ネーハイシーザー

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ネーハイシーザー
Nehaicaesar.JPG
1995年6月4日 京都競馬場
欧字表記 Nehai Caesar[1]
品種 サラブレッド
性別
毛色 黒鹿毛
生誕 1990年4月27日
死没 2018年2月26日(28歳没)
登録日 1992年9月3日
抹消日 1996年12月18日
サクラトウコウ
ネーハイテスコ
母の父 テスコボーイ
生国 日本の旗 日本北海道浦河町
生産者 大道牧場
馬主 (株)大丸企業
調教師 布施正栗東
競走成績
タイトル JRA賞最優秀父内国産馬(1994年)
生涯成績 23戦8勝[1]
獲得賞金 4億4721万8000円[1]
勝ち鞍
GI 天皇賞(秋) 1994年
GII 産経大阪杯 1994年
GII 毎日王冠 1994年
GIII 中日スポーツ賞4歳S 1993年
GIII 京阪杯 1994年
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ネーハイシーザーは、日本競走馬種牡馬1994年天皇賞(秋)に優勝し、同年のJRA賞最優秀父内国産馬。日本レコード2回を含むレコード勝ち3回を記録した。

戦績[編集]

3歳〜4歳春[編集]

調教で動く事からデビュー時から布施正に期待されていた[2]1992年12月中京競馬場でデビュー。安田康彦が騎乗し、ダート1000mの新馬戦を勝利した。

年が明けて2月に2勝目を挙げるが、芝での初のレースとなったすみれステークスでは直線で失速し、8着に敗れた。塩村克己との初コンビとなった春蘭ステークスで8番人気ながら勝利すると、日本ダービーを目指して京都4歳特別に出走する予定だったが、フレグモーネ[2]出走を取り消し、春のクラシックレース出走はならなかった。

4歳秋[編集]

春のクラシックレースに出走できなかったネーハイシーザーは京都競馬場で行われた中日スポーツ賞4歳ステークス[注 1]に出走した。8番人気だったが、ダイタクヘリオスが保持していた芝1800mの日本レコードを更新する1分45秒2のレコードタイムで重賞初制覇を飾った。

神戸新聞杯ではビワハヤヒデに敗れはしたものの2着となり、クラシック最終戦の菊花賞を迎えた。しかし、菊花賞ではレース中に心房細動を発症し、勝ったビワハヤヒデから遅れること約40秒、肺出血による調整不足でレースにならなかった17着のナリタタイシンからも更に約30秒遅れるという大差の殿負けを喫して、この年を終えている。

5歳春[編集]

心房細動は比較的軽症だったため、ネーハイシーザーは京都金杯からレースに復帰、京都金杯では3着になった。その後、マイラーズカップ[注 2]で4着となったネーハイシーザーは路線を中距離レースに絞るようになる。

その後、ネーハイシーザーは阪神競馬場の芝2000mで行われた産経大阪杯で勝利すると、京阪杯でも1分58秒9のコースレコードを叩き出して優勝した。こうして重賞2連勝で挑んだ宝塚記念では2番人気に推されるが、レコード勝ちしたビワハヤヒデの前に屈し、5着に敗れた。

5歳秋[編集]

ネーハイシーザーの秋初戦は毎日王冠だった。このレースでネーハイシーザーは自身が保持していた日本レコードを破る1分44秒6のレコードタイムで優勝し、天皇賞(秋)に臨んだ。

ビワハヤヒデ、ウイニングチケットに次ぐ3番人気に支持された天皇賞(秋)では、早めの抜け出しから後続を封じて勝利、念願のGI初制覇となった。

天皇賞後は有馬記念に出走したが、ナリタブライアンの9着に敗れた。ただ、ネーハイシーザーは天皇賞制覇したこの年のJRA賞で最優秀父内国産馬を受賞している。

6歳〜7歳[編集]

6歳時、ネーハイシーザーは産経大阪杯から始動したが、単勝1.6倍の圧倒的な1番人気に支持されながら、9着に惨敗した。その後安田記念は6着、宝塚記念は14着と掲示板に載れずに終わった。しかも、宝塚記念後には屈腱炎を発症[注 3]してしまい、秋は全休せざるを得なかった。

7歳になるとネーハイシーザーは屈腱炎から立ち直り、産経大阪杯から復帰した。このレースでは6着に終わったが、次走の京阪杯では3着に入って健在ぶりをアピールした。しかし、その直後に屈腱炎を再発。これによりネーハイシーザーは引退し、種牡馬になった。

引退後[編集]

種牡馬になったネーハイシーザーは1997年から北海道日高スタリオンステーションにて繋養された。初年度は種付け料無料という事で83頭の繁殖牝馬を集めたが、翌年は50万円に種付け料を値上げしたところ13頭に激減した。初年度産駒からヒマラヤンブルー(巴賞、東京スポーツ杯3歳ステークス2着など)を出し、2001年には35頭と種付け頭数を増やしたが、翌2002年は9頭に減少、2004年は種付け数ゼロとなり、2005年に種牡馬を引退した。

種牡馬としては現役時代の馬主が競馬から撤退するなどの不遇な面もあったが、乗馬にはならず生まれ故郷の大道牧場に戻った後、2009年5月新ひだか町三石の中橋牧場に移動し、さらに2011年11月からは荒木牧場にてオリオンザサンクストーシンブリザードブライアンズロマンらとともに暮らしていたが、2018年2月26日に病気のため死亡した[3]

マルゼンスキーの代表産駒の一頭であるサクラチヨノオーが後継馬を残せないまま既に死亡しており、ネーハイシーザーも後継を残せないまま種牡馬引退となった事で、実質的にマルゼンスキーの父系としての血統存続は厳しい状況になっている。2016年現在マルゼンスキー系ではクラグオーが種牡馬登録されている[4]

競走成績[編集]

年月日 競馬場 競走名 頭数 オッズ
(人気)
着順 騎手 斤量 距離(馬場) タイム
(上り3F)
タイム
勝ち馬/(2着馬)
1992 12. 6 中京 3歳新馬 10 2.0 (1人) 01着 安田康彦 53 ダ1000m(良) 01:01.0 (36.2) -0.2 (オールダンシング)
12. 27 阪神 さざんか賞 500万下 16 14.6 (7人) 11着 安田康彦 54 ダ1400m(良) 01:27.9 (39.3) -1.3 キョウエイヨシノ
1993 1. 16 京都 白梅賞 500万下 14 11.5 (3人) 06着 安田康彦 55 ダ1800m(良) 01:56.3 (41.2) -2.0 ナイスボール
2. 7 京都 4歳500万下 11 5.2 (3人) 01着 安田康彦 54 ダ1400m(良) 01:27.2 (37.8) -0.3 (トランブルー)
3. 14 阪神 すみれS OP 11 22.3 (6人) 08着 安田康彦 55 芝2200m(良) 02:20.3 (37.2) -1.5 チアズエンデバー
4. 17 阪神 春蘭S OP 16 17.8 (8人) 01着 塩村克己 55 芝1200m(良) 01:11.0 (36.0) -0.3 (フジワンマンクロス)
5. 9 京都 京都4歳特別 GIII 15 取消 塩村克己 5 芝2000m(良) ケイウーマン
6. 13 阪神 白百合S OP 8 10.5 (5人) 04着 大崎昭一 56 芝2000m(良) 02:08.2 (37.8) -0.8 ミスズシンザン
7. 4 京都 中日スポーツ賞4歳S GIII 12 20.8 (8人) 01着 塩村克己 54 芝1800m(稍) R1:45.2 (35.8) -0.3 (トーヨーリファール)
9. 26 阪神 神戸新聞杯 GII 9 4.3 (2人) 02着 塩村克己 54 芝2000m(良) 02:03.1 (35.4) -0.2 ビワハヤヒデ
11. 7 京都 菊花賞 GI 18 28.3 (8人) 18着 塩村克己 57 芝3000m(良) 03:44.6 (61.9) 39.9 ビワハヤヒデ
1994 1. 5 阪神 京都金杯 GIII 16 4.2 (2人) 03着 塩村克己 56 芝2000m(良) 02:03.2 (37.4) -0.4 エイシンテネシー
3. 6 中京 マイラーズカップ GII 11 2.9 (2人) 04着 塩村克己 56 芝1700m(良) 01:40.9 (35.6) -0.3 ノースフライト
4. 3 阪神 産経大阪杯 GII 14 5.0 (4人) 01着 塩村克己 56 芝2000m(良) 02:01.2 (35.2) -0.6 ナイスネイチャ
5. 14 阪神 京阪杯 GIII 14 2.0 (1人) 01着 塩村克己 57 芝2000m(良) R1:58.9 (35.6) -0.1 スターバレリーナ
6. 12 阪神 宝塚記念 GI 14 8.9 (2人) 05着 塩村克己 56 芝2200m(良) 02:12.6 (36.3) -1.4 ビワハヤヒデ
10. 9 東京 毎日王冠 GII 11 4.4 (1人) 01着 塩村克己 58 芝1800m(良) R1:44.6 (35.0) -0.2 フジヤマケンザン
10. 30 東京 天皇賞(秋) GI 13 8.6 (3人) 01着 塩村克己 58 芝2000m(良) 01:58.6 (34.8) -0.2 セキテイリュウオー
12. 25 中山 有馬記念 GI 13 12.3 (2人) 09着 塩村克己 57 芝2500m(良) 02:33.8 (36.4) -1.6 ナリタブライアン
1995 4. 2 京都 産経大阪杯 GII 13 1.6 (1人) 09着 塩村克己 59 芝2000m(良) 02:00.1 (36.1) -0.8 インターマイウェイ
5. 14 東京 安田記念 GI 18 6.8 (2人) 06着 塩村克己 57 芝1600m(良) 01:33.5 (34.9) -0.3 ハートレイク
6. 4 京都 宝塚記念 GI 17 6.9 (4人) 14着 塩村克己 57 芝2200m(稍) 02:12.0 (36.5) -1.8 ダンツシアトル
1996 3. 31 阪神 産経大阪杯 GII 12 22.4 (7人) 06着 塩村克己 59 芝2000m(稍) 02:01.4 (35.1) -0.3 タイキブリザード
5. 11 京都 京阪杯 GIII 16 12.8 (7人) 03着 塩村克己 59 芝2200m(良) 02:13.0 (34.0) -0.2 ダンスパートナー
  • タイム欄のRはレコード勝ちを示す。

血統表[編集]

ネーハイシーザー血統 (血統表の出典)[§ 1]
父系 ニジンスキー系

サクラトウコウ
1981 鹿毛
父の父
マルゼンスキー
1974 鹿毛
Nijinsky Northern Dancer
Flaming Page
*シル
Shill
Buckpasser
Quill
父の母
サクラセダン
1972 鹿毛
*セダン
Sedan
Prince Bio
Staffa
*スワンズウッドグローヴ
Swanswood Grove
Grey Sovereign
Fakhry

ネーハイテスコ
1980 黒鹿毛
*テスコボーイ
Tesco Boy
1963 黒鹿毛
Princely Gift Nasrullah
Blue Gem
Suncourt Hyperion
Inquisition
母の母
マリリン
1968 鹿毛
*パーソロン
Partholon
Milesian
Paleo
ライフレントゲン ハタカゼ
エスパレード
母系(F-No.) エスサーディー系(FN:6-a) [§ 2]
5代内の近親交配 Nasrullah 5×4 [§ 3]
出典
  1. ^ [5]
  2. ^ [6][5]
  3. ^ [5]

5代母ラツキーパレードの孫にウメノチカラがいる。

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ この年は中京競馬場が改修工事中で、京都競馬場・芝1800mで施行された。
  2. ^ この年は京都競馬場が改修工事中で、中京競馬場・芝1700mで施行された。
  3. ^ レコード決着となった宝塚記念で激走したのが原因と言われている。この宝塚記念では、ネーハイシーザー以外にもライスシャワーがレース中に故障で死亡、ダンツシアトルナリタタイシンはレース後に屈腱炎が再発して引退、エアダブリンがレース後に屈腱炎を発症して長期休養に追い込まれている。

出典[編集]

  1. ^ a b c ネーハイシーザー”. JBISサーチ. 日本軽種馬協会. 2022年3月20日閲覧。
  2. ^ a b 『優駿』1993年9月号、日本中央競馬会、146頁
  3. ^ ネーハイシーザー号が死亡”. JRAニュース. JRA 日本中央競馬会. 2018年2月26日閲覧。
  4. ^ 供用種牡馬一覧”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2016年10月3日閲覧。
  5. ^ a b c 血統情報:5代血統表|ネーハイシーザー”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2016年9月9日閲覧。
  6. ^ 『優駿』1993年9月号、日本中央競馬会、147頁

外部リンク[編集]