ドワイト・ハワード
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アトランタ・ホークスでのハワード (2016年) | ||||||||||||||||||
| ワシントン・ウィザーズ No.21 | ||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ポジション | C | |||||||||||||||||
| 背番号 | 21 | |||||||||||||||||
| 身長 | 211cm (6 ft 11 in) | |||||||||||||||||
| 体重 | 120kg (265 lb) | |||||||||||||||||
| ウィングスパン | 226cm (7 ft 5 in)[1] | |||||||||||||||||
| 足のサイズ | 37.0cm | |||||||||||||||||
| 最高到達点 | 約388cm | |||||||||||||||||
| シューズ | PEAK | |||||||||||||||||
| 基本情報 | ||||||||||||||||||
| 本名 | Dwight David Howard | |||||||||||||||||
| 愛称 | D-12 スーパーマン | |||||||||||||||||
| ラテン文字 | Dwight Howard | |||||||||||||||||
| 誕生日 | 1985年12月8日(33歳) | |||||||||||||||||
| 国 |
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| 出身地 | ジョージア州アトランタ | |||||||||||||||||
| 出身 | サウスウェスト・アトランタ・クリスチャン・アカデミー高校 | |||||||||||||||||
| ドラフト | 2004年 1位 | |||||||||||||||||
| 選手経歴 | ||||||||||||||||||
| 2004-2012 2012-2013 2013-2016 2016-2017 2017-2018 2018- |
オーランド・マジック ロサンゼルス・レイカーズ ヒューストン・ロケッツ アトランタ・ホークス シャーロット・ホーネッツ ワシントン・ウィザーズ | |||||||||||||||||
| 受賞歴 | ||||||||||||||||||
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| 代表歴 | ||||||||||||||||||
| キャップ |
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ドワイト・ハワード(Dwight David Howard、1985年12月8日 - )は、アメリカ合衆国・ジョージア州アトランタ出身のバスケットボール選手。NBAのワシントン・ウィザーズに所属している。ポジションはセンター。身長211cm、体重120kg。スーパーマンとも呼ばれるアスリートの肉体を持ったリーグ屈指のセンタープレーヤーである。
目次
経歴[編集]
高校時代[編集]
高校の体育監督の父と元バスケットボール選手の母というスポーツ一家で育ったハワードは、高校はその父が勤めるバスケットの名門校サウスウエスト・アトランタ・クリスチャン高校でプレイした。在学中の4年間で129試合に出場し、16.6得点13.4リバウンド6.3ブロックの成績を残した。最終学年には25.0得点18.0リバウンド8.0ブロックの成績でチームを州チャンピオンに導き、全米で最も活躍した高校生選手に贈られるネイスミス賞を受賞、パレード誌選出のオールアメリカンにも選ばれた。この年のマクドナルド高校オールスターゲームでは19得点をあげてJ・R・スミスと共にMVPに選ばれている。初めてダンクに成功したのは13歳のときで、このときの身長は175cmだった。
オーランド・マジック[編集]
キャリア初期[編集]
大学には進学せず、2004年のNBAドラフトにアーリーエントリーし、オーランド・マジックより全体1位指名を受けてNBA入りを果たした。2006年より高校卒業すぐの指名ができなくなったため、ハワードは高校からのエントリーで1位指名を受けた最後の選手である。
通常高校からエントリーした選手は身体が完成していないため、プロの世界では通用するまでにある程度の時間を要するが、ハワードは非常に恵まれた肉体を有していたため、ルーキーイヤーから即戦力として活躍、シーズン開幕戦では12得点10リバウンド4ブロックといきなりダブルダブルをたたき出し、その後幾つかの最年少記録を更新。シーズン成績は12.0得点10.0リバウンドでリーグ史上最年少でシーズンダブルダブルを達成し、高卒ルーキーとしては初のシーズン82試合フル出場を果たした。新人王投票では3位に終わったが、オールルーキーファーストチームに選ばれた。
翌05-06シーズン中は、11月15日のシャーロット・ボブキャッツ戦で、21得点、20リバウンドを記録、さらに4月15日のフィラデルフィア・セブンティシクサーズ戦では28得点、26リバウンドをマークした。このシーズンの平均12.5リバウンドはリーグ2位、通算リバウンド数は1位となった。このシーズン中にスティーブ・フランシスがチームを去ったことにより、弱冠20歳のハワードは大黒柱としてチームを背負うことになった。
06-07シーズン序盤は、ハワードとベテランのグラント・ヒルを中心に若いチームはまとまり、ディビジョン首位をキープするなどチーム成績は確実に上向き始めた。ハワードはオールスターにも初めて選ばれ、スラムダンクコンテストにも出場。ダンクをリングに叩き込む際にバックボードにハワード自身のステッカーを貼るパフォーマンスを披露したが、審査員には不評だった。好調だったチームはシーズン中盤以降成績が下降するも、カンファレンス8位の座を死守し、4年ぶりにプレーオフに進出、ハワードはオールNBAサードチームに選出された。ハワードにとって初のプレーオフは、1回戦にてデトロイト・ピストンズに4戦全敗という形で幕を閉じた。
トップセンターとして[編集]
オフにはグラント・ヒルがチームを去り、新たにシューターのラシャード・ルイスを迎えて07-08シーズンに入った。このシーズン、ハワードは目覚しい成長を見せ、11月と12月の月間最優秀選手賞を獲得。シーズンの通算ダブルダブル達成数はリーグ1位(69回)を記録し、20得点20リバウンド以上を5回達成した。アベレージは一流ビッグマンの証である20得点10リバウンド以上の、20.7得点14.2リバウンドを記録。14.2リバウンドは2位以下を大きく引き離し自身初の、そしてリーグ最年少記録となるリバウンド王に輝いた。さらにオールNBAチームには初めてファーストチームに名を連ね、オールディフェンスセカンドチームにも選出、名実共にリーグのトップセンターとなった。オールスターファン投票ではシャキール・オニールを抜いてイーストのセンター部門第1位となり、先発メンバーとしてオールスターに出場した。またリベンジを誓って臨んだダンクコンテストでは、バックボード裏からのウィンドミルダンクや、スーパーマンダンクなど圧巻のパフォーマンスで優勝を果たした。チームは52勝30敗の好成績を収め、地区優勝を飾る。プレーオフ1回戦ではトロント・ラプターズと対戦したが、ハワードはラプターズのインサイド陣を一蹴。5試合中3試合で20得点20リバウンド以上を達成し、4勝1敗でラプターズを降した。ハワードは初めてカンファレンス準決勝まで進んだが、雪辱の相手となるピストンズと対戦では、ピストンズの厳しいマークに苦しみ、シリーズ平均15.2得点に抑え込まれ、1勝4敗で敗退した。
08-09シーズンは20.6得点13.8リバウンド2.9ブロックを記録でリバウンド王とブロック王の二冠を達成、NBA最優秀守備選手賞も受賞し、リーグトップセンターの座を不動のものとした。シーズン中には30得点19リバウンド10ブロックを記録してキャリア初のトリプル・ダブルも達成、オールスターファン投票では史上最多得票となる315万181票を獲得している。チームは59勝をあげると、プレーオフではフィラデルフィア・76ers、前年優勝チームのボストン・セルティックスを破ってカンファレンス決勝に進出し、レブロン・ジェームス率いるクリーブランド・キャバリアーズと対戦する。インサイドで暴れ回るハワードに手を焼いたキャバリアーズはファウルゲームを仕掛けたが、ハワードは重要な場面で苦手のフリースローをきっちりと決め、キャバリアーズの作戦を一蹴した。マジックは優勝候補だったキャバリアーズを4勝2敗で破り、ついにNBAファイナル進出を果たした。マジックの初優勝に期待が掛かったが、ハワードはロサンゼルス・レイカーズの厳しいディフェンスの前に持ち前の破壊力を発揮できず、またカンファレンス決勝では決めることができたフリースローを、重要な場面で尽く外してしまい、マジックは1勝4敗で完敗した。
ロサンゼルス・レイカーズ[編集]
2012年8月10日、ロサンゼルス・レイカーズ、オーランド・マジック、フィラデルフィア・セブンティシクサーズ、デンバー・ナゲッツの4チーム、12選手が絡む大型トレードでロサンゼルス・レイカーズへ移籍した。
しかし、このハワードの移籍劇は、ハワード自身がオーランド・マジックとの契約延長を拒否した上で自身の去就をあやふやにし、その後ブルックリン・ネッツやヒューストン・ロケッツなどへのトレードを要求した上で成立した大型トレードだったために、 "ナイトメアー(悪夢)"に引っ掛けて "ドワイトメアー(ドワイトの悪夢)" と揶揄された。このころから、ハワードの人間性を疑問視する声が聞かれるようになる。
オールスターPGスティーブ・ナッシュも加わり、コービー・ブライアント、パウ・ガソルと合わせてBIG4として注目されたが、チームは怪我が多く低迷、プレイオフには出たが初戦でスパーズにスイープ負けし失意のシーズンとなった。また、コービー・ブライアント、スティーブ・ナッシュ、ヘッドコーチだったマイク・ダントーニとの確執も取り沙汰されるなど、散々なシーズンでもあった。
ヒューストン・ロケッツ[編集]
2013年7月5日にFAでヒューストン・ロケッツに移籍することを自身のツイッターで公表した。移籍1年目の2013-14シーズンは、レギュラーシーズンを54勝28敗の好成績で終え、ハワード自身もまずまずの成績を残したたものの、プレーオフ1回戦でポートランド・トレイルブレイザーズの前に2勝4敗と屈した。 2014-15シーズンは、左膝の状態が思わしくなく、シーズンの大半を欠場。それでもチームはカンファレンスファイナルまで勝ち進んだが、ゴールデンステート・ウォリアーズに1勝4敗と完敗を喫した。
アトランタ・ホークス[編集]
2016年7月1日、地元アトランタ・ホークスと3年7050万ドルの契約を結んだ[2]。
シャーロット・ホーネッツ[編集]
2017年6月20日、シャーロット・ホーネッツに移籍した。2018年3月10日に行われたフェニックス・サンズ戦で30得点、12リバウンド、4ブロックを記録、試合はホーネッツが122-115で勝利した[3]。3月15日に行われたアトランタ・ホークス戦で33得点を記録、試合はホーネッツが129-117で勝利した[4]。3月21日に行われたブルックリン・ネッツ戦で32得点、30リバウンドを記録、試合はホーネッツが111-105で勝利した。30得点、30リバウンドが記録されたのは2010年11月12日にケビン・ラブが記録して以来であり、ハワードがNBA史上9人目の達成者となった[5]。
2018年6月20日、ティモフェイ・モズコフとドラフト2巡目指名権とのトレードによりブルックリン・ネッツに放出され、その後解雇された[6]。
ワシントン・ウィザーズ[編集]
2018年7月12日、ワシントン・ウィザーズと契約した[7]。
代表歴[編集]
2006年以降、アメリカ代表に参加している。日本で開催された2006年の世界選手権では、9試合中8試合に先発出場し、8.9得点5.3リバウンドの成績を残した。金メダルは逃したが、銅メダルを掛けて争ったアルゼンチン代表との3位決定戦は20得点と活躍した。
2008年北京オリンピックでは代表チーム唯一のセンターとして参加。ハワードは全試合に先発出場し、10.9得点5.8リバウンドを記録し、アメリカの金メダル獲得に貢献した。
プレイスタイル[編集]
リバウンドに関しては、リーグトップクラスの実力者である。オフェンスリバウンドを獲得するとすぐさまダンクに持ち込むため、シーズン毎のダンク成功数は群を抜いている。ペイントエリア内において、跳躍の高さと速さから生み出されるハワードのダンクを完璧に止めることは至難の業である[要出典]。さらに近年では、ショットブロッカーとしての才能を開花し始め、ディフェンス面でも脅威の存在となっている[要出典]。NBAでのセンターの基準としてしばしば挙げられるのが7フッター=213cmの身長である[要出典]が、ハワード自身は211cmとリーグトップクラスのセンターとしては決してサイズがあるわけではない。しかしながら、現役選手内では群を抜く圧倒的なパワーと高い身体能力、広い肩幅、長い手足、幅のある身体を活かしペイントエリア内で暴れまくるため、攻守ともにマッチアップマンは手を焼くことになる。211cm、120kgの体格に似つかわしくない、ゴール下での俊敏な動きは相手にとって脅威以外の何ものでもない。ハワードの超人的なプレイを支えているのが、彼の人間離れした豊富な筋肉量と驚異の身体能力である。ハワードの推測される垂直跳び40in(約101cm)は、彼の体格としては驚異的と言える[要出典]。怪我にも強く、2008-09シーズンに初めて欠場するまでは351試合連続出場を果たしていた。
現役トップクラスのセンターと評されるハワードだが、弱点はいくつか存在する。代表的な弱点が、フリースローで、キャリア成功率は6割を切り、シーズンによっては5割を下回ることもある[8]。均衡した試合終盤の大事な場面では、相手チームにファウルゲームの標的とされるのを警戒され、ボールを持たせてもらえないことが多い。またリーグトップクラスのセンターとしてはオフェンスバリエーションが非常に少なく、得点のほとんどをオフェンスリバウンドからのダンクやアリウープ、利き手(右手)からのランニングフックに頼っている面がある。[要出典]ペイントエリアから離れると、途端に手がなくなってしまう点も課題である。ジャンプシュートも苦手としており、シュートエリアも極端に狭く、10フィート以上離れた距離からのショットアテンプトはほとんどない[9]。ゴール下以外でボールをレシーブした場合、ボールハンドリングも得意ではないためドライヴすることもできず、ほぼ手詰まりとなる。パワーのあるハワードだが、より巨体のセンターと対峙した場合には拮抗した戦いになり、攻めきれないケースがある。[要出典]
個人成績[編集]
| 略称説明 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| GP | 出場試合数 | GS | 先発出場試合数 | MPG | 平均出場時間 |
| FG% | フィールドゴール成功率 | 3P% | スリーポイント成功率 | FT% | フリースロー成功率 |
| RPG | 平均リバウンド数 | APG | 平均アシスト数 | SPG | 平均スティール数 |
| BPG | 平均ブロック数 | TO | 平均ターンオーバー数 | PPG | 平均得点 |
| 太字 | キャリアハイ | リーグリーダー | 優勝シーズン | ||
| NBA record |
レギュラーシーズン[編集]
| シーズン | チーム | GP | GS | MPG | FG% | 3P% | FT% | RPG | APG | SPG | BPG | PPG |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2004–05 | ORL | 82 | 82 | 32.6 | .520 | .000 | .671 | 10.0 | .9 | .9 | 1.7 | 12.0 |
| 2005–06 | ORL | 82 | 81 | 36.8 | .531 | .000 | .595 | 12.5 | 1.5 | .8 | 1.4 | 15.8 |
| 2006–07 | ORL | 82 | 82 | 36.9 | .603 | .500 | .586 | 12.3 | 1.9 | .9 | 1.9 | 17.6 |
| 2007–08 | ORL | 82 | 82 | 37.7 | .599 | .000 | .590 | 14.2 | 1.3 | .9 | 2.1 | 20.7 |
| 2008–09 | ORL | 79 | 79 | 35.7 | .572 | .000 | .594 | 13.8 | 1.4 | 1.0 | 2.9 | 20.6 |
| 2009–10 | ORL | 82 | 82 | 34.7 | .612 | .000 | .592 | 13.2 | 1.8 | .9 | 2.8 | 18.3 |
| 2010–11 | ORL | 78 | 78 | 37.5 | .593 | .000 | .596 | 14.1 | 1.4 | 1.4 | 2.4 | 22.9 |
| 2011–12 | ORL | 54 | 54 | 38.3 | .573 | .000 | .491 | 14.5 | 1.9 | 1.5 | 2.1 | 20.6 |
| 2012–13 | LAL | 76 | 76 | 35.8 | .578 | .167 | .492 | 12.4 | 1.4 | 1.1 | 2.4 | 17.1 |
| 2013–14 | HOU | 71 | 71 | 33.7 | .591 | .286 | .547 | 12.2 | 1.8 | .8 | 1.8 | 18.3 |
| 2014–15 | HOU | 41 | 41 | 29.8 | .593 | .500 | .528 | 10.5 | 1.2 | .7 | 1.3 | 15.8 |
| 2015–16 | HOU | 71 | 71 | 32.1 | .620 | .000 | .489 | 11.8 | 1.4 | 1.0 | 1.6 | 13.7 |
| 2016–17 | ATL | 74 | 74 | 29.7 | .633 | .000 | .533 | 12.7 | 1.4 | 0.9 | 1.2 | 13.5 |
| 2017–18 | CHA | 81 | 81 | 30.4 | .555 | .143 | .574 | 12.5 | 1.3 | .6 | 1.6 | 16.6 |
| Career | 1035 | 1034 | 34.5 | .583 | .095 | .566 | 12.7 | 1.5 | .9 | 2.0 | 17.4 | |
| All-Star | 8 | 6 | 23.3 | .642 | .154 | .450 | 8.8 | 1.5 | .6 | 1.1 | 12.1 | |
プレイオフ[編集]
| シーズン | チーム | GP | GS | MPG | FG% | 3P% | FT% | RPG | APG | SPG | BPG | PPG |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2007 | ORL | 4 | 4 | 41.8 | .548 | .000 | .455 | 14.8 | 1.8 | .5 | 1.0 | 15.3 |
| 2008 | ORL | 10 | 10 | 42.1 | .581 | .000 | .542 | 15.8 | .9 | .8 | 3.4 | 18.9 |
| 2009 | ORL | 23 | 23 | 39.3 | .601 | .000 | .636 | 15.3 | 1.9 | .9 | 2.6 | 20.3 |
| 2010 | ORL | 14 | 14 | 35.5 | .614 | .000 | .519 | 11.1 | 1.4 | .8 | 3.5 | 18.1 |
| 2011 | ORL | 6 | 6 | 43.0 | .630 | .000 | .682 | 15.5 | 0.5 | .7 | 1.8 | 27.0 |
| 2013 | LAL | 4 | 4 | 31.5 | .619 | .000 | .444 | 10.8 | 1.0 | .5 | 2.0 | 17.0 |
| 2014 | HOU | 6 | 6 | 38.5 | .547 | .000 | .625 | 13.7 | 1.8 | .7 | 2.8 | 26.0 |
| 2015 | HOU | 17 | 17 | 33.8 | .577 | .000 | .412 | 14.0 | 1.2 | 1.4 | 2.3 | 16.4 |
| 2016 | HOU | 5 | 5 | 36.0 | .542 | .000 | .368 | 14.0 | 1.6 | .8 | 1.4 | 13.2 |
| 2017 | ATL | 6 | 6 | 26.1 | .500 | .000 | .632 | 10.7 | 1.3 | 1.0 | .8 | 8.0 |
| Career | 95 | 95 | 37.0 | .586 | .000 | .545 | 13.8 | 1.4 | .9 | 2.5 | 18.4 | |
その他[編集]
- 現在でこそリーグ一強靭な肉体を持つハワードだが、少年時代は学年で一番ガリガリに痩せており、裸になると心臓が動くのが分かる程であったとインタビューで語っている。
- 慈善事業にも取り組んでおり、学生への奨学金などを目的としたドワイト・D・ハワード財団を創設している。
- 2008年のスラムダンクコンテストでは、スーパーマンのコスプレでのパフォーマンスが一際大きな印象を与え、以来ハワードの愛称の中に『スーパーマン』が加わった。2007年のステッカー、2008年のスーパーマンのコスチュームのほか、バックボードの端に取り付けた小さなバスケットゴールと、小道具を取り入れることでパフォーマンスの幅を広げた。
- 元チアリーダーの女性との間に子供をもうけていたことは、当時敬虔なクリスチャンというイメージが強かったハワードにとってはちょっとしたスキャンダルとなった。しかしこれが契機となって本来の陽気な性格を見せるようになり、リーグきってのお祭り男としてチームメイトやファンから慕われていた。しかし、2012年夏の移籍問題(前述の "ドワイトメアー" 騒動)以降は、コート内外で評判が悪くなっており、コービー・ブライアント、ケビン・デュラント、ケビン・ガーネットなどと乱闘騒ぎを起こすなど、試合中の態度も悪くなっている。この件について元NBA選手のゲイリー・ペイトンは、「彼は多くの選手から嫌われている。試合中にニヤニヤする姿は、相手をイライラさせるんだ」と指摘している。
主な業績[編集]
受賞歴・スタッツリーダー[編集]
- 最優秀守備選手賞:2009,2010,2011
- オールルーキー1stチーム:2005
- オールNBA1stチーム:2008、2009、2010
- オールNBA3rdチーム:2007
- オールディフェンシブ1stチーム:2009、2010
- オールディフェンシブ2ndチーム:2008
- NBAオールスター・スラムダンクコンテスト優勝:2008
- リバウンド王:2007-08、2008-09、2009-2010、2011-2012、2012-2013
- ブロック王:2007-08、2008-09
- ダンクシュート成功数1位:2005-06、2006-07、2007-08、2008-09
- 2006年のバスケットボール世界選手権アメリカ代表としてプレー。3位となった。
- 2008年北京オリンピック金メダリスト。
最年少記録[編集]
- 史上最年少で20得点以上、20リバウンド以上を記録(2004年12月1日ラプターズ戦)
- 史上最年少で年間平均ダブルダブル(2004-05シーズン)
- 史上最年少で年間平均10リバウンド以上(2004-05シーズン)
- 高卒ルーキー(大学経験なし)で初めて全82試合で先発出場
- 史上最年少で20得点以上、20リバウンド以上を記録(19歳342日;2005年11月15日ボブキャッツ戦)
- 史上最年少で3000リバウンド達成(2007-08シーズン) ※ギネス世界記録
- 自己最高の26リバウンド(2006年4月15日シクサーズ戦)
脚註[編集]
- ^ “Top 15 Most Impressive Wingspans In NBA History”. thesportster.com (2014年11月5日). 2017年10月22日閲覧。
- ^ Hawks to sign Dwight Howard to a three-year, $70.5 million contract
- ^ “Hornets' Dwight Howard: scores 30 points in win over Suns” (英語). cbssports.com. CBS Sports (2018年3月10日). 2018年3月11日閲覧。
- ^ “Howard dominates inside as Hornets beat Hawks 129-117” (英語). ESPN.com. ESPN (2018年3月15日). 2018年3月17日閲覧。
- ^ “Howard has 32 points, 32 rebounds in Hornets' win over Nets” (英語). ESPN.com. ESPN (2018年3月21日). 2018年3月22日閲覧。
- ^ “BROOKLYN NETS COMPLETE TRADE WITH CHARLOTTE HORNETS” (英語). NBA.com (2018年7月6日). 2018年11月13日閲覧。
- ^ “It’s official: Dwight Howard is a Wizard” (英語). WashingtonPost.com (2018年7月12日). 2018年11月13日閲覧。
- ^ Dwight Howard スタッツ
- ^ ドワイト・ハワード シューティイングスタッツ---NBA.com
外部リンク[編集]
- ドワイト・ハワードの通算成績と情報 NBA.com (英語)、NBA公式サイト、Basketball-Reference.com (英語)
- 公式ウェブサイト
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NBAオールルーキーチーム2004-05シーズン
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