デンバー・ナゲッツ

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デンバー・ナゲッツ
Denver Nuggets
チームロゴ 雪山を背景にDenver NUGGETSの文字。
所属リーグ  NBA アメリカ合衆国の旗カナダの旗
カンファレンス  ウェスタン・カンファレンス 
ディビジョン  ノースウェスト
創設 1967年ABAに加盟。1976年、NBAに加入。
チーム史 デンバー・ロケッツ
(1967-1974)
デンバー・ナゲッツ
(1974 - )
本拠
デンバー・ナゲッツの位置(アメリカ合衆国内)
デンバー・ナゲッツ

コロラド州の旗 コロラド州デンバー
アリーナ ペプシ・センター
収容人数 19,156人 開設1999年
チームカラー ネイビーブルー、パウダーブルー、金
オーナー E・スタンリー・クロンク
社長 ジョシュ・クロンク
GM アルトゥナス・カルニソバス
ヘッドコーチ マイケル・マローン
優勝歴 0回
ファイナル進出 ABA時代:1回(1976年), NBA: 0回
ディビジョン優勝

ABA:3回(1970年, 1975年, 1976年)

NBA:7回(1977年, 1978年, 1985年, 1988年, 2006年, 2009年 ,2010年)
永久欠番  2 , 12 , 33 , 40 , 44 , 432 
ユニフォーム
Kit body nuggetsh.png
Homeのジャージ
Kit shorts nuggetsh.png
チームカラー
Home
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Awayのジャージ
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チームカラー
Away
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デンバー・ナゲッツDenver Nuggets)は、アメリカ合衆国コロラド州デンバー市に本拠を置く全米プロバスケットボール協会 (NBA) のチーム。ウェスタン・カンファレンス、ノースウェスト・ディビジョン所属。チーム名のnuggetとは塊を表す。金塊を指し、ゴールドラッシュの舞台となった西部のイメージを表している。標高が約1マイル(約1609.344メートル)でマイル・ハイ・シティーとも呼ばれるデンバーに本拠を置くナゲッツは、NBAのチーム中最も高地にあるチームとして知られる。

歴史[編集]

デンバー・ロケッツ[編集]

1949年にNBAのチームとしてデンバーを本拠に活動したデンバー・ナゲッツという同名のチームがあったが、このナゲッツは1シーズンで解散しており、今のナゲッツと直接の関係はない。現在のデンバー・ナゲッツは、NBAに対抗する形で存在したもう一つのリーグABAに所属したデンバー・ロケッツとして始まった。

ABAのデンバー・ロケッツは中堅どころのチームとして最初の数シーズンを過ごした。当時はNBAにヒューストン・ロケッツというチームがあり、リーグの経営状態悪化からチームのNBA入りが現実味を帯び始めると、デンバー・ロケッツの経営陣は新たな名称の検討に入った。採用された「ナゲッツ」はかつてデンバーに存在したチーム名と同じものであり、19世紀の金銀採掘ブームの折りに金や銀の塊を指した nugget から採られた。

デンバー・ナゲッツ[編集]

ラリー・ブラウンヘッドコーチ

1974年に名を改めたデンバー・ナゲッツは、ラリー・ブラウンに率いられたABA末期にはデビッド・トンプソンダン・イッセルを中心としたチームは65勝19敗、60勝24敗の成績を残す強豪になっており、ABA最後のシーズンにはリーグを制した。1976年にNBAに加入したのちも数年間はディビジョン首位に位置する有力チームだった。

1980年代初期のナゲッツはリーグで最も得点力のあるチームだった。アレックス・イングリッシュキキ・バンダウェイラファイエット・リーバーは平均得点がそれぞれリーグ上位に入ることもあったものの中堅レベルのチームでプレイオフでは長く勝ち残れなかった。

1990年代初頭には20勝62敗にまで落ち込む低迷期に入った。この頃にはマクムード・アブドゥル=ラウーフディケンベ・ムトンボが中心選手だった。1994年のナゲッツはシーズンを42勝40敗で終え、プレイオフでは63勝19敗でウェスタンカンファレンス第1シードだったシアトル・スーパーソニックスを1回戦で破る大番狂わせを演じた。(第8シードが第1シードを破ったのは初、その後もロックアウトで短縮されたシーズンの1999年、ニックスヒートを、2007年にウォリアーズマーベリックスを、2011年にグリズリーズスパーズ、ロックアウトで短縮された2012年にシクサーズブルズを破ったのを含めて5度しかない。)しかし90年代末期には、11勝71敗とリーグ史上最低に近い勝率に終わるなど、再び低迷期に入った。

21世紀に入り、アントニオ・マクダイスニック・ヴァン・エクセルを中心に一時勝率5割近くまで戻したものの、ヴァン・エクセルは2000-01シーズン途中で、マクダイスは2001年6月にマーカス・キャンビーらと交換で移籍した。2001年8月にバンダウェイがジェネラルマネージャーに就任したが、2001-02シーズンは17勝65敗まで落ち込んだ。

アンソニーの時代[編集]

2003-04シーズンは、ドラフトでカーメロ・アンソニーを獲得し、久々のプレーオフ進出となった。続く2004-05シーズン、17勝25敗と負け越すと、シーズン半ばでジョージ・カール監督を迎え、その後は32勝8敗と急回復してナゲッツは再び5割以上の勝ち星を上げるチームになっていった。

2005-06シーズンは、地区優勝を決めて第3シードとなったが、プレイオフ1回戦の相手、第6シードのロサンゼルス・クリッパーズより勝率が悪かったため、ホームコートアドバンテージを得ることができず、1-4で敗退、バンダウェイはチームを去った。

2006-07シーズン12月、ニューヨーク・ニックス戦でJ.R.スミスフレグラントファールをしたジェイソン・コリンズをアンソニーが殴ったため、15試合の出場停止処分が下った。チームはその危機を救うべく、フィラデルフィア・セブンティシクサーズからリーグ屈指のガード、アレン・アイバーソンアンドレ・ミラーらとのトレードで獲得。アンソニー復帰後の4月には10勝1敗を記録し、アンソニーとアイバーソンはリーグで最も得点をあげるデュオとなった。

2007-08シーズンには1980年代以来となる50勝32敗の好成績を収めたが、このシーズンのウェスタンカンファレンスのプレーオフ進出争いは異常に過熱し、ナゲッツは50勝をあげながらも第8シードとなり、シーズン勝率首位のロサンゼルス・レイカーズの前にスイープ負けを喫した。 ちなみに、ナゲッツはこの時期、ディフェンスが弱いためDのないデンバー(DENVER)をエンバー(ENVER)と言われてしまっている。

2008-09シーズン11月、開幕直後アレン・アイバーソンをトレードでデトロイト・ピストンズに放出。代わりに2004年のNBAファイナルMVPを受賞したチャウンシー・ビラップスを獲得。ビラップス加入後チームは結束し、怪我や病に苦しんだネネイの躍進、ベンチ陣の奮闘もあり54勝28敗 第2シードでシーズンを終えた。開幕前にマーカス・キャンビーをサラリー軽減だけのために放出した事もあり誰もが予想だにしなかった結果だった。 プレーオフでは24年ぶりにカンファレンスファイナルに進出した。ちなみにこの思わぬ展開に会場の問題が発生。第4戦が行なわれる5月25日のペプシ・センターはすでにアメリカのプロレス団体WWEが前年の8月に仮予約し、4月の段階で正式に抑えていた。最終的に試合の5日前、オーナーのクランケが強権発動によりナゲッツの試合が行なわれることになったが、WWE会長のビンス・マクマホンは「クランケはオーナーのくせに自分のチームの進出を信じていなかった」と批判。結局、WWEは当日はナゲッツの対戦相手であったロサンゼルス・レイカーズの本拠地ステイプルズ・センターで公演を行ない、TV収録大会であったためナゲッツを皮肉するストーリラインを展開。なお、ステイプルズ・センターの利用料はナゲッツ側が負担した。

2009-10シーズン終盤に、ジョージ・カールが癌治療のためチームを離れた[1]。53勝の好成績でプレーオフに進んだが、1stラウンド敗退に終わった。

カーメロ離脱とカール体制のチーム再構築[編集]

2010-11シーズン、カールはチームに復帰し、2010年12月10日に史上7人目のヘッドコーチ通算1000勝を達成した。2011年2月22日、長年、スター選手としてナゲッツを支えてきたカーメロ・アンソニーが、チャウンシー・ビラップスシェルデン・ウィリアムスアンソニー・カーターレナルド・バークマンと共に、大型トレードにより、ニューヨーク・ニックスへ移籍し、成長著しいビッグマン、ダニーロ・ガリナリを獲得した。50勝の好成績でレギュラーシーズンを終え、50勝以上を4年連続したが、プレーオフでの結果が出せず、1stラウンド敗退となった。

2011-12シーズンは、ロックアウトで短縮シーズンとなったが、ガリナリが故障で出場試合が43試合に留まったが、ルーキーケネス・フェリード、3年目タイ・ローソンの予想を上回る活躍で、10勝を勝ち越し、プレーオフ進出を9年続けた。しかし、1stラウンドの壁も続いた。

2012-13シーズンは、ディフェンスに優れ、勝負強さも併せ持つアンドレ・イグダーラの補強が功を奏し、球団記録の57勝を記録したが、終盤で好調ダニーロ・ガリナリが前十字靭帯断裂の悲運に見まわれ、勢いを増しつつあるゴールデンステート・ウォリアーズにアプセットされ、またしても1stラウンドの壁に跳ね返される結果に終わり、ジョージ・カールNBA最優秀コーチ賞を受賞しながら解任された。

再生期[編集]

2013-14シーズンは、新ヘッドコーチにブライアン・ショウを迎え、ネイト・ロビンソンらの補強を行ったが、ガリナリが長引く故障で全休し、ついに10年続いてきたプレーオフ進出が途絶える結果に終わった。

2014-15シーズンも、怪我人が続出するなど戦力が整わず、苦戦を強いられ、カールを引き継いだブライアン・ショウヘッドコーチが、2015年3月2日、1シーズン半で解任された[2]。結局悪い流れは変わらず、30勝52敗で終了し、2年連続でプレーオフ進出を逃した。シーズン終了後も新ヘッドコーチ探しが難航していたが、6月15日にマイケル・マローン新ヘッドコーチの就任が発表された。

2015-16シーズンも、開幕から連敗が続き、早々にプレーオフ争いから脱落。中盤戦から持ち直したものの、結局は33勝49敗で終了し、3年連続でプレーオフ不出場に終わったが、前評判の高かったルーキーのエマニュエル・ムディエイニコラ・ヨキッチが先発に定着するなど、次期シーズンに期待を持たせる形となった。

2016-17シーズンは、ヨキッチがエース級の選手に成長し、トリプル・ダブルを量産。ルーキーのジャマール・マレーも健闘するなど、5割前後の粘り強い戦いを繰り広げていた。その一方でムディエイは2年目のジンクスに直面。更にヨキッチとの争いに破れた形のユスフ・ヌルキッチを、トレード期限日にプレーオフ争いを繰り広げていたポートランド・トレイルブレイザーズに放出。これが裏目に出る。3月のブレイザーズとの直接対決でヌルキッチに自己最高の活躍を許したナゲッツは、以降ブレイザーズを順位で上回ることが出来ず、4年連続のプレーオフ不出場が決定した。

2017-18シーズンはシーズン途中にジャマール・マリーとのポジション争いに敗れた2015年1順目指名のエマニュエル・ムディエイをトレードで放出[3]、マリーやゲイリー・ハリスが順調に力を付け、ニコラ・ヨキッチがチーム記録となる10度のトリプル・ダブルを記録するなどの活躍を見せるも[4]、レギュラーシーズン最終戦のミネソタ・ティンバーウルブズとのプレーオフ進出最後の座を懸けた直接対決に敗れ、5シーズンぶりのプレーオフ進出には届かなかった[5]

シーズンごとの成績[編集]

Note: 勝 = 勝利数, 敗 = 敗戦数, % = 勝率

シーズン % プレーオフ 結果
デンバー・ロケッツ (ABA)
1967-68 45 33 .577 ディビジョン準決勝敗退 ニューオーリンズ 3, デンバー 2
1968-69 44 34 .564 ディビジョン準決勝敗退 オークランド 4, デンバー 3
1969-70 51 33 .607 ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝敗退
デンバー 4, ワシントン 3
ロサンゼルス 4, デンバー 1
1970-71 30 54 .357 タイブレークゲーム敗退 テキサス 115, デンバー 109
1971-72 34 50 .405 ディビジョン準決勝敗退 ペイサーズ 4, デンバー 3
1972-73 47 37 .560 ディビジョン準決勝敗退 ペイサーズ 4, デンバー 1
1973-74 37 47 .440 タイブレークゲーム敗退 サンディエゴ 131, デンバー 111
デンバー・ナゲッツ (ABA)
1974-75 65 19 .774 ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝敗退
デンバー 4, ユタ 2
ペイサーズ 4, デンバー 3
1975-76 60 24 .714 ABA準決勝勝利
ABAファイナル決勝敗退
デンバー 4, ケンタッキー 3
ニューヨーク 4, デンバー 2
ABA 通算勝敗 413 331 .555
プレーオフ 27 37 .422
デンバー・ナゲッツ (NBA)
1976-77 50 32 .610 カンファレンス準決勝敗退 ブレイザーズ 4, ナゲッツ 2
1977-78 48 34 .585 カンファレンス準決勝勝利
NBAカンファレンス決勝敗退
ナゲッツ 4, バックス 3
ソニックス 4, ナゲッツ 2
1978-79 47 35 .573 1回戦敗退 レイカーズ 2, ナゲッツ 1
1979-80 30 52 .366
1980-81 37 45 .451
1981-82 46 36 .561 1回戦敗退 サンズ 2, ナゲッツ 1
1982-83 45 37 .549 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ナゲッツ 2, サンズ 1
スパーズ 4, ナゲッツ 1
1983-84 38 44 .463 1回戦敗退 ジャズ 3, ナゲッツ 2
1984-85 52 30 .634 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ナゲッツ 3, スパーズ 2
ナゲッツ 4, ジャズ 1
レイカーズ 4, ナゲッツ 1
1985-86 47 35 .573 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ナゲッツ 3, ブレイザーズ 1
ロケッツ 4, ナゲッツ 2
1986-87 37 45 .451 1回戦敗退 レイカーズ 3, ナゲッツ 0
1987-88 54 28 .659 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ナゲッツ 3, ソニックス 2
マーベリックス 4, ナゲッツ 2
1988-89 44 38 .537 1回戦敗退 サンズ 3, ナゲッツ 0
1989-90 43 39 .524 1回戦敗退 スパーズ 3, ナゲッツ 0
1990-91 20 62 .244
1991-92 24 58 .293
1992-93 36 46 .439
1993-94 42 40 .512 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ナゲッツ 3, ソニックス 2
ジャズ 4, ナゲッツ 3
1994-95 41 41 .500 1回戦敗退 スパーズ 3, ナゲッツ 0
1995-96 35 47 .427
1996-97 21 61 .256
1997-98 11 71 .134
1998-99 14 36 .280
1999-2000 35 47 .427
2000-01 40 42 .489
2001-02 27 55 .329
2002-03 17 65 .207
2003-04 43 39 .529 1回戦敗退 ウルブズ 4, ナゲッツ 1
2004-05 49 33 .598 1回戦敗退 スパーズ 4, ナゲッツ 1
2005-06 44 38 .537 1回戦敗退 クリッパーズ 4, ナゲッツ 1
2006-07 45 37 .549 1回戦敗退 スパーズ 4, ナゲッツ 1
2007-08 50 32 .610 1回戦敗退 レイカーズ 4, ナゲッツ 0
2008-09 54 28 .659 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ナゲッツ 4, ホーネッツ 1
ナゲッツ 4, マーベリックス 1
レイカーズ 4, ナゲッツ 2
2009-10 53 29 .646 1回戦敗退 ジャズ 4, ナゲッツ 2
2010-11 50 32 .610 1回戦敗退 サンダー 4, ナゲッツ 1
2011-12 38 28 .576 1回戦敗退 レイカーズ 4, ナゲッツ 3
2012-13 57 25 .695 1回戦敗退 ウォリアーズ 4, ナゲッツ 2
2013-14 36 46 .439
2014-15 30 52 .366
2015–16 33 49 .402
2016–17 40 42 .488
2017–18 46 36 .561
NBA 通算勝敗 2,062 2,078 .498
プレイオフ 88 136 .393

主な選手[編集]

現役選手[編集]

デンバー・ナゲッツ ロースター
プレーヤー スタッフ
Pos. # 名前 国籍 年齢 身長 体重 出身
F 00 ダレル・アーサー (Darrell Arthur) アメリカ合衆国 30 (1988/03/25) 6ft9in(2.06m) 235lb(107kg) カンザス大学 
G/F 5 ウィル・バートン (Will Barton) アメリカ合衆国 27 (1991/01/06) 6ft5in(1.96m) 170lb(77kg) メンフィス大学 
G 25 マリック・ビーズリー (Malik Beasley) アメリカ合衆国 21 (1996/11/26) 6ft5in(1.96m) 190lb(86kg) フロリダ州立大学 
G/F 21 ウィルソン・チャンドラー (Wilson Chandler) アメリカ合衆国 31 (1987/05/10) 6ft8in(2.03m) 225lb(102kg) デ・ポール大学 
F 35 ケネス・フェリード (Kenneth Faried) キャプテン アメリカ合衆国 28 (1989/11/18) 6ft8in(2.03m) 228lb(103kg) モアヘッド州立大学 
G 34 デビン・ハリス (Devin Harris) アメリカ合衆国 35 (1983/2/27) 6ft3in(1.91m) 192lb(87kg) ウィスコンシン大学 [1]
G 14 ゲイリー・ハリス (Gary Harris) アメリカ合衆国 24 (1994/09/14) 6ft4in(1.93m) 210lb(95kg) ミシガン州立大学 
F 41 フアン・エルナンゴメス (Juan Hernangómez) スペイン 23 (1995/09/24) 6ft9in(2.06m) 229lb(104kg) スペイン 
F 24 リチャード・ジェファーソン (Richard Jefferson) アメリカ合衆国 38 (1980/06/21) 6ft7in(2.01m) 224lb(102kg) アリゾナ大学 
C 15 ニコラ・ヨキッチ (Nikola Jokic) セルビア 23 (1995/02/19) 6ft11in(2.11m) 253lb(115kg) セルビア 
F 20 タイラー・ライドン (Tyler Lydon) アメリカ合衆国 22 (1996/04/09) 6ft10in(2.08m) 229lb(104kg) シラキュース大学 
F 7 トレイ・ライルズ (Trey Lyles) カナダ 22 (1995/12/05) 6ft10in(2.08m) 250lb(113kg) ケンタッキー大学 [2]
F 4 ポール・ミルサップ (Paul Millsap) Cruz Roja.svg アメリカ合衆国 33 (1985/2/10) 6ft8in(2.03m) 253lb(115kg) ルイジアナ工科大学 
G 11 モンテ・モリス (Monte Morris) TW.png アメリカ合衆国 23 (1995/6/27) 6ft3in(1.91m) 170lb(77kg) アイオワ州立大学 
G 27 ジャマール・マリー (Jamal Murray) カナダ 21 (1997/02/23) 6ft4in(1.93m) 207lb(94kg) ケンタッキー大学 
F/C 24 メイソン・プラムリー (Mason Plumlee) アメリカ合衆国 28 (1990/03/05) 6ft11in(2.11m) 235lb(107kg) デューク大学 

記号説明


外部リンク

更新日:2018年09月7日


年代別主要選手[編集]

太文字…殿堂入り選手 (F)…優勝時に在籍した選手 (M)…在籍時にMVPを獲得した選手 (50)…偉大な50人

栄誉[編集]

コーチ、その他[編集]

歴代ヘッドコーチ[編集]


チーム記録[編集]

デンバー・ナゲッツのチーム記録

脚注[編集]

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  1. ^ ナゲッツのG・カールHC、血栓治療のため入院”. nba.co.jp (2010年5月3日). 2010年11月6日閲覧。
  2. ^ Sources: Nuggets fire coach Brian Shaw”. Yahoo.com (2015年3月3日). 2015年3月4日閲覧。
  3. ^ ニックスがナゲッツ、マブスとの3チーム間トレードでエマニュエル・ムディエイを獲得” (英語). NBA.com (2018年2月8日). 2018年2月9日閲覧。
  4. ^ Nikola Jokic 2017-18 Game Log” (英語). basketball-reference.com. 2018年4月19日閲覧。
  5. ^ Butler, Towns lead T-wolves past Nuggets in OT, to playoffs” (英語). ESPN.com (2018年4月11日). 2018年4月19日閲覧。

外部リンク[編集]