ジェイドロバリー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ジェイドロバリー
欧字表記 Jade Robbery
品種 サラブレッド
性別
毛色 黒鹿毛
生誕 1987年1月30日
死没 2004年5月15日
Mr.Prospector
Number
母の父 Nijinsky II
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
馬主 吉田善哉
調教師 アンドレ・ファーブル
競走成績
生涯成績 7戦2勝
獲得賞金 148万9450フラン
テンプレートを表示

ジェイドロバリーとはアメリカ合衆国生産、フランス調教の競走馬である。競走馬としてグラン・クリテリウム(フランスG1)を制し、その引退後日本の社台グループによって種牡馬として購入された。馬名の意味は「翡翠泥棒」。

経歴[編集]

父は世界的大種牡馬ミスタープロスペクター。母ナンバーはアメリカで重賞2勝を挙げ、その半兄にヌレイエフがおり、ほかの近親にもサドラーズウェルズフェアリーキングなどが名を連ねる。この血統背景から、1歳時に出品されたセールで80万ドルという高額で購買された。

1989年ドーヴィル競馬場の準重賞戦でデビューし2着。続く2戦目で初勝利を挙げた。初重賞挑戦のロンシャン競馬場で行われたロシェット賞では2着に敗れたが、続くグランクリテリウムで重賞初勝利とともにG1初勝利を挙げた。その後重賞を3戦して勝ち星を挙げることができず、ジャンプラ賞で5着に敗れたのを最後に3歳春で早々に引退した。

種牡馬成績[編集]

1994年に初年度産駒がデビューし、初年度からタイキシャーロックテセウスフリーゼなどダート重賞を中心に活躍馬を輩出した。産駒のダートでの強さは特筆すべきもので、1997年から1999年まではサンデーサイレンスブライアンズタイムといった種牡馬を抑え、3年連続でダートサイアーランキング[1]の1位を獲得している。

芝で活躍する産駒もおり、阪神3歳牝馬ステークスを制したヤマカツスズランを筆頭に複数の重賞勝ち馬がいる。産駒の勝ち上がり率も高く、リーディングサイアーランキングでも常に上位につけた[2]。2001年からはリースオーストラリアアラブ首長国連邦などでも種付けを行っていたが、2004年に疝痛のため17歳で死亡した。その後、2006年秋にイタリアの2歳G1競走グラングリテリウムアイルランド産の産駒カークレスが優勝している。

産駒の傾向[編集]

上記の通りダートコースとの相性は抜群といって差し支えないレベルといえる。その一方で芝でも良績を残しているものの、芝・ダート両方をこなす万能型の産駒は少ない。スピードとパワーに優れ、やや渋った馬場でも変わらず力を発揮できる上手が多い。距離適性は短距離からマイルがベストで、2000メートル以上のレースではスタミナ面でやや見劣りするところがある。

ミスタープロスペクター系といえば早熟傾向が強いというイメージがあるが、それに反してジェイドロバリー産駒には古馬になったあとも息の長い活躍をみせた馬も多い。

主な産駒[編集]

母の父としての主な産駒[編集]

血統表[編集]

ジェイドロバリー血統ミスタープロスペクター系/Native Dancer 3×5=15.63%、Nasrullah 4×5=9.38%、Nearco 5×5=6.25%) (血統表の出典)
父系

Mr. Prospector
1970 鹿毛
父の父
Raise a Native
1961 栗毛
Native Dancer Polynesian
Geisha
Raise You Case Ace
Lady Glory
父の母
Gold Digger
1962 鹿毛
Nashua Nasrullah
Segula
Sequence Count Fleet
Miss Dogwood

Number
1979 鹿毛
Nijinsky II
1967 鹿毛
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Flaming Page Bull Page
Flaring Top
母の母
Special
1969 鹿毛
Forli Aristophanes
Trevisa
Thong Nantallah
Rough Shod F-No.5-h
母系(F-No.)
5代内の近親交配
出典

近親には種牡馬として大成功したサドラーズウェルズフェアリーキングヌレイエフなどが名を連ねる世界的な良血馬である。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 日本中央競馬会の関連団体・軽種馬改良システムが統計を取っているもので、公式には発表されていない。
  2. ^ 最高4位(1997年、1999年)。

外部リンク[編集]