ヴィンス・カーター

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ヴィンス・カーター
Vincent Carter
Vince Carter 2013-03-25 (1).jpg
2013年のカーター
メンフィス・グリズリーズ  No.15
ポジション SG/SF
背番号 15
身長 198cm  (6 ft 6 in)
体重 100kg (220 lb)
ウィングスパン 206cm  (6 ft 9 in)
足のサイズ 34cm
最高到達点 約381cm
シューズ ナイキ
基本情報
本名 Vincent Lamar Carter
愛称 エアカナダ、ヴィンサニティ
ラテン文字 Vincent Carter
誕生日 (1977-01-26) 1977年1月26日(40歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 フロリダ州デイトナビーチ
出身 ノースカロライナ大学
ドラフト 1998年 5位 
選手経歴
1998-2004
2004-2009
2009-2010
2010-2011
2011-2014
2014-
トロント・ラプターズ
ニュージャージー・ネッツ
オーランド・マジック
フェニックス・サンズ
ダラス・マーベリックス
メンフィス・グリズリーズ
受賞歴
代表歴
キャップ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 2000
 
獲得メダル
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
オリンピック
2000 シドニー バスケットボール

ヴィンス・カーターことヴィンセント・ラマー・カーターVincent Lamar Carter1977年1月26日 - )はアメリカ合衆国フロリダ州デイトナビーチ出身のバスケットボール選手NBAメンフィス・グリズリーズに所属している。ポジションは主にシューティングガード。リーグ屈指のスラムダンカーとして人気の高い選手である。

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個人成績[編集]

略称説明
  GP 出場試合数   GS  先発出場試合数  MPG  平均出場時間
 FG%  フィールドゴール成功率  3P%  スリーポイント成功率  FT%  フリースロー成功率
 RPG  平均リバウンド  APG  平均アシスト  SPG  平均スティール
 BPG  平均ブロック   TO  平均ターンオーバー  PPG  平均得点
 太字  キャリアハイ    リーグリーダー    優勝シーズン

NBAレギュラーシーズン[編集]

シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG TO PPG
1998–99 TOR 50 49 35.2 .450 .288 .761 5.7 3.0 1.1 1.5 2.2 18.3
1999–00 TOR 82 82 38.1 .465 .403 .791 5.8 3.9 1.3 1.1 2.1 25.7
2000–01 TOR 75 75 39.7 .460 .408 .765 5.5 3.9 1.5 1.1 2.2 27.6
2001–02 TOR 60 60 39.8 .428 .387 .798 5.2 4.0 1.6 .7 2.5 24.7
2002–03 TOR 43 42 34.2 .467 .344 .806 4.4 3.3 1.1 1.0 1.7 20.6
2003–04 TOR 73 73 38.2 .417 .383 .806 4.8 4.8 1.2 .9 3.0 22.5
2004–05 TOR 20 20 30.4 .411 .322 .694 3.3 3.1 1.3 .8 1.1 15.9
2004–05 NJN 57 56 38.9 .462 .425 .817 5.9 4.7 1.5 .6 2.5 27.5
2005–06 NJN 79 79 36.8 .430 .341 .799 5.8 4.3 1.2 .7 2.7 24.2
2006–07 NJN 82 82 38.1 .454 .357 .802 6.0 4.8 1.0 .4 2.6 25.2
2007–08 NJN 76 72 38.9 .456 .359 .816 6.0 5.1 1.2 .4 2.3 21.3
2008–09 NJN 80 80 36.8 .437 .385 .817 5.1 4.7 1.0 .5 2.0 20.8
2009–10 ORL 75 74 30.8 .428 .367 .840 3.9 3.1 .7 .2 1.4 16.6
2010–11 ORL 22 22 30.2 .470 .346 .747 4.1 2.9 .9 .1 1.6 15.1
2010–11 PHX 51 41 27.2 .422 .366 .735 3.6 1.6 .9 .3 1.0 13.5
2011–12 DAL 61 40 25.3 .411 .361 .826 3.4 2.3 .9 .4 1.3 10.1
2012–13 DAL 81 3 25.8 .435 .406 .816 4.1 2.4 .9 .5 1.3 13.4
2013–14 DAL 81 0 24.4 .407 .394 .821 3.5 2.6 .8 .4 1.3 11.9
Career 1148 950 34.2 .442 .378 .799 4.9 3.7 1.1 .6 2.0 20.2
All-Star 7 5 18.0 .477 .375 .600 2.6 1.9 .9 .1 10.1

NBAプレーオフ[編集]

シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG TO PPG
1999–00 TOR 3 3 39.7 .300 .100 .871 6.0 6.3 1.0 1.3 2.6 19.3
2000–01 TOR 12 12 44.9 .436 .410 .784 6.5 4.7 1.7 1.7 2.2 27.3
2004–05 NJN 4 4 44.8 .365 .316 .861 8.5 5.8 2.3 .0 3.7 26.8
2005–06 NJN 11 11 40.9 .463 .241 .796 7.0 5.3 1.8 .5 2.3 29.6
2006–07 NJN 12 12 40.6 .396 .389 .693 6.8 5.3 .9 .6 3.1 22.3
2009–10 ORL 14 14 34.4 .402 .235 .826 4.2 2.3 .9 .2 1.5 15.5
2011–12 DAL 4 0 26.8 .293 .300 .750 5.5 .3 1.2 .5 1.5 8.3
2013–14 DAL 7 0 27.1 .456 .484 .786 3.6 2.4 .4 .3 0.8 12.6
Career 67 56 38.1 .413 .330 .787 5.9 4.0 1.2 .7 2.2 21.3

受賞・タイトル[編集]

ダンクコンテスト[編集]

プロ入り2年目の2000-01シーズン、2000年オールスターゲーム前日のNBAオールスター・スラムダンクコンテストでの優勝で全米を驚愕させたことでスラムダンカーの象徴となった。全5回の試技の内、3回で50点満点を、2回で49点という数字を叩き出した。1回目のダンクは逆回転360ウィンドミル。コート左側をウィークサイド寄りに切り込み、ゴール手前で踏み切ると360°体の向きを回転させて、腕を風車のようにグルリと回してリムに叩き込んだ。通常の場合は右利きであれば、進行方向と腕の振りから、反時計周りに回転するのが普通だが、カーターの場合は時計回りに回転するもので難易度も高く、美しい腕の振りがより強調され、いきなりの満点。2度目はボードの裏から助走無しで1度目のダンクと酷似したものを披露。49点であった。3度目は空中で受けたバウンドパスをそのまま空中で股の下を通しダンクするアリウープ・レッグスルー。こちらも満点で今、現在でも史上最高のスラムダンクとして記憶されている。4度目はダンクした腕をリムに肘まで入れてぶら下る、カーターオリジナルのエルボーダンクでまたも満点。最後の試技はボースハンドレーンアップで49点であった。すぐれた跳躍力だけでなく、オリジナリティ、空中でのボディバランス、芸術性など、ダンクコンテストの審査項目全てで、NBAの中でも歴史的なもので新世紀ダンク王の称号をその手中に収めた。

その他[編集]

  • マイケル・ジョーダンのニックネーム、エア・ジョーダンにちなんで、かつてカナダのチームであるラプターズ所属であったことからエアカナダ(Air Canada)という呼び名を持っていた。その他にもプレイの素晴らしさから「半分人、半分驚異」(Half-man, Half-amazing)、名前の「ヴィンス」と「狂気の沙汰」(insanity)を組み合わせた「ヴィンサニティ」(Vinsanity)の呼び名もある。
  • 1998年からバスケットボール選手としては初めてプーマのスポンサーシップを受ける。しかし、2000年のオールスターにプーマと契約中にもかかわらずAND1のシューズを履いて登場。しかもプーマのシューズが「足に合わない」との理由から契約解除を求めて裁判で争ったが敗れ、1,350万ドルの賠償金を支払うように命じられる。しかし当時人気絶頂のカーターとの独占契約をねらったナイキがその賠償金を肩代わりする事を申し入れ、カーターはナイキと契約を結んだ。
  • 残った大学の単位は夏季講習を受けるなどして修得し、2001年に卒業することになったが、卒業式の日はNBAプレーオフの対フィラデルフィア・76ers戦第7戦の朝だった。プレーオフの最中でありながら卒業式に出席することは青少年に勉強の大切さを伝えるために良いアピールだと考えたカーターは式に出席し、その日の試合では20得点、9アシスト、7リバウンドをマーク。しかし、逆転を狙ったラストショットを外してしまい卒業式に出席した疲労が影響したとして批判されてしまった。

脚註[編集]

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外部リンク[編集]