シルヴェスター・スタローン
シルヴェスター・ガーデンツィオ・スタローン(Sylvester Gardenzio Stallone, 1946年7月6日 - )は、アメリカ合衆国の俳優、映画監督、映画プロデューサー、脚本家。身長177cm。1970年代から2010年代のアクション映画を代表するスター。アカデミー賞には、俳優として2度(1976年『ロッキー』、2015年『クリード チャンプを継ぐ男』)、脚本家として1度(1976年『ロッキー』)ノミネートされている。70歳を超えてなお、鍛え上げた肉体で激しいアクションをこなす映画俳優である。左利き。代表作は『ロッキー』シリーズと『ランボー』シリーズ[1]。
生い立ち[編集]
ニューヨーク・マンハッタン区のヘルズ・キッチン地区出身。父はシチリアにルーツを持つイタリア系アメリカ人の美容師フランク・スタローンSr(1919年 - 2011年)、母はロシア系ユダヤ人およびフランス系アメリカ人で、元ダンサー・占星術師として著名なジャッキー・スタローン(1921年 - 2020年)[2][3][4]。弟のフランク・スタローンは歌手兼俳優として、兄の主演、監督映画数作に端役で出演、または主題歌、挿入歌を提供している。1人目の妻とのあいだに生まれた長男のセイジ・スタローンも映画監督、脚本家、俳優として父と同じ道を歩むが、2012年、心臓発作により急逝した。
出産時に産科医が鉗子の扱いを誤り、顔面の左側(とくに唇、顎、舌)の神経が傷つけられたため、言語障害(舌足らずな発音)と下唇の下垂という症状が残った。このことは少年期のスタローンを内向的にさせ、空想や漫画、とくに映画へ興味を向けさせた[5]。崩れた容姿と脆弱な性格から、つねにいじめの対象となっていた。このトラウマは現在も残る[要出典]。
9歳[5](もしくは12歳)のときに両親が離婚したことをきっかけに、しだいに素行不良になる。小学校から高等学校修了までに14の学校から放校処分を受け、母親の経営するボクシングジムで体を鍛えながらも荒れた生活を続けた。当初はボクシングジムに見向きもしなかったが、このころに観賞した映画『ヘラクレス』(1958年)の主演スティーヴ・リーヴスの影響により、みずから体を鍛え始めるようになったという[6]。
高校卒業後は美容師学校へ進んだが中退し、レザンにある American School of Switzerland に体育奨学金を得て入学し、演劇を学んだ(このころから演劇に興味を持ち始めたとも)。アメリカに戻りマイアミ大学の演劇学部に3年間在籍したが、脚本家を志すため中退した[5][注 1](もしくは2年間在籍したが、授業料の支払いが困難となり中退した)。23歳でニューヨークに戻り本格的に俳優を志した。最終的に『ロッキー』の脚本を卒業論文として、マイアミ大学で学士を取得卒業[7]
キャリア[編集]
スタローンが初主演した映画は1970年のソフトコアポルノ映画『The Party at Kitty and Stud's(子猫と種馬のパーティ)』である。当時は極度の困窮生活で、出演はやむにやまれぬ事情だったとスタローンは述べている[8][注 2]。
同じく1970年には No Place to Hide(隠れ場無し)という映画に主演した[注 3]。1971年にはオフ・ブロードウェイの小劇場で Score というアダルト劇の舞台に立っている。このようにポルノ映画への出演やボディーガードなどをこなして日銭を稼ぐ極貧生活が長く続いた。顔面麻痺による演技力の限界や、あまりにも典型的なシチリア人の風貌のため54回のオーディションに落ちた[要検証 ]。
1974年に出演した『ブルックリンの青春』(The Lords Of Flatbush)での演技が何人かの評論家の目にとまり、スタローンは妻と愛犬を伴ってハリウッドへ移った[5]。1975年には『デス・レース2000年』に準主役として出演した。

1975年、29歳のとき、観戦したボクシングの世界ヘビー級タイトルマッチ「モハメド・アリ対チャック・ウェプナー」の試合に感銘を受け、それをヒントにわずか3日で書き上げた脚本をもって映画会社に売り込む。脚本が気に入った映画会社は一線級スター(ロバート・レッドフォードらが候補)を主役にした大作として製作しようとしたが、スタローンは自分を主役にしないなら脚本は渡せないと固辞、結局主張は認められた。この作品が『ロッキー』である。もっとも無名俳優の主演作品のため低予算のB級扱いとなり、わずかな上映館でのスタートとなった。しかし徐々に評判を呼ぶことになり、世界的規模で大ヒット(詳細は 『ロッキー』の項で記述)、ついには同年のアカデミー作品賞を受賞する。映画の主人公の境遇とスタローン自身のそれが「荒んだ生活から一夜にして栄光を掴む」という古典的なまでの「アメリカン・ドリーム」を体現した点で共通していることから大変な話題を呼び、多くの人間に希望を与えた功績が評価された。
その後『パラダイス・アレイ』で監督業にも進出。しかし、さまざまなジャンルに挑戦しつづけるが『ロッキー』シリーズ以外は興行的に成功することがほとんどない状態が続く。1982年の『ランボー』でようやくロッキー・バルボア以外の役をヒットさせることに成功。以降『ランボー』は『ロッキー』と並ぶスタローンの代表作となった。その後は1993年の『クリフハンガー』など、つねに鍛え上げた肉体を駆使した作品でアメリカを代表するアクション俳優となる。
2006年、シリーズ16年ぶりの新作となる『ロッキー・ザ・ファイナル』 が公開され、2008年には20年ぶりの新作となる『ランボー/最後の戦場』が公開された。
2007年の2月に『ロッキー・ザ・ファイナル』の宣伝でオーストラリアを訪れた際、シドニー空港にて、手荷物のなかにオーストラリアでは禁止されているステロイドが発見され、起訴された。5月15日に行われた審理では代理人が起訴事実を認めたが、スタローンは出廷をしなかった。21日、2500ドルの罰金を科す判決が下った。本人は当初「持ち込んだのは成長ホルモンだけだ」と弁明していたが、やがてはステロイド剤の所持を認めるに至った。しかし、後日になると「あれはテストステロンだ。ステロイドではない」と再度弁明を行った[9]。

2010年9月に訪日し、大相撲秋場所を観戦。その際、九重親方に映画出演のオファーを行い話題を呼んだ。また、同年9月28日放送分のNTV系列『魔女たちの22時』や、『おしゃれイズム』にもゲスト出演している。
2010年12月7日、一連の『ロッキー』シリーズのボクシング映画製作などが評価され、国際ボクシング殿堂顕彰者に選出された[10]。
2015年に公開された映画『クリード チャンプを継ぐ男』で再度ロッキー・バルボアを演じ、その演技が批評家から絶賛され[11][12][13]、2016年の第73回ゴールデングローブ賞では自身初の助演男優賞を受賞した。
作風[編集]
俳優としては鍛え上げられた肉体を全面に押し出したアクションが売りである。もともと顔面神経麻痺や言語障害があり、決して表現力に長けているとは言えないものの、役作りに対してはストイックに取り組むことでも知られる。『コップランド』では冴えない中年警官を演じるために肉体派俳優の生命線である体重をあえて増量し、『ランボー』ではノースタントで木から飛び降り肋骨を数か所骨折している。
スタローンが監督や脚本まで担当した『ランボー/最後の戦場』や『エクスペンダブルズ』などの戦場が舞台になる作品では、人体破壊・肉片が飛び散るなどのゴア表現がかなり見られる。また、素早いカットを多用してスピード感溢れる演出にすることで戦場での緊迫感を醸し出している。
関連人物[編集]
シュワルツェネッガーとの関係[編集]
ともに極限まで肉体を鍛え上げたアクションスターであり肉体派ヒーローを演じる機会が多いアーノルド・シュワルツェネッガーと頻繁に比較される。当初は互いに牽制しあっていたが、現在では彼ら自身もよきライバルであり親友であるという認識を共有している。80年代後半には著名人が一堂に会す場において撮影された二人がともに納まった写真もしばしば映画誌などに掲載されていた。現在では互いに映画のイベントや宣伝に出演しあい、誕生日を祝いあうほどの仲である。また1993年公開の『ラスト・アクション・ヒーロー』『デモリションマン』では互いに作中で笑いの種にしている。2010年公開の映画『エクスペンダブルズ』では1シーンのカメオ出演ながら初めて両者が共演し、2012年公開の続編『エクスペンダブルズ2』では本格的な共演をしているほか、2013年公開の『大脱出』ではW主演を果たしている。またシュワルツェネッガーがスタントの怪我で入院した際、偶然にもスタローンと一緒の病室であり、スタローンもスタントの怪我で入院していた。
コッポラとの関係[編集]
『ロッキー』で共演し、長年の親友であるタリア・シャイアは、実兄であるフランシス・フォード・コッポラに『ゴッドファーザーPARTIII』にスタローンを出演、または監督させる約束を取り付けたが、コッポラがいずれも反故にしたため、両人のあいだに亀裂が生まれたという。
私生活[編集]
家族[編集]
スタローンは計3回の結婚歴があり、二男三女をもうけている。
下積み生活中の1974年にサーシャ・チャックと結婚。俳優・映画監督のセイジ・スタローンら二人の男児をもうけたあと、1985年に離婚。
1985年に『ロッキー4/炎の友情』『コブラ』で共演したブリジット・ニールセンと再婚し1987年に離婚。
現在の妻は女優・モデルのジェニファー・フレイヴィン。1996年に一女をもうけ、1997年に結婚、さらに二女をもうけた。
2017年、第74回ゴールデングローブ賞では、長女ソフィア、次女システィーン、三女スカーレットがミス・ゴールデングローブ(授賞式のアシスタント役)に選ばれている[14]。
思想・信仰[編集]
幼少のころから大天使ミカエルの洗礼名を持つ[15]ローマ・カトリックのキリスト信者である。『ロッキー・ザ・ファイナル』公開の時にはキリスト教原理主義系の番組に出演し、自身の信仰について語った[16]。『ランボー/最後の戦場』にもキリスト教の要素を加えたと語っている[17]。
熱心な共和党員で、政治的な発言も多い。2008年の大統領選挙では同党候補ジョン・マケインへの応援活動を行った。また、その影響が自身の作品に色濃く現れることもあった(『ランボー/怒りの脱出』、『ランボー3/怒りのアフガン』、『ロッキー4/炎の友情』などの脚本)。
ドナルド・トランプとは、彼が大統領に就任する前からの古い親友であり、「俺はドナルド・トランプが好きだ。アーノルド・シュワルツェネッガーやベーブ・ルースのような英雄でも、彼らが政治の世界で国を動かせるかどうかはわからないけれどね」と大統領選前に発言している[18]。トランプが主催した2016年の新年前夜パーティにも参加し、大統領就任の際には就任を称えるメッセージを非公式で送っている[19]。2016年にはトランプ大統領側から「全米芸術基金(ENA)」の会長職の打診を受けるも、「退役軍人の生活保障」の方に関心があるとして、これを辞退した[20]。2018年には黒人初のヘビー級ボクシング王者であり、冤罪で服役したジャック・ジョンソンに対する死後恩赦をトランプ大統領に打診した[21]。その後、ジョンソンに恩赦が与えられた際には、ホワイトハウスで行われたセレモニーにも出席している[22]。
共和党員ではあるが、リベラルな側面を見せることもある。殺傷能力の高い自動小銃などを一般市民が保持することに対しては批判的であり、2013年には「猟銃にも使えないし、軍に襲撃されるわけでもないのに何に使おうというのか」とコメントしている[23]。また民主党のビル・クリントンとは個人的な親友であり、「モニカ・ルインスキー事件」ではクリントンを支援・擁護する姿勢を見せている[24]。
主な作品[編集]
公開年 | 邦題 原題 |
役名 | 備考 | 吹き替え |
---|---|---|---|---|
1969 | 白銀のレーサー Downhill Racer |
レストランの客 | クレジットなし | TBA(テレビ東京版) |
The Square Root(That Nice Boy) |
||||
1970 | ザ・イタリアン・スタローン The Party at Kitty and Stud's (Italian Stallion) |
スタッド | ポルノ映画 | (吹き替え版なし) |
ふたりの誓い Lovers and Other Strangers |
クレジットなし | |||
M★A★S★H マッシュ M*A*S*H |
クレジットなし[25] | TBA(フジテレビ版) TBA(LD版) | ||
The Sidelong Glances of a Pigeon Kicker |
パーティーゲスト | クレジットなし | ||
1971 | ウディ・アレンのバナナ Bananas |
チンピラ | 日本劇場未公開 | |
コールガール Klute |
エキストラ出演 | TBA(テレビ朝日版) TBA(TBS版) | ||
1974 | ブルックリンの青春 The Lords Of Flatbush |
兼脚本(ダイアログ監修) | ||
レベル No place to hide |
ジェリー・サベージ | |||
1975 | The Prisoner of Second Avenue |
若者 | ||
ビッグ・ボス Capone |
フランク・ニティ | 青野武(TBS版) | ||
デス・レース2000年 Death Race 2000 |
マシンガン・ジョー | 玄田哲章(テレビ朝日版) | ||
マンディンゴ Mandingo |
若きクラウド | 出演シーンカット | N/A | |
さらば愛しき女よ Farewell, My Lovely |
ジョニー | TBA(TBS版) | ||
刑事コジャック KOJAK |
山城新伍 | |||
ポリス・ストーリー Police Story |
ロッキー | |||
1976 | 爆走!キャノンボール Cannonball |
TBA(日本テレビ版) | ||
ロッキー Rocky |
ロッキー・バルボア | 兼脚本 | 羽佐間道夫(TBS版) | |
1978 | フィスト F.I.S.T. |
ジョニー・コヴァック | ||
パラダイス・アレイ Paradise Alley |
コスモ・カルーボニ | 兼監督、脚本 | 玄田哲章(テレビ朝日版) | |
1979 | ロッキー2 Rocky II |
ロッキー・バルボア | 羽佐間道夫(TBS版) | |
1981 | ナイトホークス Nighthawks |
ディーク・ダシルヴァ | 兼一部監督[26](クレジットなし) | 夏八木勲(フジテレビ版) 佐々木功(テレビ朝日版) 楠大典(2016年版) |
勝利への脱出 Escape to Victory |
ロベルト・ハッチ | 佐々木功(フジテレビ版) | ||
1982 | ロッキー3 Rocky III |
ロッキー・バルボア | 兼監督、脚本 | 羽佐間道夫(TBS版) 玄田哲章(日本テレビ版) |
ランボー First Blood |
ジョン・ランボー | 兼脚本 | 渡辺謙(旧日本テレビ版) 羽佐間道夫(TBS版) 銀河万丈(フジテレビ版) 佐々木功(テレビ朝日版) 玄田哲章(新日本テレビ版) | |
1983 | ステイン・アライブ Staying Alive |
カール | 兼監督、製作、脚本 出演クレジットなし |
堀内賢雄(フジテレビ版) |
1984 | クラブ・ラインストーン/今夜は最高! Rhinestone |
ニック・マルティネッリ | 兼脚本 | |
1985 | ランボー/怒りの脱出 Rambo: First Blood Part II |
ジョン・ランボー | 玄田哲章(日本テレビ版) 羽佐間道夫(TBS版) 銀河万丈(フジテレビ版) 佐々木功(テレビ朝日版) | |
ロッキー4/炎の友情 Rocky IV |
ロッキー・バルボア | 兼監督、脚本 | 羽佐間道夫(TBS版) 佐々木功(テレビ朝日版) | |
1986 | コブラ Cobra |
マリオン・“コブラ”・コブレッティ | 兼脚本 | |
1987 | オーバー・ザ・トップ Over the Top |
リンカーン・ホーク | 玄田哲章(フジテレビ版) 羽佐間道夫(TBS版) 安原義人(テレビ朝日版) | |
1988 | ランボー3/怒りのアフガン Rambo III |
ジョン・ランボー | 玄田哲章(日本テレビ版) 佐々木功(テレビ朝日版) | |
1989 | ロックアップ Lock-Up |
フランク・レオン | 玄田哲章(ソフト版、日本テレビ版) | |
デッドフォール[27] Tango & Cash |
"レイ"レイモンド・タンゴ | 玄田哲章(ソフト版) ささきいさお(テレビ朝日版) | ||
1990 | ロッキー5/最後のドラマ Rocky V |
ロッキー・バルボア | 兼脚本 | 羽佐間道夫(日本テレビ版) 佐々木功(VHS版) |
1991 | オスカー Oscar |
アンジェロ・"スナップス"・プロヴォローネ | 羽佐間道夫 | |
1992 | 刑事ジョー ママにお手あげ Stop! or My Mom will Shoot |
ジョー・ボモウスキー | 羽佐間道夫(ソフト版) 玄田哲章(フジテレビ版) | |
1993 | クリフハンガー[28] Cliffhanger |
ゲイブ・ウォーカー | 兼脚本 | 玄田哲章(ソフト版、フジテレビ版) 大塚明夫(日本テレビ版) ささきいさお(BSジャパン版) |
デモリションマン[29] Demolition Man |
ジョン・スパルタン | 玄田哲章(ソフト版) 佐々木功(テレビ朝日版) | ||
1994 | スペシャリスト The Specialist |
レイ・クイック | ||
1995 | ジャッジ・ドレッド Judge Dredd |
ジャッジ・ドレッド | 玄田哲章(ソフト版、フジテレビ版) | |
暗殺者 Assassins |
ロバート・ラス | 玄田哲章(ソフト版、フジテレビ版) 佐々木功(テレビ朝日版) | ||
1996 | デイライト Daylight |
キット・ラトゥーラ | 玄田哲章(ソフト版) 佐々木功(テレビ朝日版) | |
1997 | メン・イン・ブラック Men In Black |
宇宙人 | アーカイブ出演、クレジットなし | (台詞なし) |
コップランド Cop Land |
フレディ・ヘフリン | 玄田哲章(ソフト版、日本テレビ版) | ||
The Good Life |
ボス | 友情出演 | ||
1998 | アラン・スミシー・フィルム An Alan Smithee Film:Burn Hollywood Burn |
本人役 | 日本劇場未公開 | 玄田哲章 |
アンツ Antz |
ウィーバー | 声の出演 | ||
2000 | 追撃者 Get Carter |
ジャック・カーター | 玄田哲章(ソフト版) ささきいさお(テレビ東京版) | |
2001 | ドリヴン Driven |
ジョー・タント | 兼製作、脚本 | 玄田哲章(ソフト版、日本テレビ版) ささきいさお(テレビ東京版) |
2002 | D-TOX D-Tox |
ジェイク・マロイ | 大塚明夫(ソフト版) ささきいさお(テレビ東京版) | |
シルベスター・スタローン ザ・ボディガード Avenging Angelo |
フランキー・デラーノ | 楠大典 | ||
Liberty's Kids: Est. 1776 |
Paul Revere | 声の出演 | ||
2003 | TAXi3 Taxi 3 |
空港に向かう乗客 | クレジットなし | 玄田哲章(ソフト版) ささきいさお(フジテレビ版) |
シェイド Shade |
ディーン・スティーヴンス | ささきいさお | ||
スパイキッズ3-D:ゲームオーバー Spy Kids 3-D : Game Over |
トイメイカー(セバスチャン) | 角田信朗 | ||
2005 | ラスベガス Las Vegas |
フランク | シーズン2第12話「I LOVE デュラン・デュラン」 シーズン2第18話「マニコッティをどうぞ」 |
羽佐間道夫 |
2006 | ロッキー・ザ・ファイナル Rocky Balboa |
ロッキー・バルボア | 兼監督、脚本 | |
2008 | ランボー/最後の戦場 Rambo |
ジョン・ランボー | 兼監督、製作、脚本 | ささきいさお(ソフト版、テレビ東京版) |
2009 | スタローン in ハリウッド・トラブル Kambakkht Ishq |
本人役 | ||
2010 | エクスペンダブルズ The Expendables |
バーニー・ロス | 兼監督、脚本 | ささきいさお |
2011 | Mr.ズーキーパーの婚活動物園 Zookeeper |
ジョー | 声の出演 | 間宮康弘 |
2012 | エクスペンダブルズ2 The Expendables 2 |
バーニー・ロス | 兼脚本 | ささきいさお |
2013 | バレット Bullet to the Head |
ジミー・ボノモ | ||
大脱出 Escape Plan |
レイ・ブレスリン | |||
バトルフロント Homefront |
N/A | 製作、脚本 | N/A | |
リベンジ・マッチ Grudge Match |
ヘンリー・“レーザー”・シャープ | ささきいさお | ||
サタデー・ナイト・ライブ Saturday Night Live |
本人 | |||
2014 | ゲットバッカーズ Reach Me |
ジェラルド | 宮本克哉 | |
エクスペンダブルズ3 ワールドミッション The Expendables 3 |
バーニー・ロス | 兼脚本 | ささきいさお | |
2015 | クリード チャンプを継ぐ男 Creed |
ロッキー・バルボア | 兼製作 | 羽佐間道夫 |
2017 | Animal Crackers |
Bullet-Man | 声の出演 | |
This Is Us This Is Us |
本人役 | シーズン2第3話「過去の面影」 | 楠大典 | |
ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス Guardians of the Galaxy Vol. 2 |
スタカー・オゴルド | ささきいさお | ||
デス・ウィッシュ Death Wish |
N/A | 製作 | N/A | |
2018 | 大脱出2 Escape Plan 2:Hades |
レイ・ブレスリン | ささきいさお | |
クリード 炎の宿敵 Creed II |
ロッキー・バルボア | 兼製作、脚本 | 羽佐間道夫 | |
バックトレース Backtrace |
サイクス | 玄田哲章 | ||
2019 | 大脱出3 Escape Plan: The Extractors |
レイ・ブレスリン | ささきいさお | |
ランボー ラスト・ブラッド Rambo: Last Blood |
ジョン・ランボー | 兼脚本 |
受賞とノミネート[編集]
アカデミー賞など[編集]
賞 | 年 | 部門 | 作品 | 結果 |
---|---|---|---|---|
アカデミー賞 | 1976 | 主演男優賞 | 『ロッキー』 | ノミネート |
脚本賞 | ノミネート | |||
2016 | 助演男優賞 | 『クリード チャンプを継ぐ男』 | ノミネート | |
英国アカデミー賞 | 1976 | 主演男優賞 | 『ロッキー』 | ノミネート |
脚本賞 | ノミネート | |||
ゴールデングローブ賞 | 1976[30] | 主演男優賞 (ドラマ部門) | 『ロッキー』 | ノミネート |
脚本賞 | ノミネート | |||
2015 | 助演男優賞 | 『クリード チャンプを継ぐ男』 | 受賞 |
- 全米映画歴史研究家協会賞 最優秀主演男優賞 『ロッキー』
- ダヴィッド・ディ・ドナテロ賞 外国映画部門最優秀男優演技賞 『ロッキー』
- 全米・カナダ映画興業者選出 ドル箱スター第1位
- 男性鑑賞協会選出 男性ベストテン第1位
- Show West Convention Star Of The Year (1979年・1984年)
- Hasty Pudding Theatricals Man of the Year
- ピープルズ・チョイス・アワード Favorite Motion Picture Actor
- セザール賞 名誉賞
- ゴールデンアップル賞 Star of the Year
- サターン賞 Lifetime Achivement Award
- ストックホルム映画祭 最優秀男優賞 『コップランド』
- Home Entertainment 2002 ミレニアム・アクションスター
- ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞 2015 助演男優賞 『クリード チャンプを継ぐ男』[31]
ゴールデンラズベリー賞[編集]
ゴールデンラズベリー賞とは、毎年アカデミー賞授賞式の前夜に「最低」の映画を選んで表彰する一種のジョーク賞である。
賞 | 年 | 部門 | 作品 | 結果 |
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ゴールデンラズベリー賞 | 1984[32] | 最低主演男優賞 | 『クラブ・ラインストーン/今夜は最高!』 | 受賞 |
最低脚本賞 | 『クラブ・ラインストーン/今夜は最高!』(フィル・アルデン・ロビンソンと共同) | ノミネート | ||
1985[33] | 最低主演男優賞 | 『ランボー/怒りの脱出』、『ロッキー4/炎の友情』 | 受賞 | |
最低監督賞 | 『ロッキー4/炎の友情』 | ノミネート | ||
最低脚本賞 | 『ランボー/怒りの脱出』(ジェームズ・キャメロン、ケヴィン・ジャールと共同) | 受賞 | ||
『ロッキー4/炎の友情』(シェルドン・レティックと共同) | ノミネート | |||
1986[34] | 最低主演男優賞 | 『コブラ』 | ノミネート | |
最低脚本賞 | 『コブラ』 | ノミネート | ||
1987[35] | 最低主演男優賞 | 『オーバー・ザ・トップ』 | ノミネート | |
1988[36] | 最低主演男優賞 | 『ランボー3/怒りのアフガン』 | 受賞 | |
最低脚本賞 | 『ランボー3/怒りのアフガン』 | ノミネート | ||
1989[37] | 最低主演男優賞 | 『ロックアップ』、『デッドフォール』 | ノミネート | |
1980年代最低男優賞 | 『クラブ・ラインストーン/今夜は最高!』、『コブラ』、『ロックアップ』、 『オーバー・ザ・トップ』、『ランボー/怒りの脱出』、『ランボー3/怒りのアフガン』、 『ロッキー4/炎の友情』、『デッドフォール』 |
受賞 | ||
1990[38] | 最低主演男優賞 | 『ロッキー5/最後のドラマ』 | ノミネート | |
最低脚本賞 | 『ロッキー5/最後のドラマ』 | ノミネート | ||
1991[39] | 最低主演男優賞 | 『オスカー』 | ノミネート | |
1992[40] | 最低主演男優賞 | 『刑事ジョー/ママにお手あげ』 | 受賞 | |
1993[41] | 最低脚本賞 | 『クリフハンガー』(マイケル・フランス、ジョン・ロングと共同) | ノミネート | |
1994[42] | 最低主演男優賞 | 『スペシャリスト』 | ノミネート | |
最低スクリーンカップル賞 | 『スペシャリスト』(シャロン・ストーンと共同) | 受賞 | ||
1995[43] | 最低主演男優賞 | 『暗殺者』、『ジャッジ・ドレッド』 | ノミネート | |
1996[44] | 最低主演男優賞 | 『デイライト』 | ノミネート | |
1998[45] | 最低助演男優賞 | 『アラン・スミシー・フィルム』 | ノミネート | |
1999[46] | 20世紀最低男優賞 | 彼がした全てのことの99.5%に対して | 受賞 | |
2000[47] | 最低主演男優賞 | 『追撃者』 | ノミネート | |
2001[48] | 最低助演男優賞 | 『ドリヴン』 | ノミネート | |
最低脚本賞 | 『ドリヴン』(ジャン・スクレントニー、ニール・タバクニックと共同) | ノミネート | ||
最低スクリーンカップル賞 | 『ドリヴン』(バート・レイノルズと共同) | ノミネート | ||
2003[49] | 最低助演男優賞 | 『スパイキッズ3-D:ゲームオーバー』 | 受賞 | |
2010[50] | 最低監督賞 | 『エクスペンダブルズ』 | ノミネート | |
2015[51] | 名誉挽回賞 | 『クリード チャンプを継ぐ男』 | 受賞 |
このように1980年代から1990年代初頭までの彼の全盛期、暴力的な『ランボー』シリーズ等の主演に対して批評家から酷評を受け続けていた。しかし、そのような酷評とは相反しヒット作を次々と生み出してきた。加えて、全盛期の主演作の多くが、新興インディペンデントのカロルコ・ピクチャーズやキャノン・フィルズ作品であったことも、メジャー寄りの保守的な批評家からの批判を助長させる大きな要因になった。とくにカロルコの大作映画は、シルヴェスター・スタローンの主演作以外であっても、その多くがゴールデンラズベリー賞(またはノミネート)の常連作となっていた。しかし、2015年の『クリード チャンプを継ぐ男』において「名誉挽回賞」の候補となり、受賞を果たした[51]。
批評家からの視点で、(スタローンの主演作のなかで)映画史的に唯一と言ってもいい高い評価を受けている『ロッキー』の1作目は、メジャーの老舗ユナイテッド・アーティスツの作品である。
ハリウッド殿堂[編集]
ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに星型プレート(映画部門)があり、グローマンズ・チャイニーズ・シアターの入り口前に手形・足形・署名入りのブロックプレートが埋め込まれている。
日本語吹替[編集]
- ささきいさお(佐々木功)
- 1982年のフジテレビ版『勝利への脱出』で初めて担当。おもにテレビ朝日版『ランボー』シリーズ、『エクスペンダブルズ』シリーズ(劇場公開版・DVD BD共に)のほか『ロッキー』シリーズ4のテレビ朝日版、5はビデオ版を担当。声質がスタローン本人に近い。また、WOWOWにおける旧作放送時の追加録音や『クリフハンガー』など当時担当していなかった作品がBSにおいて再放送される際の新録版にも起用されている。テレビの洋画劇場全盛時代はソフト版は玄田、テレビ版はささきというパターンができていたが、玄田がアーノルド・シュワルツェネッガー本人から公式に認められたことを機に差別化のため、2003年の『シェイド』あたりからソフト版を含めささきがスタローン吹替のフィックスとなってゆき、2010年代より、スタローンとシュワルツェネッガーの共演作が出てきたことで、玄田はシュワルツェネッガー、ささきはスタローンと棲み分けがなされることとなった。『エクスペンダブルズ』シリーズ3作品と『ランボー』シリーズに関しては、1~3のテレビ朝日版に加え、2008年の4作目『最後の戦場』と2019年制作の5作目『ラスト・ブラッド』(日本公開は2020年6月26日)を当てており、全作品を吹き替えた。
- おもな作品はロッキー4・5、ランボーシリーズ、ナイトホークス、デッドフォール、デモリションマン、スペシャリスト、ドリヴン、コブラ、デイライト、エクスペンダブルズシリーズ、大脱出シリーズなど。
- 羽佐間道夫
- 1970年代 - 1980年代後半、デビュー初期の作品を数多く担当。『ロッキー』シリーズにおけるロッキー・バルボア役は当たり役のひとつとなり、シリーズ全6作に加えスピンオフ作品の『クリード チャンプを継ぐ男』、『クリード 炎の宿敵』も担当しており、配給会社が変わっても踏襲された。特にTBSの洋画番組ではスタローン作品を多く当てた。スタローンの吹替つながりで、ささきのコンサートにゲスト出演したこともある。
- おもな作品はロッキーシリーズ、ランボー1・2、オーバー・ザ・トップ、コブラ、刑事ジョー ママにお手あげなど。
- 玄田哲章
- 『デス・レース2000』などデビュー初期作品から当てている。1980 - 1990年代はソフト版だけで言えばフィックスとして有名なシュワルツェネッガーよりも当てている数は多い。しかし、スタローンの代表作『ロッキー』に関しては、当時、ビデオ版が制作されておらず、日本テレビで放送された『ロッキー3』のみ音源がある。(ビデオ版としてはVHSの5のみで、ささきいさおが担当している)もうひとつの代表作であるランボーについてもビデオ版は存在せず、日本テレビ制作の音源である(1~3) 2000年代に入ると、スタローンに声を当てることが少なくなった。アーノルド・シュワルツェネッガー本人から公式に認められたことやスタローンとシュワルツェネッガーの共演作が出てきたこともあり、2005年の『ドリヴン』(日本テレビ版)を最後にスタローンを担当していなかったが、2019年の『バックトレース』で14年ぶりに担当した。『ロックアップ』『コップランド』など、作品によっては玄田版しかないものがある。
- おもな作品はランボー1〜3、ロッキー3(テレビ版)、ロックアップ、デス・レース2000年、クリフハンガー、ジャッジ・ドレッド、コップランドなど。
このほか、大塚明夫や銀河万丈、楠大典が声を当てた作品もある(『クリフハンガー』、『ランボー』、『D-TOX』、『ナイトホークス』など)。また日本テレビの『ランボー』初回放送版は渡辺謙が吹替えを担当している。
脚注[編集]
注釈[編集]
- ^ Q. Moonblood および J.J. Deadlock という筆名を持っていたが、この名で脚本を発表することはなかった。
- ^ この映画は『ロッキー』のヒット後、ロッキーのあだ名にちなみ Italian Stalion(イタリアの種馬)と改題しリリースされている。
- ^ この映画は Rebel(反抗者)という題名でも知られ、1960年代後半のニューヨークでスタローンら過激派学生グループが FBI に追われるというストーリーである。1990年にこのフィルムは再編集され、A Man Called... Rainbo(レインボーと呼ばれた男)という、『ランボー』をもじった題名でリリースされた。
出典[編集]
- ^ ランボーの孤独な闘いが再び始まる…午後ロー『ランボー/怒りの脱出』放送 | cinemacafe.net
- ^ Stallone explained all this on Inside the Actors Studio in 1999.
- ^ "Cinéma. Stallone est de Brest « même » !", Le Télégramme de Brest, October 6, 2009
- ^ Stewart, Will (2009年4月11日). “Rambo-ski - Hollywood star Sylvester Stallone's Russian secret”. Daily Mail 2009年4月11日閲覧。
- ^ a b c d Block, Alex Ben (2006年12月20日). “The Untold Story: "Rocky" Underdog Origin a Studio Myth” (英語). HOLLYWOOD TODAY. 2010年5月14日閲覧。
- ^ 『シルベスター・スタローン物語』バンブーコミックス[要ページ番号]。
- ^ アクターズスタジオ・インタビュー。
- ^ “Playboy Interview - Sylvester Stallone” (英語). Playboy.com (1978年9月). 2010年5月14日閲覧。 “it was either do that movie or rob someone, because I was at the end -- the very end -- of my rope.” - 「(経済的に)本当に切羽詰まっていた。その映画に出演するのでなければ、もう泥棒でもするしかなかった。」
- ^ 町山智浩『アメリカは今日もステロイドを打つ』 10-11頁、ISBN 9784087805161。
- ^ 「ロッキー」スタローン氏も殿堂入り サンケイスポーツ 2010年12月10日閲覧
- ^ “エイドリアーン!ロッキー新章『クリード チャンプを継ぐ男』超大ヒット新記録樹立!アカデミー賞候補の声も”. 2015年11月27日閲覧。
- ^ “Film Review: ‘Creed’”. 2015年11月27日閲覧。
- ^ “Sylvester Stallone May Finally Win Oscar for Playing Rocky Balboa in “Creed””. 2015年11月27日閲覧。
- ^ “スタローン3人娘、ミス・ゴールデングローブに”. 映画.com. (2016年11月18日) 2016年11月16日閲覧。
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- ^ https://www.catholicnewsagency.com/news/rambo_iv_is_also_a_christian_film_sylvester_stallone_confirms
- ^ https://rollingstonejapan.com/articles/detail/27385
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- ^ https://www.huffingtonpost.jp/2016/12/21/sylvester-stallone_n_13762018.html
- ^ https://www.esquire.com/jp/news/a222197/news-trump18-0424/
- ^ https://deadline.com/2018/05/sylvester-stallone-jack-johnson-donald-trump-balboa-productions-mgm-1202400002/
- ^ http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0201J_S3A200C1CR8000/
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- ^ Nighthawks (1981) - IMDb 2020年10月31日閲覧。
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- ^ クリフハンガー|映画・海外ドラマのスターチャンネル[BS10]
- ^ デモリションマンの上映スケジュール・映画情報|映画の時間
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- ^ “2010 / 31st Annual RAZZIE® Nominations”. ゴールデンラズベリー賞. 2012年8月30日閲覧。
- ^ a b “アカデミー賞前夜に最低映画決定、「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」が5冠”. ナタリー. (2016年2月28日) 2016年3月13日閲覧。
外部リンク[編集]
- 公式ウェブサイト (英語)
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- シルヴェスター・スタローン - allcinema
- シルヴェスター・スタローン - KINENOTE
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