トニー・パーカー

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トニー・パーカー
Tony Parker
サンアントニオ・スパーズ  No.9
Parker khomar.JPG
名前
本名 William Anthony Parker II
愛称 T.P、 トニー.P
ラテン文字 Tony Parker
フランス語 William Anthony Parker Ⅱ
基本情報
誕生日 1982年5月17日(32歳)
フランスの旗 フランス
ベルギーの旗 ベルギー
出身地 ベルギーの旗 ベルギー フランデレン地域の旗 フランデレン地域
ウェスト=フランデレン州の旗 ウェスト=フランデレン州ブルッヘ
出身 フランス国立スポーツ研究センター(INSEP)
身長 188cm  (6 ft 2 in)
体重 82kg (181 lb)
ウィングスパン 193cm  (6 ft 4 in)
足のサイズ 29.5cm(11 1/2)
選手情報
ポジション ポイントガード
背番号 9
シューズ PEAK
ドラフト 2001年 28位
選手経歴
1999-2001
2001-現在
パリ・バスケ・ラシン パリ・バスケ・ラシン
サンアントニオ・スパーズ サンアントニオ・スパーズ
受賞歴
代表歴
キャップ フランスの旗 2000年-

トニー・パーカーTony Parker)ことウィリアム・アンソニー・パーカー2世William Anthony Parker II, 1982年5月17日 - )は、フランスのプロバスケットボール選手である。NBAサンアントニオ・スパーズ所属。ポジションはポイントガード。背番号は「9」。父はアメリカ人の元バスケット選手で母はオランダ人の元モデル。ベルギーブルッヘ生まれでフランスで育ち、フランス国籍を持つ。ヨーロッパ出身選手、またアメリカ国籍を持たない選手としては初めてのNBAファイナルMVP獲得者である。

略歴[編集]

フランス国内ジュニア[編集]

ジュニアの国内選手権では平均30得点7アシスト、幾度も20得点を達成するなど華々しい活躍で準優勝を果たした。15歳の頃にはパリ国立体育・スポーツ研究センター(INSEP[1])に入り、ここで後にNBAでプレイするボリス・ディアウロニー・トゥリアフらと出会った。INSEP(チームは第3部)での2年目となった98-99シーズン、パーカーは16歳ながら平均22.1得点でリーグの得点王になった。この活躍でプロバスケットボールリーグLNBのパリ・バスケット・レーシングと契約、17歳でプロデビューを果たし、プロ2年目にはチームのエース格に成長し、14.7得点5.6アシストの成績を残した。また2000年のジュニア・ヨーロッパ選手権では優勝を果たした。

NBA[編集]

19歳になったパーカーはNBAドラフトにエントリーする。しかしサンアントニオ・スパーズでの最初のワークアウトは大失敗に終わり、グレッグ・ポポビッチHCからは大変に低い評価を受けた。しかし2度目のワークアウトで何とか眼鏡に適うようになり、2001年のNBAドラフトでスパーズから全体の28位指名を受けて入団した。スパーズの首脳陣はその時点でパーカーが他球団に指名されずに残っていることに驚いていた。

NBAデビューを果たしてからも暫くの間はポポビッチHCの叱咤を受ける日々が続いたが、抜群のスピードとクイックネスは即戦力として通用し、01-02シーズンはルーキーながら、77試合中72試合にスターターで出場。9.2得点、4.3アシストの成績を残し、オールルーキーファーストチームに選出された。2年目となる2002-03シーズンにはチームの主力として全82試合出場を果たし、平均15.5得点はチーム2番目の成績だった。大黒柱のティム・ダンカンとパーカーに牽引されたチームはプレイオフを勝ち進み、4シーズンぶりにファイナルに進出。当時のトップPGジェイソン・キッド率いるニュージャージー・ネッツを4勝2敗で破り、NBAチャンピオンに輝いた。シリーズ中平均14得点を記録したパーカーは2年目にして早くも1つ目のチャンピオンリングを手に入れることになった。

2005年、スパーズでプレイするパーカー

このシーズンを最後に長らくスパーズを支えてきたデビッド・ロビンソンが引退し、スパーズはダンカンにパーカー、そしてアルゼンチン出身のマヌ・ジノビリらを中心としたチームに移行した。優勝を果たしながらもポポビッチらチームの首脳陣はパーカーのプレイ振りには満足しておらず、試合の終盤には、スピーディ・クラクストンが起用される場面が多かった。このオフにはジェイソン・キッドの獲得に動いたが、実現には至らず。パーカーはチャンピオンチームの先発の座を死守した。03-04シーズンのプレイオフはカンファレンスセミファイナルでロサンゼルス・レイカーズに破れ、連覇はならなかった。翌04-05シーズンのプレイオフでは勝ち進み、ファイナルに進出。前シーズンチャンピオンチームのデトロイト・ピストンズと対戦し、パーカーは前シーズンファイナルMVPのチャンシー・ビラップスとマッチアップ。ピストンズの堅いディフェンスにスパーズは苦しめられたが、ジノビリがチームを牽引する活躍をし、またパーカーも平均13.9得点でチームに貢献、ゲーム7までもつれたシリーズをスパーズが制し、パーカーは2つ目のチャンピオンリングを手に入れた。

05-06シーズン、パーカーは苦手だったロングレンジからのシュートを封印し、得意のペネトレイトからの得点により磨きをかけたことにより、フィールドゴール成功率が急上昇し、PGとしては異例の54.8%を記録。故障を抱え不調だったダンカンに代わりチームのリーディングスコアラーとして活躍し、平均18.9得点の成績を残し、初めてオールスターゲームに選出された。スパーズはチーム記録となる63勝19敗の成績を残したが、プレイオフではカンファレンスセミファイナルで宿敵ダラス・マーベリックスに敗れた。06-07シーズンにはダンカンが復調し、スパーズは順調に勝ち続け、プレイオフでも対戦相手を次々と退けてファイナルに進出。レブロン・ジェームス率いるクリーブランド・キャバリアーズと対戦した。このシリーズでパーカーは独擅場とも言える働き振りを見せ、平均24.5得点5リバウンド3.3アシスト、フィールドゴール成功率は57%を記録し、キャバリアーズを4戦全勝のスイープで打ち破った。パーカーはファイナル制覇3回目にして初のファイナルMVPを獲得、7月に控えた婚約者との挙式に華を添えた。 24歳になる以前に出場したプレイオフの試合数がNBA史上最多という記録を持つ。        

07–08シーズン,vsウィザーズ戦にてアリーナスとマッチアップするパーカー

07-08シーズン、スタッツは昨年とほぼ変わらないが足の怪我により13試合に欠場。連覇が目標だったがカンファレンスファイナルでロサンゼルス・レイカーズに1勝しかできずに敗れる。

08-09シーズン、チームは73年以来の開幕3連敗をしてしまう。しかし4戦目のウルブズ戦でパーカーはキャリアハイの55得点10アシストの大活躍で連敗を止めた。NBA史上50得点、10アシストを成し遂げたのは彼で4人目であった。

09-10シーズンは、怪我のため出場試合数は56に止まり、平均得点も前年より大きく下げた。パーカーの怪我により大幅に出場時間を増やしたジョージ・ヒルが期待を上回る活躍を見せ、オフにはパーカーをトレードで放出する案も浮上したが、結局、契約を延長した。

10-11シーズンは、調子を戻し、フィールドゴール%も50%を超えたが、プレイオフでは、パーカーは好調を維持したが、チーム全体が勝負強さを欠き、1回戦で第8シードのメンフィス・グリズリーズにアップセットされるという事態を招いた。

11-12シーズンは、2009年以来のNBAオールスターゲームのメンバーに選出。チームもシカゴ・ブルズと並ぶ50勝16敗のリーグ最高勝率でシーズン終了。プレーオフもユタ・ジャズロサンゼルス・クリッパーズを4戦全勝で下し、カンファレンスファイナルは新興勢力のオクラホマシティ・サンダーとなった。まずはスパーズが2勝をあげる。しかしここから、ケビン・デュラントラッセル・ウェストブルックジェームス・ハーデンなど、若さ溢れるタレント集団が、驚異的な巻き返しを見せ、その後はまさかの4連敗を喫し、2007年以来のNBAファイナル進出はならず、パーカーにとっても失意のシーズンとなった。


12-13シーズンは、6年振りにウェスタンカンファレンスを制し、ファイナルはレブロン・ジェームスドウェイン・ウェイドクリス・ボッシュビッグスリー擁するマイアミ・ヒートとの対戦となった。パーカーは第1戦で体勢を崩しながらも決勝シュートを決め、ヒートを3勝2敗まで追い詰めたが、第6戦の勝利間近でのレイ・アレンの同点3ポイントシュートから形勢を逆転され、3勝4敗で屈した。

13-14シーズンは、リーグ最高勝率で勝ち上がり、プレーオフはダラス・マーベリックスに苦しめられたものの順調に勝ち上がり、カンファレンスファイナルは2シーズン前にファイナル進出を阻まれたオクラホマシティ・サンダーとの対決となった。スパーズは2連勝したもののその後2連敗を喫し、2シーズン前の悪夢が蘇るところだったが、ここでパーカーらが奮起し、2連勝しウェスタンカンファレンスを制した。そしてマイアミ・ヒートとの再戦となったNBAファイナルは、終始ヒートを圧倒し、7年振りにNBA優勝。パーカー自身も通算4個目のNBAチャンピオンリンクを獲得した。

14-15シーズンは、勤続疲労による欠場が増え、パティ・ミルズコーリー・ジョセフなどに出場機会を譲ることが多くなってきているものの、依然としてティム・ダンカンらと共にチームを牽引している。 2015年3月31日のマイアミ・ヒート戦に出場し、NBA史上最速で1,000試合出場を果たした。NBAで1,000試合出場を達成した114人目で、スパーズのみでの達成ではティム・ダンカンに続く2人目の選手[2]であり、この時点での勝利数は718で、勝率でも歴代トップクラスに位置する。 チームは終盤戦の11連勝などで追い込み、55勝27敗の成績で、NBA初の16年連続50勝以上という偉業を達成。しかしウェスタンカンファレンス6位で終わり、上位シード権を失ってしまった。同シーズンについてパーカーは、「非常にタフでグレイシーなシーズンだったよ」と振り返っている。

デプス[編集]

フランス代表[編集]

2000年のジュニア・ヨーロッパ選手権では優勝を果たした。以来フランスナショナルチームとして、2005年ヨーロッパ選手権で銅メダル、2011年ヨーロッパ選手権で銀メダル、2013年ヨーロッパ選手権では、ボリス・ディアウニコラス・バトゥムナンド・デ・コロらとともに金メダルを獲得し、この大会でMVPを獲得している[3]

プレイスタイル[編集]

強気なゲームメイクと相手守備を切り裂くスピードを持ち味とするリーグ屈指のポイントガード。身長は188センチでNBA選手としては小柄だが、味方のスクリーンを使い、スピンムーブなどのドリブルテクニックを駆使したドライブから、ペイントエリアで得点を量産する。フィールドゴール成功率もキャリア平均で50%に近く、ガードの選手としてはきわめて高い数字を残している。ティアドロップショットと呼ばれる中距離から放つアーチの高いレイアップシュートは彼の大きな武器のひとつである(アレン・アイバーソンなど小柄な選手が得意としている)。ミドルレンジからのジャンプシュートを得意とし、3Pシュートは苦手としていたが現在は克服しつつある。

個人成績[編集]

略称説明
  GP 出場試合数   GS  先発出場試合数  MPG  平均出場時間
 FG%  フィールドゴール成功率  3P%  スリーポイント成功率  FT%  フリースロー成功率
 RPG  平均リバウンド  APG  平均アシスト  SPG  平均スティール
 BPG  平均ブロック   TO  平均ターンオーバー  PPG  平均得点
 太字  キャリアハイ

NBAレギュラーシーズン[編集]

シーズン チーム GP GS 勝率 MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG TO PPG
2001–02 SAS 77 72 55 22 .764 29.4 .419 .323 .675 2.6 4.3 1.2 .1 2.0 9.2
2002–03 SAS 82 82 60 22 .732 33.8 .464 .337 .755 2.6 5.3 .9 .1 2.4 15.5
2003–04 SAS 75 75 54 21 .720 34.4 .447 .312 .702 3.2 5.5 .8 .0 2.4 14.7
2004–05 SAS 80 80 58 22 .725 34.2 .482 .276 .650 3.7 6.1 1.2 .1 2.7 16.6
2005–06 SAS 80 80 61 19 .763 33.9 .548 .306 .707 3.3 5.8 1.0 .1 3.1 18.9
2006–07 SAS 77 77 55 22 .714 32.5 .520 .395 .783 3.2 5.5 1.1 .1 2.5 18.6
2007–08 SAS 69 68 48 21 .696 33.5 .494 .258 .715 3.2 6.0 .8 .1 2.4 18.8
2008–09 SAS 72 71 47 25 .653 34.1 .506 .292 .782 3.1 6.9 .9 .1 2.6 22.0
2009–10 SAS 56 50 34 22 .607 30.9 .487 .294 .756 2.4 5.7 .5 .1 2.7 16.0
2010–11 SAS 78 78 60 18 .769 32.4 .519 .357 .769 3.1 6.6 1.2 .0 2.6 17.5
2011–12 SAS 60 60 47 13 .783 32.0 .480 .230 .799 2.9 7.7 1.0 .1 2.6 18.3
2012–13 SAS 66 66 47 19 .712 32.9 .522 .353 .845 3.0 7.6 .8 .1 2.6 20.3
2013–14 SAS 68 68 51 17 .750 29.4 .499 .373 .811 2.3 5.7 .5 .1 2.2 16.7
2014–15 SAS 68 68 48 20 .701 28.7 .486 .427 .783 1.9 4.9 .6 0 2.1 14.4
Career 1008 995 725 283 .719 32.6 .494 .323 .753 2.9 5.9 .9 .1 2.5 16.9
シーズン チーム GP GS 勝率 MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG TO PPG
オールスター ウェスト 6 0 4 2 .785 18.3 .522 .167 1.000 1.8 4.7 .8 .0 2.7 8.8

NBAプレーオフ[編集]

シーズン チーム GP GS 勝率 MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG TO PPG
2002年 SAS 10 10 4 6 .400 34.1 .456 .370 .750 2.9 4.0 .9 .1 2.2 15.5
2003年 SASNBA FINAL CHAMP.png 24 24 16 8 .667 33.9 .403 .268 .713 2.8 3.5 .9 .1 2.0 14.7
2004年 SAS 10 10 6 4 .600 38.6 .429 .395 .657 2.1 7.0 1.3 .1 3.1 18.4
2005年 SASNBA FINAL CHAMP.png 23 23 16 7 .696 37.3 .454 .188 .632 2.9 4.3 .7 .1 3.1 17.2
2006年 SAS 13 13 7 6 .538 36.5 .460 .222 .810 3.6 3.8 1.0 .1 3.1 21.1
2007年 SASNBA FINAL CHAMP.png 20 20 16 4 .800 37.6 .480 .333 .679 3.4 5.8 1.1 .0 3.3 20.8
2008年 SAS 17 17 9 8 .529 38.5 .497 .350 .753 3.7 6.1 .9 .1 2.9 22.4
2009年 SAS 5 5 1 4 .200 36.2 .546 .214 .710 4.2 6.8 1.2 .2 4.2 28.6
2010年 SAS 10 2 4 6 .400 33.5 .474 .667 .595 3.8 5.4 .6 .0 2.2 17.3
2011年 SAS 6 6 2 4 .333 36.8 .462 .125 .756 2.7 5.2 1.3 .3 3.3 19.7
2012年 SAS 14 14 10 4 .714 36.1 .453 .333 .807 3.6 6.8 .9 .0 3.1 20.1
2013年 SAS 21 21 15 6 .714 36.4 .458 .355 .777 3.2 7.0 1.1 .1 2.5 20.6
2014年 SASNBA FINAL CHAMP.png 23 23 16 7 .696 31.3 .486 .371 .729 2.0 4.8 0.7 .0 2.7 17.4
Career 196 188 122 74 .622 35.7 .463 .310 .727 3.0 5.3 0.9 .1 2.8 18.9

受賞歴[編集]

  • 2002年 オールルーキーファーストチーム
  • 2007年 NBAファイナルMVP
  • 2012~14年 オールNBAセカンドチーム
  • 2009年 オールNBAサードチーム

その他[編集]

エヴァパーカー,2008年エミー賞にて

脚注[編集]

外部リンク[編集]