ジャパンカップ

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ジャパンカップ
Buena-Vista-horse20111127.jpg
第31回ジャパンカップ
主催者 日本中央競馬会
開催地 日本の旗東京競馬場
施行時期 11月下旬
(原則5回東京8日目)
格付け GI
1着賞金 2億5000万円
賞金総額 4億7600万円
距離 芝2400m
出走条件 サラブレッド系3歳以上(国際)(指定)
出走資格も参照
負担重量 定量(3歳55kg、4歳以上57kg、牝馬2kg減)
第1回施行日 1981年11月22日
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ジャパンカップ(JAPANCUP)とは日本中央競馬会(JRA)東京競馬場2400mで施行する中央競馬重賞GI競走(国際招待指定)である。

また本競走は国際招待競走であるため、日本ダービー同様に副賞が「トヨタ賞」としてトヨタの高級車が提供される。

正賞は外務大臣賞、農林水産大臣賞、アイルランド大使賞、日本馬主協会連合会会長賞、東京馬主協会賞(2013年現在)。

概要[編集]

この競走はグレード制導入以前の主要競走である八大競走ではないものの国際招待競走であり賞金額や開催規模などが八大競走に匹敵していたため、八大競走と同格に扱われることもあった。

外国から当競走に出走する場合には競走馬の輸送費、滞在に要する厩舎飼料にかかる費用、馬主調教師騎手厩務員(馬主、調教師、騎手についてはその配偶者も含む)の交通費や宿泊費はJRAが全額負担する。このような遠征に要する諸費用の負担を外国からの全出走馬に行う競走(招待競走)は日本ではこの競走のみである[1]。世界ではドバイミーティングドバイワールドカップなど)、香港国際競走がある。

2012年度現在の総額賞金は4億7600万円で1着賞金は2億5000万円、2着賞金は1億円、3着賞金は6300万円、4着賞金は3800万円、5着賞金は2500万円と定められており、日本国内の全競走の中で最高額であり、世界全体でもドバイワールドカップに次ぐ2番目である。

歴史[編集]

1970年後半に「世界に通用する強い馬づくり」が提唱され[2]日本国外の調教馬を招待して国際競走を開催する計画も持ち上がっていたが、招待馬の選定にあたり日本中央競馬会と各国との意向に齟齬があり実現しなかった[3]経緯がある。当時の日本最強馬といわれたスピードシンボリが高齢になりながらも現役を続行したのはそれまでの海外遠征で負け続けた分、この国際競走で外国馬を負かしたいという陣営の思惑が色濃く残っていたためだった。[要出典]1981年に記念すべき第1回ジャパンカップは開催された。優勝賞金は6500万円で天皇賞、有馬記念と同額。新設重賞としては破格の金額である。北アメリカアジアから招待馬が選出されアメリカカナダインドトルコ(来日後に故障し不出走)から出走馬が招待された。「日本の馬が外国馬と対戦するレースが見たい」という第1回だったが、日本馬はサクラシンゲキが大逃げでスタンド(客席)を沸かせるも(後に同馬は「日の丸特攻隊」と呼ばれるようになる)ゴールドスペンサーの5着が最高だった。フジテレビで実況を担当した盛山毅アナウンサーは日本の一流どころが外国馬(ヨーロッパ除く)の決して一流とは言えない面々相手に惨敗した様子を見て「日本は完全に敗れました!!」と叫びしばし絶句。日本国外とのレベルの差を痛感する結果となる。

翌年からは招待範囲がヨーロッパオセアニアにも広げられ参加国の多さから「世界一の競走」、「競馬のオリンピック」と評されることもあった[2]現在でもワールド・ホース・クラシックとファンから言われている[要出典]程)。さらにその翌年(1983年)からは地方競馬の所属馬も招待対象に加えられた。第2回も日本馬がことごとく敗れるばかりで、まだ日本国外との差があったことを証明するレースであった。しかし第3回の1983年になってキョウエイプロミスが2着と好走を見せた。

1984年にはJRAのグレード制導入によりGIに格付けされた。この年、前哨戦の天皇賞(秋)を快勝したミスターシービー菊花賞を無敗で制したシンボリルドルフの新旧三冠馬2頭が参戦、日本勢初優勝の期待を大いに集めた。しかし、日本馬の初優勝という褒章を得たのは単勝10番人気と期待の薄かったカツラギエースであった。1992年には国際セリ名簿基準委員会(ICSC)により国際GIに指定されている。略称はJC(JはJAPAN、CはCUPのそれぞれの頭文字)。

1999年に成立したワールドレーシング・チャンピオンシップに初年度から加えられており、この年以降にほとんど馬産の行われていない香港アラブ首長国連邦からも招待馬の選出がされている。また2000年から2006年までは外国馬がこの競走で優勝した場合に限り有馬記念の出走資格が与えられるようになった(2002年ファルブラヴ2005年アルカセットが該当)が、行使した外国馬はいなかった。この制度は2007年に日本が国際セリ名簿基準委員会より「国際パート1国」に指定されたことを受けて発展廃止された。

2008年からジャパン・オータムインターナショナルシリーズに指定される。

2008年4月24日フランスギャロ(フランス競馬統括団体)により凱旋門賞の1・2着馬がジャパンカップに優先招待されることが決まったと発表された。また、その他に3レースが同様の指定を受けている(後述)。

外国馬[編集]

かつてジャパンカップは日本馬の層が薄いことと賞金的な魅力もあり、数多くの外国馬が参戦しジャパンカップは外国馬の草刈り場のようになっていた。

しかし2000年代以降は検疫の厳しさや賞金的な魅力が相対的に薄れたことから、ジャパンカップに登録を済ませる欧州や北米などの各国一流馬は多いものの出走を回避する外国馬も少なくない。欧州馬は日程間隔が殆ど無く賞金が上がってきていて地元馬の層の薄いブリーダーズカップの芝競走や香港国際競走に照準を向けることが多いのが一因で、また、直航便の無くなったオセアニア勢の挑戦が少なくなったことも影響している。

2006年に当年のカルティエ賞年度代表馬を受賞して出走してきた英愛オークス馬ウィジャボードなどを例外とすると、近年のジャパンカップに参戦する外国馬は以前と比べると一段も二段もレベルを落としている。2010年は久しぶりに多くの外国招待馬が参戦してきたが、1980年代・1990年代にはよく参戦してジャパンカップを大いに盛り上げていた英米のダービー馬や欧州年度代表馬などに比べるとかなり見劣りするメンバーであった[注 1]。2011年、2012年には2年連続で凱旋門賞馬が参戦しているが、このうち2012年の凱旋門賞を低人気を覆して勝利したソレミアについてはWTRで122ポンド(31位)の評価しか与えられておらず[4]、当年のトップホース争いにも加わることができていない[5]など、あまり高く評価された馬ではなかった。2009年に当年のキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス(KGVI&QES)やブリーダーズカップ・ターフを制して参戦したコンデュイットも、日本で種牡馬入りすることが決まってから来日し、ジャパンカップへ出走したのちそのまま引退したものである。

しかし2億5000万円という賞金は芝競走の賞金では国際的に見てもかなり高く、遠征費もJRAの全額負担でありかなりの厚遇となっている。それでも有力な外国馬の挑戦が減る理由としてはいくつかのことが挙げられているが、頻繁にあげられる理由は、芝が主流の欧州のトップホースであっても速い時計に対応できない馬は日本の固い高速(時計の出る)馬場に適応できず惨敗することが多いことである。

ジャパンカップが開催された当初はまだそれほど高速馬場化しておらず[要出典]、加えて一部の日本馬を除いて日本馬と欧州馬のレベルに開きがあったために多少の不利でも勝利を挙げることはできた。しかしその後は日本のトップレベルの馬が欧州馬などとも互角になり近年は日本馬の全体のレベルが欧州と遜色なくなってきていること、そして日本の高速馬場で力を発揮する日本馬が増えたことでその傾向はさらに顕著になり、欧州の深い芝に対応するためスタミナとパワーを主に培ってきた欧州馬が、日本の固い芝に対応するためスピードと瞬発力を備えた日本馬に瞬発力勝負で競り負けることが多い。初期を除き欧州馬でジャパンカップで好走する馬はある程度速い時計に適応性がある馬であり、遠征する側もその点を踏まえて遠征する傾向がある。実際、このレースに勝った外国馬のファルブラヴロンシャン競馬場の深い芝が合わなかったためこのレースへの出走を決意したという実例がある。

このように、もはや現在では日本の競馬と欧州の競馬は同じ芝でありながら全く違うものと考えられるようになっている。その傾向は種牡馬でも顕著に出ていてサドラーズウェルズなど欧州のリーディング上位に君臨する種牡馬を父に持つ競走馬が日本の競馬界ではあまり成功しておらず、サンデーサイレンスを筆頭にスピードのあるアメリカの種牡馬を父に持つ競走馬が多く活躍している。この傾向もまた欧州勢のジャパンカップ回避に拍車をかけている可能性がある[要出典]

また種牡馬ビジネスが重要視される近年の欧米では一流馬の3歳の中には競走成績が非常に優秀であれば早期引退して種牡馬入りする場合も多く(特に欧州は多い)、無理に長距離遠征という過酷なことを強いその結果戦績を悪くすることは種牡馬入り後に響くためわざわざ勝ちにくいジャパンカップを選ぶことも少ない。よって、2億5000万円の賞金よりも種牡馬として買い取られるときに発生する遥かに高い金額を優先する。近年ではKGVI&QESや愛チャンピオンSを勝ったスウェインダービー馬ガリレオ種牡馬としての価値を高めようと[要出典]凱旋門賞にすら出走せずダート競走の最高峰であるBCクラシックに出走するなど、種牡馬になった後のことを考えてレースを選ぶ傾向がある。[要出典]また上述した日本の固い芝でたとえ外国馬が勝利を収めても、深い芝の欧州やダートが主流のアメリカにおいてはその勝利は種牡馬入りしてもあまり価値がない。そのため、近年ジャパンカップに勝った外国馬は日本の生産者団体に買い取られることが多い。

外国馬の出走馬の中には、ジャパンカップで上位入賞した後に他のG1競走を勝つなどの活躍することで有名になった海外馬も少なからず存在する。代表例としてはオールアロング[注 2]シングスピール[注 3]ファンタスティックライト[注 4]ファルブラヴ[注 5]が挙げられる。

逆に、その年の凱旋門賞を勝利して来日した馬は勝っていない。それどころか複勝圏に入った馬も1996年に出走したエリシオのみで、その他のトニービンキャロルハウスアーバンシーモンジューデインドリームソレミアらは馬券に絡むことすらできなかった。

出走したその年の凱旋門賞馬成績
馬名 結果
1988年 トニービン 5着(2番人気)
1989年 キャロルハウス 14着(7番人気)
1993年 アーバンシー 8着(10番人気)
1996年 エリシオ 3着(1番人気)
1999年 モンジュー 4着(1番人気)
2011年 デインドリーム 6着(1番人気)
2012年 ソレミア 13着(7番人気)

国内馬[編集]

1990年代半ばには、秋口に前哨戦(毎日王冠京都大賞典)を使ったうえで秋の天皇賞または菊花賞からジャパンカップ、有馬記念まで3戦連続でGIに出走するというローテーションがあまりにきついという理由から、天皇賞(秋)や菊花賞などの優勝馬が早々とジャパンカップ回避を決定して1年の総決算とも言える有馬記念を目指し、結果として日本の出走馬が小粒になるということもあった。この動きは八大競走時代の名残やジャパンカップの歴史がまだ浅いことによるもので、目指す目標の違いが回避か挑戦かに現れているとも言われていた。しかし近年では賞金額が大幅に増額されたことや、同一年にいわゆる秋古馬三冠競走(秋の天皇賞・ジャパンカップ・有馬記念)の全てに勝利した場合のボーナス制度ができたこと、夏の休養から秋口の前哨戦を使わずに秋の天皇賞に直行する馬が増えたこと、さらに距離やコースの適性が以前より尊重されるようになってきたこと[注 6]から有力馬の回避は減少した。また、菊花賞が10月の第3週に開催されるようになってからは有力3歳馬の出走も増えてきている。

3歳馬[編集]

日本馬は優勝回数が17回と最も多いが、その内3歳馬の勝利は1998年エルコンドルパサー2001年ジャングルポケット2010年ローズキングダム2012年ジェンティルドンナの4頭のみであと一歩のところで勝利できない馬も多い。

2・3着に敗れた3歳(旧4歳)の日本調教馬
馬名 結果 主な勝ち鞍、備考
1984年 シンボリルドルフ 3着 牡馬クラシックを無敗で制した三冠馬
1988年 オグリキャップ 3着 元地方笠松所属
1993年 ウイニングチケット 3着 日本ダービー
1996年 ファビラスラフイン 2着 秋華賞
1998年 スペシャルウィーク 3着 日本ダービー
2002年 シンボリクリスエス 3着 天皇賞(秋)
2003年 ザッツザプレンティ 2着 菊花賞
2004年 コスモバルク 2着 地方ホッカイドウ所属
デルタブルース 3着 菊花賞
2006年 ドリームパスポート 2着
2008年 ディープスカイ 2着 NHKマイルカップ・日本ダービー
2009年 レッドディザイア 3着 秋華賞
2010年 ヴィクトワールピサ 3着 皐月賞
2013年 デニムアンドルビー 2着

出走資格[編集]

  • サラ系3歳(旧4歳)以上のJRAに選出されたJRA所属馬及び本競走に出走登録した外国馬(最大10頭まで)及び出走登録しJRAに選定された地方馬のみ出走が可能である。フルゲートは18頭。

日本馬の出走権[編集]

  • レーティング上位5頭に優先出走権が与えられる(レーティングが同じ値の場合は「近走成績や距離実績などを総合的に勘案して」順位をつけているとしている[6])。
  • その他は「通算の収得賞金」+「過去1年間の収得賞金」+「過去2年間のGI競走の収得賞金」の総計が多い順に出走できる。
  • 地方馬は、11月上旬までの成績をもとに収得賞金の総計により上位の馬1頭を候補馬とする。

1998年より2009年まで出馬投票締切前日までのGI、GII、GIII競走の1着馬、または出馬投票締切前日までの1年間での中央競馬のGI競走(ただし2歳馬の競走を除く)3着以内馬に限られていた。

外国馬の出走権[編集]

ジャパンカップの招待決定は例年10月下旬から11月上旬に行われるため、招待が決定した時には既にブリーダーズカップや香港国際レースへの出走が決まっていて受諾できないケースがあった。そこで[要出典]2008年より指定レースの優勝馬(レースによっては2着馬も)に対し優先出走権を与えることとし、早期に招待を出すことができるようになった[7]宝塚記念ブリーダーズカップ・チャレンジの対象レースになったことに伴い、2011年からブリーダーズカップ・ターフも指定レースに追加された。

優先出走権を行使した競走馬
開催国・競走名 格付 施行競馬場 施行距離 優先出走権対象馬 優先出走権付与年
イギリスの旗KGVI & QES G1 アスコット 芝12f 1着馬・2着馬 2008年 -
フランスの旗凱旋門賞 G1 ロンシャン 芝2400m
アイルランドの旗愛チャンピオンS G1 レパーズタウン 芝10f 1着馬
ドイツの旗バーデン大賞 G1 バーデンバーデン 芝2400m
アメリカ合衆国の旗アーリントンミリオン G1 アーリントンパーク 芝10f 2009年 -
アメリカ合衆国の旗ブリーダーズカップ・ターフ G1 持ち回り 芝12f 2011年 -

負担重量[編集]

  • 定量で3歳55kg、4歳以上57kg、牝馬は2kg減である。

賞金[編集]

グレード制が施行された第4回(1984年)以降
回(施行年) 総額賞金 1着 2着 3着 4着 5着
第4回(1984年) 1億4250万円 7500万円 3000万円 1900万円 1100万円 750万円
第5回(1985年) 1億4880万円 7800万円 3100万円 2000万円 1200万円 780万円
第6回(1986年) 1億5200万円 8000万円 3200万円 800万円
第7回(1987年) 1億6150万円 8500万円 3400万円 2100万円 1300万円 850万円
第8回(1988年) 1億8050万円 9500万円 3800万円 2400万円 1400万円 950万円
第9回(1989年) 1億9530万円 1億300万円 4100万円 2600万円 1500万円 1030万円
第10回(1990年) 2億1000万円 1億1000万円 4400万円 2800万円 1700万円 1100万円
第11回(1991年) 2億2800万円 1億2000万円 4800万円 3000万円 1800万円 1200万円
第12回(1992年) 2億4800万円 1億3000万円 5200万円 3300万円 2000万円 1300万円
第13回(1993年)
第14回(1994年)
第15回(1995年) 2億5120万円 1億3200万円 5300万円 1320万円
第16回(1996年)
第17回(1997年)
第18回(1998年)
第19回(1999年)
第20回(2000年) 4億7600万円 2億5000万円 1億円 6300万円 3800万円 2500万円
第21回(2001年)
第22回(2002年)
第23回(2003年)
第24回(2004年)
第25回(2005年)
第26回(2006年)
第27回(2007年)
第28回(2008年)
第29回(2009年)
第30回(2010年)
第31回(2011年)
第32回(2012年)
第33回(2013年)

褒賞金制度[編集]

2000年から天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念の3つのレースを同一年に制した場合に1億円の褒賞金が交付されるようになった。現在は内国産馬2億円、外国産馬1億円に増額されており、テイエムオペラオーゼンノロブロイが獲得している。

2003年より外国調教馬に対して指定競走の当年優勝馬(レースによっては2着馬も)がジャパンカップ優勝した場合、褒賞金を交付している。2009年よりその範囲が拡大され、本競走において3着までに入れば規定の褒賞金を交付することとなった。制度導入後に褒賞金を獲得した事例はない。なお2011年より褒賞金の金額が減額され[8]イギリスチャンピオンステークスが指定競走に追加された[9]

2012年には更なる見直しが行われ優先出走権が付与される6競走で優勝馬への褒賞金の減額ならびに2着馬への褒賞金が廃止され[10]、そのほかの指定競走と賞金額が同額となった。

指定外国競走
開催国・競走名 格付 施行競馬場 施行距離 指定年
1 イギリスの旗KGVI & QES G1 アスコット 芝12f 2008年 -
フランスの旗凱旋門賞 G1 ロンシャン 芝2400m
アイルランドの旗愛チャンピオンS G1 レパーズタウン 芝10f
ドイツの旗バーデン大賞 G1 バーデンバーデン 芝2400m
アメリカ合衆国の旗アーリントンミリオン G1 アーリントンパーク 芝10f
アメリカ合衆国の旗ブリーダーズカップ・ターフ G1 持ち回り 芝12f
2 イギリスの旗英ダービー G1 エプソム 芝12f10y
フランスの旗仏ダービー G1 シャンティイ 芝2100m
アイルランドの旗愛ダービー G1 カラ 芝12f
カナダの旗カナディアンインターナショナルS G1 ウッドバイン 芝12f
オーストラリアの旗コックスプレート G1 ムーニーヴァレー 芝2040m
フランスの旗パリ大賞典 G1 ロンシャン 芝2400m 2009年 -
アメリカ合衆国の旗ブリーダーズカップ・クラシック G1 持ち回り ダート10f
アラブ首長国連邦の旗ドバイワールドカップ G1 メイダン AW2000m 2010年 -
イギリスの旗インターナショナルステークス G1 ヨーク 芝10f88y
フランスの旗サンクルー大賞 G1 サンクルー 芝2400m
アラブ首長国連邦の旗ドバイシーマクラシック G1 メイダン 芝2410m
イギリスの旗英チャンピオンステークス G1 アスコット 芝10f 2011年 -
賞金額
  • 1の指定外国競走において当年の優勝馬である場合
本競走1着馬 本競走2着馬 本競走3着馬
2008年 1億3000万円 - -
2009年 5200万円 3250万円
2010年
2011年 1億円 4000万円 2500万円
2012年 8000万円 3200万円 2000万円
  • 1の指定外国競走において当年の2着馬である場合
(2012年以降は廃止)
本競走1着馬 本競走2着馬 本競走3着馬
2008年 5000万円 - -
2009年 2000万円 1250万円
2010年
2011年 4000万円 1600万円 1000万円
  • 2の指定外国競走において当年の優勝馬である場合
(2012年以降は1と同額)
本競走1着馬 本競走2着馬 本競走3着馬
2008年 1億円 - -
2009年 4000万円 2500万円
2010年
2011年 7000万円 2800万円 1800万円
2012年 8000万円 3200万円 2000万円

歴史[編集]

沿革[編集]

できごと[編集]

歴代優勝馬[編集]

回数 施行日 調教国・優勝馬 性齢 勝時計 優勝騎手 管理調教師 馬主
第1回 1981年11月22日 アメリカ合衆国の旗メアジードーツ 牝5 2:25.3 C.アスムッセン J.フルトン A.シェフラー
第2回 1982年11月28日 アメリカ合衆国の旗ハーフアイスト 牡3 2:27.1 D.マクベス S.ホッフ B.ストーン
第3回 1983年11月27日 アイルランドの旗スタネーラ 牝5 2:27.6 B.ラウス F.ダン F.ダン
第4回 1984年11月25日 日本の旗カツラギエース 牡4 2:26.3 西浦勝一 土門一美 野出一三
第5回 1985年11月24日 日本の旗シンボリルドルフ 牡4 2:28.8 岡部幸雄 野平祐二 和田農林(有)
第6回 1986年11月23日 イギリスの旗ジュピターアイランド 牡7 2:25.0 P.エデリー C.ブリテン タビストック侯爵
第7回 1987年11月29日 フランスの旗ルグロリュー 牡3 2:24.9 A.ルクー R.コレ S.ウォルフ
第8回 1988年11月27日 アメリカ合衆国の旗ペイザバトラー 牡4 2:25.5 C.マッキャロン R.フランケル E.ガン
第9回 1989年11月26日 ニュージーランドの旗ホーリックス 牝6 2:22.2 L.オサリバン D.オサリバン G.ド・グルシー
第10回 1990年11月25日 オーストラリアの旗ベタールースンアップ 5 2:23.2 M.クラーク D.ヘイズ G.ファラー
第11回 1991年11月24日 アメリカ合衆国の旗ゴールデンフェザント 牡5 2:24.7 G.スティーヴンス C.ウィッティンガム B.マクノール
第12回 1992年11月29日 日本の旗トウカイテイオー 牡4 2:24.6 岡部幸雄 松元省一 内村正則
第13回 1993年11月28日 日本の旗レガシーワールド 騸4 2:24.4 河内洋 森秀行 (株)ホースタジマ
第14回 1994年11月27日 日本の旗マーベラスクラウン 騸4 2:23.6 南井克巳 大沢真 笹原貞生
第15回 1995年11月26日 ドイツの旗ランド 牡5 2:24.6 M.ロバーツ H.イエンチ イットリンゲン牧場
第16回 1996年11月24日 イギリスの旗シングスピール 牡4 2:23.8 L.デットーリ M.スタウト シェイク・モハメド
第17回 1997年11月23日 イギリスの旗ピルサドスキー 牡5 2:25.8 M.キネーン M.スタウト ウェインストック卿
第18回 1998年11月29日 日本の旗エルコンドルパサー 牡3 2:25.9 蛯名正義 二ノ宮敬宇 渡邊隆
第19回 1999年11月28日 日本の旗スペシャルウィーク 牡4 2:25.5 武豊 白井寿昭 臼田浩義
第20回 2000年11月26日 日本の旗テイエムオペラオー 牡4 2:26.1 和田竜二 岩元市三 竹園正繼
第21回 2001年11月25日 日本の旗ジャングルポケット 牡3 2:23.8 O.ペリエ 渡辺栄 齊藤四方司
第22回 2002年11月24日 イタリアの旗ファルブラヴ 牡4 2:12.2 L.デットーリ L.ダウリア スクデリーア・ランカティ
第23回 2003年11月30日 日本の旗タップダンスシチー 牡6 2:28.7 佐藤哲三 佐々木晶三 (株)友駿ホースクラブ
第24回 2004年11月28日 日本の旗ゼンノロブロイ 牡4 2:24.2 O.ペリエ 藤沢和雄 大迫忍
第25回 2005年11月27日 イギリスの旗アルカセット 牡5 2:22.1 L.デットーリ L.クマーニ M.チャールトン
第26回 2006年11月26日 日本の旗ディープインパクト 牡4 2:25.1 武豊 池江泰郎 金子真人ホールディングス(株)
第27回 2007年11月25日 日本の旗アドマイヤムーン 牡4 2:24.7 岩田康誠 松田博資 ダーレー・ジャパン・ファーム(有)
第28回 2008年11月30日 日本の旗スクリーンヒーロー 牡4 2:25.5 M.デムーロ 鹿戸雄一 吉田照哉
第29回 2009年11月29日 日本の旗ウオッカ 牝5 2:22.4 C.ルメール 角居勝彦 谷水雄三
第30回 2010年11月28日 日本の旗ローズキングダム[# 1] 牡3 2:25.2 武豊 橋口弘次郎 (有)サンデーレーシング
第31回 2011年11月27日 日本の旗ブエナビスタ 牝5 2:24.2 岩田康誠 松田博資 (有)サンデーレーシング
第32回 2012年11月25日 日本の旗ジェンティルドンナ 牝3 2:23.1 岩田康誠 石坂正 (有)サンデーレーシング
第33回 2013年11月24日 日本の旗ジェンティルドンナ 牝4 2:26.1 R.ムーア 石坂正 (有)サンデーレーシング
  1. ^ 第30回はブエナビスタが1位で入線したが最後の直線で2位入線のローズキングダムの進路を妨害したとして、審議の結果2着に降着処分を受け、ローズキングダムが繰り上がりで優勝となった(参考:ブエナビスタの走破時計 2:24.9)。

ジャパンカップの記録[編集]

  • レースレコードタイム - 2分22秒1(第25回優勝馬アルカセット、コースレコード並びに芝2400mの日本レコード)
  • 2着との最大着差 - 9馬身(第23回優勝馬タップダンスシチー)
  • 勝馬投票券最高売上げ - 396億7438万2900円(第15回)
  • 当日の最高入場者数 - 187,524人(第15回)
  • 最多勝騎手 - 3勝
    • L.デットーリ(第16、22、25回)
    • 武豊(第19、26、30回)
    • 岩田康誠(第27、31、32回)
  • 最多勝調教師 - 2勝
    • M.スタウト(第16、17回)
    • 松田博資(第27、31回)
    • 石坂正(第32回、第33回)
  • 最多出走 - 6回 コスモバルク(第24〜29回)

父子制覇[編集]

父馬名 優勝回 子馬名 優勝回
1組目 シンボリルドルフ 第5回 トウカイテイオー 第12回
2組目 スペシャルウィーク 第19回 ブエナビスタ 第31回
3組目 ディープインパクト 第26回 ジェンティルドンナ 第32回、第33回

ベストターンドアウト賞[編集]

特記事項[編集]

  • 馬番ゼッケン馬名(ゴール付近で観客に向かう右サイドに片仮名馬名、左サイドには英文馬名を記述)が入っているものを使用するのはこの競走の特徴である。第1回と第2回は従来の番号のみのゼッケンであったが、第3回からこの特別仕様のゼッケンを使用している。馬番ゼッケンに馬名を入れたのはこのジャパンカップがはじめてであった。また第6回までは馬名入りゼッケンはこのジャパンカップのみでしか使用していなかった(当時は日本ダービーなどの八大競走でも使用されていなかったが1985年の有馬記念では試験的に使用されていた)。このゼッケンは1987年秋以降順次他のGI競走やその他の競走にも拡大され、現在は中央競馬全場および大井競馬場において一般競走を含む全競走に馬名入りのゼッケンを使用している。ただし英文馬名入りのゼッケンは一部の国際競走(外国調教馬の出走がある場合)でしか使用されない。なお、馬体の左側が英文と固定されている。また本競走とジャパンカップダートでは2002年から、片仮名馬名の面にその馬の調教国の国旗があしらわれるようになった(2006年からは英文馬名側にも国旗を記載)[注 8]
  • 本競走の正式名称はあくまで「ジャパンカップ」であるが、2000年のジャパンカップダート創設以降は混同を避けるためか「ジャパンカップターフ」と称するファンや関係者もいる。
  • 当日の東京競馬場は全11競走制であり、2011年までは本競走は第10競走として施行されていた(2004年のゴールデンジュビリーデー及び2012年以降については最終第11競走(この時も全11競走制)として行われる)[注 9]。よって勝馬投票券購入に際しては競走番号を間違えないよう注意する必要がある(当日は東京競馬場をはじめとする各発売所および在宅投票システムでもこの旨注意喚起がされている)。
  • 1988年にはディック・フランシスも視察に訪れている。
  • 1993年ブリーダーズカップターフ優勝馬コタシャーンが単勝1番人気で出走したが、残り100m時点で鞍上のケント・デザーモが残り100mを示すハロン棒をゴール板と勘違いし立ち上がって追うのを止めた。その後慌てて追い出したものの結果2着に終わったというボーンヘッドがあった[注 10](この時の優勝馬はレガシーワールド、日本のせん馬として最初のGI優勝)。この事件を契機として[要出典]その後徐々に各競馬場の残り100mのハロン棒が撤去され、代わりに残り100mを示す表示が柵に表示されるようになっている。
  • 国際競走ではあるが、東京優駿で行われている国歌独唱は本競走では行われていない[注 11]
  • 2010年の第30回を記念したイベントとしてこの年のレース当日と前日の東京競馬の一般レース(平場戦)は全てジャパンカップ優勝馬の名を冠した「○○○賞」の副称が付けられ、馬券にはレース名も印刷された(既に名称が付けられている特別戦やワールドスーパージョッキーズシリーズのポイント対象レースには付けられなかった)。
  • 現在に至るまでJRA最多となるGI7勝馬が4頭おり、いずれも当競走を優勝している。
  • 日没の関係上、2005年から2011年までは発走時刻が15時20分と早かった。
  • 余談ではあるが、第1回の1~5着までの着差と第2回の1~5着までの着差が全く一緒という珍しい現象も起きた。

上位入線馬に関する事項[編集]

  • 1982年ハーフアイスト優勝でスタネーラ4着、1983年スタネーラ優勝でハーフアイスト4着という1着と4着が全く逆という現象が起きた。
  • 1983年は5着までの調教国が全て異なる結果となった[注 12]
  • 1985年シンボリルドルフロッキータイガー船橋競馬所属)による初の日本馬同士のワン・ツー・フィニッシュ(1・2着独占)が達成された。中央所属馬同士のワンツーは1998年(優勝:エルコンドルパサー・2着:エアグルーヴ)が最初で、以降中央所属馬同士のワンツーはこれまでの33回中12回ある。
  • 創設期に牝馬が3勝したきり長らく牝馬は勝てておらず、1990年から19年間牝馬の勝てない時代が続いたが、2009年からのわずか5年間で牝馬が4勝を挙げ、牝馬勝利数を一気に7へと伸ばしている。
  • 日本馬が掲示板を独占(1~5着)したのはこれまでに7回あるが(下記)、外国馬が掲示板を独占したことは1度も無い(4頭までなら過去6回ある)。
  • 外国馬が上位人気(1~5番)を独占したのは1982・1983・1987・1994年の4回、日本馬が上位人気(1~5番)を独占したのは2001年が初めてである。
1着 2着 3着 4着 5着
第21回 2001年 ジャングルポケット テイエムオペラオー ナリタトップロード ステイゴールド メイショウドトウ
第23回 2003年 タップダンスシチー ザッツザプレンティ シンボリクリスエス ネオユニヴァース アクティブバイオ
第27回 2007年 アドマイヤムーン ポップロック メイショウサムソン ウオッカ デルタブルース
第28回 2008年 スクリーンヒーロー ディープスカイ ウオッカ マツリダゴッホ オウケンブルースリ
第30回 2010年 ローズキングダム ブエナビスタ(1位入線降着) ヴィクトワールピサ ジャガーメイル ペルーサ
第31回 2011年 ブエナビスタ トーセンジョーダン ジャガーメイル トレイルブレイザー ウインバリアシオン
第32回 2012年 ジェンティルドンナ オルフェーヴル ルーラーシップ ダークシャドウ フェノーメノ

脚注・出典[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 2010年に参戦した8頭の外国馬のうち、ジャパンカップ出走時点でGI馬となっていたのはジョシュアツリー(10着)とヴォワライシ(16着)の2頭のみで、その他の馬は前走凱旋門賞で10着以下に惨敗しているなど、日本馬を脅かすほどの好メンバーではなかった。外国馬として最高着順であったのはシリュスデゼーグル(9着)で、同馬はのちにGI馬となっている。
  2. ^ 1982年の2着馬で、翌年に凱旋門賞ロスマンズインターナショナルターフクラシック招待ステークスワシントンDCインターナショナル欧米のGI競走に多く勝利した牝馬。
  3. ^ 1996年の優勝馬で、翌年のドバイワールドカップコロネーションカップインターナショナルステークスに優勝した。
  4. ^ 2000年の3着馬で、ジャパンカップ後に香港カップタタソールズゴールドカッププリンスオブウェールズステークス愛チャンピオンSBCターフとGI競走を5勝して欧州年度代表馬および米国最優秀芝牡馬に選ばれ、2年連続でワールド・レーシング・チャンピオンシップのチャンピオンとなった。
  5. ^ 2002年の優勝馬であり翌年エクリプスステークスインターナショナルステークスなどのG1を勝った。
  6. ^ 中距離の天皇賞(秋)を避けて中長距離のジャパンカップと有馬記念の2レース、または小回りの中山競馬場を嫌って天皇賞(秋)とジャパンカップの2レースに照準を絞る陣営も増えてきている。
  7. ^ 中山競馬場には芝2400mの距離設定がないため、距離が近くフルゲート(18頭)施行が可能な芝2200mにて行われた
  8. ^ 但し、2010年 - 2012年のジャパンカップダートでは外国調教馬の出走が無かった為、従来のGI競走と同様に馬体の左サイドも右サイドと同じく片仮名馬名であり、かつ両サイドとも国旗の記載が無かった。
  9. ^ 1983年までは全10競走制であり、本競走は第9競走として施行された。
  10. ^ 通常、理由もなく追うのを止めた場合は審議の対象となり長期の騎乗停止などの処分が下される場合があるが、この時は過怠金のみの処分であった。
  11. ^ 但し、ゴールデンジュビリーデーとして行われた2004年和田アキ子による国歌独唱が行われた。
  12. ^ 1着:スタネーラ(アイルランド)、2着:キョウエイプロミス日本)、3着:エスプリデュノール(フランス)、4着:ハーフアイスト(アメリカ)、5着:マクギンティ(ニュージーランド

出典[編集]

  1. ^ 中山グランドジャンプ2011年より通常の国際競走に変更となり、招待制ではなくなる(2011年度開催日割および重賞競走について)。またジャパンカップダートは2014年よりチャンピオンズカップに名称変更され、通常の国際競走に変更となる
  2. ^ a b 「レーシングプログラム」(日本中央競馬会) 2006年11月26日
  3. ^ 日本中央競馬会『優駿1970年10月号、p.49
  4. ^ 2012 World Thoroughbred Rankings - JRAホームページ、2013年2月16日閲覧
  5. ^ 2012 World Thoroughbred Rankings Overview - JRAホームページ、2013年2月16日閲覧
  6. ^ 【ジャパンカップ(GI)】特別登録日本馬のレーティング順位 - JRA公式サイト 2011年11月14日
  7. ^ ジャパンカップへの優先出走について(JRAホームページ、JRAニュース)[リンク切れ]
  8. ^ 交付対象競走、指定外国競走、交付対象馬及び褒賞金の額 (PDF) - JRA公式サイト 2011年7月1日閲覧。変更前の金額もアドレス先を参照のこと
  9. ^ 国際交流競走褒賞金指定外国競走の新規追加について - JRA公式サイト 2011年7月1日
  10. ^ 交付対象競走、指定外国競走、交付対象馬及び褒賞金の額 (PDF) - JRA公式サイト 2012年11月10日閲覧。
  11. ^ 放映されたレースは東京競馬場での競走のみで第10競走のジャパンカップの他に第9競走と第11競走も放映対象に含まれていたため、東京競馬第9競走のキャピタルステークスが3D映像で放映される日本初の競馬競走となった(3D 体験イベント「LIVE IN 3D 第30回ジャパンカップ(GI)」)。
  12. ^ 降着制度施行後のGIでは2006年エリザベス女王杯カワカミプリンセス以来3度目の1位入線馬の降着だった。過去GI成績 第30回 ジャパンカップ(GI) - JRA公式サイト 2010年12月5日閲覧
  13. ^ 【ジャパンC】ノーザンファーム 5頭出しで1〜4着独占”. スポニチアネックス (2013年11月25日). 2013年11月25日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]