アドマイヤムーン

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アドマイヤムーン
Admire Moon 20061029R1.jpg
2006年10月29日 東京競馬場
欧字表記 Admire Moon[1]
香港表記 賞月[2]
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 2003年2月23日(13歳)
抹消日 2007年12月4日
エンドスウィープ
マイケイティーズ
母の父 サンデーサイレンス
生国 日本の旗 日本北海道早来町
生産 ノーザンファーム
馬主 近藤利一吉田勝己
ダーレー・ジャパン・ファーム(有)
→ダーレー・ジャパン
調教師 松田博資栗東
厩務員 馬場政信[3]
競走成績
生涯成績 17戦10勝
14戦9勝(中央競馬
3戦1勝(日本国外)
獲得賞金 7億4046万2000円(中央競馬)
4億4726万5000円(日本国外)
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アドマイヤムーン英語表記:Admire Moon香港表記:賞月)とは日本中央競馬会に所属していた競走馬である。2007年ドバイデューティーフリー宝塚記念ジャパンカップなどに優勝し、同年の年度代表馬に選出された。2008年春からは種牡馬として供用されている。JRAによるヒーロー列伝のキャッチコピーは「世界が見上げた月。」

経歴[編集]

競走馬時代[編集]

デビュー前(0歳〜1歳)[編集]

2003年セレクトセールでは1600万円で落札された。育成段階では1日も調教を休むことなく、育成スタッフに丈夫な印象をもたれていた。関係者からは早くもクラシック候補と言われていた。[4]

2歳[編集]

2005年7月10日函館競馬場の第5競走でデビューし、5番人気ながらも勝利を挙げる。以降本田優とコンビを組み、クローバー賞札幌2歳ステークスを勝利し3連勝したが、4戦目のラジオたんぱ杯2歳ステークスでは1番人気に推されるもサクラメガワンダーに交わされハナ差の2着に終わり、初の敗北を喫した。

3歳[編集]

2006年の初戦は共同通信杯。この競走から武豊に乗り替わった。フサイチリシャールの2番人気に推される。1番人気のフサイチリシャールが先行するが、最後の直線で差しきり重賞2勝目をあげた。続いての弥生賞では唯一敗戦を喫したサクラメガワンダーなどを相手に最後の直線で差し切り勝利、皐月賞の優先出走権を得た。武豊が無敗での皐月賞出走となったフサイチジャンクとどちらに騎乗するか注目されたが、アドマイヤムーンに騎乗することが決定した。しかし、結果はメイショウサムソンの4着に敗れフサイチジャンクにも先着を許してしまった。

さらに次走東京優駿(日本ダービー)でもアドマイヤメインとどちらに騎乗するかが注目されたが武豊はアドマイヤムーンに騎乗した。結果はまたしてもメイショウサムソンの7着に敗れ、アドマイヤメインにも先着を許す結果となってしまった。

夏には札幌記念に出走。このレースで初の古馬との対決となったが、後方から差し切り勝利を収めクラシックでの雪辱を果たした。鞍上の武豊は「札幌記念から馬が変わってきた」と振り返っており、その後も安定した成績をおさめていることからしてもこの頃から本格化してきたといえるだろう。次走は菊花賞ではなく、天皇賞(秋)に出走した。しかし後方から追い込んできたものの届かず3着に敗れた。その後香港カップに出走。凱旋門賞2着馬のプライドに僅かの差で2着に敗れた。

香港カップ後、馬主の近藤利一はアドマイヤムーンをこの年の有馬記念に出走させると発言。実際に僚馬のアドマイヤメイン、アドマイヤフジとともに有馬記念に登録した。ディープインパクトの引退レースであったが、近藤がこの年の天皇賞を前に「ディープが(天皇賞に)出走しても豊は譲らん!」と発言していたため出走した場合、武豊がどちらを選択するのか話題になったが結局、アドマイヤムーンは回避した。

4歳[編集]

2007年は京都記念からスタートした。59kg斤量を背負い、また有馬記念2着のポップロックが出走したこともあってポップロックに次ぐ2番人気に留まった。しかしレースでは中団から鋭く伸び、最後はポップロックの追い込みをクビ差だけ粘り切り勝利を収めた。その後ドバイデューティーフリーに出走し、ダイワメジャーやこの年のブリーダーズカップ・ターフを制するイングリッシュチャンネルリンガリといった強豪を抑えて勝利。悲願のG1初制覇は海外遠征によるもので、このレースでのレーティングは125ポンドと評価された。その後、日本では未だ異例とも言える海外を転戦するローテーションを組み、ドバイから日本へは戻らず直接香港に移動し、香港G1・クイーンエリザベス2世カップに出走した。しかし、後方から追い込むもスローペースのレース展開があわず、3着に終わる。

帰国後は第48回宝塚記念に向け調整が進められたが武豊の降板が決定し、岩田康誠への乗り替りとなった(それまでの主戦騎手だった武豊はポップロックに騎乗した)。道中はメイショウサムソンをマークする形で中団を進み最後の直線ではいち早く抜け出していたメイショウサムソンが馬体を合わせてきたが、残り100mあたりで振り切りメイショウサムソンに1/2馬身差をつけて国内GI初制覇を果たすと共に、皐月賞と日本ダービーで苦杯をなめたメイショウサムソンに雪辱を果たした。レースでのレーティングは前年の覇者ディープインパクトと同じ124ポンドと評価された。また、8月11日に発表されたJPNサラブレッドランキングの2007年度上半期において125ポンド(Mile)の評価を得た。

レース後は天皇賞(秋)を目指して山元トレーニングセンターに放牧中だった7月27日に「ダーレー・グループ」の日本法人であるダーレー・ジャパンによる所有権移転が明らかとなり、8月9日に所有権の移譲が日本中央競馬会によって行われた。この結果、日本国内での馬主変更という形となり、厩舎も従来の松田博資厩舎所属のままとなった。8月26日には前哨戦を使わずに第136回天皇賞へ直行することが発表された。当馬はその後ノーザンファームに移動し、9月14日に帰厩した。10月12日に発表されたトップ50ワールドリーディングホースでは、宝塚記念を制したことにより122ポンドの評価を得て15位タイとなった。なお、昨年と同じく香港カップに予備登録を行っていたが、10月23日馬インフルエンザの影響で検疫期間が1ヶ月かかることから回避することとなった。

第27回ジャパンカップでラチ沿いを抜け出す
ジャパンカップ勝利後ウイニングランを行うアドマイヤムーンと岩田康誠

そして迎えた天皇賞(秋)では4ヶ月ぶりの実戦ながら2番人気に支持され、鞍上にかつてのアドマイヤムーンの主戦騎手武豊を迎えたライバル・メイショウサムソンとの今年2度目の対決であったが直線で他馬の走行妨害の被害も重なって6着という結果に終わり、圧勝したメイショウサムソンとは対照的な結果となった。このレースの後の10月31日に、2008年からダーレー・ジャパン・スタリオン・コンプレックスにて種牡馬入りし、初年度の種付料が同場最高額の500万円(受胎確認後9月末日支払い、フリーリターン特約付き)となること、天皇賞(秋)で他馬と接触した影響がなかったことから、11月25日ジャパンカップに出走することが発表された。また、11月4日に発表されたトップ50ワールドリーディングホースでは、前回と同じ122ポンドの評価を得たが、順位は17位タイとなった。

ジャパンカップでは前走敗れたことや、距離不安をささやかれていたこともあり5番人気にとどまる。掛かったことも影響してか道中は普段よりも前に位置し、ロスの少ない内側を通って直線で早めに先頭に立つと、最後はポップロックの追撃をアタマ差しのぎきり勝利を飾った。大方の予想では後方からレースを進めると予想されたが、それとは違い先行して押し切るという今までとは違う勝ち方を見せた。レース後、このレースをもって現役を引退することが発表され、2007年12月4日付で競走馬登録を抹消、翌12月5日に北海道のダーレー・ジャパン・スタリオン・コンプレックスに移動した。なお、アドマイヤムーン自身の登録抹消年月日は12月4日となっているが、引退発表後の11月28日付でダーレー・ジャパン・ファームは中央競馬の馬主登録抹消手続きを行っている。ちなみに、出走に至らなかったが、12月6日に発表された有馬記念‎ファン投票の最終結果で5位となる6万4886票を獲得した。

11月29日に発表された重賞・オープン特別競走レーティングでは、ジャパンカップを制したことにより123ポンドの評価を得た。さらに11月30日に発表されたトップ50ワールドリーディングホースでは、日本馬のなかで最高位となる123ポンドの評価を得て11位タイとなった。

競走馬引退後[編集]

2007年度のJRA賞2008年 1月5日に発表され、年度代表馬とJRA賞最優秀4歳以上牡馬を受賞した。また1月15日には2007年度のワールド・サラブレッド・レースホース・ランキングが発表され、日本馬最高の125ポンドを獲得し、ブリーダーズカップ・ターフを制したイングリッシュチャンネル(English Channel)とアイリッシュダービーを9馬身差で制したソルジャーオブフォーチュン(Soldier of Fortune)と並ぶ総合7位タイにランキングした。4月4日に発表されたトップ50ワールドリーディングホース(対象期間は2007年10月1日から2008年3月31日までのレース)では、123ポンドの評価を得て日本馬最上位の第5位タイとなった。

種牡馬時代[編集]

2008年2月18日に種牡馬入り後初めての展示会に参加し、競走馬時代よりも約50kg増えた530kgで登場した。父エンドスウィープと相性の良かった繁殖牝馬との交配も行われる。初年度の種付け料は500万円と設定され、初年度には300頭を超える種付け希望から厳選した138頭の牝馬との種付けを行い、種付け頭数を抑えたため受胎率も極めて良好である。なお、種牡馬生活2年目となる2009年の種付け料は400万円(出生条件:産駒誕生後30日以内支払)に設定された。また、この年は前年に申込のオファーを絞りすぎた反省からか、種付け頭数を大きく増やして195頭の牝馬との種付けを行った。

2011年に初年度産駒がデビュー。同年の函館2歳ステークスファインチョイスが優勝し、重賞初勝利をあげた。

主な産駒[編集]

競走成績[編集]

年月日 競馬場 競走名


オッズ
(人気)
着順 騎手 斤量
[kg]
距離(馬場) タイム
上り3F
タイム
勝ち馬/(2着馬)
2005. 7. 10 函館 2歳新馬 16 6 11 8.0(5人) 1着 本田優 54 芝1800m(良) 1:54.4(35.9) -0.4 (グラスウィーク)
8. 27 札幌 クローバー賞 OP 10 8 10 2.4(1人) 1着 本田優 54 芝1500m(良) 1:29.5(35.6) -0.0 (ニシノアンサー)
10. 1 札幌 札幌2歳S GIII 13 8 13 2.9(1人) 1着 本田優 55 芝1800m(良) 1:50.4(35.5) -0.2 (ディープエアー)
12. 24 阪神 ラジオたんぱ杯2歳S GIII 12 6 8 2.2(1人) 2着 本田優 55 芝2000m(良) 2:01.9(34.8) 0.0 サクラメガワンダー
2006. 2. 5 東京 共同通信杯 GIII 11 1 1 2.8(2人) 1着 武豊 57 芝1800m(良) 1:48.4(33.9) -0.1 フサイチリシャール
3. 5 中山 弥生賞 GII 10 2 2 1.6(1人) 1着 武豊 57 芝2000m(良) 2:01.5(34.7) -0.1 (グロリアスウィーク)
4. 16 中山 皐月賞 GI 18 7 15 2.2(1人) 4着 武豊 57 芝2000m(良) 2:00.4(34.8) 0.5 メイショウサムソン
5. 28 東京 東京優駿 GI 18 5 10 5.9(3人) 7着 武豊 57 芝2400m(稍) 2:28.8(35.4) 0.9 メイショウサムソン
8. 20 札幌 札幌記念 GII 15 6 11 3.2(1人) 1着 武豊 54 芝2000m(良) 2:00.3(33.5) -0.2 レクレドール
10. 29 東京 天皇賞(秋) GI 16 8 15 6.0(2人) 3着 武豊 56 芝2000m(良) 1:59.0(34.2) 0.2 ダイワメジャー
12. 10 沙田 香港C GI 12 4[5] 7 11.0(6人) 2着 武豊 55.8[6] 芝2000m(良) 2:01.6 0.0 Pride
2007. 2. 17 京都 京都記念 GII 14 6 9 4.0(2人) 1着 武豊 59 芝2200m(稍) 2:17.2(35.1) -0.0 ポップロック
3. 31 ドバイ ドバイDF GI 16 10 10 発売無し[7] 1着 武豊 57 芝1777m(良) 1:47.94 (Linngari)
4. 29 沙田 QE2世C GI 10 10[5] 1 1.6(1人) 3着 武豊 57.2[8] 芝2000m(良) 2.02.2 0.3 Viva Pataca
6. 24 阪神 宝塚記念 GI 18 3 6 6.7(3人) 1着 岩田康誠 58 芝2200m(稍) 2.12.4(36.2) -0.1 (メイショウサムソン)
10. 28 東京 天皇賞(秋) GI 16 6 12 3.8(2人) 6着 岩田康誠 58 芝2000m(稍) 1.59.1(35.0) 0.7 メイショウサムソン
11. 25 東京 ジャパンC GI 18 2 4 10.9(5人) 1着 岩田康誠 57 芝2400m(良) 2.24.7(33.9) -0.0 (ポップロック)

特徴[編集]

緩い馬場も苦にしない末脚が最大の特徴である。日本の高速馬場では良馬場でも差し切れないレースも多かったが、日本に比べて芝が重いドバイにおいてG1レースで勝利を挙げている。また、相手を抜き先頭に立つとソラを使う(集中力を欠いて走る気をなくす、もしくは失速する)癖があり、ドバイでは抜け出すと急に失速し後続馬に差を詰め寄られていた。このソラを使う癖のため、騎手に抜け出すタイミングが求められる馬であるが、ジャパンカップでは良馬場で先行し、抜け出しながらもソラを使わずしぶとく粘り勝利している。

血統表[編集]

アドマイヤムーン血統ミスタープロスペクター系Nearctic5×5=6.25%) (血統表の出典)

*エンドスウィープ
End Sweep
1991 鹿毛
*フォーティナイナー
Forty Niner
1985 栗毛
Mr.Prospector Raise a Native
Gold Digger
File Tom Rolfe
Continue
Broom Dance
1979 鹿毛
Dance Spell Northern Dancer
Obeah
Witching Hour Thinking Cap
Enchanted Eye

マイケイティーズ
1998 黒鹿毛
*サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986 青鹿毛
Halo Hail to Reason
Cosmah
Wishing Well Understanding
Mountain Flower
*ケイティーズファースト
Katies First
1987 鹿毛
Kris Sharpen Up
Doubly Sure
Katies *ノノアルコ
Mortefontaine F-No.7-f
父系
母系(F-No.)
5代内の近親交配
出典

注釈[編集]

  1. ^ ADMIRE MOON (H614) - Racing Information” (英語). 香港賽馬會(The Hong Kong Jockey Club). 2016年2月24日閲覧。
  2. ^ 賞月 (H614) - 馬匹資料 - 賽馬資訊” (中国語). 香港賽馬會(The Hong Kong Jockey Club). 2016年2月24日閲覧。
  3. ^ アドマイヤムーン、成田空港に無事到着”. 日経ラジオ社. 2015年6月3日閲覧。
  4. ^ 札幌2歳ステークス勝馬・生産者の声 (胆振軽種馬農業協同組合)
  5. ^ a b ゲートの番号(日本と異なり、ゲート番号と馬番号は異なる)
  6. ^ 公式発表の123lbsを1lb≒0.4536kgで換算
  7. ^ ドバイでは、宗教上の理由で馬券は発売されていない。
  8. ^ 公式発表の126lbsを1lb≒0.4536kgで換算

外部リンク[編集]