レニー・ウィルケンズ

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レニー・ウィルケンズ
Lenny Wilkens
殿堂 HC
Lenny Wilkens 1968.jpeg
現役時代 (シアトル・スーパーソニックス) のウィルケンズ (1968年)
名前
本名 Leonard Randolph Wilkens
愛称 Lenny
ラテン文字 Lenny Wilkens
基本情報
誕生日 1937年10月28日(77歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ニューヨーク州ニューヨーク市ブルックリン区
出身 プロヴィデンス大学
身長 185cm  (6 ft 1 in)
体重 82kg (181 lb)
選手情報
ポジション ポイントガード
背番号 19 (永久欠番), 32, 15, 14, 17
選手経歴
1960-1968
1968-1972
1972-1974
1974-1975
セントルイス・ホークス
シアトル・スーパーソニックス
クリーブランド・キャバリアーズ
ポートランド・トレイルブレイザーズ
指導者経歴
1969-1972
1974-1976

1977-1985
1986-1993
1993-2000
2000-2003
2004-2005
シアトル・スーパーソニックス (選手兼任)
ポートランド・トレイルブレイザーズ (1974-1975シーズンまで選手兼任)
シアトル・スーパーソニックス
クリーブランド・キャバリアーズ
アトランタ・ホークス
トロント・ラプターズ
ニューヨーク・ニックス
受賞歴

選手時代

コーチ時代

レナード・ランドルフ・ウィルケンズ (Leonard Randolph Wilkens, 1937年10月28日 - ) 、通称レニー・ウィルケンズ (Lenny Wilkens)はアメリカ合衆国の元バスケットボール選手であり、プロバスケットリーグNBAの元ヘッドコーチである。シアトル・スーパーソニックスのオーナーグループの副会長に就任していた事もあった。選手時代は小柄ながら卓越したゲームメイクの出来るポイントガードとして実績を残し、ヘッドコーチ時代は通算1,300勝以上あげた名将として多くのチームをプレーオフに導いた。プレイヤーとコーチの2部門でバスケットボール殿堂入りを果した数少ない往年の名選手である。

経歴[編集]

選手経歴[編集]

カレッジ時代略歴[編集]

ウィルケンズはニューヨーク州ブルックリンに生まれ、地元のブルックリン・ボーイズ高校からプロヴィデンス大学へ進学し選手として活躍した。1959年と1960年の2回カレッジの代表としてNCAAのナショナル・インビテーション・トーナメント(NIT)に出場する。特に1960年にはNITとカレッジ・オールスターゲームのMVPに選出される活躍をみせ、オールアメリカン・セカンドチームにも選出される。卒業時には歴代2位[1]となる1,193ポイントをマークした。1996年に彼の背番号の14番は永久欠番になる。 カレッジ時代の通算成績は平均14.9ポイント、7.3リバウンドである。

NBA時代略歴[編集]

NBAへは、1960年のNBAドラフトセントルイス・ホークスに1巡目6位指名されて入団する。1967-68シーズンまでホークスでプレイし、1968-69シーズンから1971-72シーズンまではシアトル・スーパーソニックス、1972-73シーズンから1973-74シーズンまではクリーブランド・キャバリアーズ、1974-75シーズンはポートランド・トレイルブレイザーズにそれぞれ在籍した。1968年のMVP投票ではウィルト・チェンバレンがいたため選出されなかったが次点につけた。NBAオールスターゲームには通算9回選出、うち1971年にはオールスターMVPに選ばれた。

ウィルケンズは1975年に選手生活を引退したが、1989年に選手として殿堂入りを果した。

コーチ経歴[編集]

彼のヘッドコーチとしてのキャリアは選手時代と重なっている。1969-70シーズンから1971-72シーズンまでのスーパーソニックス在籍期間と、ブレイザーズにいた1974-75シーズンの間は、プレイヤー兼コーチとしてチームを率いていた。シーズン終了後、引退するがその後もそのまま1975-76シーズンもブレイザーズのコーチを務めた。翌シーズンはバスケットボールから離れて休養するが、翌々シーズンにはコーチとしてNBAに戻ってくる。1978-79シーズンは、スーパーソニックスを初のNBAチャンピオンに導いた。その後はキャバリアーズ、ホークス、トロント・ラプターズニューヨーク・ニックスのコーチを歴任し、2005年1月22日にニックスのコーチを辞任するまでコーチを続け、辞めたあとは2006年11月29日よりスーパーソニックスの副社長を務めている。

ウィルキンズは1996年にNBA50周年記念オールタイムチームに、選手・コーチの両部門で選出された。また1998年にはコーチとしても殿堂入りした。選手、およびコーチの2部門で殿堂入りした選手はジョン・ウッデンビル・シャーマン、そしてウィルケンズの3人のみである。

成績および受賞歴[編集]

プレイヤー部門[編集]

プレイ期間と通算成績[編集]

得点、リバウンド、アシストの成績は下記の通りである。[2]

レギュラーシーズン (15シーズン) ポストシーズン (7シーズン)
1,077試合総計 ゲーム平均 40分平均 64試合総計 ゲーム平均
ポイント数 17,772 16.5 18.7 1,031 16.1
リバウンド数 5,030 4.7 5.3 373 5.8
アシスト数 7,211 6.7 7.6 372 5.8

主な受賞トピックス[編集]

  1. オールスターゲーム出場:9回 (1963年, 1964年, 1965年, 1967年, 1968年, 1969年, 1970年, 1971年, 1973年)
  2. オールスターゲームMVP:1回 (1971年)
  3. アシスト王:2回 (1970年 683, 1972年 766)
  4. NBAベスト50選手:1996年


コーチ部門[編集]

在籍チームと通算成績[編集]

32シーズン総計 - 1,332勝 1,155敗 (勝率.536) [3]

  • 1969年-1972年[4]:シアトル・スーパーソニックス 121勝125敗 (勝率.492)
  • 1974年-1976年[4]:ポートランド・トレイルブレイザーズ 75勝89敗 (勝率.457)
  • 1977年-1985年:シアトル・スーパーソニックス 357勝277敗 (勝率.563)
NBAファイナル優勝1回、NBAカンファレンスファイナル優勝1回、進出2回、ディヴィジョンプレーオフ進出2回
  • 1986年-1993年:クリーブランド・キャバリアーズ 316勝258敗 (勝率.551)
カンファレンスファイナル進出1回、ディヴィジョンプレーオフ進出4回
ディヴィジョンプレーオフ進出6回
カンファレンスファイナル進出1回、ディヴィジョンプレーオフ進出1回
ディヴィジョンプレーオフ進出1回

主な受賞トピックス[編集]

  1. NBA最優秀コーチ賞1994年
  2. アトランタオリンピック金メダル:1996年
  3. NBAトップ10偉大なコーチ:1996年[5]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 現在の順位は2位ではなく20位となっている。
  2. ^ Basketball-reference.com Lenny Wilkens Statisticsより引用。Feb 26, 2007
  3. ^ Basketball-reference.com Lenny Wilkens coaching recordより引用。Feb 26, 2007
  4. ^ a b プレイヤーとヘッドコーチを兼任した。
  5. ^ NBAの50周年を記念して歴史上最も偉大な選手50人とコーチ10人を選出した。プレイヤー部門とコーチ部門の両方に選出されたのウィルケンズただ一人である。

外部リンク[編集]