マーク・ジャクソン

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マーク・ジャクソン
Mark Jackson
Coach Mark Jackson at Warriors open practice Oct 13, 2012.jpg
引退
ポジション
(現役時)
PG
背番号(現役時) 13
身長(現役時) 191cm  (6 ft 3 in)
体重(現役時) 84kg (185 lb)
基本情報
本名 Mark A. Jackson
ラテン文字 Mark Jackson
誕生日 1965年4月1日(50歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ニューヨーク州ニューヨーク市ブルックリン区
出身 セント・ジョーンズ大学
ドラフト 1987年 1巡目18位
選手経歴
1987-1992
1992-1994
1994-1996
1996-1997
1997-2000
2000-2001
2001-2002
2003-2004
ニューヨーク・ニックス
ロサンゼルス・クリッパーズ
インディアナ・ペイサーズ
デンバー・ナゲッツ
インディアナ・ペイサーズ
トロント・ラプターズ
ニューヨーク・ニックス
ヒューストン・ロケッツ
指導者経歴
2011-2014 ゴールデンステート・ウォリアーズ
受賞歴

マーク・ジャクソンMark A. Jackson, 1965年4月1日 - )はアメリカ合衆国の元バスケットボール選手。ニューヨーク州ブルックリン出身。NBAニューヨーク・ニックスインディアナ・ペイサーズなど7チームでプレイした。ポジションはポイントガード。身長191cm、体重84kg。2011年から2014年までゴールデンステート・ウォリアーズヘッドコーチを務めた。

経歴[編集]

1987年セント・ジョーンズ大学を卒業し、ドラフト1巡目18位でニューヨーク・ニックスに指名されNBA入りした。ルーキーシーズンは平均13.6得点、4.8リバウンド、10.6アシスト、2.5スティールと活躍し、ルーキー・オブ・ザ・イヤー(新人王)を受賞。新人王を受賞した歴代のNBA選手の中で最も指名順位が低い選手だった。2年目にはキャリア唯一のオールスターに出場した。ニックスでは、パトリック・ユーイングらとプレイし、カンファレンスセミファイナルまで進んだ。

1992年には、3チーム間のトレードでロサンゼルス・クリッパーズへ移籍した。クリッパーズには2シーズン在籍し、ダニー・マニングロン・ハーパーらと共に、1年目はプレイオフに出場した。 1994年には、マリック・シーリーらとの交換で、インディアナ・ペイサーズへ移籍した。1996年に、一旦デンバー・ナゲッツに放出されるが、再びトレードでペイサーズに復帰した。2000年には、ペイサーズのNBAファイナル進出に貢献した。

2000-01シーズン前、フリーエージェントとなったジャクソンは、トロント・ラプターズと契約した。しかし、シーズン途中にまたもやトレード、古巣のニューヨーク・ニックスで2シーズンプレイすることとなった。 2002年には、ユタ・ジャズと契約し、アシスト数歴代1位のジョン・ストックトンと2位のジャクソンが同じチームに在籍することになる。ジャズ時代に1万アシストを達成。

2003-04シーズンはABAのラスヴェガス・ラットラーズ、ヒューストン・ロケッツに所属した後、引退した。引退後はニュージャージー・ネッツの解説者として活躍し、2011年、コーチ経験はなかったが、ゴールデンステート・ウォリアーズのヘッドコーチに就任した。2013年、2014年と2シーズン続けてプレーオフに進出したが、2014年1stラウンド敗退後に解雇された。

プレイスタイル[編集]

ポイントガードでありながら、ジャンプシュートはあまり得意ではなく、体の幅を生かしたポストプレイからフックシュート、あるいはパスアウトで味方を生かすことを得意としていた。 リーダーシップがありゲームメイクも上手い、パス優先型のガードとして長年活躍し、アシスト数は歴代3位まで達し10323アシストを記録した。

キャリア・スタッツ[編集]

  • 得点:12,489 (9.6 ppg)、アシスト:10,334 (8.0 apg)、スティール:1,608 (1.2 spg)

その他[編集]

  • 子供の頃は、アール・モンローに憧れていた。
  • 熱心なクリスチャンであり、キャリア後期には得点を入れた後、十字架をイメージしたポーズを取っていた。
  • シュートを決めた後、踊るようなパフォーマンスを見せ、「アクション・ジャクソン」「ジャクソン・ジグル」と呼ばれていた。
  • レジー・ミラーとは親友である。

外部リンク[編集]