レイ・スコット

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レイ・スコット
Ray Scott
引退
ポジション(現役時) パワーフォワード
背番号(現役時) 22, 11, 31
身長(現役時) 206cm (6 ft 9 in)
体重(現役時) 98kg (216 lb)
基本情報
本名 John Raymond Scott
愛称 "Chink"
ラテン文字 Ray Scott
誕生日 1938年7月12日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ペンシルベニア州フィラデルフィア
ドラフト 1961年 4位 
選手経歴

1961-1967
1967-1970
1970-1972
ポートランド大学
デトロイト・ピストンズ
ボルティモア・ブレッツ
バージニア・スクワイアーズ
指導者経歴
1972-1976 デトロイト・ピストンズ

レイ・スコットRay Scott, 1938年7月12日 - )はアメリカ男子プロバスケットボールリーグNBAで活躍した元バスケットボール選手、指導者。ペンシルベニア州フィラデルフィア出身。ミシガンスポーツ殿堂入りを果たしている[1]

経歴[編集]

ポートランド大学卒業後、1961年のNBAドラフトで4位指名を受けてデトロイト・ピストンズに入団。ピストンズではベイリー・ハウエルウォルター・デュークスらと共に強力なフロントラインを形勢し、毎年のように平均ダブルダブルの成績を記録。ルーキーイヤーから13.3得点11.1リバウンドと平均ダブルダブルを達成し、3年目には17.6得点13.5リバウンドまで成績を伸ばし、1965-66シーズンにはキャリアハイとなる平均17.9得点を記録した。

その後ボルティモア・ブレッツを経てNBAのライバルリーグABAバージニア・スクワイアーズに移籍し、1971-72シーズンを最後に現役から引退した。

NBA/ABA通算成績は11シーズン811試合の出場で、11,629得点7,979リバウンド、平均14.3得点9.8リバウンドだった。

引退後は1972-73シーズンから古巣ピストンズのヘッドコーチに就任し、翌1973-74シーズンには前季より大幅に勝ち星を伸ばす52勝30敗を記録し、NBA最優秀コーチ賞を獲得した。しかしその後は成績が振るわず、1975-76シーズン中にコーチ職を解かれた。コーチ通算成績は4シーズン281試合、147勝134敗、勝率.523だった。

脚注[編集]

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  1. ^ Scott Joins Michigan Sports HOF”. NBA.com (2008年1月22日). 2015年2月28日閲覧。

外部リンク[編集]