レニー・ウィルケンズ

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レニー・ウィルケンズ
Lenny Wilkens
オクラホマシティ・サンダー 副社長
名前
本名 レオナルド・ランドルフ・ウィルケンズ
愛称 レニー
ラテン文字 Lenny Wilkens
英語 Leonard Randolph Wilkens
基本情報
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 1937年10月28日(76歳)
出身地 アメリカニューヨーク州ブルックリン
身長 185cm
体重 82kg
選手情報
ポジション ポイントガード
背番号 19 (永久欠番)

レナード・ランドルフ・ウィルケンズ (Leonard Randolph Wilkens, 1937年10月28日 - ) 、通称レニー・ウィルケンズ (Lenny Wilkens)はアメリカ合衆国の元バスケットボール選手であり、プロバスケットリーグNBAの元ヘッドコーチである。現在はシアトル・スーパーソニックスのオーナーグループの副会長に就任している。選手時代は小柄ながら卓越したゲームメイクの出来るポイントガードとして実績を残し、ヘッドコーチ時代は通算1,300勝以上あげた名将として多くのチームをプレーオフに導いた。プレイヤーとコーチの2部門でバスケットボール殿堂入りを果した数少ない往年の名選手である。

経歴[編集]

選手経歴[編集]

カレッジ時代略歴[編集]

ウィルケンズはニューヨーク州ブルックリンに生まれ、地元のブルックリン・ボーイズ高校からプロヴィデンス・カレッジへ進学し選手として活躍した。1959年1960年の2回カレッジの代表としてNCAAのナショナル・インビテーション・トーナメント(NIT)に出場する。特に1960年にはNITとカレッジ・オールスターゲームのMVPに選出される活躍をみせ、オールアメリカン・セカンドチームにも選出される。卒業時には歴代2位[1]となる1,193ポイントをマークした。1996年に彼の背番号の14番は永久欠番になる。 カレッジ時代の通算成績は平均14.9ポイント、7.3リバウンドである。

NBA時代略歴[編集]

NBAへは、1960年ドラフトセントルイス・ホークスに1巡目6位指名されて入団する。1967-68シーズンまでホークスでプレイし、1968-69シーズンから1971-72シーズンまではスーパーソニックス、1972-73シーズンから1973-74シーズンまではクリーブランド・キャバリアーズ、1974-75シーズンはポートランド・トレイルブレイザーズにそれぞれ在籍した。1968年のMVP投票ではウィルト・チェンバレンがいたため選出されなかったが次点につけた。NBAオールスターゲームには通算9回選出、うち1971年にはオールスターMVPに選ばれた。

ウィルケンズは1975年に選手生活を引退したが、1989年に選手として殿堂入りを果した。

コーチ経歴[編集]

彼のコーチとしてのキャリアは選手時代と重なっている。1969-70シーズンから1971-72シーズンまでのスーパーソニックス在籍期間と、ブレイザーズにいた1974-75シーズンの間は、プレイヤー兼コーチとしてチームを率いていた。シーズン終了後、引退するがその後もそのまま1975-76シーズンもブレイザーズのコーチを務めた。翌シーズンはバスケットボールから離れて休養するが、翌々シーズンにはコーチとしてNBAに戻ってくる。その後は2005年1月22日に辞任するまでコーチを続け、辞めたあとは2006年11月29日よりスーパーソニックスの副社長を務めている。

ウィルキンズは1998年にコーチとして殿堂入りした。選手、およびコーチの2部門で殿堂入りした選手はジョン・ウッデンビル・シャーマン、そしてウィルケンズの3人のみである。

成績および受賞歴[編集]

プレイヤー部門[編集]

プレイ期間と通算成績[編集]

得点、リバウンド、アシストの成績は下記の通りである。[2]

レギュラーシーズン (15シーズン) ポストシーズン (7シーズン)
1,077試合総計 ゲーム平均 40分平均 64試合総計 ゲーム平均
ポイント数 17,772 16.5 18.7 1,031 16.1
リバウンド数 5,030 4.7 5.3 373 5.8
アシスト数 7,211 6.7 7.6 372 5.8

主な受賞トピックス[編集]

  1. オールスターゲーム出場:9回 (1963年, 1964年, 1965年, 1967年, 1968年, 1969年, 1970年, 1971年, 1973年)
  2. オールスターゲームMVP:1回 (1971年)
  3. アシスト王:2回 (1970年 683, 1972年 766)
  4. NBAベスト50選手:1996年


コーチ部門[編集]

在籍チームと通算成績[編集]

32シーズン総計 - 1,332勝 1,155敗 (勝率.536) [3]

  • 1969年-1972年[4]:シアトル・スーパーソニックス 121勝125敗 (勝率.492)
  • 1974年-1976年[4]:ポートランド・トレイルブレイザーズ 75勝89敗 (勝率.457)
  • 1977年-1985年:シアトル・スーパーソニックス 357勝277敗 (勝率.563)
NBAファイナル優勝1回、NBAカンファレンスファイナル優勝1回、進出2回、ディヴィジョンプレーオフ進出2回
  • 1986年-1993年:クリーブランド・キャバリアーズ 316勝258敗 (勝率.551)
カンファレンスファイナル進出1回、ディヴィジョンプレーオフ進出4回
ディヴィジョンプレーオフ進出6回
カンファレンスファイナル進出1回、ディヴィジョンプレーオフ進出1回
ディヴィジョンプレーオフ進出1回

主な受賞トピックス[編集]

  1. NBA最優秀コーチ賞1994年
  2. アトランタオリンピック金メダル:1996年
  3. NBAトップ10偉大なコーチ:1996年[5]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 現在の順位は2位ではなく20位となっている。
  2. ^ Basketball-reference.com Lenny Wilkens Statisticsより引用。Feb 26, 2007
  3. ^ Basketball-reference.com Lenny Wilkens coaching recordより引用。Feb 26, 2007
  4. ^ a b プレイヤーとヘッドコーチを兼任した。
  5. ^ NBAの50周年を記念して歴史上最も偉大な選手50人とコーチ10人を選出した。プレイヤー部門とコーチ部門の両方に選出されたのウィルケンズただ一人である。

外部リンク[編集]