ハリー・ギャラティン

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ハリー・ギャラティン
Harry Gallatin
殿堂  No.11, 10
ポジション センター
背番号 11, 10
身長 198cm  (6 ft 6 in)
体重 95kg (209 lb)
基本情報
本名 Harry J. Gallatin
愛称 The Horse
Farmer
ラテン文字 Harry Gallatin
誕生日 1927年4月26日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 イリノイ州ロクサーナ
選手経歴
1948-1957
1957-1958
ニューヨーク・ニックス
デトロイト・ピストンズ

ハリー・ギャラディンHarry J. Gallatin, 1927年4月26日 - )は、アメリカ合衆国イリノイ州ロクサーナ出身の元バスケットボール選手。出身大学はトルーマン州立大学1950年代NBAニューヨーク・ニックスで活躍し、1991年には殿堂入りを果たした。引退後は指導者に転向し、初代最優秀コーチ賞に選ばれている。

選手キャリア[編集]

ロクサーナ高校卒業後、第二次世界大戦終結まで兵役に就いていたギャラディンは、除隊後トルーマン州立大学に進学し、2年間のプレイで平均13.2得点、フィールドゴール成功率70.3%という成績を残した。1948年のBAAドラフトニューヨーク・ニックスから指名を受け、BAA(NBAの前身)入りを果たす。

ギャラティンは1年目から即戦力として活躍し、2年目の1949-50シーズンには早くもオールスターに選ばれた。翌1950-51シーズンには12.8得点12.1リバウンド(リーグ3位)、FG成功率41.6%(リーグ5位)を記録するリーグを代表するセンターに成長する。このシーズンにはエースのカール・ブラウンがチームを去ってしまうが、新たにスコアラーのマックス・ザスロフスキーが加入し、フォワードのヴィンス・ボリーラ、司令塔のディック・マグワイア、ザフロスキー、そしてギャラディンを中心としたニックスはプレーオフを勝ち抜いてファイナルに進出。ロチェスター・ロイヤルズと激戦を繰り広げるが、3勝4敗の末に惜しくも敗れた。ニックスはこのシーズンを皮切りに3年連続ファイナルに進出するチーム最初の黄金期を迎えるが、しかしミネアポリス・レイカーズの全盛期と重なってしまい、続く2年のファイナルは共にレイカーズの前に敗退し、優勝の夢は叶わなかった。

NBA6シーズン目を迎えた1953-54シーズンにギャラティンは全盛期を迎え、13.2得点15.3リバウンドの成績を記録し、初のリバウンド王とオールNBA1stチームに選ばれた。チームもカール・ブラウンがニックスに復帰し、リーグ2位タイの44勝を記録するが、プレーオフではこのシーズンのみに導入されたプレーオフ出場チームによるリーグ戦で4戦全敗を喫してしまい、4年連続ファイナル進出はならなかった。以後もギャラティンは毎年ダブル・ダブルのアベレージを叩き出すリーグ有数のセンターとして活躍するが、チームは優勝が叶わぬまま衰退期を迎えてしまい、ギャラティンは1956-57シーズンを最後に9シーズン過ごしたニックスを去ることになった。

デトロイト・ピストンズ新シーズンを迎えたギャラティンは新天地でも14.9得点10.4リバウンドの好成績を維持していたが、30歳を迎えたこのシーズンを最後に、現役から引退した。

BAA/NBA通算成績は682試合の出場で8843得点6684リバウンド、平均13.0得点11.9リバウンドだった(リバウンド数は1950-51シーズンからの計測)。

プレースタイルと業績[編集]

ギャラティンは身長198cmと1950年代当時としてもセンターとしては小柄な部類に入ったが、毎晩のようにハードワークをこなし、個人の記録よりもチームの勝利を優先するチームプレイヤーだった。その並外れた体力からチームメイトからは"Horse"の愛称で親しまれ、また非常に頑丈な選手で、NBA(BAA)公式戦初出場以来一度も欠場はなく、当時のNBA記録である682試合連続出場記録を樹立した。

コーチキャリア[編集]

ギャラティンは1962-63シーズンからセントルイス・ホークスで指揮を執り、前季29勝に終わった同チームを48勝に導き、このシーズンから新設された最優秀コーチ賞に選ばれた。彼が率いる間のホークスは勝率5割を下回ったことがなかったが、3シーズン目を迎えた1964-65シーズン途中に古巣ニューヨーク・ニックスに引き抜かれ、残りのシーズンと続く1965-66シーズンをニックスで指揮を執ったが、こちらでは成績が振るわず、シーズン途中で解任となった。

外部リンク[編集]

先代:
ボブ・ペティット
セントルイス・ホークス ヘッドコーチ
1962–1964
次代:
リッチー・ゲーリン
先代:
エディー・ドノヴァン
ニューヨーク・ニックス ヘッドコーチ
1965
次代:
ディック・マグワイア