デトロイト・ピストンズ

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デトロイト・ピストンズ
Detroit Pistons
チームカラー 赤、白、青
チームロゴ バスケットボールを背景にPISTONSというロゴ。
所属リーグ アメリカ合衆国の旗  NBA 
カンファレンス  イースタン・カンファレンス 
ディビジョン   セントラル 
創設 1941年
NBLに参加、1948年にNBAへ参加)
チーム史 フォート・ウェイン・ゾルナー・ピストンズ
(1941年-1948年)
フォートウェイン・ピストンズ
1948年-1957年
デトロイト・ピストンズ
1957年-)
本拠 ミシガン州の旗 ミシガン州デトロイト
アリーナ ザ・パレス・オブ・オーバーンヒルズ
代表者/GM スタン・ヴァン・ガンディ
オーナー トム・ゴアーズ
ヘッドコーチ スタン・ヴァン・ガンディ
優勝歴 NBL:2回(1944年、1945年)
NBA:3回(1989年, 1990年, 2004年)
ファイナル進出 5回(1988年, 1989年, 1990年, 2004年, 2005年)
ディビジョン優勝

NBL:4回(1943年, 1944年, 1945年, 1946年)

NBA:11回(1955年, 1956年, 1988年, 1989年, 1990年, 2002年, 2003年, 2005年, 2006年, 2007年, 2008年)
ユニフォーム
Kit body detroitpistonsh.png
Homeジャージ
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チームカラー
Home
Kit body detroitpistonsa.png
Awayジャージ
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チームカラー
Away
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デトロイト・ピストンズDetroit Pistons)は、アメリカ合衆国ミシガン州デトロイト市に本拠を置く全米プロバスケットボール協会 (NBA) のチーム。イースタン・カンファレンス、セントラル・ディビジョン所属。チーム名は自動車産業で有名な同市にちなんで名づけられた。Pistonとは自動車の動力装置に欠かせない部品であり、初代オーナーがピストン工場を経営していたことから。NBA最古の歴史を誇る人気チーム。

歴史[編集]

フォートウェイン・ピストンズ[編集]

デトロイト・ピストンズは現在残るNBAのチームでは最も古い。原型となったのは1941年インディアナ州フォートウェイン市で結成されたフォートウェイン・ゾルナー・ピストンズであり、当初は NBL (National Basketball League) に所属していた。初代オーナーはフレッド・ゾルナーであり、ゼネラル・モーターズピストンを納品するゾルナー社の経営者だった。

ピストンズは1948年よりNBLがBAA (Basketball Association of America) と統合した際にフォートウェイン・ピストンズと改称。フォワードのジョージ・ヤードリーを擁し、1954年1955年に2年連続でファイナルに上り詰めるものの、いずれも敗退している。

デトロイト・ピストンズ[編集]

-誕生-[編集]

1957年にゾルナーは本拠地をデトロイト市に移動することを決定した。この市にはデトロイト・ジェムズというチームがあったものの、1シーズンで解散している。名前をデトロイト・ピストンズと変え、オリンピア・スタディアムを4年間本拠地とした後、コボ・アリーナに本拠地を変えた。

チームは観客動員と順位の両方で低迷し、1974年ビル・デイビットソンにチームは売却される。1978年にデイビットソンはチームの本拠地をデトロイト市から郊外のポンティアックに移した。また、それに伴いアメリカンフットボール用に作られたポンティアック・シルバードームにホームアリーナを変えている。

1980年代-1990年初頭 -バッドボーイズ-[編集]

1981年にドラフトでインディアナ大学からアイザイア・トーマスを獲得する。1982年の初めにビル・レインビアヴィニー・ジョンソンをトレードなどを通じて獲得し、チーム力は大きく向上する。さらにチャック・デイリーを監督に迎え、ジョー・デュマースリック・マホーン、そしてデニス・ロッドマンがチームに加入したことで優勝できるチームが作られた。

当時のピストンズは強力なディフェンスと荒いプレイスタイルからバッドボーイズと呼ばれた。1988年から3年連続でシカゴ・ブルズの挑戦を退けファイナルズに進出、1989年1990年に2年連続で優勝した。また、1988年にはザ・パレス・オブ・オーバーンヒルズに本拠地を変えており、現在でもホームアリーナとして使用している。

その後1991年にカンファレンス決勝でブルズに4連敗を喫し、1992年に初戦でニューヨーク・ニックスに敗退後デイリー監督が辞任し、1992-93シーズン以後は成績は5割を割るようになり、プレイオフ進出も逃した。1993-94シーズン中にレインビア、シーズン終了後にトーマスは引退した。

1990年代中盤-後半 -低迷期-[編集]

バッドボーイズの主力メンバーが次々とチームを離れる中、デュマースは1999年に引退するまで先発を務め続けた。その後、グラント・ヒルリンジー・ハンタージェリー・スタックハウスなどの中心選手を擁したが、フリーエージェントやトレードなどでチームを離れ、プレーオフ1回戦を突破できない年が続いた。

2000-2008 -強豪復活-[編集]

2000年ジョー・デュマースがゼネラル・マネージャー(GM)として復帰し、チームは再び強豪チームの1つになった。デュマースは次々と改革を行い、2000年にはトレードでベン・ウォーレスがチームに加入した。2001年にはリック・カーライルをヘッドコーチに招聘し、2002年にはチャンシー・ビラップスリチャード・ハミルトンテイショーン・プリンスを獲得した。これらの改革により、チームは再び優勝を争うようになる。

2003-04シーズン、カーライルに代わり、殿堂入りを果たしている名コーチ、ラリー・ブラウンを招聘。ブラウンが掲げた「チーム・バスケット」とNBAトップクラスのディフェンス力を武器に快進撃を続けた。シーズン途中にはラシード・ウォーレスが加入したことでチーム層がさらに厚みが増し、NBAファイナルに進出。ファイナルにおいて、ロサンゼルス・レイカーズを4勝1敗で破り、3度目の優勝を果たした。

その後もイースタン・カンファレンスの強豪であり続け、2004-05シーズンには2年連続NBAファイナル進出。この年はウェストの強豪サンアントニオ・スパーズに3勝を挙げる接戦の末、惜しくも連覇は逃したものの、2005-06シーズンからヘッドコーチがブラウンからフリップ・ソーンダーズに交代後も2007-08シーズンまで6年連続カンファレンスファイナル進出を成し遂げたが、ファイナルに進出することはできなかった。

2008-2009 -ケミストリー解体-[編集]

2008-09シーズンが開幕して6日後、ビラップス、アントニオ・マクダイス(後にピストンズに復帰)、チェイック・サムデンバー・ナゲッツを放出し、ナゲッツからアレン・アイバーソンを獲得するビッグトレードが発表されて大きな話題となった。サラリーキャップ対策や長年同じメンバーで戦ってきたことによるマンネリを打破するためのトレードだったが、司令塔のビラップスを失ったことでオフェンスが空回りし、ハミルトンを6thマンとして起用するなどで打開しようとしたが不振に陥った。さらに持ち前の得点力を期待されて移籍してきたアイバーソンも上手く機能せず、シーズン後半には自身の起用法に不満を口にし、チームはシーズンを通して迷走が続いた。 結局、チームは2000-01シーズン以来となる勝率5割を割る成績に低迷し、辛うじてプレーオフには進出したが、プレーオフで第1シードのクリーブランド・キャバリアーズにスィープされた。シーズン後、主力選手のラシード・ウォーレスやマクダイスがチームを去って、長年続いたチームケミストリーは解体された。

2009-2011 -再建へ-[編集]

ケミストリー解体後、チームは大きく改革を行った。その年のFA市場が解禁されると、大きく空いたサラリーキャップを武器に、すぐさまベン・ゴードンチャーリー・ビラヌエバを獲得した。さらに、一時は引退を考えていたベン・ウォーレスがハミルトンやプリンスの説得によりチームに復帰した。積極的な補強でチーム復活が期待されたが、2009-10シーズン、ハミルトンやプリンスなどの選手の怪我が相次ぎ、過去10年で最低の勝率となりディビジョン最下位に終わった。翌2010-11シーズンは、元得点王のトレイシー・マグレディを獲得したものの、シーズン中にハミルトンやプリンスら主力選手とヘッドコーチのジョン・キュースターが対立。特に確執があったされるハミルトンは1ヶ月ほど試合に不出場だった。さらに2011年2月25日の76ersとの試合前のチームの練習に複数の選手が遅刻及び欠場。練習に参加した6選手だけ試合に出場させる異常事態に発展した。結局、2シーズン連続でプレーオフを逃す結果となり、キュースターはシーズン後にHC職を解雇された。

2011-現在 -新オーナー就任と新たな道-[編集]

これまで噂されたチーム売却問題が2010-11シーズンを通して揺れていたが、2011年4月8日、億万長者番付にも名を連ねるトム・ゴアーズが新しいチームオーナーに就任した。チームは、2011年にハミルトン、2013年にはプリンスを放出。ベン・ウォーレスが2011-12シーズンを以って引退した事で優勝経験のある選手が全員チームを離れた。ドラフトでグレッグ・モンローブランドン・ナイトアンドレ・ドラモンドを指名し、彼らを中心に再建の道を歩みだした。

2013年7月、FA市場が解禁されると、FAでジョシュ・スミスを、サイン&トレードでブランドン・ジェニングスを獲得した。また、ビラップスが5年ぶりに古巣に復帰、ラシード・ウォーレスもこの年にHC職に就任したモーリス・チークスの呼びかけによりアシスタントコーチに就任するなど、かつての黄金メンバーがチームに戻ってきた。久しぶりに大型補強を行い、迎えた2013-14シーズン、スミス・モンロー・ドラモンドの強力なインサイド陣でリーグトップのペイント内得点を誇るも、チームは低迷。シーズン途中でチークスは解雇され、長年GMを勤めたデュマースもシーズン後に辞任した。シーズン後、スタン・ヴァン・ガンディがヘッドコーチ兼球団社長として就任した。

しかし、名将ヴァン・ガンディをもってしても、悪い流れは変わらなかった。2014-15シーズンも開幕から攻守とも精彩を欠き、5勝23敗と大きく出遅れた2014年12月22日、大型契約が残っていたジョシュ・スミスを解雇するという荒療治を敢行。不満分子を排除して巻き返しを図ったものの、ブランドン・ジェニングスをアキレス腱断裂で失うなど最後まで戦力が整わず、6年連続プレーオフ不出場が決定した。

シーズンごとの成績[編集]

Note: 勝 = 勝利数, 敗 = 敗戦数, % = 勝率

シーズン  % プレーオフ 結果
フォートウェイン・ピストンズ
1948-49 22 38 .367
1949-50 40 28 .588 タイブレークゲーム勝利
ディビジョン準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ピストンズ 86, シカゴ 69
ピストンズ 2, ロチェスター 0
ミネアポリス 2, ピストンズ 0
1950-51 32 36 .471 ディビジョン準決勝敗退 ロチェスター 2, ピストンズ 1
1951-52 29 37 .439 ディビジョン準決勝敗退 ロチェスター 2, ピストンズ 0
1952-53 36 33 .522 ディビジョン準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ピストンズ 2, ロチェスター 1
ミネアポリス 2, ピストンズ 0
1953-54 40 32 .556 総当り戦
総当り戦
ロチェスター,ミネアポリス
over ピストンズ, 4-0
1954-55 43 29 .597 カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
ピストンズ 3, ミネアポリス 2
シラキュース 4, ピストンズ 3
1955-56 37 35 .514 カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
ピストンズ 3, セントルイス 2
フィラデルフィア 4, ピストンズ 1
1956-57 34 38 .472 タイブレークゲーム敗戦
ディビジョン準決勝敗退
セントルイス 115, ピストンズ 103
ミネアポリス 2, ピストンズ 0
デトロイト・ピストンズ
1957-58 33 39 .458 ディビジョン準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ピストンズ 2, シンシナティ 0
セントルイス 4, ピストンズ 1
1958-59 28 44 .389 ディビジョン準決勝敗退 ミネアポリス 2, ピストンズ 1
1959-60 30 45 .400 ディビジョン準決勝敗退 ミネアポリス 2, ピストンズ 0
1960-61 34 45 .430 ディビジョン準決勝敗退 レイカーズ 3, ピストンズ 2
1961-62 37 43 .463 ディビジョン準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ピストンズ 3, シンシナティ 1
レイカーズ 4, ピストンズ 2
1962-63 34 46 .425 ディビジョン準決勝敗退 セントルイス 3, ピストンズ 1
1963-64 23 57 .288
1964-65 31 49 .388
1965-66 22 58 .275
1966-67 30 51 .370
1967-68 40 42 .488 ディビジョン準決勝敗退 セルティックス 4, ピストンズ 2
1968-69 32 50 .390
1969-70 31 51 .378
1970-71 45 37 .549
1971-72 26 56 .317
1972-73 40 42 .488
1973-74 52 30 .634 カンファレンス準決勝敗退 ブルズ 4, ピストンズ 3
1974-75 40 42 .488 1回戦敗退 ソニックス 2, ピストンズ 1
1975-76 36 46 .439 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ピストンズ 2, バックス 1
ウォリアーズ 4, ピストンズ 2
1976-77 44 38 .537 1回戦敗退 ウォリアーズ 2, ピストンズ 1
1977-78 38 44 .463
1978-79 30 52 .366
1979-80 16 66 .195
1980-81 21 61 .256
1981-82 39 43 .476
1982-83 37 45 .451
1983-84 49 33 .598 1回戦敗退 ニックス 3, ピストンズ 2
1984-85 46 36 .561 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ピストンズ 3, ネッツ 0
セルティックス 4, ピストンズ 2
1985-86 46 36 .561 1回戦敗退 ホークス 3, ピストンズ 1
1986-87 52 30 .634 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ピストンズ 3, ワシントン 0
ピストンズ 4, ホークス 1
セルティックス 4, ピストンズ 3
1987-88 54 28 .659 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
ピストンズ 3, ワシントン 2
ピストンズ 4, ブルズ 1
ピストンズ 4, セルティックス 2
レイカーズ 4, ピストンズ 3
1988-89 63 19 .768 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル優勝
ピストンズ 3, セルティックス 0
ピストンズ 4, バックス 0
ピストンズ 4, ブルズ 2
ピストンズ 4, レイカーズ 0
1989-90 59 23 .720 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル優勝
ピストンズ 3, ペイサーズ 0
ピストンズ 4, ニックス 1
ピストンズ 4, ブルズ 3
ピストンズ 4, ブレイザーズ 1
1990-91 50 32 .610 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ピストンズ 3, ホークス 2
ピストンズ 4, セルティックス 2
ブルズ 4, ピストンズ 0
1991-92 48 34 .585 1回戦敗退 ニックス 3, ピストンズ 2
1992-93 40 42 .488
1993-94 20 62 .244
1994-95 28 54 .341
1995-96 46 36 .561 1回戦敗退 マジック 3, ピストンズ 0
1996-97 54 28 .659 1回戦敗退 ホークス 3, ピストンズ 2
1997-98 37 45 .451
1998-99 29 21 .580 1回戦敗退 ホークス 3, ピストンズ 2
1999-2000 42 40 .512 1回戦敗退 ヒート 3, ピストンズ 0
2000-01 32 50 .390
2001-02 50 32 .610 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ピストンズ 3, ラプターズ 2
セルティックス 4, ピストンズ 1
2002-03 50 32 .610 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ピストンズ 4, マジック 3
ピストンズ 4, シクサーズ 2
ネッツ 4, ピストンズ 0
2003-04 54 28 .659 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル優勝
ピストンズ 4, バックス 1
ピストンズ 4, ネッツ 3
ピストンズ 4, ペイサーズ 2
ピストンズ 4, レイカーズ 1
2004-05 54 28 .659 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
ピストンズ 4, シクサーズ 1
ピストンズ 4, ペイサーズ 2
ピストンズ 4, ヒート 3
スパーズ 4, ピストンズ 3
2005-06 64 18 .780 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ピストンズ 4, バックス 1
ピストンズ 4, キャブス 3
ヒート 4, ピストンズ 2
2006-07 53 29 .646 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ピストンズ 4, マジック 0
ピストンズ 4, ブルズ 2
キャブス 4, ピストンズ 2
2007-08 59 23 .720 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ピストンズ 4, 76ers 2
ピストンズ 4, マジック 1
セルティックス 4, ピストンズ 2
2008-09 39 43 .476 1回戦敗退 キャブス 4, ピストンズ 0
2009-10 27 55 .329
2010-11 30 52 .366
2011-12 25 41 .379
2012-13 29 53 .354
2013-14 29 53 .354
通算勝敗 2540 2664 .488
プレイオフ 187 175 .517 優勝3回

主な選手[編集]

現役選手[編集]

デトロイト・ピストンズ ロースター
選手 その他
Pos # 名前 年齢 身長  体重 出身
C 50 ジョエル・アンソニー (Joel Anthony) (FA) カナダの旗 32歳 (1982/08/09) 6 ft 10 in (2.08 m) 245 lb (111 kg) UNLV
P/F 31 カロン・バトラー (Caron Butler) アメリカ合衆国の旗 35歳 (1980/03/13) 6 ft 7 in (2.01 m) 221 lb (100 kg) コネチカット大学
G 5 ケンタビオス・コールドウェル=ポープ (Kentavious Caldwell-Pope) アメリカ合衆国の旗 22歳 (1993/02/18) 6 ft 6 in (1.98 m) 204 lb (93 kg) ジョージア大学
G 8 スペンサー・ディンウィディー (Spencer Dinwiddie) (FA) アメリカ合衆国の旗 22歳 (1993/04/06) 6 ft 6 in (1.98 m) 205 lb (93 kg) コロラド大学
F/C 0 アンドレ・ドラモンド (Andre Drummond) アメリカ合衆国の旗 21歳 (1993/10/08) 6 ft 11 in (2.11 m) 279 lb (127 kg) コネチカット大学
G 1 レジー・ジャクソン (Reggie Jackson) (FA) アメリカ合衆国の旗 25歳 (1990/04/16) 6 ft 3 in (1.91 m) 208 lb (94 kg) ボストン・カレッジ
G 7 ブランドン・ジェニングス (Brandon Jennings) アメリカ合衆国の旗 25歳 (1989/09/23) 6 ft 1 in (1.85 m) 170 lb (77 kg) オークヒルアカデミー高校
G 9 ジョン・ルーカス3世 (John Lucas Ⅲ) (FA) アメリカ合衆国の旗 32歳 (1982/11/21) 5 ft 11 in (1.8 m) 165 lb (75 kg) オクラホマ州立大学
P/F 35 カルティエ・マーティン (Cartier Martin) (FA) アメリカ合衆国の旗 30歳 (1984/11/20) 6 ft 7 in (2.01 m) 220 lb (100 kg) カンザス州立大学
G 20 ジョディ・ミークス (Jodie Meeks) アメリカ合衆国の旗 27歳 (1987/08/21) 6 ft 4 in (1.93 m) 208 lb (94 kg) ケンタッキー大学
F 34 クインシー・ミラー (Quincy Miller) (FA) アメリカ合衆国の旗 22歳 (1992/11/18) 6 ft 10 in (2.08 m) 210 lb (95 kg) ベイラー大学
F/C 10 グレッグ・モンロー (Greg Monroe) (FA) アメリカ合衆国の旗 24歳 (1990/06/04) 6 ft 11 in (2.11 m) 247 lb (112 kg) ジョージタウン大学
F 22 テイショーン・プリンス (Tayshaun Prince) (FA) アメリカ合衆国の旗 35歳 (1980/02/28) 6 ft 9 in (2.06 m) 215 lb (98 kg) ケンタッキー大学
F 43 アンソニー・トリバー (Anthony Tolliver) (FA) アメリカ合衆国の旗 29歳 (1985/06/01) 6 ft 8 in (2.03 m) 240 lb (109 kg) クレイトン大学
F 3 ショーン・ウィリアムズ (Shawne Williams) (FA) アメリカ合衆国の旗 29歳 (1986/02/16) 6 ft 9 in (2.06 m) 230 lb (104 kg) メンフィス大学
ヘッドコーチ

アメリカ合衆国の旗 スタン・ヴァン・ガンディ (Stan Van Gundy)

アシスタントコーチ
  アメリカ合衆国の旗 マリック・アレン (Malik Allen)
  アメリカ合衆国の旗 ティム・ハーダウェイ (Tim Hardaway)

記号説明
キャプテン キャプテン
(S) 出場停止(Suspended)
(-) ベンチ外(Inactive)
Cruz Roja.svg 故障者(Injured)
(DL) Dリーグ・アサイン
(+) シーズン途中契約
(FA) フリーエージェント
(DP) ドラフト未契約

外部リンク

更新日:2015年04月28日


年代別主要選手[編集]

太文字…殿堂入り選手 (C)…優勝時に在籍した選手 (M)…在籍時にMVPを獲得した選手 (50)…偉大な50人

1950年代

1960年代

1970年代

1980年代

1990年代

2000年代

2010年代

栄誉[編集]

殿堂入り[編集]

  • ラリー・ブラウン (Larry Brown)
  • チャック・デイリー (Chuck Daly)
  • アール・ロイド (Earl Lloyd)

永久欠番[編集]

  • 2 チャック・デイリー (Chuck Daly) - 選手としてではなく、コーチとして2連続優勝を讃えてである。
  • 4 ジョー・デュマース (Joe Dumars)
  • 10 デニス・ロッドマン (Dennis Rodman)
  • 11 アイザイア・トーマス (Isiah Thomas)
  • 15 ヴィニー・ジョンソン (Vinnie Johnson)
  • 16 ボブ・レイニア (Bob Lanier)
  • 21 デーブ・ビング (Dave Bing)
  • 40 ビル・レインビア (Bill Laimbeer)

コーチ、その他[編集]

歴代ヘッドコーチ[編集]

チーム記録[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]