チャック・デイリー

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チャック・デイリー
Chuck Daly
Chuck Daly.jpg
故人
殿堂 バスケットボール殿堂(1994,2010)
永久欠番 ピストンズ  2 (HC)
身長(現役時) 188cm  (6 ft 2 in)
体重(現役時) 82kg (181 lb)
基本情報
本名 Charles Jerome Daly
愛称 "Chuck"
ラテン文字 Chuck Daly
誕生日 1930年7月20日
没年月日 2009年5月9日(満78歳没)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ペンシルベニア州セントメアリーズ
出身 ブルームバーグ大学 (ペンシルバニア州)
ドラフト  
指導者経歴
1978-81
1981-82
1983-92
1992-94
1997-99
フィラデルフィア・76ers(AC)
クリーブランド・キャバリアーズ
デトロイト・ピストンズ
ニュージャージー・ネッツ
オーランド・マジック
受賞歴

コーチ時代

チャック・デイリーCharles Jerome "Chuck" Daly, 1930年7月20日 - 2009年5月9日)は、ペンシルベニア州セントメリーズ出身のバスケットボール指導者。NBAデトロイト・ピストンズで、バッド・ボーイズを率い、1989年、1990年と連覇を達成しており、当時全盛期であったマイケル・ジョーダンに対して、ダブルチームを駆使し、時にはファウルをも辞さない激しいプレスディフェンスを行う、所謂ジョーダン・ルールと呼ばれる戦術を編み出し、このディフェンス戦術は、その後も歴代スタープレーヤに対抗する戦術の一つとして受け継がれている。1992年のバルセロナ・オリンピックではドリームチームを率いて金メダルを獲得し[1]NBA10人の名将にも選ばれている。また1994年と2010年の2度のバスケットボール殿堂入りを果たしている[2]

経歴[編集]

地元ペンシルバニア州の高校でコーチ業を始め、デューク大学のアシスタントコーチやボストンカレッジペンシルベニア大学でコーチを務めた後[3][4]、1978年NBAフィラデルフィア・76サーズのアシスタントコーチとしてNBAでのキャリアをスタートさせた。その後、クリーブランド・キャバリアーズのヘッドコーチを経て[5]、1983年デトロイト・ピストンズのヘッドコーチに就任。アイザイア・トーマスビル・レインビアデニス・ロッドマンなどのバッド・ボーイズと言われた荒くれ者集団をうまくまとめてチーム力を発揮させることに成功。それまで2シーズン以上連続で勝ち越したことの無いチームで9シーズン連続で勝ち越すことに成功している。1989年1990年に2年連続NBA制覇を達成した。

プロの出場が解禁された1992年バルセロナオリンピックでは、その指導力を買われてスーパースター軍団の「ドリームチーム」の指揮を取り、圧倒的な強さで金メダルを獲得した。

その後、ロサンゼルス・クリッパーズニュージャージー・ネッツオーランド・マジックのヘッドコーチを歴任。それぞれのチームの成績を立て直し、多くのシーズンでプレイオフに進出させることに成功している。

合計で14シーズンの間、コーチを務め、638勝437敗の記録を残している。これらのコーチとしての功績により1994年5月9日バスケットボール殿堂入りを果たしている。自身はNBAでの選手歴はないが、デトロイト・ピストンズは彼の功績をたたえ、背番号2をチャック・デイリーの永久欠番とした。

2009年5月9日に永眠した[6][1][7]。78歳没。

脚註[編集]

外部リンク[編集]

バスケットボール殿堂公式サイト チャック・デイリー