 デニス・シュレーダー (Dennis Schroder) ドイツ 25 (1993/9/15) 6ft1in(1.85m) 174lb(79kg) ドイツ 
F 15 ドンテ・グランサム (Donte Grantham) アメリカ合衆国 23 (1995/05/19) 6ft8in(2.03m) 215lb(98kg) クレムソン大学 
PG 0 ラッセル・ウェストブルック (Russell Westbrook) キャプテン アメリカ合衆国 29 (1988/11/12) 6ft3in(1.91m) 187lb(85kg) UCLA 

記号説明


外部リンク

更新日:2018年09月17日


年代別主要選手[編集]

太文字…殿堂入り選手 (C)…優勝時に在籍した選手 (M)…在籍時にMVPを獲得した選手 (50)…偉大な50人

2000年代 (プレイオフ進出:3回)

2010年代 (プレイオフ進出:7回 ファイナル進出: 1回)

永久欠番[編集]

歴代ヘッドコーチ[編集]

殿堂入り[編集]

  • レニー・ウィルケンズ (Lenny Wilkens)

チーム記録[編集]

オクラホマシティ・サンダーのチーム記録

脚注[編集]

外部リンク[編集]