ビル・シャーマン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ビル・シャーマン
Bill Sharman
Bill Sharman, Boston Celtics, signed.jpg
故人
殿堂 バスケットボール殿堂(選手・コーチ)
永久欠番 セルティックス  21 
ポジション(現役時) シューティングガード
身長(現役時) 185cm (6 ft 1 in)
体重(現役時) 80kg (176 lb)
基本情報
本名 ウィリアム・ウォルトン・シャーマン
愛称 ビル
ラテン文字 Bill Sharman
英語 William Walton Sharman
誕生日 1926年5月25日
没年月日 (2013-10-25) 2013年10月25日(満87歳没)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 テキサス州アビリーン
ドラフト  

ビル・シャーマン(Bill Sharman)ことウィリアム・ウォルトン・シャーマン (William Walton Sharman、1926年5月25日 - 2013年10月25日)はアメリカ合衆国の元バスケットボール選手であり、元ヘッドコーチである。選手時代はボストン・セルティックスの1950年代後半の黄金期を支えた選手の一人であり、コーチとしても多くのチームをプレーオフに導いた。プレイヤーとして1976年バスケットボール殿堂入りした。2004年にはコーチとしても殿堂入りし、2つの部門で殿堂入りした史上3人目の選手となった。

経歴[編集]

選手経歴[編集]

カレッジ時代[編集]

シャーマンはテキサス州アビリーンに生まれたが、育ったのはカリフォルニア州である。高校も地元のポータービル高校を卒業し、その後にアメリカ海軍に2年間所属し第二次世界大戦にも出撃した。復員後、1946年にサザン・カリフォルニア大学へ進学し、またバスケットを始める。1950年には全米ファーストチームにも選ばれ、また、パシフィックコースト・カンファレンスのMVPに1949年1950年と連続で選出された活躍を見せた。

カレッジ時代の通算成績は平均18.6ポイントである。

NBA時代略歴[編集]

1950年にシャーマンはワシントン・キャピトルズに入団しNBAでデビューする。翌1951年にボストン・セルティックスに移籍し、ボブ・クージーとバックコートプレイヤーとしてコンビを組む。

50年代後半にはセルティックスは黄金期を迎えつつあり、レッド・アワーバックヘッドコーチの指揮の下、1956-57、1958-59、1959-60、1960-61シーズンとNBAファイナル優勝を果す。シャーマンはシュート力のあるガードとしてセルティックスの黄金期を支えた。特にフリースローの成功率は極めて高く、93.2%の成功率を記録したシーズンもあった。通算でもフリースロー成功率88.3%、フィールドゴール成功率42.6%という記録を残している。

また、1950年から1955年まではプロ野球のマイナーリーグブルックリン・ドジャースにも所属し、プレーしていたという異色な経歴を持っている。 1961年に引退するが、NBAファーストチーム選出4回、セカンドチーム選出3回を数えた。NBAオールスターゲーム選出は8回に及び、1955年にはオールスターMVPに輝いている。

1976年に選手として殿堂入りを果した。また1996年にはNBAの50周年を記念して選ばれた「NBA偉大な50選手」の一人にも選出されている。

コーチ経歴[編集]

引退後、シャーマンはコーチとなり1967年サンフランシスコ・ウォリアーズに就任した。ウォリアーズでは2年間コーチを務めた後、ABAのロサンゼルス・スターズのコーチに就任する。ロサンゼルス・スターズがユタ州に本拠地を移し、ユタ・スターズとなった1970-71シーズンにはABAチャンピオンシップを制した。1970年にはABAの最優秀コーチ賞に表彰された。

翌シーズンからNBAに戻り、1971年ロサンゼルス・レイカーズのコーチに就任する。当時のレイカーズはウィルト・チェンバレンを擁しており、1971-72シーズンは33連勝を記録し、NBAチャンピオンシップを制する。シャーマンはその年にNBA最優秀コーチ賞に選ばれた。ABA、NBA両方でチームを優勝まで率い、最優秀コーチ賞に選出されたのは史上2人だけである。1976年にコーチを辞任しレイカーズのゼネラルマネージャーに就任。1982年からは社長にも就いたが、1990年に一線を退いた。

2004年にコーチとして殿堂入りを果し、ジョン・ウッデンレニー・ウィルケンズと並んでプレイヤー部門、コーチ部門の2つの部門で殿堂入りした史上3人目の選手となった。

2013年10月25日にカリフォルニア州の自宅で死去[1]。87歳没。

成績および受賞歴[編集]

プレイヤー部門[編集]

プレイ期間と通算成績[編集]

得点、リバウンド、アシストの成績は下記の通りである。[2]

レギュラーシーズン (11シーズン) ポストシーズン (10シーズン)
711試合総計 ゲーム平均 40分平均 78試合総計 ゲーム平均
ポイント数 12,665 17.8 22.6 1,446 18.5
リバウンド数 2,779 3.9 4.9 285 3.7
アシスト数 2,101 3.0 3.8 201 2.6

主な受賞トピックス[編集]

  1. オールスターゲーム出場:8回 (1953年 - 1960年)
  2. オールスターゲームMVP:1回 (1955年)
  3. NBAオールファーストチーム選出:4回 (1956年, 1957年, 1958年, 1959年)
  4. NBAオールセカンドチーム選出:3回 (1953年, 1955年, 1960年)
  5. FT成功率リーダー:7回 (1953年;85.0%, 1954年;84.4%, 1955年;89.7%, 1956年;86.7%, 1957年;90.5%, 1959年;93.2%, 1961年;92.1%)
  6. NBAベスト50選手:1996年


コーチ部門[編集]

在籍チームと通算成績[編集]

10シーズン総計 - 466勝 353敗 (勝率.569) [3]

  • 1967年-1968年:サンフランシスコ・ウォリアーズ 87勝76敗 (勝率.534)
NBAカンファレンスファイナル優勝1回、ディヴィジョンプレーオフ進出1回
  • 1969年-1971年:ロサンゼルス/ユタ・スターズ 133勝113敗 (勝率.541)
ABAファイナル優勝1回、ABAファイナル進出1回
  • 1972年-1976年:ロサンゼルス・レイカーズ 246勝164敗 (勝率.600)
NBAファイナル優勝1回、NBAカンファレンスファイナル優勝1回、ディヴィジョンプレーオフ進出1回

主な受賞トピックス[編集]

  1. ABAコーチ・オブ・ザ・イヤー:1回(1970年)
  2. NBAコーチ・オブ・ザ・イヤー:1回(1972年)


関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ビル・シャーマン氏が死去 NBAで選手、監督の両方で殿堂入り 報和新聞 2013年10月26日
  2. ^ Basketball-reference.com Bill Sharman Statisticsより引用。Feb 27, 2007
  3. ^ Basketball-reference.com Bill Sharman coaching recordより引用。Feb 27, 2007

外部リンク[編集]

  1. ^ basketball-reference.com