ブレット・ブラウン

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ブレット・ブラウン
Brett Brown
Brett Brown Spurs.JPG
フィラデルフィア・セブンティシクサーズ HC
役職 ヘッドコーチ
ポジション
(現役時)
PG
身長(現役時) --
体重(現役時) --
基本情報
本名 Brett Brown
ラテン文字 Brett Brown
誕生日 1961年2月16日(54歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 メイン州サウスポートランド
出身 ボストン大学
指導者経歴
1988-1993
1993-1998
2000-2002
2002-2013
2013-
メルボルン・タイガース(アシスタント)
ノースメルボルン・ジャイアンツ
シドニー・キングス
サンアントニオ・スパーズ(アシスタント)
フィラデルフィア・セブンティシクサーズ

ブレット・ブラウンBrett Brown, 1961年2月16日 - )はアメリカ合衆国メイン州サウスポートランド出身のプロバスケットボールコーチ。NBAフィラデルフィア・セブンティシクサーズヘッドコーチ

経歴[編集]

プレーヤー[編集]

メイン州のサウスポートランド高校でバスケットボールを始め、父親のボブ・ブラウンがヘッドコーチを務めていたチームで、ガードとしてチームを率い29勝0敗の記録を作った。1979年に卒業しボストン大学に進学した。ここで卒業まで4年間プレーし、ジュニア、シニアでキャプテンを務め、1983年には、1959年以来となるNCAAトーナメント進出を果たした。

コーチ[編集]

2014年球団行事でのブラウン

カレッジ[編集]

ボストン大学卒業後は、AT&Tで営業職をしながら、母校のアシスタントコーチを務めた。

NBL[編集]

1988年から、オーストラリアに渡り、プロリーグNBLメルボルン・タイガースで、オーストラリアとFIBA両方で殿堂入りを果たしているリンゼイ・ガズの下、アシスタントコーチを務めた後、1993年からノースメルボルン・ジャイアンツでヘッドコーチを務め、1994年の優勝により、NBL年間コーチ賞を獲得した。2000年から2002年にスパーズに再加入するまでシドニー・キングスでヘッドコーチを務め、NBL通算143勝を挙げた。

NBA[編集]

2002年からNBAサンアントニオ・スパーズのアシスタント/選手育成コーチを務め[1]、2006-2007年のシーズンを前にアシスタントコーチとしてベンチ入りし[2]、この年のNBA制覇に貢献した。スパーズでは、1998-1999年にR・C・ビュフォードに雇われ球団運営会社のスタッフを務めた経歴がある[3]。その後、シドニー・キングスでヘッドコーチを務めるためスパーズを一旦離れ、2002年に戻っている。選手育成コーチ時代には、その後スパーズのビッグ・スリーを担うこととなる2001年入団のトニー・パーカー、2002年入団のマヌ・ジノビリらの育成にも貢献している。

グレッグ・ポポヴィッチヘッドコーチの下、長年、スパーズの強さを支えて来たことを認められ、2013年にフィラデルフィア・セブンティシクサーズの24代目のヘッドコーチに就任した[4]。ここでも新人育成の手腕を発揮し、2013-2014シーズンには、ドラフト11位指名からマイケル・カーター=ウィリアムスを新人王へと導いている。

オーストラリア代表[編集]

2009年から2012年までオーストラリアナショナルチームのヘッドコーチを務め[5]パトリック・ミルズアンドリュー・ボーガットらを指揮した。

脚注[編集]

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外部リンク[編集]