モーゼス・マローン

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モーゼス・マローン
Moses Malone
Moses Malone.jpg
故人
殿堂 バスケットボール殿堂(2001年プレーヤー)
永久欠番 ロケッツ  24 
ポジション
(現役時)
センター
背番号(現役時) 22, 13, 20, 21, 24, 2, 4, 8
身長(現役時) 208cm  (6 ft 10 in)
体重(現役時) 98kg (216 lb)
基本情報
本名 モーゼス・ユージン・マローン
ラテン文字 Moses Malone
誕生日 1955年3月23日
没年月日 2015年9月13日(満60歳没)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 バージニア州ピーターズバーグ
ドラフト  
選手経歴
1974-1975
1975-1976
1976
1976-1982
1982-1986
1986-1988
1988-1991
1991-1993
1993-1994
1994-1995
ユタ・スターズ(ABA)
スピリッツ・オブ・セントルイス(ABA)
バッファロー・ブレイブス
ヒューストン・ロケッツ
フィラデルフィア・76サーズ
ワシントン・ブレッツ
アトランタ・ホークス
ミルウォーキー・バックス
フィラデルフィア・76サーズ
サンアントニオ・スパーズ
受賞歴

モーゼス・ユージン・マローン(Moses Eugene Malone, 1955年3月23日 - 2015年9月13日) はアメリカ合衆国の元バスケットボール選手である。バージニア州ピーターズバーグ出身。ABAおよびNBAで活躍した往年の名選手である。マローンの引退を最後に、ABAでプレーした経験を持つ選手は現役からいなくなった。2001年バスケットボール殿堂入りした。

経歴[編集]

ABA時代[編集]

マローンは地元バージニア州のピーターズバーグ高校を率いて、2回の州チャンピオン、50連勝などの実績を残した。1974年に卒業するとABAのユタ・スターズに入団した。1990年代になり高校卒業後にプロ入りする選手は珍しくなくなったが(現在は高校卒業後1年は経過しないとドラフト指名することができない。)、マローンは何人かの一人だった[1]。以前にもジョー・グラボスキーなどが高卒でプロ入りした。ルーキーシーズンから平均18.8ポイントをあげ、ABAオールスターゲーム選出、ABAオールルーキー・ファーストチームに選出される。翌年はセントルイス・スピリッツでプレーをする。

NBAロケッツ時代[編集]

1976年にはABAの解体がありマローンはチームを転々とする。最初にABA選手ドラフトでポートランド・トレイルブレイザーズに引き抜かれるがバッファロー・ブレーブスにトレードされる。短い期間プレーした後、最終的にヒューストン・ロケッツに移籍した。マローンの入団で当時 弱小チームだったロケッツは強豪と肩を並べるようになった。1981年には彼の活躍でNBAファイナルまで進出した(相手はラリー・バードを擁したボストン・セルティックス)。ロケッツに所属する間に1979年1982年の2回最優秀選手賞 (MVP)に輝いている。

NBAシクサーズ時代[編集]

翌シーズンからマローンはフィラデルフィア・セブンティシクサーズに移籍する。当時、"ドクターJ" ジュリアス・アービングを擁したシクサーズは打倒セルティックスに燃えており、東部地区では強豪に数えられる存在になっていた。今一歩のところで優勝を逃していたシクサーズは前年度MVPのマローンを切り札として獲得したのだった。マローンも期待通りの活躍をみせ、1982-83シーズンにシクサーズは優勝を果す。マローンはレギュラーシーズンのMVP、ファイナルのMVPの2冠を達成する。その後も2年連続でプレーオフに進出するが優勝は出来なかった。

その後[編集]

マローンは1986年ワシントン・ブレッツにトレードされる。ブレッツでも活躍をみせ、2シーズン連続でプレーオフ進出の原動力となった。

1989年から3シーズンはアトランタ・ホークス1992年から2シーズンをミルウォーキー・バックス1993年から1シーズンをシクサーズ、1994年から1シーズンをサンアントニオ・スパーズでそれぞれプレーをした。

1995年に引退したマローンは、1996年にNBA史上最も偉大な50選手に選出され、2001年に殿堂入りした。

2015年9月13日、60歳で死去。バージニア州のホテルで意識不明になっている所を発見され、その後死亡が確認された[2][3]

成績および受賞歴[編集]

通算成績[編集]

得点、リバウンド、アシストなどの成績は下記の通りである。ABA時代の数字も含む。[4]

レギュラーシーズン (21シーズン) ポストシーズン (13シーズン)
1,455試合総計 ゲーム平均 40分平均 100試合総計 ゲーム平均
ポイント数 29,580 20.3 23.9 2,213 22.1
リバウンド数 17,834 12.3 14.4 1,400 14.0
アシスト数 1,936 1.3 1.6 145 1.5
ブロック 1,889 1.3 1.5 130 1.3
スティール 1,199 0.8 1.0 71 0.7

主な受賞トピックス[編集]

  1. ABAオールルーキー1stチーム:1975
  2. オールスターゲーム出場:12回 (1975, 1978, 1979, 1980, 1981, 1982, 1983, 1985, 1986, 1987, 1988, 1989)
  3. NBA最優秀選手賞 (MVP):3回 (1979, 1982, 1983)
  4. NBAファイナル最優秀選手賞 (MVP):1回 (1983)
  5. NBAオール1stチーム:4回 (1979, 1982, 1983, 1985)
  6. NBAオール1stディフェンスチーム:1回 (1983)
  7. NBAオール2ndチーム:4回 (1980, 1981, 1984, 1987)
  8. NBAオール2ndディフェンスチーム:1回 (1979)
  9. NBAリバウンド王:5回 (1979-1444, 1981-1180, 1982-1188, 1983-1194, 1985-1031)
  10. NBAオフェンシブリバウンド歴代1位:6,731リバウンド
  11. NBAフリースロー得点歴代2位:8,531ポイント
  12. NBAベスト50選手:1996年

脚注[編集]

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  1. ^ High School Players to enter NBA”. infoplease.com. 2012年3月18日閲覧。
  2. ^ Three-time NBA MVP Moses Malone dies at age 60”. ESPN.com (2015年9月13日). 2015年9月14日閲覧。
  3. ^ NBA=殿堂入りのマローン氏、60歳で死去 ロイター 2015年9月14日
  4. ^ Basketball-reference.com Moses Malone Statisticsより引用。March 1, 2007

関連項目[編集]

外部リンク[編集]