メメット・オカー

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メメット・オカー
Mehmet Okur
Mehmet Okur (cropped).jpg
ユタ・ジャズでのオカー(2010年)
引退
ポジション(現役時) PF/C
背番号(現役時) 13
身長(現役時) 211cm (6 ft 11 in)
体重(現役時) 119.3kg (263 lb)
基本情報
本名 Mehmet Murat Okur
愛称 "Memo"
ラテン文字 Mehmet Okur
トルコ語 Mehmet Murat Okur
誕生日 (1979-03-26) 1979年3月26日(42歳)
トルコの旗 トルコ
出身地 マルマラ地方ヤロヴァ県ヤロヴァ
出身 トルコの旗 オヤック・ルノー
ドラフト 2001年 2巡目 38位 ピストンズ
選手経歴
1997-1998
1998-2000
2000-2002
2002-2004
2004-2011
2011
2011-2012
ホベントゥット・バダローナ オヤック・ルノー
トファス S.K. トファス S.K.
エフェス・ピルゼン エフェス・ピルゼン
デトロイト・ピストンズ デトロイト・ピストンズ
ユタ・ジャズ ユタ・ジャズ
Türk Telekom Türk Telekom(トルコ)
ニュージャージー・ネッツ ニュージャージー・ネッツ
指導者経歴
2016-2017 フェニックス・サンズ (選手育成)
受賞歴
Stats ウィキデータを編集 NBA.com
Stats ウィキデータを編集 Basketball-Reference.com
代表歴
キャップ トルコの旗 トルコ 1999年-2007年
獲得メダル
男子バスケットボール
トルコの旗 トルコ
ユーロバスケット
2001 トルコ 男子

メメット・オカーMehmet Murat Okur1979年3月26日-)はトルコ共和国の元プロバスケットボール選手NBAユタ・ジャズなどで活躍し、2016年から2017年にかけてはフェニックス・サンズの選手育成担当コーチを務めた。マルマラ地方ヤロヴァ県ヤロヴァ出身。ポジションはパワーフォワードセンター。身長211cm、体重119.3kg。トルコ語の発音に近い「メメット・オクール」と表記される場合がある。

経歴[編集]

トルコ時代[編集]

オカーはトルコ1部リーグ(TBL)でもプレイした経験を持つ。また若くしてトルコ代表としてもプレイし、1997年に開催された22歳以下の世界選手権ではトルコ優勝メンバーの一員だった。1998年にはTofas Bursaでプレイし、その年のリーグチャンピオンの原動力となって活躍した。その後、イスタンブールエフェス・ピルゼン S.K.に移籍し、ユーロリーグに出場するなどした。

NBA[編集]

2001年のNBAドラフトではデトロイト・ピストンズから全体38位指名を受けた。2002年から2シーズン、主にピストンズの控えのインサイドとして活躍。2003-04シーズンにピストンズでNBA優勝を経験し、トルコ出身の選手として初のNBAチャンピオンを経験した。当時から信頼されたインサイドとして好成績を残していた。しかしながら、ピストンズはサラリーキャップの整理と、同シーズン途中にラシード・ウォーレスを獲得していたこともあり、オカーの放出を余儀なくされてしまう。結局、制限付きFAのオカーはシーズンオフにユタ・ジャズと契約(6年間約5000万ドル)。ピストンズはジャズの契約にマッチングを行わず、ジャズへの移籍が成立した。

ジャズに移籍した1年目(2004-05シーズン)は、先発や6thマンとして出場。次第にチームの中心選手の一人に数えられるようになった。

2005-06シーズンは先発に定着したことから出場時間が上昇。平均得点や平均リバウンドなどの成績も前年を上回った。ジャズは前年は26勝しかあげられなかったが、この年は勝率も5割(41勝)にまで復帰。これはオカーの成長によるところが大きいと考えられた。

2006-07シーズンは、NBAオールスターゲームの出場メンバーに選出されるなど飛躍のシーズンとなり、2010-11シーズンまでジャズで活躍した。

2011-12シーズン開幕前の2011年12月にニュージャージー・ネッツに移籍するも、翌年3月にポートランド・トレイルブレイザーズに放出され、バイアウトで解雇された。

2012年11月に引退を表明した[1]

2016年9月13日、フェニックス・サンズの選手育成担当コーチに就任[2]。2017年10月にヘッドコーチ交代により退任した。

プレイスタイル[編集]

基本的にはインサイドプレイヤーでセンターとパワーフォワードを兼任することができる。しかしながらシュートタッチが良く、外郭からのシュートも無難にこなす。2005-06シーズンは3Pシュートを80本成功させた。また、ビッグマンながらフリースローも得意としており、成功率はキャリア通算で8割近い数字を残している(センターでの8割という数字は上位に数えられる)。

NBA個人成績[編集]

略称説明
  GP 出場試合数   GS  先発出場試合数  MPG  平均出場時間
 FG%  フィールドゴール成功率  3P%  スリーポイント成功率  FT%  フリースロー成功率
 RPG  平均リバウンド  APG  平均アシスト  SPG  平均スティール
 BPG  平均ブロック   TO  平均ターンオーバー  PPG  平均得点
 太字  キャリアハイ    リーグリーダー    優勝シーズン  NBA FINAL CHAMP.png

レギュラーシーズン[編集]

シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG PPG
2002–03 DET 72 9 19.0 .426 .339 .733 4.7 1.0 .3 .5 6.9
2003–04 DET 71 33 22.3 .463 .375 .775 5.9 1.0 .5 .9 9.6
2004–05 UTA 82 25 28.1 .468 .270 .850 7.5 2.0 .4 .8 12.9
2005–06 UTA 82 82 35.9 .460 .342 .780 9.1 2.4 .5 .9 18.0
2006–07 UTA 80 80 33.3 .462 .384 .765 7.2 2.0 .5 .5 17.6
2007–08 UTA 72 72 33.2 .445 .388 .804 7.7 2.0 .8 .4 14.5
2008–09 UTA 72 72 33.5 .485 .446 .817 7.7 1.7 .8 .7 17.0
2009–10 UTA 73 73 29.4 .458 .385 .820 7.1 1.6 .5 1.1 13.5
2010–11 UTA 13 0 12.9 .355 .313 .750 2.3 1.5 .3 .3 4.9
2011–12 NJN 17 14 26.7 .374 .319 .600 4.8 1.8 .5 .3 7.6
Career 634 460 29.1 .458 .375 .797 7.0 1.7 .5 .7 13.5
All-Star 1 0 15.0 1.000 .000 .000 2.0 1.0 .0 .0 4.0

[3]

プレーオフ[編集]

シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG PPG
2003 DET 17 0 19.0 .438 .538 .531 4.1 .8 .7 .7 5.5
2004 DET 22 0 11.5 .470 .400 .692 2.8 .4 .2 .4 3.7
2007 UTA 17 17 34.4 .388 .316 .786 7.8 1.8 1.4 .9 11.8
2008 UTA 12 12 38.5 .423 .373 .773 11.8 1.9 .7 .7 15.4
2009 UTA 2 2 21.5 .167 .333 .750 5.0 2.0 .0 .5 4.0
2010 UTA 1 1 11.0 1.000 1.000 1.000 2.0 .0 .0 .0 7.0
Career 71 32 23.6 .415 .362 .713 5.9 1.1 .7 .6 8.1

備考[編集]

  • ニックネームは「Memo

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]