サクラバクシンオー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
サクラバクシンオー
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1989年4月14日
死没 2011年4月30日(22歳没)
サクラユタカオー
サクラハゴロモ
母の父 ノーザンテースト
生国 日本の旗 日本北海道早来町
生産 社台ファーム早来
馬主 (株)さくらコマース
調教師 境勝太郎美浦南
厩務員 吉村活彦
競走成績
生涯成績 21戦11勝
獲得賞金 5億2125万3000円
テンプレートを表示

サクラバクシンオーとは日本競走馬である。1993年1994年スプリンターズステークスを連覇した。1994年のJRA賞最優秀短距離馬種牡馬としても数多くの活躍馬を輩出した。

※競走馬時代の年齢は旧表記(数え年)で統一する。

戦績[編集]

4歳(1992年)[編集]

1992年1月12日の4歳新馬戦(中山ダート1200m)でデビュー。小島太を背に2番人気に推され、見事デビュー戦を飾った。その後、黒竹賞(中山芝1600m)では直線先頭に立つもハナ差で2着に敗れた。3戦目の桜草特別(中山芝1200m)に勝利し、デビュー4戦目にGIIスプリングステークス(中山芝1800m)に出走する。3番人気に推されるが、直線で失速し12着に大敗した。ちなみに、1着は後に皐月賞東京優駿(日本ダービー)を制した二冠馬ミホノブルボンだった。また4着には後に菊花賞や春の天皇賞を制したライスシャワーもおり、それぞれ全く異なる距離で活躍した3頭が唯一顔を揃えた一戦でもあった。

このレース以後、陣営はクラシック路線を諦め、短距離路線に方向を定めた。4月18日のGIIIクリスタルカップ(中山芝1200m)に出走、単勝1.8倍の1番人気に応え見事重賞初制覇を飾った。次走の菖蒲ステークス(東京1400m)も1番人気に応え、連勝でGIIニュージーランドトロフィー4歳ステークス(東京芝1600m)に3番人気で臨んだが、後にマイルチャンピオンシップなどを勝つシンコウラブリイの7着に敗れた。その後3ヶ月の休養をはさみ、秋競馬から復帰。初戦のGIII京王杯オータムハンデキャップ(中山芝1600m)では3着、オープン特別多摩川ステークス(東京芝1600m)で7着とマイル戦では勝てないレースが続いたが、次走のオープン特別キャピタルステークス(東京芝1400m)に勝利し、最大目標であったGIスプリンターズステークス(中山芝1200m)へと駒を進めた。4歳馬ながら3番人気に支持されたが、この年の桜花賞優勝馬ニシノフラワーの6着に敗れた。サクラバクシンオーの1400m以下のレースの敗北はこれが最初で最後であった。

古馬(1993年 - 1994年)[編集]

スプリンターズステークスの後、脚部不安のため放牧に出され、復帰したのは翌1993年、5歳の秋だった。復帰初戦のオープン特別オータムスプリントステークス(中山1200m)を2番人気で勝利したが、次走のアイルランドトロフィー(東京芝1600m)は4着に敗れた。その後マイルチャンピオンシップには向かわずキャピタルステークス(東京芝1400m)に出走して勝利した。そして大目標であるGIスプリンターズステークスに再度挑戦。2番人気に支持され、見事にGI3勝馬のヤマニンゼファーを抑え優勝した。父サクラユタカオーにとっても初のGI勝ち産駒となった。

翌1994年、6歳になり、4月のGIIIダービー卿チャレンジトロフィー(中山芝1200m)を2馬身差で勝利する。続いて、GI安田記念(東京芝1600m)に出走し、直線先頭に立って粘るがノースフライトの4着に敗れた。休養後、秋初戦のGII毎日王冠(東京芝1800m)では、従来のレコードタイムより早いタイムでゴールしたが、後に天皇賞(秋)を勝つネーハイシーザーの4着に敗れる。次走GIIスワンステークス阪神芝1400m)では、ノースフライトを当時の1400mの日本レコードで破る。次走のGIマイルチャンピオンシップ(京都芝1600m)では、ノースフライトの2着に敗れた。そして、この年限りの引退が決まり、ラストランになったGIスプリンターズステークスは単勝1.6倍の圧倒的1番人気となり、2着のビコーペガサスに4馬身差、1分07秒1の当時の日本レコードでグレード制導入以後初の連覇で引退に花を添えた。また、JRA賞最優秀短距離馬に選出された。

競走馬としての特徴[編集]

スプリンターとしての本馬[編集]

デビュー前は父・サクラユタカオー譲りの馬格や、伯父(母の全兄)に有馬記念天皇賞を制したアンバーシャダイ従兄阪神3歳ステークス弥生賞NHK杯優勝馬のイブキマイカグラがいることもあって、クラシックディスタンスで期待が持てると関係者から評価されており、スプリンターという評価は皆無であった。

サクラバクシンオーが活躍した時代は、東京優駿(日本ダービー)をはじめとするクラシック路線が主流を占めていたが、同馬は、早々と短距離路線への転向を決め、スプリンターズステークス2連覇を始め、数々のスプリント競走を制覇している。全てのレースでコンビを組んだ小島は「この馬なら海外でも通用したかもしれない」、調教師の境も「足元に不安があった(5歳春を全休)から引退したんだ。翌年も競馬をさせたかったよ。引退レースでレコード勝ちしてるんだからね」と後年話している。これらの活躍は、1996年高松宮杯(現・高松宮記念)短距離GI化などの短距離路線拡大の一因となっている。

通算成績は21戦11勝だが、1400mを超えるレースでは9戦全敗、1400m以下のレースではダートを含めて12戦11勝と1400mを境に成績に極端な差が見られる。ただし、1400mを超える距離のレースが全く不振だったわけではなく、1600mのGIマイルチャンピオンシップでの2着や、ハイペースで先行馬総崩れの中で唯一4着(3着とはハナ差)に粘った安田記念、従来のレコードタイムより早いタイムで走破した1800mのGII毎日王冠(結果は4着)などの実績がある。

また、一般的にスプリンターは早熟で能力の開花が早い反面、活躍できる期間が短いことが多いが、同馬は比較的遅咲きで6歳まで息の長い活躍を見せたのも特徴である。

コースレコードの更新[編集]

1994年の秋4戦(毎日王冠からスプリンターズステークスまで)はすべて当該競馬場のコースレコードタイムを上回る走りをしている。とくにこの年のスワンステークスは京都競馬場改修工事の影響で阪神競馬場で開催された。4コーナーにかけて下り坂があり、直線がフラットで時計の出やすい京都に対して、阪神は直線の上り坂があり時計がかかることに加えて、サクラバクシンオーは59キロを背負っていたが、日本の馬で初めて1400mで1分20秒の壁を破っている。その後2006年に阪神競馬場が改修された為、このコースレコードは破られることなく記録として残っている[1]

競走成績[編集]

年月日 競馬場 競走名


オッズ
(人気)
着順 騎手 斤量 距離馬場 タイム
上り3F
タイム
勝ち馬/(2着馬)
1992. 1. 12 中山 4歳新馬 16 5 10 4.2 (2人) 1着 小島太 55 ダ1200m(稍) 1:11.8 (37.6) -0.8 (マイネルトゥルース)
1. 26 中山 黒竹賞 11 7 8 1.9 (1人) 2着 小島太 55 芝1600m(良) 1:35.1 (36.0) 0.0 マイネルコート
3. 14 中山 桜草特別 12 8 11 1.3 (1人) 1着 小島太 55 芝1200m(良) 1:08.8 (34.6) -0.7 (ハヤノライデン)
3. 29 中山 スプリングS GII 14 3 4 5.7 (3人) 12着 小島太 56 芝1800m(重) 1:53.6 (40.9) 3.5 ミホノブルボン
4. 18 中山 クリスタルC GIII 11 7 8 1.8 (1人) 1着 小島太 55 芝1200m(良) 1:08.6 (35.1) -0.6 (タイトゥルー)
5. 9 東京 菖蒲S OP 10 8 10 1.4 (1人) 1着 小島太 57 芝1400m(良) 1:22.8 (36.0) -0.2 (エーピージェット)
6. 7 東京 NZT4歳S GII 10 3 3 7.4 (3人) 7着 小島太 56 芝1600m(良) 1:36.0 (36.6) 1.1 シンコウラブリイ
9. 13 中山 京王杯AH GIII 13 4 5 6.9 (3人) 3着 小島太 54 芝1600m(良) 1:33.0 (35.2) 0.2 トシグリーン
10. 31 東京 多摩川S OP 12 7 9 4.5 (3人) 7着 小島太 55 芝1600m(良) 1:33.5 (36.5) 0.7 キョウエイボナンザ
11. 28 東京 キャピタルS OP 16 5 9 3.6 (1人) 1着 小島太 55 芝1400m(良) 1:21.1 (35.2) -0.4 ミスタートウジン
12. 20 中山 スプリンターズS GI 16 4 7 5.3 (3人) 6着 小島太 55 芝1200m(良) 1:08.3 (35.5) 0.6 ニシノフラワー
1993. 10. 2 阪神 オータムスプリントS OP 12 7 10 3.7 (2人) 1着 小島太 57 芝1200m(良) 1.08.8 (35.6) -0.1 (フィルードヴォン)
10. 30 東京 アイルランドT OP 12 5 6 7.3 (3人) 4着 小島太 58 芝1600m(重) 1.35.5 (37.5) 1.0 イイデザオウ
11. 27 東京 キャピタルS OP 16 1 1 4.3 (3人) 1着 小島太 58 芝1400m(良) 1.21.2 (35.3) -0.2 (エアリアル)
12. 19 中山 スプリンターズS GI 14 7 12 4.3 (2人) 1着 小島太 57 芝1200m(良) 1:07.9 (34.5) -0.4 ヤマニンゼファー
1994. 4. 3 中山 ダービー卿CT GIII 13 6 9 1.2 (1人) 1着 小島太 58 芝1200m(良) 1.08.9 (35.8) -0.3 ドージマムテキ
5. 15 東京 安田記念 GI 16 6 12 6.9 (3人) 4着 小島太 57 芝1600m(良) 1:33.7 (36.8) 0.4 ノースフライト
10. 9 東京 毎日王冠 GII 11 2 2 6.5 (4人) 4着 小島太 59 芝1800m(良) 1.45.0 (35.7) 0.4 ネーハイシーザー
10. 29 阪神 スワンS GII 18 8 17 2.2 (1人) 1着 小島太 59 芝1400m(良) R1.19.9 (35.2) -0.2 (ノースフライト)
11. 20 京都 マイルCS GI 14 7 12 3.3 (2人) 2着 小島太 57 芝1600m(良) 1:33.2 (34.7) 0.2 ノースフライト
12. 18 中山 スプリンターズS GI 14 5 8 1.6 (1人) 1着 小島太 57 芝1200m(良) R1:07.1 (34.4) -0.7 ビコーペガサス

※タイム欄のRはレコードタイム

引退後[編集]

引退後はノーザンファーム代表、吉田勝己の強い薦め(母のサクラハゴロモは元々社台ファームの所有で、この馬にオーナーがほれ込んだ馬主の全演植(さくらコマース社長)が、競走馬として社台ファームから事実上のリースをしていた)により、北海道早来町(現・安平町)の社台スタリオンステーションで種牡馬入り。産駒はおもに短距離路線でコンスタントに活躍。全国リーディングサイアーランキングでは長年上位をキープし、父内国産種牡馬として実績を残した。

2011年の種付けシーズンに入るとたびたび体調を崩すようになった。しかし、その都度休止しながらも種付けをこなしていたが、体調不良のため同年4月いっぱいまで休養[2]していた。4月30日午前11時、翌日からの種付け再開に向けての試験交配中に[3]心不全で死亡した[4]

種牡馬としての特徴[編集]

産駒の傾向としては、2002年の高松宮記念優勝馬のショウナンカンプを筆頭に、ダート、芝を問わず1400メートル以下の短距離に勝ち鞍が集中しており、中央競馬の1800メートルを超える距離の平地競走では、産駒がデビューした1998年以降今日まで、芝とダートを合わせてわずかに3勝しかしていない。短距離競走が充実している現在の中央競馬に傾向が合っており、2001年以降10年連続でリーディングサイアーランク10位以内に名を連ねている一方、勝ち上がった後に頭打ちになる産駒も多く、G1クラスの大物はあまり出てきていない。平地ではほぼ短距離専門であるが、2004年中山大障害中山グランドジャンプ優勝馬のブランディスのような長距離の障害競走で活躍する産駒も輩出している[5]。20頭余りを数える中央重賞および地方交流重賞勝ち馬の中で牝馬は3頭のみと、牡馬に活躍馬が多いのも特徴として挙げられる。

母の父としても似た傾向が見られ、短い距離に実績を残し、勝ち上がる馬も一定数輩出している[6]。その一方でクラスが上がると頭打ちになる馬も多い[7]。また、重賞勝ち馬は京阪杯優勝馬ハクサンムーンのみである。

2011年2月には、産駒のJRA通算勝利数が1065勝に達し、同部門での歴代単独9位となった[8]

なお、後継種牡馬としてショウナンカンプ、サブミーカー、サクラゼウス、リッカバクシンオがいる。

GI級競走優勝馬[編集]

太字はGI級競走

グランプリボス(2008年産)

グレード制重賞優勝馬[編集]

地方重賞優勝馬[編集]

血統表[編集]

サクラバクシンオー血統テスコボーイ系 / Hyperion4×5=9.38%、Lady Angela 5x4=9.38%(母内))

サクラユタカオー 1982
栗毛 北海道静内町
*テスコボーイ
Tesco Boy 1963
黒鹿毛 イギリス
Princely Gift Nasrullah
Blue Gem
Suncourt Hyperion
Inquisition
アンジェリカ 1970
黒鹿毛 北海道静内町
*ネヴァービート
Never Beat
Never Say Die
Bride Elect
スターハイネス *ユアハイネス
スターロツチ

サクラハゴロモ 1984
鹿毛 北海道早来町
*ノーザンテースト
Northern Taste 1971
栗毛 カナダ
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Lady Victoria Victoria Park
Lady Angela
*クリアアンバー
Clear Amber 1967
黒鹿毛 アメリカ
Ambiopoise Ambiorix
Bull Poise
One Clear Call Gallant Man
Europa F-No.4-m
主な近親

その他5代母Sicily(アラバマステークス、本血統表内Europaの母)からも牝系が広がっている。

脚注[編集]

  1. ^ 同様にラストランになったスプリンターズステークスでは、1000m通過が当時の日本レコードを1秒2上回る55秒2だった。当時の1000m日本レコードは1992年にハギノピリカが出した56秒4。スプリンターズステークスは1200mで、55秒2はあくまで途中通過のタイムなので参考に過ぎないが、現在でも新潟競馬場の直線コースをのぞく、曲走路のタイムとしては日本最速タイムである。
  2. ^ 突然の訃報…サクラバクシオーが心不全で死亡」 スポーツニッポン、2011年5月1日。
  3. ^ サクラバクシンオー死す…93、94年スプリンターズS連覇」 読売新聞、2011年4月30日。
  4. ^ サクラバクシンオー号が死亡」 日本中央競馬会、2011年4月30日。
  5. ^ ブランディスは平地でも中山のダート2400メートルで勝利したことがあり、これはサクラバクシンオー産駒の中央競馬平地競走における勝利の最長距離である。
  6. ^ 2011年中央競馬においては出走頭数117頭、うち勝ち馬は29頭。平均勝距離は芝1345m、ダート1508mである。
  7. ^ 2011年中央競馬においてはリーディングブルードメアサイアー(賞金総額)26位につけているが、上位50頭の中で4番目に一走当たりの賞金額が低い。
  8. ^ サクラバクシンオー産駒1065勝、単独9位」 スポーツニッポン、2011年2月7日。

外部リンク[編集]