マンハッタンカフェ

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マンハッタンカフェ
Manhattan Cafe 20020428.jpg
2002年4月28日、京都競馬場
品種 サラブレッド
性別
毛色 青鹿毛
生誕 1998年3月5日
死没 2015年8月13日(17歳没)
サンデーサイレンス
サトルチェンジ
母の父 Law Society
生国 日本の旗 日本北海道千歳市
生産 社台ファーム
馬主 西川清
調教師 小島太美浦
調教助手 小島良太
厩務員 松本重春
(以上死没を除く性別から調教助手までの出典[1]
競走成績
タイトル JRA賞最優秀4歳以上牡馬(2002年)
生涯成績 12戦6勝
獲得賞金 5億2283万4000円
 
勝ち鞍
GI 菊花賞 2001年
GI 有馬記念 2001年
GI 天皇賞(春) 2002年
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マンハッタンカフェ日本競走馬種牡馬2001年菊花賞有馬記念2002年天皇賞(春)に勝利した。主戦騎手蛯名正義

デビュー前[編集]

1998年3月5日北海道千歳市社台ファームに生まれる。父は日本で13年連続でリーディングサイアーに輝いたサンデーサイレンス。母のサトルチェンジはアイルランド産馬で、本馬は同馬の第4仔になる。出生時から心身両面ともに弱さがあり、牧場関係者や後の管理調教師・小島太の間では、「奥手のタイプ」であるという見解で一致していた[1]。小島によると、「それでもダービーという夢を描いていた馬」だったといい、「託す期待の大きさが、次第に"何とか走らせなきゃ"という重圧に転じていくのをあの頃は感じた」と回想している[1]

セレクトセールでは1億3000万円で、「フサイチ」の冠号で知られる関口房朗に落札された。社台ファーム繁殖担当の千葉英昭によると、マンハッタンカフェは同期のセール上場馬の中でも馬体の良さは抜けていたといい、また青鹿毛の馬体に白い流星があるという特徴は父のサンデーサイレンスを彷彿させていたと振り返っている[1]。その後、西川清と社台ファームの吉田照哉の共同所有となった。そのため同馬は、市場取引馬に関する優遇が受けられなかった。

戦績[編集]

2001年[編集]

デビュー戦は2001年1月29日東京芝2000mの新馬戦に出走し、2番人気に支持されたが3着。初勝利は2戦目の同年2月11日、東京芝1800mの新馬戦で単勝1.7倍という断然の人気に応えて勝った。しかしこの頃は体質が弱く、続く弥生賞では馬体重を前走より20キロも減らして4着、続くアザレア賞でも更に馬体重を16キロも減らした末の11着となり、春のクラシックには出走できずに休養に入った。

休養明けの復帰戦は札幌の富良野特別。放牧明けで馬体重をアザレア賞の時から+46キロと大幅に増やした状態ながら1番人気に推されて勝利した。小島はこのレースの前に周囲に対して「菊花賞を獲る」と広言したという[1]。続く阿寒湖特別では古馬相手に1番人気で勝ち、秋の上がり馬として菊花賞戦線に名乗りを挙げる。トライアルセントライト記念では4着に敗れたが、菊花賞では、逃げたマイネルデスポットをゴール直前で差しきり優勝、GI初勝利となった。

続く有馬記念では、GI7勝のテイエムオペラオーや、そのライバルメイショウドトウらを破り、GI2連勝を果たした。有馬記念で記録した上がり3F33.9秒は中山競馬場の2500m戦で確認されていた当時の最速の上がりであるだけではなく、2005年の湾岸ステークスまでは中山競馬場の2500m戦で確認された唯一の上がり3F33秒台であった。なお、2着に最低人気のアメリカンボスが入って万馬券となり、『マンハッタン+アメリカン』と同年に起きた米国同時多発テロの時事問題に掛けた名前の馬2頭でサイン馬券だと話題となり[2]、翌年の有馬記念の予想でもこのことが大きく取り上げられていた。

GIを2勝したものの同世代で日本ダービージャパンカップを制したジャングルポケットが年度代表馬および最優秀3歳牡馬に選出され、JRA賞受賞はならなかった。

2002年[編集]

2002年の初戦は、有馬記念と同じ中山芝2500mの日経賞。単勝1.2倍と圧倒的支持を受けたが、アクティブバイオの6着に敗れた[注 1]。しかし、次走の天皇賞(春)では、ジャングルポケットや、2年連続天皇賞(春)3着の菊花賞優勝馬ナリタトップロードが出走し三強対決といわれていたが、マンハッタンカフェが優勝しGI3勝目を挙げた。結局、対ジャングルポケットでは2戦負けなしだった。管理調教師の小島太は、騎手時代にはついに菊花賞、有馬記念、天皇賞(春)を勝てなかったが、同馬をもって調教師として勝利を挙げたこととなった(この頃のマンハッタンカフェは、蹄とトウ骨に不安を抱えていた[5]。詳細は後述)。

同年秋にはヨーロッパに遠征し、10月6日ロンシャン競馬場で行われた凱旋門賞に出走。これは吉田照哉の「強い馬を世界で走らせたい」という希望によるもので、これに調教師の小島も同調。共同オーナーである西川は遠征に反対したものの「2対1じゃあ仕方ない」と最後には遠征に同意したという[6]。ただ同レースでは5番人気に支持されながらも13着に終わった[7]上、レース後に屈腱炎を発症したことが判明し、引退した。

同年は天皇賞(春)を制したことが決め手となり、JRA賞では最優秀4歳以上牡馬を受賞した。

競走成績[編集]

年月日 競馬場 競走名


オッズ
(人気)
着順 騎手 斤量
[kg]
距離(馬場) タイム
(上り3F
タイム
勝ち馬/(2着馬)
2001. 1. 29 東京 3歳新馬 15 5 9 4.0(2人) 3着 蛯名正義 55 芝2000m(重) 2:06.5 (34.9) 0.2 トレジャー
2. 11 東京 3歳新馬 16 3 5 1.7(1人) 1着 蛯名正義 55 芝1800m(良) 1:49.8 (35.5) -0.3 (イサオヒート)
3. 4 中山 弥生賞 GII 8 7 7 21.4(5人) 4着 蛯名正義 55 芝2000m(不) 2:06.8 (38.4) 1.1 アグネスタキオン
4. 7 阪神 アザレア賞 16 5 10 4.0(2人) 11着 河内洋 55 芝2000m(良) 2:03.7 (35.9) 1.2 シノグラフィー
8. 4 札幌 富良野特別 12 5 6 2.0(1人) 1着 蛯名正義 54 芝2600m(良) 2:43.5 (35.6) -0.3 (シュプリゲン)
8. 26 札幌 阿寒湖特別 12 3 3 1.8(1人) 1着 蛯名正義 54 芝2600m(良) 2:43.1 (35.8) -0.1 (トーセンサンダー)
9. 16 中山 セントライト記念 GII 16 7 14 5.3(3人) 4着 二本柳壮 56 芝2200m(稍) 2:13.8 (36.3) 0.7 シンコウカリド
10. 21 京都 菊花賞 GI 15 2 2 17.1(6人) 1着 蛯名正義 57 芝3000m(良) 3:07.2 (34.0) -0.1 (マイネルデスポット)
12. 23 中山 有馬記念 GI 13 4 4 7.1(3人) 1着 蛯名正義 55 芝2500m(良) 2:33.1 (33.9) -0.2 アメリカンボス
2002. 3. 23 中山 日経賞 GII 8 8 8 1.2(1人) 6着 蛯名正義 58 芝2500m(良) 2:37.5 (34.9) 0.5 アクティブバイオ
4. 28 京都 天皇賞(春) GI 11 4 4 2.9(2人) 1着 蛯名正義 58 芝3200m(良) 3:19.5 (34.1) 0.0 ジャングルポケット
10. 6 ロンシャン 凱旋門賞 GI 16 12 8 13着 蛯名正義 59.5 芝2400m(良) 2:29.7 3.0 Marienbard

特徴[編集]

本節では、マンハッタンカフェの気性や蹄などの身体的特徴及び特筆すべき戦績について記述する。

気性[編集]

気性については、社台ファーム育成担当の猿倉修は、同牧場の千葉厩舎にいたときからスタッフが手をかけてきたことで、「人間が側にいたら安心するというのか、人に対しては非常に従順でした」と振り返っており[1]、種牡馬時代にマンハッタンカフェの種付けを見学したことがある競馬エイト記者の鈴木由希子によると、「他馬が荒々しく迫る中、(マンハッタンカフェは)繁殖牝馬に対してとても丁寧で長距離向きの優しい気性が表れていました」と評し、これが産駒に母系の良さも伝えたのではないかと述べている[8]。ただし、厩務員の松本重春は、「とてもプライドの高い馬ですね」と評し、入厩時は若さや幼さが残っていたことでそうした気配も窺える、という程度に感じていたものの、「成長してキャリアを重ねるにつれて、どんどん風格が備わってきました」と語り、馬を扱っているというよりも自分が「扱わせてもらっている」という気分にさせられるようになったという[1]。また人間や他の馬に対しても威嚇する姿勢を取り、噛む、蹴る、暴れるという悪さを一通りやるため、これはサンデーサイレンス産駒らしい激しい性格をしていると述べ[1]、小島良太も普段の性格は強情っ張りで、「この馬の性格をよくわかっていて、慣れている人間でなければ扱うのが大変。そんなタイプの馬ですね」と述べている[1]

小島太は「ゆったりとした走りと一体になった切れ味」がマンハッタンカフェの武器であると述べている。蛯名正義は「外見とは裏腹に実はとても繊細」という印象を持っているといい、周囲の人間が気遣ってやらなければならないことが多いため、「スタッフの方は大変だと思いますよ」と述べている[1]。しかし、レースに出るとそのような面を全く見せないといい、走るという場面では余計なことをせず、「絶対と言っていいほど、リキんだりムキになったりもしない」といい、道中はぼーっとした印象を受けるほど冷静ながらもゴーサインを出せば鋭く反応するため、「道中の"タメ"が利くから直線であれだけの切れ味、爆発力を発揮できるのでしょう」と述べ、「乗る立場からすると、こちらの思い通りに動いてくれる、本当に乗りやすい馬なんです」と評している[1]

蹄の不安[編集]

マンハッタンカフェの蹄は、皿のように薄くて平べったい蹄であった。それが4歳になった頃状態が悪化、小島やスタッフを悩まし続けた[9]。4歳初戦の日経賞[注 2]ではその影響もあって6着に敗れている。次走の天皇賞(春)を前に小島太は、マスコミとの接触を意識的に避けるなど、不可解な行動の連続であった[5]。小島太はこの時のマンハッタンカフェに関して、「蹄やトウ骨の状態が思わしくなく、回避するか否かをずっと悩んでいた。中途半端な状態で走らせるわけにはいかないから、それでマスコミとの接触を意識的に避けた。元々蹄が薄い馬で、実はかなり前の段階から蟻洞(ぎどう:ツメに穴が開く病気[注 3])できて、装蹄師も苦労した[5]。自分としては菊花賞、有馬記念を勝って満足だったが正当な評価をされなかった。その悔しさから、問題を抱えているのを承知で無理を強いたかもしれない。我慢して期待に応えてくれた[10]。」と語っている。

特筆すべき戦績[編集]

マンハッタンカフェは、3歳時に菊花賞を勝利した後、有馬記念制覇もやってのけている。そして、次年の天皇賞(春)に出走して、ジャングルホケットやナリタトップロードの猛追を振り切って見事勝利を収めた。この菊花賞→同年有馬記念→次年天皇賞(春)を3歳→4歳時に3つとも勝利したのは、マンハッタンカフェとシンボリルドルフの2頭しかいない[11]。また、菊花賞→同年有馬記念を勝利した3歳馬自体も数が少なく、2021年1月現在まで前述の2頭を含めて8頭しかいない。

それらの馬名、有馬記念後から天皇賞(春)までの成績、レース内容の概略及びそれ以降の戦績などをまとめた表を下記に示す。

年度(西暦)
(元号年)
馬名 有馬記念後の出走レース成績 次年度
天皇賞(春)
レース内容の概略
(不出走組は、その年の戦績など)
出典
1972年
(昭和47年)
イシノヒカル '73 東京 4歳以上OP 7着 '73 不出走 1972年度の年度代表馬に選出されたが、脚部不安に見舞われ、11月に出走した左記のレース以降は、1度も出走できず6歳2月で引退した。 [11][12]
1984年
(昭和59年)
シンボリルドルフ '85 中山 日経賞GII 1着 '85 1着 ミスターシービーとの3度目の三冠馬対決となったが、最後の直線でミスターシービーが失速、2着に入ったサクラガイセンに迫られたが2馬身1/2差で退け、ミスターシービーは5着に敗れた。 [13][14]
1994年
(平成6年)
ナリタブライアン '95 阪神 阪神大賞典GII 1着 '95 不出走 阪神大賞典後に股関節炎を発症して天皇賞(春)は出走断念。その年の秋に復帰したが、天皇賞(秋)12着→JC6着→有馬記念4着と、精彩を欠いた。 [11][15]
1995年
(平成7年)
マヤノトップガン '96 阪神 阪神大賞典GII 2着 '96 5着 前走阪神大賞典でのナリタブライアンとの死闘[注 4]から、ナリタブライアンとの2強対決と注目を浴びたが、勝ったサクラローレルから1.0秒差を着けられる大敗を喫した。 [11][17]
2001年
(平成13年)
マンハッタンカフェ '02 中山 日経賞GII 6着 '02 1着 [11][18]
2011年
(平成23年)
オルフェーヴル '12 阪神 阪神大賞典GII 2着 '12 11着 単勝1.3倍の圧倒的1番人気で出走、道中は後方3番手で進んだ。最後の直線ではこれまでの末脚を炸裂させることなく、勝ったビートブラックから1.8秒差を着けられ惨敗した。 [19][20]
2012年
(平成24年)
ゴールドシップ '13 阪神 阪神大賞典GII 1着 '13 5着 単勝1.3倍の圧倒的1番人気で出走、道中は2周目の3コーナーから進出を開始したが、最後の直線で他馬に寄られる不利もあり、豪脚が炸裂せず、勝ったフェノーメノから0.9秒差を着けられた。 [21][22]
2016年
(平成28年)
サトノダイヤモンド '17 阪神 阪神大賞典GII 1着 '17 3着 キタサンブラックに次ぐ2番人気で出走、ヤマカツライデンの大逃げで、道中はハイペースで進行、足を使わされたのか、最後の直線で勝ったキタサンブラックに迫ったが1馬身1/4+首差届かなかった。 [23][24]
各馬のその後の略歴など
  • シンボリルドルフは、菊花賞後はジャパンカップに出走、カツラギエースの3着に敗れている。上記後は、宝塚記念出走予定だったが左肩跂行で出走取消。次に出走した天皇賞(秋)ではギャロップダイナの2着に敗れ、その後は、JC1着→ 有馬記念1着とGIを連勝、翌年に海外遠征するも、6着に敗れ、帰国後引退した[13]
  • ナリタブライアンは、'96 阪神大賞典は勝利したが、天皇賞(春)ではサクラローレルの2着に敗れ、次走の高松宮杯(現・高松宮記念)では、フラワーパークの4着に敗れ、その後引退した[15]
  • マヤノトップガンは、その後宝塚記念は勝利するも、秋はオールカマー4着→天皇賞(秋)2着→有馬記念7着と全て敗れた。翌年の阪神大賞典快勝後の天皇賞(春)では、サクラローレルをゴール前で差し切って勝利、その後は屈腱炎を発症し、引退した[25]
  • オルフェーヴルは、その後宝塚記念を勝ち、2年連続でフランス凱旋門賞に出走、両年共2着だった。現役最終レースとなった'13 有馬記念では2着馬に8馬身差を着け、引退の花道を飾った[26]
  • ゴールドシップは、宝塚記念連覇('13・'14)や阪神大賞典3連覇('13 - '15)と阪神競馬場の長距離レースで活躍した。2014年にフランス凱旋門賞に出走(14着)、 天皇賞(春)は2015年に勝利したが、3連覇を狙った宝塚記念は大きな出遅れの影響もあって15着に惨敗、その後JC10着→有馬記念8着といずれも敗れた[27]
  • サトノダイヤモンドは、その年の秋にフランスに遠征、フォワ賞4着→凱旋門賞15着といずれも敗れた。翌年は、金鯱賞から始動したが京都大賞典を除き、出走したレースは全て敗れている[28]
  • オルフェーヴル・ゴールドシップ・サトノダイヤモンドの3頭は、3歳時の神戸新聞杯から4歳時の天皇賞(春)まで、3頭共全く同じローテーション(神戸新聞杯→菊花賞→有馬記念→阪神大賞典→天皇賞(春))を歩んだ。着順は、全馬共有馬記念までは3連勝で、オルフェーヴルのみ阪神大賞典は2着で他は1着だった[29]

上記の表の比較対象として、菊花賞勝利→有馬記念敗戦(不出走を含む)→(前哨戦)→天皇賞(春)勝利という馬は、2021年1月現在まで7頭が該当、それを下記に示すと、

  • 1973年(昭和48年)タケホープ:菊花賞1着→有馬記念不出走→(AJCC1着)→(中山記念3着)→天皇賞(春)1着[30]
  • 1990年(平成2年)メジロマックイーン:菊花賞1着→有馬記念不出走→(阪神大賞典1着)→天皇賞(春)1着[31]
  • 1992年(平成4年)ライスシャワー:菊花賞1着→有馬記念8着→(目黒記念2着)→(日経賞1着)→天皇賞(春)1着[32]
  • 2002年(平成14年)ヒシミラクル:菊花賞1着→有馬記念11着→(阪神大賞典12着)→(産経大阪杯(現・大阪杯)7着)→天皇賞(春)1着[33]
  • 2005年(平成17年)ディープインパクト:菊花賞1着→有馬記念2着→(阪神大賞典1着)→天皇賞(春)1着[34]
  • 2015年(平成27年)キタサンブラック:菊花賞1着→有馬記念3着→(産経大阪杯1着)→天皇賞(春)1着[35]
  • 2018年(平成30年)フィエールマン:菊花賞1着→有馬記念不出走→(AJCC2着)→天皇賞(春)1着[36]

菊花賞→有馬記念を連覇した上記の表8頭の翌年の天皇賞(春)の成績は、1着が2頭、3着が1頭、5着以下が3頭、不出走が2頭となっているのに対し、菊花賞勝利→有馬記念敗戦(不出走を含む)の7頭の翌年の天皇賞(春)は全て勝利を収めている。また、前者と後者のその後の戦績を比較すると、前者は、出走取消や掲示板外(6着以下)、2桁着順の大敗などがあり、天皇賞(春)後は、シンボリルドルフ、マヤノトップガン、オルフェーヴル、ゴールドシップがGIレースを勝利したが、イシノヒカル、ナリタブライアン、マンハッタンカフェ、サトノダイヤモンドがGI未勝利に終わるなど、それぞれが天皇賞(春)およびそれ以降のレースで何かしら順調さを欠いている[11]のに対し、後者の7頭は、タケホープを除き天皇賞(春)後のGIレースを1回以上勝利、また、ライスシャワーとヒシミラクルは、勝利に恵まれなかったり、脚部不安から長期休養[注 5]するなどで順調さを欠いたりもしたが、他の4頭は、特に大きな故障もなく順調にレースに出走、勝利もしくは2着、負けても掲示板確保(5着以上、ただし、例外あり[注 6])という好成績を収めている。なお、両方に三冠馬が計4頭いるが、シンボリルドルフ、ナリタブライアン、オルフェーヴルは3歳時の有馬記念を勝利したが、ディープインパクトはハーツクライの2着で、生涯で唯一の敗戦を喫している[34]

よって、上記の各馬の戦績の比較や、JRAにおけるGI競走の中で、菊花賞は3000m、有馬記念は2500m、天皇賞(春)は3200mと競走距離が1位 - 3位の競走[37][38]であることから、3歳時の菊花賞をトップで走り抜いたあと、古馬一線級が集まる有馬記念を制覇することは、馬にとっては過酷な負荷であり、その後の順調さを奪っているといえる[11]

以上により、3歳時の菊花賞、有馬記念に続き4歳時の天皇賞(春)を制覇したマンハッタンカフェ、こうなると、もはや自身とシンボリルドルフしか例のない超レアケースとなり、2021年1月現在でこの2頭以外は誰もやっていないことから、これはマンハッタンカフェの特筆すべき戦績となっている[11]

種牡馬時代[編集]

2003年より社台スタリオンステーション種牡馬として供用されている。2006年に初年度産駒がデビューし、2007年には第2世代目にあたるオリエンタルロックが産駒初の重賞制覇、2009年には第3世代目のジョーカプチーノがGI初制覇を遂げた。サイアーランキングでは2008年にベストテン入り(9位)を果たし、翌2009年にはリーディングサイアーを獲得した。また、2歳リーディングの方でも2008年に5位、2009年に7位、2010年には10位と、3年連続でベストテン入りを果たした。

他のサンデーサイレンス直仔の種牡馬が短距離、長距離、ダートなど得意条件が明確化していたのに対し、本馬は短・中・長距離、芝・ダート・AW、牡馬・牝馬問わず活躍馬を排出し、父サンデーサイレンスの長所であった「配合相手の長所を引き出す和合性」[39][40]を受け継いだ数少ない存在であった。

2015年に入り体調を崩し、約80頭に種付けを行ったが夏以降は衰弱が著しく、8月13日、社台スタリオンステーションにて放牧中に腹腔内腫瘍のため死亡した[41]

2017年9月3日、小倉5Rをメイショウテッコンが勝利し、産駒が史上18頭目のJRA通算1000勝を達成[42]

年度別種牡馬成績(中央+地方)[編集]

出走 勝利 順位 AEI 収得賞金
頭数 回数 頭数 回数
2006年 56 149 12 15 102 0.75 1億6477万9000円
2007年 174 885 63 98 27 1.17 8億1952万8000円
2008年 279 1708 128 217 9 1.51 16億9759万2000円
2009年 327 2187 144 269 1 2.01 26億4617万7000円
2010年 340 2215 139 240 5 1.73 23億6354万8000円
2011年 315 2044 131 208 5 1.97 24億3639万4000円
2012年 307 2092 123 195 9 1.53 18億1272万3000円
2013年 316 2249 120 236 7 1.75 21億5811万8000円
2014年 362 2309 126 203 8 1.36 19億6165万8500円
2015年 344 2335 141 247 8 1.38 19億2717万500円
2016年 339 2181 147 251 8 1.38 19億8637万4500円
2017年 293 2162 128 219 9 1.60 20億411万8000円

GI級競走優勝馬[編集]

太字はGI競走

グレード制重賞優勝馬[編集]

地方重賞優勝馬[編集]

  • 2004年産
  • 2008年産
    • タガノマツカゼ(遠賀川賞)[79]
    • ボストンリョウマ(桂樹杯)[80]
    • バンブーリバプール(九州オールカマー)[81]
  • 2009年産
  • 2012年産
  • 2015年産

ドラマ出演[編集]

2004年に関西テレビで制作され、全国放送されたドラマ『運命の出会い〜サラブレッドにかけた夢〜』に、父親であるサンデーサイレンス役で出演した。

血統表[編集]

マンハッタンカフェ血統 (血統表の出典)[§ 1]
父系 サンデーサイレンス系ヘイロー系
[§ 2]

*サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986 青鹿毛
アメリカ
父の父
Halo
1969 黒鹿毛
アメリカ
Hail to Reason Turn-to
Nothirdchance
Cosmah Cosmic Bomb
Almahmoud
父の母
Wishing Well
1975 鹿毛
アメリカ
Understanding Promised Land
Pretty Ways
Mountain Flower Montparnasse
Edelweiss

*サトルチェンジ
Subtle Change
1988 黒鹿毛
アイルランド
Law Society
1982 黒鹿毛
アメリカ
Alleged Hoist the Flag
Princess Pout
Bold Bikini Boldnesian
Ran-Tan
母の母
Santa Luciana
1973 黒鹿毛
ドイツ
Luciano Henry the Seyenth
Light Arctic
Suleika Ticino
Schwarzblaurot
母系(F-No.) Suleika系(FN:16-c) [§ 3]
5代内の近親交配 5代内アウトブリード [§ 4]
出典
  1. ^ [85]
  2. ^ [86][87]
  3. ^ [88]
  4. ^ [85][87]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ この日の馬場は、雨の影響で芝の表面が濡れ上滑りする状態のため、バランスを崩したためや、鞍上と馬のリズムの不一致など様々な敗因が指摘されたが、直接の敗因は不明であった[3]。また、小島太は一瞬故障したかと思ったほどだった[4]
  2. ^ レース出走時は、蹄を保護するための鉄橋蹄鉄と呼ばれる特殊な蹄鉄を装着して出走していた。
  3. ^ 場合によっては、蹄葉炎に進行することがある。
  4. ^ マヤノトップガンの主戦を勤めた元JRA騎手田原成貴が、2020年12月17日付け(前日発行)の東京スポーツ本紙1・2面の独占インタビュー記事上で、このレース騎乗について語り、本人曰く「あのレースは勝てた騎乗だった。俺がもう1テンポ、2テンポ追い出しを遅らせていれば…、本当に後悔している。」と語った[16]
  5. ^ ライスシャワーは、天皇賞(春)後出走した全レース未勝利で、2回目の天皇賞(春)勝利後宝塚記念に出走し、レース中に故障を発生して競走中止[32]、その後予後不良となった。また、ヒシミラクルは、その後宝塚記念は勝利したが、京都大賞典2着後長期休養に入り、復帰後の出走レースは全て未勝利に終わった[33]
  6. ^ 4頭の例外は、メジロマックイーンが、天皇賞(秋)で1着入線後18着に降着[31]、ディープインパクトが、'06 フランス凱旋門賞3位入線後、薬物使用違反で失格[34]、キタサンブラックは、'17 宝塚記念9着[35]、フィエールマンは、'19 フランス凱旋門賞12着[36]

出典[編集]

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参考文献[編集]

『週間100名馬 EX5 マンハッタンカフェ』通巻105号、芹沢邦雄、発行人 宗近良一 編集長 岡田 毅、産業経済新聞社〈Gallop臨時増刊〉、2002年11月11日。
「マンハッタンカフェ」『THE BEST SELECTION 名馬物語』青柳昌之、発行人 浜村幸一 編集長 堀内 忠、㈱エンターブレイン〈エンターブレイン・ムック〉、2004年11月5日。

外部リンク[編集]