コンテンツにスキップ

カート・ランビス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
カート・ランビス
Kurt Rambis
ミネソタ・ティンバーウルブズHC時代のランビス
(2011年)
ロサンゼルス・レイカーズ
役職 チームアドバイザー
所属リーグ NBA
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ギリシャの旗 ギリシャ
生年月日 (1958-02-25) 1958年2月25日(67歳)
出身地 インディアナ州の旗 インディアナ州テレホート
身長(現役時) 203cm (6 ft 8 in)
体重(現役時) 97kg (214 lb)
キャリア情報
高校 クパチーノ高等学校
大学 サンタクララ大学
NBAドラフト 1980年 / 3巡目 / 全体58位[1]
プロ選手期間 1980年–1995年
ポジション PF
背番号歴 30, 31, 18
指導者期間 1994年–現在
経歴
選手時代:
1980–1981ギリシャの旗 AEKアテネBC英語版
19811988ロサンゼルス・レイカーズ
19881989シャーロット・ホーネッツ
19891992フェニックス・サンズ
1992–1993サクラメント・キングス
19931995ロサンゼルス・レイカーズ
コーチ時代:
19941999ロサンゼルス・レイカーズ (AC)
1999ロサンゼルス・レイカーズ
20012004;
20052009
ロサンゼルス・レイカーズ (AC)
20092011ミネソタ・ティンバーウルブズ
2013–2014ロサンゼルス・レイカーズ (AC)
20142016ニューヨーク・ニックス (AC)
2016ニューヨーク・ニックス (暫定HC)
20162018ニューヨーク・ニックス (AC)
エグゼクティブ時代:
2018ロサンゼルス・レイカーズ (アドバイザー)
受賞歴

選手時代

コーチ時代

エグゼクティブ時代

NBA通算成績
得点 4,603 (5.2 ppg)
リバウンド 4,961 (5.6 rpg)
アシスト 931 (1.1 apg)
Stats ウィキデータを編集 NBA.com
Stats ウィキデータを編集 Basketball-Reference.com
Coaching Stats ウィキデータを編集 Basketball-Reference

ダレル・カート・ランビス (Darrell Kurt Rambis , 1958年2月25日 - )は、アメリカ合衆国インディアナ州テレホート生まれ、カリフォルニア州クパチーノ出身の元プロバスケットボール選手、指導者。現役時代はNBAロサンゼルス・レイカーズ等で活躍した。

来歴

[編集]

カート・ランビスは1958年にインディアナ州テレホートで生まれたが、一家はランビスの幼少の頃にカリフォルニア州クパチーノに引っ越した。ランビスはクパチーノで育ち、大学も地元のサンタクララ大学に進学。背番号 "34" が永久欠番になるなど同大学のスター選手として活躍し、1980年のNBAドラフトではニューヨーク・ニックスから指名されるも、開幕ロースターに残ることは出来ず、ギリシャのAEKアテネでプロキャリアをスタート。ギリシャ名の"Kyriakos Rambidis"という選手名でプレーし、カップ戦優勝を経験。翌1981年にロサンゼルス・レイカーズと契約。マジック・ジョンソンカリーム・アブドゥル=ジャバージェームズ・ウォージーを中心とした "ショータイム・バスケットボール" の中で、ランビスは体を張った "武闘派" のロールプレーヤーとして、80年代のレイカーズの黄金期を支え、4度のNBAチャンピオンを経験。1988年にレイカーズを離れ、数チームを渡り歩いた後に1993年にレイカーズに復帰。1994年以降はコーチ兼任となり、1995年に現役を退き、コーチ業に専念した[1]

コーチ歴

[編集]

1995-96シーズンから正式のアシスタントコーチに専念し、1998-99シーズン途中にデル・ハリスヘッドコーチ解任を受け暫定ヘッドコーチに昇格。24勝13敗の成績を残しチームを立て直したが、プレーオフでは2ndラウンドでサンアントニオ・スパーズに4戦全敗を喫し、シーズン終了後にフィル・ジャクソンヘッドコーチ就任に伴い退任。2001年に再びアシスタントコーチに復帰し、2002年と2009年のNBAチャンピオンに貢献した[2]

2009年夏にミネソタ・ティンバーウルブズのヘッドコーチに就任。長年低迷に苦しむウルブズの再建に期待が高まったが、2シーズンで32勝132敗という惨憺たる成績に終始し、2010-11シーズン終了後に解任された[3]

2013-14シーズンはレイカーズでアシスタントコーチを務め、2014年7月にニューヨーク・ニックスのアソシエイトコーチに就任[4]。2016年2月8日には、デレック・フィッシャーヘッドコーチ解任に伴い、暫定ヘッドコーチに昇格し、シーズン終了まで暫定コーチを務めた。一旦退任となったが、新任のジェフ・ホーナセックヘッドコーチの要望により、アソシエイトコーチに復職した。

ヘッドコーチ成績

[編集]
NBAヘッドコーチ実績表略号説明
レギュラーシーズン G 試合数 W 勝利数 L 敗戦数 W–L % レギュラーシーズン勝率
ポストシーズン PG 試合数 PW 勝利数 PL 敗戦数 PW–L % プレイオフ勝率

NBA

[編集]
チーム シーズン G W L W–L% シーズン結果 PG PW PL PW–L% 最終結果
LAL 1998–99 37 24 13 .649 パシフィック2位 8 3 5 .375 カンファレンス準決勝敗退
MIN 2009–10 82 15 67 .183 ノースウェスト最下位 プレーオフ不出場
2010–11 82 17 65 .207 ノースウェスト最下位 プレーオフ不出場
NYK 2015–16 28 9 19 .321 アトランティック3位 プレーオフ不出場
通算 229 65 164 .284 8 3 5 .375

脚注

[編集]

外部リンク

[編集]