渡辺薫彦

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渡辺薫彦
Kunihiko-Watanabe20100314.jpg
2010年フィリーズレビュー表彰式
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 滋賀県栗太郡栗東町
(現・栗東市
生年月日 1975年4月5日(39歳)
身長 165cm
体重 50kg
血液型 A型
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 沖芳夫(栗東)
初免許年 1994年
免許区分 平地・障害
騎手引退日 2012年12月20日
経歴
所属 栗東・沖芳夫(1994-2012.12.20)
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渡辺 薫彦(わたなべ くにひこ、1975年4月5日 - )は日本中央競馬会 (JRA) 沖芳夫厩舎所属の調教助手で元騎手。戸籍上での表記は渡邊である。

妻は関西テレビドリーム競馬』の司会を務めていた水野麗奈[1][2]栗東トレーニングセンター内にある駿風寮の寮長である[3]

来歴・人物[編集]

1975年4月、沖芳夫厩舎にて厩務員を務める渡辺薫の嫡男として出生、また伯父の古川博も古川平厩舎で調教助手を務める[4]という競馬に近い環境で育ち、1994年3月父の勤める沖厩舎の所属騎手としてデビュー、以後引退するまで同厩舎に所属し続けた。吉田豊幸英明らは競馬学校の同期生(10期)にあたり、とても仲がよく初GI制覇となった菊花賞優勝後には冗談で「胴上げしようか?」と言われている。

デビュー当初より着実に勝ち鞍を積み重ねるも、重賞で人気を背負いながら経験の薄さを懸念される[5]など重賞タイトルにはなかなか手が届かなかったが、1999年ナリタトップロードとのコンビでクラシック戦線にて活躍(詳細は後述)、同馬引退後はGI戦線の常連馬には出会えていないが、関西の中堅騎手として騎乗数や勝ち星を伸ばした。

このほか2007年にはソウル競馬場で行われた韓国国際騎手競走へ招待され[6]、初の日本国外競走への騎乗も経験している(結果は10人中9位)。

ナリタトップロードなどに見られるように、先行からの粘りを最も得意としているが、近年ではタマモホットプレイやカネトシツヨシオーなどに見られるように差し・追い込みにも戦略の幅を広げている。また、ときおり人気薄を2着に持ってくることから関西では穴騎手として人気があった[7]

2012年12月に現役引退を表明[8]、同年12月20日を以って騎手を引退し、所属の沖芳夫厩舎の調教助手に転身した。

ナリタトップロード[編集]

渡辺を語るうえで最も大きな存在がナリタトップロードである。1999年きさらぎ賞単勝2番人気の同馬に騎乗し勝利。これが重賞初制覇となった。この年のクラシックにナリタトップロードとともに参戦するが、皐月賞3着、東京優駿2着と、あと一歩のところで届かず、東京優駿のレース後には悔し涙を流した。そして、秋の菊花賞GI初制覇を成し遂げた。現在までのところ、これが唯一のGI勝利である。なお、ナリタトップロードの全8勝中7勝は渡辺騎乗によるものである。

ナリタトップロードの資質を十分に発揮した騎乗ができていないとの批判もあり、途中的場均に鞍上を交替させられたが、結局は渡辺のもとに戻ってくる。2001年阪神大賞典では最後の直線で追い続け、後続に8馬身差をつけ、さらに芝3000メートルの世界レコードという勝利を収めている。

落馬によるケガで2002年シーズンの秋は四位洋文に3戦乗り替わる。京都大賞典の完勝と秋の天皇賞2着惜敗という結果を受け、渡辺はもう自分のもとには戻ってこないと思ったという。しかし引退レースとなった有馬記念で、ファンの声もあり渡辺は三たびナリタトップロードの鞍上に帰ってくる。結果は4着だったが当時最強の牝馬との呼び声があったファインモーションには先着。重馬場を見越して先行気味にレースを進めたのが功を奏した形となる。

翌2003年の年初、京都競馬場において菊花賞優勝時のゼッケン1番をつけて引退式が行われた。関係者インタビューでは渡辺が涙で思わず声を詰まらせる場面があった。

産駒のデビューを待っていた矢先、2005年11月7日にナリタトップロードの訃報があった。その直後に、ベストアルバムに騎乗したエリザベス女王杯での本馬場入場の紹介の際に「ベストアルバム…亡き友に健闘を誓う渡辺薫彦です。」という紹介があった。

おもな騎乗馬[編集]

騎乗成績[編集]

日付 競馬場・開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初騎乗 1994年3月5日 1回中京3日12R 5歳上900万円下 ヘラケン 16頭 16 7着
初勝利 1994年6月26日 2回中京4日8R 5歳上500万円下 ミスターハリケーン 16頭 4 1着
重賞初騎乗 1994年12月11日 4回中京6日11R 愛知杯 サムソンビッグ 15頭 13 中止
重賞初勝利 1999年2月7日 2回京都4日11R きさらぎ賞 ナリタトップロード 15頭 2 1着
GI初騎乗 1996年4月14日 2回中山8日11R 皐月賞 ロングシコウテイ 18頭 13 16着
GI初勝利 1999年11月7日 5回京都2日11R 菊花賞 ナリタトップロード 15頭 3 1着
年度 1着 2着 3着 騎乗数 勝率 連対率 複勝率
1994年 9 13 25 283 .032 .078 .166
1995年 24 26 33 412 .058 .121 .201
1996年 15 17 14 260 .058 .123 .177
1997年 8 27 16 222 .036 .158 .230
1998年 19 8 16 211 .090 .128 .204
1999年 15 13 15 228 .066 .123 .189
2000年 12 21 16 279 .043 .118 .176
2001年 33 38 32 474 .070 .150 .217
2002年 22 23 25 362 .061 .124 .193
2003年 21 31 34 455 .046 .114 .189
2004年 24 20 22 406 .059 .108 .163
2005年 16 17 34 407 .039 .081 .165
2006年 23 39 19 459 .050 .135 .176
2007年 31 29 33 589 .053 .102 .158
2008年 10 27 31 548 .018 .068 .124
2009年 15 18 20 407 .037 .081 .130
2010年 16 9 10 426 .038 .059 .082
2011年 17 9 18 402 .042 .065 .109
2012年 9 14 15 432 .021 .053 .088
中央 339 399 428 7262 .047 .102 .161
地方 11 9 14 136 .081 .147 .250

脚注[編集]

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  1. ^ スポーツニッポン
  2. ^ サンケイスポーツ
  3. ^ 宝島競馬騎手名鑑 ISBN 4-7966-9517-6
  4. ^ 競馬騎手読本 ISBN 4-7966-9290-8
  5. ^ 1996年3月31日フジテレビスーパー競馬・吉田均コメント
  6. ^ ラジオNIKKEI
  7. ^ 競馬騎手名鑑 ISBN 4-7966-9383-1
  8. ^ ナリタトップロードの渡辺騎手が引退 調教師へ「勉強専念」 スポーツニッポン 2012年12月11日閲覧
  9. ^ 渡辺薫彦騎手、JRA通算300勝 リアルライブ 2010年3月7日閲覧

関連項目[編集]

外部リンク[編集]