西浦勝一

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西浦勝一
Katsuichi-Nishiura20100320.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 高知県高知市
出生は長崎県島原市
生年月日 (1951-02-07) 1951年2月7日(67歳)
騎手情報
所属団体 日本中央競馬会
所属厩舎 京都栗東土門健司(1969.3 - 1992.2)
栗東・フリー(1992.3 - 引退)
初免許年 1969年3月1日
免許区分 平地
騎手引退日 1996年2月29日
重賞勝利 26勝
G1級勝利 5勝
通算勝利 6103戦635勝
調教師情報
初免許年 1996年(1997年開業)
重賞勝利 25勝(中央16勝/地方9勝)
G1級勝利 9勝(中央5勝/地方4勝)
経歴
所属 栗東T.C.
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西浦 勝一(にしうら かついち、1951年2月7日 - )は高知県高知市出身(長崎県島原市生まれ)の元騎手・現調教師

自厩舎所属の調教助手である西浦昌一は長男。

来歴[編集]

島原で生まれるが[1]、後に高知へ移住。高知競馬の調教師であった父・孫一の影響もあって騎手を志し、その旨を父に伝えた際に「騎手になるなら地方より中央の方が良い」という勧めで、父と付き合いがあった阪神土門健司厩舎を紹介されて弟子入りが決まった[2]。中学卒業後は馬事公苑騎手養成長期課程に入所し、修了後の1969年3月1日にデビュー、4月13日にミシマホープで初勝利を挙げた。5年目の1973年からは平地競走に専念し、同年にはプリムラクインでタマツバキ記念(春)を制して重賞初勝利を挙げる。当初の10年ほどは目立たない存在であった一方[3]栗田勝からは「土門さんの西浦いう子は、実に騎座も安定し将来性十分」との評も送られていた[4]1977年に自厩舎のアイノクレスピンで牝馬クラシック戦線に参戦し、初めて表舞台で注目を浴びる。インターグロリアリニアクインと共に「最強牝馬世代」の1頭と呼ばれた同馬は桜花賞5着、オークスは西浦は怪我のため騎乗できなかったが、エリザベス女王杯は1番人気に推されて4着と無冠に終わった。1979年テルテンリュウNHK杯を勝ち、28歳で日本ダービーに初めて騎乗。カツラノハイセイコと競り合うも最後に力尽きて3着となったが、直線で2着のリンドプルバンに不利を負わせて騎乗停止処分を受けてしまう。そのテルテンリュウで1980年には中京で開催された宝塚記念を制覇。レースではスタートこそ出遅れたものの、1周目の直線で後方から好位に取り付き、最後の直線でインを突いて追い込んで勝利した。これを契機に他厩舎からも有力馬への騎乗を依頼されるようになり[5]1981年にはアグネステスコでエリザベス女王杯を制覇。前走で2着に敗れた反省から、ギリギリまで仕掛けを遅らせてクビ差の勝負を物にした。1983年秋より、土門の長男で弟弟子の土門一美が管理するカツラギエースの主戦騎手を務める。京都新聞杯を勝って臨んだ菊花賞は20着と大敗したが、1984年にはサンケイ大阪杯京阪杯と重賞2連勝の後、宝塚記念では2番手から抜け出してスズカコバンら強豪を下して3連勝でGl初制覇。秋には始動戦の毎日王冠ミスターシービーを抑えて勝利し、天皇賞(秋)5着を挟み、ミスターシービー・シンボリルドルフの新旧三冠馬対決が話題を独占するジャパンカップに参戦。宝塚記念を制した時には「中距離の王者」と称されていたカツラギエースも14頭中10番人気と人気薄の完全な伏兵であったが、西浦は陣営と相談を重ねて様々な秘策を講じた。長距離でカツラギエースを落ち着かせるために初めてメンコを装着したほか、通常より手綱を30cm長く持ってリラックスさせ[6]、距離を克服しようとした作戦が見事に功を奏す。レースでは初めてスタートから先頭に立つ逃げを見せ、向正面では2番手を10馬身以上引き離す大逃げを打つ。直線でイギリスのベッドタイムら後続を一度引き付ける余裕を見せ、絶妙なタイミングでスパートしてそのままゴール。無敗のシンボリルドルフに初めて黒星(3着)を付け、創設4年目にして初の日本馬優勝を果たした。西浦はこの勝利について「見てる人もまさかと思ったでしょう。乗ってるぼく自身が『勝った!』っていう喜びじゃなくて、『勝ってしまった』という感じでしたから。不安というか、困惑というか、そんな感じでしたね」と述懐しており[7]、この勝利によって西浦には「世界の西浦」という異名が冠された[8]1985年にはカツラギハイデン阪神3歳ステークスを制し、1988年にはヤエノムテキ皐月賞を制してクラシック競走を初制覇。土門健司の定年引退を控え1992年よりフリーとなった後、1996年の調教師試験合格に伴い、2月29日付で騎手を引退。JRA通算6103戦635勝(うち障害2勝)、重賞27勝。

引退後は技術調教師として1年過ごし、1997年3月1日に定年引退した布施正の跡を引き継いで厩舎を開業。同日にサンセットムーンで初勝利を挙げると、5月にはネーハイジャパンが京都大障害(春)を制し、開業2カ月で重賞初勝利を挙げた。

カワカミプリンセス。西浦厩舎では所属馬が出走する際に橙色と水色の縦縞で統一された柄のメンコ(覆面)を着用させている。

布施に所有馬を預託していた竹園正繼がそのまま顧客として付き[9]2000年にはテイエムオーシャン阪神3歳牝馬Sに優勝してGI競走初制覇を果たす。同馬は2001年にも桜花賞秋華賞の牝馬二冠を制してJRA賞最優秀3歳牝馬に選出されたが、同年より馬齢表記が従来の数え年から出生年齢を0歳とする形に改められたため、旧表記3歳の前年から2年連続で最優秀3歳牝馬に選ばれるという珍事ともなった。2006年春にはカワカミプリンセスが牝馬クラシックの優駿牝馬(オークス)を制し、オーシャンの二冠と合わせて西浦は調教師として史上8人目の牝馬三冠を達成。同馬は秋華賞にも勝利してオーシャンに次ぐ二冠牝馬となり、最優秀3歳牝馬として表彰された。2013年春にはホッコータルマエ地方競馬との統一重賞・かしわ記念を制し、ダートのGI級(JpnI)競走初勝利を挙げた。

2000年以降が本田優角田晃一への騎乗依頼が多かったが、本田・角田の引退後は長谷川浩大池添謙一等への依頼が多い。一方で武豊藤田伸二への騎乗依頼はあまり多くなかったが、2012年の春頃から武への騎乗依頼が多くなっている。

成績[編集]

騎手成績[編集]

区分 1着 2着 3着 4着以下 騎乗数 勝率 連対率
1969年 平地 1 5 3 64 73 .014 .082
障害 1 2 2 10 15 .067 .200
2 7 5 74 88 .022 .102
1970年 平地 3 5 7 67 82 .037 .098
障害 0 0 0 1 1 .000 .000
3 5 7 67 83 .036 .096
1971年 平地 8 11 15 99 133 .060 .143
障害 1 5 1 7 14 .071 .429
9 16 17 106 147 .061 .170
1972年 平地 16 11 12 72 111 .144 .243
障害 0 0 1 4 5 .000 .000
16 11 13 76 116 .138 .232
1973年 平地 20 15 17 96 148 .135 .236
1974年 平地 14 14 13 62 103 .136 .272
1975年 平地 19 25 13 73 130 .146 .338
1976年 平地 23 26 27 119 195 .118 .251
1977年 平地 19 12 4 73 108 .176 .287
1978年 平地 24 21 18 143 206 .117 .218
1979年 平地 19 18 20 108 165 .115 .224
1980年 平地 23 19 16 114 172 .134 .244
1981年 平地 22 24 20 139 205 .107 .224
1982年 平地 30 22 16 172 240 .125 .217
1983年 平地 30 23 29 153 235 .128 .226
1984年 平地 29 21 24 145 219 .132 .228
1985年 平地 39 36 38 250 363 .107 .207
1986年 平地 28 25 27 190 270 .104 .196
1987年 平地 24 22 16 216 278 .086 .165
1988年 平地 23 18 28 199 268 .086 .153
1989年 平地 41 54 35 278 408 .100 .233
1990年 平地 35 30 37 266 368 .095 .177
1991年 平地 26 33 22 202 283 .092 .208
1992年 平地 32 24 25 232 313 .102 .179
1993年 平地 26 31 36 260 353 .074 .161
1994年 平地 18 31 20 226 295 .061 .166
1995年 平地 37 21 32 215 305 .121 .190
1996年 平地 4 6 0 29 39 .103 .256
平地 633 603 570 4262 6068 .104 .204
障害 2 7 4 22 35 .057 .257
総計 635 610 574 4284 6103 .104 .204
日付 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初騎乗 1969年3月1日 - フサトロジニー - - 11着
初勝利 1969年4月13日 - ミシマホープ - - 1着
重賞初騎乗 1973年2月4日 中日新聞杯 ロングウイナ 12頭 9 4着
重賞初勝利 1973年5月5日 タマツバキ記念(秋) プリムラクイン 12頭 2 1着
GI級初騎乗 1976年4月11日 桜花賞 アイアンポーラ 22頭 18 19着
GI級初勝利 1980年6月1日 宝塚記念 テルテンリュウ 15頭 1 1着

受賞[編集]

主な騎乗馬[編集]

※括弧内は西浦騎乗時の優勝重賞競走

GI級競走・グランプリ競走・牝馬三冠競走優勝馬
その他重賞優勝馬

調教師成績[編集]

日付 競馬場・開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初出走・初勝利 1997年3月1日 1回中京1日6R 5歳上500万下 サンセットムーン 16頭 4 1着
重賞初出走 1997年3月8日 1回阪神5日9R 阪神障害S(春) ネーハイジャパン 10頭 5 5着
重賞初勝利 1997年5月10日 3回京都7日9R 京都大障害(春) ネーハイジャパン 7頭 2 1着
GI初出走・初勝利 2000年12月3日 5回阪神2日11R 阪神3歳牝馬S テイエムオーシャン 18頭 1 1着

主な管理馬[編集]

GI級競走優勝馬
その他重賞優勝馬

関連項目[編集]

出典[編集]

  1. ^ 鶴木(1991)、p.85
  2. ^ 『優駿』2009年1月号、p.121
  3. ^ 『優駿』2009年1月号、p.122
  4. ^ 『日本の騎手』、p.254
  5. ^ 『優駿』2009年1月号、p.123
  6. ^ 『優駿』2009年1月号、p.124
  7. ^ 『優駿』1996年4月号、p.69
  8. ^ 『優駿』1996年4月号、p.70
  9. ^ 『優駿』2001年10月号、p.24
  10. ^ 東京大賞典競走優勝馬 - 南関東競馬公式サイト、2014年12月30日閲覧
  11. ^ 川崎記念競走優勝馬南関東4競馬場公式 2015年2月2日閲覧

参考文献[編集]

  • 中央競馬ピーアール・センター(編)『日本の騎手』(日本中央競馬会、1981年)
  • 鶴木遵『スーパージョッキー - 格闘する表現者たち』(コスモヒルズ、1991年)ISBN 978-4877038069
  • 優駿』1996年5月号(日本中央競馬会)
    • 杉本清の競馬談義 ゲスト・西浦勝一調教師」
  • 『優駿』2001年10月号(日本中央競馬会)
    • 江面弘也「テイエムオーシャンで初のクラシックを手にした西浦勝一調教師」
  • 『優駿』2009年1月号(日本中央競馬会)
    • 江面弘也「続・名ジョッキー列伝 第11回西浦勝一」

外部リンク[編集]