リスボン

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リスボン (Lisboa)
リスボンの風景
Flag
Symbol
正式名称: Concelho de Lisboa
名前の由来: Lisboa, ポルトガル語 フェニキア語から派生した「安全な港」を意味する Allis Ubbo ; ラテン語 オデュッセウスに因んだUlyssippo  ; ローマ人のテージョ川の名称 Olissipona
愛称: A Cidade das Sete Colinas (7つの丘の街), Rainha do Mar (海の女王)
ポルトガルの旗 ポルトガル
区域 リスボン地域英語版
小区域 大リスボン圏英語版
地区 リスボン県
自治体 リスボン
行政教区 53地区
テージョ川
所在地 リスボン
 - 標高 2m (7ft)
 - 座標 北緯38度42分50秒 西経9度8分22秒 / 北緯38.71389度 西経9.13944度 / 38.71389; -9.13944座標: 北緯38度42分50秒 西経9度8分22秒 / 北緯38.71389度 西経9.13944度 / 38.71389; -9.13944
最高地 227 m
 - 所在地 セラ=デ=モンサント, ベンフィカ地区, リスボン
 - 標高 199m (653ft)
 - 座標 北緯38度43分43秒 西経9度11分5秒 / 北緯38.72861度 西経9.18472度 / 38.72861; -9.18472
最低地 海面
 - 所在地 大西洋
面積 84.8 km² (33 sq mi)
 - 都市部 958 km² (370 sq mi)
 - 都市圏 2,957 km² (1,142 sq mi)
人口 547,631 (2011)
 - 都市部 3,051,000
 - 都市圏 3,035,000
人口密度 6,458 /km² (16,726 /sq mi)
集落の創建 fl. 719
 - 都市の創建 c. 1256
行政単位 Concelho/Câmara Municipal
 - 所在地 Praça do Município, Lisbon, Grande Lisboa
 - 座標 北緯38度42分29秒 西経9度8分18秒 / 北緯38.70806度 西経9.13833度 / 38.70806; -9.13833
市長 フェルナンド・メディーナ (PS)
市議会議長 エレーナ・ロゼータ (PS)
等時間 WET (UTC+0)
 - 夏時間(DST) WEST (UTC+1)
ISO 3166-2コード PT-
郵便区 1149-014 Lisboa
市外局番 +市内局番 (+351) 21 XXX-XXXX
住民の呼称 Lisboeta , Alfacinha
守護聖人 サラゴサのヴィセンテ
自治体住所 Praça do Município, 1
1149-014 Lisboa
ポルトガルにおけるリスボンの位置
ウィキメディア・コモンズ: Lisbon
ウェブサイト: http://www.cm-lisboa.pt/
リスボンのスカイライン

リスボンポルトガル語: Lisboa IPA: [ɫiʒˈboɐ] ( 音声ファイル)[1][liʒˈβoɐ] リジュボア[2]英語: Lisbon IPA: [ˈlɪzbən])は、ポルトガルの首都で同国最大の都市である。市域人口は54万7,631人を擁し[3]、市域面積は84.8平方キロメートル(33平方マイル)に過ぎないが、そのぶん高い人口密度を保持している。リスボンの都市的地域は行政区としての市域を越えて広がっており、人口は300万人を超え[4]、面積は958平方キロメートル(370平方マイル)[4]を占めており、欧州連合域内では11番目に大きな都市圏 (enを形成している。

概要

空から見たリスボン市街

約303万5,000人[5][6] の人々がリスボン都市圏英語版に暮らし、ポルトガルの全人口の約27パーセントを占めている。リスボンはヨーロッパの大都市ではもっとも西にある都市であると同時に、ヨーロッパの中でもっとも西側に位置する政府首都でもある。ヨーロッパ諸国の首都のなかで唯一の大西洋岸にあるリスボンは、イベリア半島の西側、テージョ川の河畔に位置している。

リスボンは金融や商業、出版、娯楽、芸術、貿易、教育、観光といったさまざまな分野で重要な都市であることから、世界都市とみなされている[7][8]ポルテラ空港は2012年に1,530万人の旅客を扱い、高速道路(Auto-estrada)や高速列車アルファ・ペンドゥラールによりポルトガルのほかの主要都市と結ばれている[9]南ヨーロッパではイスタンブールローマバルセロナマドリードアテネミラノに次いで7番目に多くの観光客が訪れる都市で、2009年には174万人の観光客が訪れた[10]。リスボンの総所得は世界の都市で32番目に高い位置を占めている[11] 。ポルトガルの多国籍企業の本社はほとんどがリスボン地域に置かれており、世界では9番目に多くの国際会議が開かれる都市でもある[12]

また、ポルトガルの政治の中心でポルトガル政府英語版の首府やポルトガルの大統領官邸が置かれているほか、リスボン地域英語版リスボン県の中心でもある。 世界的にも古い歴史がある都市の一つで、西ヨーロッパでは最古の都市であり、現代のヨーロッパのほかの首都であるロンドンやパリ、ローマなどよりも数百年さかのぼる。ガイウス・ユリウス・カエサルはフェリキタス・ユリア(Felicitas Julia)と呼ばれるムニキピウムを創建し、オリピソ(Olissipo)の名に加えた。5世紀から一連のゲルマン人部族により支配され、8世紀にはムーア人により攻略された。1147年、ポルトガル王国の建国者アフォンソ1世下のレコンキスタでのリスボン攻防戦で、ポルトガルはムーア人からリスボンを奪回する。以来、リスボンはポルトガルの主要な政治、経済、文化の中心となっている。ほとんどの首都と異なり、リスボンのポルトガルの首都としての地位は法令や書面の形式では公式に認められたり確認されたりしていない。首都としての地位は憲法制定会議を通じて事実上の首都としてポルトガルの憲法英語版に定められている。

リスボンには欧州薬物・薬物依存監視センター(EMCDDA)と欧州海上保安機関(EMSA)の2つの欧州連合の専門機関が置かれている。「ルゾフォニアの世界の首都」と呼ばれ、ポルトガル語諸国共同体の本部がペナフィエル伯宮殿英語版に置かれている。ベレンの塔ジェロニモス修道院の2つはUNESCO世界遺産に登録されている。さらに1994年、リスボンは欧州文化首都になり、1998年にはリスボン国際博覧会を開催、2020年に欧州グリーン首都に選ばれた。

地理

SPOTからのリスボン都市圏地域の正射図

地勢

リスボンはイベリア半島に位置している。市街は西南ヨーロッパの大西洋岸に位置するテージョ川河口の湾の北岸に位置している。川幅が広がっていったテージョ川は大西洋に注ぐ最後の数キロの河口部分は狭くなっていく。岸からはいくつかの丘が隆起しており、リスボンには高い丘や深い谷がある。リスボンの最高地点は226メートルで、市街は長い間テージョ川に沿って開けていた。20世紀以来、内陸部にも都市が開けている。リスボンの最西部にはモンサント森林公園英語版があり、10平方キロメートル(4平方マイル) を占めヨーロッパでは最大規模の都市公園で、市域面積の10パーセントを占めている。リスボンの市域面積は84.94平方キロメートル(33平方マイル)を占め、ほかの大都市とは異なり歴史的な中心の狭い範囲が市域として定められている[13] 。ほかの都市化されたリスボン都市圏地域英語版は一般的に大リスボン圏英語版ポルトガル語: Grande Lisboa)として知られ、実際にはいくつかの都市や自治体に定められており、アマドーラケルシュポルトガル語版アグアルヴァ=カセンポルトガル語版オディヴェーラシュポルトガル語版ローレシュポルトガル語版アルマーダバレイルセイシャルポルトガル語版オエイラシュポルトガル語版などがある。

気候

リスボンは亜熱帯 - 地中海性気候ケッペンの気候区分ではCsa)[14]に属し、穏やかで暖かな冬と暑い夏がある。年間の平均気温はおおむね日中が22.1℃で、夜間が14.1℃。冬の降雪はまれであるが、1993、1994、2006、2007年に観測された。最寒月は1月で気温の範囲はおおむね9 - 15℃。最暖月は8月で気温の範囲はおおむね19 - 29°C。夏は通常、5月から10月の6か月間続く。3月、4月、11月は季節の変わり目で、気温は時折20℃を上回り、これら3か月の日中の平均気温は19.5℃、夜間の平均気温は12.3℃。12月、1月、2月は一番寒い月で、日中の平均気温は15.8℃、夜間の平均気温は9.7℃。ヨーロッパの大都市や首都の中ではリスボンは一番温暖な冬である。降雨はおもに冬に見られ、夏は概して乾燥している。

リスボン(1991~2020)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C°F 23.1
(73.6)
25.4
(77.7)
29.4
(84.9)
38.7
(101.7)
35.1
(95.2)
41.5
(106.7)
40.6
(105.1)
43.3
(109.9)
38.4
(101.1)
35.3
(95.5)
27.8
(82)
23.2
(73.8)
43.3
(109.9)
平均最高気温 °C°F 15.2
(59.4)
16.5
(61.7)
19.2
(66.6)
20.8
(69.4)
23.8
(74.8)
26.7
(80.1)
28.7
(83.7)
29.4
(84.9)
27.1
(80.8)
23.2
(73.8)
18.5
(65.3)
15.6
(60.1)
22.1
(71.8)
日平均気温 °C°F 11.6
(52.9)
12.4
(54.3)
14.6
(58.3)
15.9
(60.6)
18.4
(65.1)
20.9
(69.6)
22.7
(72.9)
23.2
(73.8)
21.6
(70.9)
18.7
(65.7)
14.8
(58.6)
12.3
(54.1)
17.3
(63.1)
平均最低気温 °C°F 9.3
(48.7)
9.8
(49.6)
11.7
(53.1)
12.8
(55)
14.9
(58.8)
17.0
(62.6)
18.6
(65.5)
19.0
(66.2)
18.0
(64.4)
15.8
(60.4)
12.4
(54.3)
10.0
(50)
14.1
(57.4)
最低気温記録 °C°F 0.0
(32)
−0.9
(30.4)
0.3
(32.5)
4.3
(39.7)
6.4
(43.5)
9.5
(49.1)
12.1
(53.8)
11.2
(52.2)
10.3
(50.5)
6.7
(44.1)
2.9
(37.2)
0.0
(32)
−0.9
(30.4)
降水量 mm (inch) 102.7
(4.043)
73.7
(2.902)
70.2
(2.764)
62.6
(2.465)
53.4
(2.102)
12.4
(0.488)
2.1
(0.083)
5.1
(0.201)
34.4
(1.354)
108.3
(4.264)
122.1
(4.807)
105.6
(4.157)
752.6
(29.63)
出典:http://www.pogodaiklimat.ru/climate2.php?id=01317

地域

流行の地区となっているアルカンタラの埠頭

地元のリスボンの住民はより一般的にリスボンの場所を歴史的なバイロ (en(地区)で表している。これらの地域の範囲ははっきりとは定められておらず、共通の歴史文化やランドマークとして確認できる建築物、暮らしの水準や地元の雰囲気により表された独特の地区で、バイロ・アルト(Bairro Alto)やアルファマ(Alfama)、シアード(Chiado)などさまざまである。

行政教区

リスボンの行政教区 (ポルトガル語: freguesias)

リスボン市は行政教区であるフレギジーア英語版(freguesias)と呼ばれる53の下位の行政区画に2012年11月まで分けられていた。新しい法律("Lei n.º 56/2012") によりフレギジーア数は24に減っている。

  • Ajuda
  • Alcântara
  • Alto do Pina
  • Alvalade
  • Ameixoeira
  • Anjos
  • Beato
  • Benfica
  • Campo Grande
  • Campolide
  • Carnide
  • Castelo
  • Charneca
  • Coração de Jesus
  • Encarnação
  • Graça
  • Lapa
  • Lumiar
  • Madalena
  • Mártires
  • Marvila
  • Mercês
  • Nossa Senhora de Fátima
  • Pena
  • Penha de França
  • Prazeres
  • Sacramento
  • Santa Catarina
  • Santa Engrácia
  • Santa Isabel
  • Santa Justa
  • Santa Maria de Belém
  • Santa Maria dos Olivais
  • Santiago
  • Santo Condestável
  • Santo Estêvão
  • Santos-o-Velho
  • São Cristóvão e São Lourenço
  • São Domingos de Benfica
  • São Francisco Xavier
  • São João
  • São João de Brito
  • São João de Deus
  • São Jorge de Arroios
  • São José
  • São Mamede
  • São Miguel
  • São Nicolau
  • São Paulo
  • São Sebastião da Pedreira
  • São Vicente de Fora
  • Socorro

アルカンタラ

今日では完全に中心部になっているが、かつては単なるリスボンの郊外に過ぎず、ほとんどは農場や邸宅が占めていた。16世紀には小川があり、貴族たちが自分たちの小舟で遊覧していた。19世紀後半を通して、アルカンタラ地区は多くの小さな工場や倉庫が建ち並ぶ工業地区となった。100年を経て、この地域では多くの魅力的で古い建物は失われ、小川(村の女性たちが洗濯する場)もなくなった。

1990年代初期、アルカンタラは多くのパブやディスコにより若者を惹きつけるようになった。これはおもに、ほとんどが商工業用の建物からなる町の外縁の区域であることから、騒音を生み出すナイトライフと周囲の住宅地域との間の防壁としての役割を果たしていた。一方ではジェントリフィケーションが進み、いくつかの地区では再開発が行われ、街の中心に近く川の景色を望むことのできるロフト・アパートや新しいマンションの開発が集中している。

サン・ジョルジェ城
アラファマのポルタス・ド・ソルを走るトラム

アルファマ

リスボンでももっとも古い地区で、サン・ジョルジェ城からテージョ川にかけ南斜面に広がる。地区の名称はアラビア語Al-hammaに由来しており、泉や浴場を意味する。ウマイヤ朝によるヒスパニアの征服英語版の時期、アルファマは市内の大部分を占め西側のバイシャ地区に拡大した。だんだんとアルファマには漁師や貧しい人々が暮らすようになり、貧しい地区との評判は今日でも続いている。1755年リスボン地震のときには首都全体は大きな被害に見舞われたが、アルファマは複雑で密集した狭い路地と小さな広場により少ない被害で済んだ。被害から免れた歴史的な地区には、住宅や小さな店、ファドのバーやレストランなどさまざまな用途に建物が使われている。新しい建物も建てられてきたが、古い建物も別の目的に利用されたりリフォームされたりしており、現代化の傾向は地区を活気づけている。

バイロ・アルト

バイロ・アルト(Bairro Alto)はポルトガル語で「高い地区」を意味し、リスボンの中心地区の一つである。住宅や商業、娯楽の地区で、若者を惹きつけるポルトガルの首都のナイトライフの中心である。バイロはリスボンのパンクゲイヘヴィメタルゴスヒップホップレゲエなどそれぞれのシーンの拠点で、クラバやバーに専門性を与えている。ポルトガルの民族歌謡であるファドは新しいナイトライフでも残っており、バイロ・アルトに集まる群衆には文化や娯楽の多文化が混在している。

バイシャのアウグスタ通り英語版コメルシオ広場へ続いている。

バイシャ

バイシャ・ポンパリーナはリスボンのダウンタウンで街の中心で、単にバイシャと呼ばれることも多い。バイシャ・ポンパリーナは洗練された地区である。おもにリスボン地震のあとに造られ、その名称はジョゼ1世下で宰相でポルトガルの啓蒙時代に鍵となる人物であったポンバル侯爵セバスティアン・デ・カルヴァーリョの名から取られている。1755年の震災後、公爵はリスボンの再建に関して厳しい条件と建設指針を課し、震災前の地区を特徴づけていた本来の通りは現在の格子状の通りへと変わった。結果として、バイシャ・ポンパリーナは耐震建築の最初の一例となった。

建築のモデルは兵士たちを周辺で行進させ、地震に見立てて試験が行われた。注目されるポンパリーナ構造には「ポンパリーナ・ケージ」も含まれ、地震の力を分散することを目的とした対称的な木製の格子状の骨組みと、火災の広がりを防ぐためテラス間の壁が屋根材より高く造られた特徴が含まれる。

ベレン

ジェロニモス修道院はポルトガル中でも最も人が訪れる建物の1つ。

ベレン地区は多くの偉大なポルトガルの探検家が発見の旅に出た場所として有名である。特にヴァスコ・ダ・ガマは1497年にインドへ向けここから旅立ち、ペドロ・アルヴァレス・カブラルは1499年にブラジルへ向け旅立った。以前の王室の宮殿であった、17 - 18世紀を特徴づけるベレン宮殿があり、現在ではポルトガル大統領の官邸で、アジュダ宮殿は1802年に始まったが未完のままである。ベレン地区でもっとも有名で特徴となる塔はベレンの塔で、そのイメージはリスボンの観光局でずっと使われている。この塔は要塞化された灯台としてマヌエル1世(1515 - 1520)の統治期に建てられ、港の船の出入りを監視していた。この塔はテージョ川の右側の小さな島に建っていて、周囲は水辺である。ベレンのほかの有名な歴史的建築物にはジェロニモス修道院があり、ベレンの塔はこの建物の一部を守るためにも建てられている。ベレンでもっとも現代的な特徴を持つのは発見のモニュメントである。ベレンの中心はインペリオ広場(Praça do Império)で、大噴水を中心とした庭園は第二次世界大戦時に設計された。庭園の西側はベレン文化センター英語版である。ベレン地区はもっとも人が訪れるリスボンの地区の1つである。

ルイス・デ・カモンイス広場はシアード地区の活動の中心。

シアード

シアードは従来からのショッピングエリアで、昔からの店や現代の店が混ざりカモル通りやガレット通りに特に集中している。地元の人や観光客はシアードで本や服、陶器類を買ったりカフェを楽しんだりしている。シアードでもっとも有名なカフェにはカフェ・ア・ブラジレイラ英語版があり、常連客にはフェルナンド・ペソアもいた。いくつかの建物は1988年の火災により焼失し、これはポルトガル国民に深い衝撃を与えた。著名な建築家であるアルヴァロ・シザがコーディネートした10年を超える再建計画によって、影響を受けた地区は復興している。

エストレラ

バロック様式新古典主義建築エストレラ大聖堂はこの地区のメインとなる呼び物である。巨大な教会には大きなドームを擁し、リスボン西部の丘の上に建っており遠方からでもよく見ることができる。建築様式はマフラ国立宮殿に似ており、後期バロック様式と新古典主義建築である。ファサードは2つの鐘楼に聖人や寓意的な彫刻が含まれる。サン・ベント宮殿には共和国議会と首相公邸があり、この地区にある。

パルケ・ダス・ナソンイスの景観

パルケ・ダス・ナソンイス

パルケ・ダス・ナソンイス(Parque das Nações)はリスボンの新興地区で、リスボン国際博覧会からつながる都市再生計画でExpo'98としても知られる。この地区は大きく変化し、パルケ・ダス・ナソンイスには未来的な容貌を与えている。長い間変わらなかった地域は、リスボンの新しいショッピングエリアやハイエンドな住宅地に変貌した。地区の中心部にはオリエンテ駅があり、リスボンの主要な鉄道やバス、タクシー、地下鉄の交通の中枢になっている。ガラスやスチールの円柱はゴシック様式に触発されたもので、全体の構造は日差しや夜のイルミネーションにより視覚に魅力を与えている。駅のデザインはバレンシアの建築家サンティアゴ・カラトラバによる。通りはヴァスコ・ダ・ガマ・モールから博覧会の会場であった国際公園(Parque das Nações)へ続いている。地区には新しい建物につながるペデストリアンデッキやレストラン、庭園、リスボンカジノ、国際見本市会場(FIL)、カモンイス劇場、リスボン水族館がある。アトランティコ・パビリオンはリスボンの多目的アリーナになっており2万人が収容でき、コンサートやバスケットボールのトーナメント戦などに使用されている。

人口

人口動態
リスボンの
人口推移
人口±%
43 30,000—    
900 100,000+233.3%
1552 200,000+100.0%
1598 150,000−25.0%
1720 185,000+23.3%
1755 180,000−2.7%
1756 165,000−8.3%
1801 203,999+23.6%
1849 174,668−14.4%
1900 350,919+100.9%
1930 591,939+68.7%
1960 801,155+35.3%
1981 807,937+0.8%
1991 663,394−17.9%
2001 564,657−14.9%
2011 545,245−3.4%

リスボンの市域人口は2011年現在54万7,631人で、リスボン都市圏英語版の人口は国立統計機関(Instituto Nacional de Estatística)によれば280万人以上であった[6]。リスボン都市圏は2つのNUTS III(地域統計分類単位)が含まれ、大リスボン圏英語版はテージョ川の北岸に沿っており、セトゥーバル半島圏英語版は南岸に沿っている。この2つの地域を合わせてNUTS IIのリスボン地域英語版が構成されている。リスボン市域自体の人口密度は、1平方キロメートルあたり6,458人である。

都市圏

ほとんどの大都市のように、リスボンでも多くの衛星都市や郊外が周辺部に広がっており、およそ100万人以上の人々が毎日ビジネスや雇用によりそれぞれの場所からリスボンへやって来ている。カスカイスエストリルはナイトライフでもっとも活気がある近隣の町の一つである。シントラやマフラでは美しい邸宅や景色、歴史的な場所を見ることができる。ほかのリスボン周辺の主要な自治体には、アマドーラオエイラス英語版オディヴェーラス英語版オディヴェーラス英語版ロウレス英語版ヴィラ・フランカ・デ・シーラ英語版やテージョ川南岸の三角州アルマダバレイロセイシャル英語版がある。

歴史

リスボンはローマ時代から知られ、13世紀以来ポルトガルの首都となった。いわゆる大航海時代(15〜16世紀ごろ)に、香料貿易で急速に発展したことで著名な都市である。18世紀の1755年には大地震に見舞われ、甚大な被害を受けた。

施設

サン・カルルシュ国立劇場

文化施設

リスボンでは多くの博物館も訪れることができ、有名なものの中には国立古美術館国立アズレージョ博物館英語版グルベンキアン美術館英語版国立衣装・ファッション博物館英語版ベラルド現代近代美術館英語版ベレン文化センター英語版リスボン電力博物館英語版国立馬車博物館英語版国立東洋博物館英語版ピメンタ宮殿英語版などがある。

リスボンのオペラハウスであるサン・カルルシュ国立劇場は、おもに秋や冬に文化的な日程が組まれ活動している。ほかの主要な劇場や音楽堂にはベレン文化センター、マリア2世国立劇場カルースト・グルベンキアン財団、'Teatro Camõesがある。クリスト=レイ像はテージョ川南岸のアルマダに建てられているが、両手を広げ市街を見下ろす像はリオ・デ・ジャネイロにあるコルコバードのキリスト像に似ており、第二次世界大戦後にポルトガルが戦争の恐怖や破壊から免れたことの感謝を記念して建てられた。

エドゥアルド7世公園英語版はリスボン市内ではモンサント森林公園に次いで2番目に広く、下にはリベルダーデ通りが続いており、多くの花壇や緑地があり常設の熱帯植物園エストゥファフリア(ポルトガル語: Estufa Fria)がある。公園の元の名称は自由公園(Parque da Liberdade)で、1903年にリスボンを訪問したエドワード7世に敬意を示し改名された。

対外関係

姉妹都市・提携都市

姉妹都市

リスボンは以下の都市と姉妹都市の関係を結んでいる[15]

経済

ポルトガル貯蓄銀行英語版はリスボンを拠点とするポルトガル最大の銀行
欧州でも最大規模の港であるリスボン港

リスボン地域英語版はポルトガルの地域では一番富裕な地域で、欧州連合の平均GDPを上回っており、ポルトガルのGDPの45パーセントを生み出している。リスボンの経済はおもに第三次産業を基盤としている。ポルトガルで事業が行われている多国籍企業の本社のほとんどは大リスボン圏英語版に置かれ、特にオエイラス英語版は顕著である。リスボン都市圏英語版は工業化が進んだ地域で、特にテージョ川南岸は著しい。

欧州金融危機以前のリスボン地域の経済は急速な経済成長を示しており、GDP PPPは2万2,745ユーロ(2004)[19] – 2万3,816ユーロ(2005)[20] – 2万5,200ユーロ(2006)[21] – 2万6,100ユーロ(2007)[22]と推移していた。リスボン都市圏地域のGDPは2014年時点で963億ドルで、1人当たりでは3万2,434ドルである[23]

リスボンはヨーロッパ大陸においては、金融部門の成長や欧州の大西洋沿岸では1位や2位を占めるコンテナ港があることから主要な経済センターの一つである[24]

ユーロネクスト・リスボン証券取引所はアムステルダムやブリュッセル、パリなどの証券取引所とともに運営されているユーロネクストの一部である。リスボンの工業で石油は大きな部門を占め、テージョ川を流域では製油所や織物工場、製粉所、造船所、漁業などがみられる。

ソブリン危機のEU-IMF救済プラン前には2010年代の10年間に多くの国の公共投資を受けることが予想され、その中には新空港の建物や新しい橋、30キロメートルに及ぶ地下鉄の拡張、巨大な病院建設、マドリードポルトビーゴやほかの欧州地域とを結ぶ高速鉄道の接続、町の主要部分の再整備(Marquês de Pombalの交差路からテレイロ・ド・パソの間)、多くの自転車レーン、施設の近代化や改修が含まれていた[25]

交通

ウンベルト・デルガード空港
地下鉄路線
オリエンテ駅
近郊電車路線
オリエンテ駅周辺
トラム路線
ロシオ駅

リスボンの公共交通網は非常に広範囲に広がる。バス、ケーブルカー、路面電車の運営はCompanhia de Carris de Ferro de Lisboa(通称、Carris)により1世紀以上にわたって行われている。

空港

ウンベルト・デルガード空港は市域に位置している。同空港にはTAP ポルトガル航空が本社や拠点を置いており、イージージェットSATAインターナショナル英語版ユーロアトランティック航空英語版ポルトガリア航空ホワイト・エアウェイズハイフライ航空も拠点を置いている。新リスボン空港英語版の建設が提案されたが、ポルトガルやヨーロッパの経済危機、新空港の必要性に関する長い議論のため計画は保留されている。

鉄道

地下鉄

リスボンメトロは総延長45.5キロメートルに達し、リスボンの動脈として内陸部や東部の地区を結んでおり、現在では郊外部や空港にも通じている。路線の拡張計画では北部や西部の地区と結ぶ計画もある。

国鉄

ポルトガル鉄道が運行するリスボン近郊鉄道が、アザンブジャ線シントラ線カスカイス線サド線の4路線で運行されており、都心部と郊外を結んでいる。

私鉄

私鉄のフェルタグステージョ川に架かる4月25日橋を渡りセトゥーバルとの間の路線を運行している。リスボンの主要駅はポルトガルを南北に縦断する本線上にあるオリエンテ駅ローマ・アレエイロ駅エントレカンポス駅セッテ・リオス駅であり、その他カイス・ド・ソドレ駅サンタ・アポローニャ駅ロシオ駅などがある。

路面電車

リスボンの従来からの公共交通機関には路面電車があり、19世紀に導入された当初はアメリカから輸入されたものであった。まれにamericanosと呼ばれることもあった。初期のトラムは現在でもカリス博物館(公共交通博物館)で見ることができる。現代的な車両が走る15系統以外は、リスボンの市電は4つの車輪を使った20世紀初期にさかのぼる小さな車両が使われている。これらの特徴的な黄色の市電は観光客にとっては現代のリスボンの象徴の一つで、その大きさは急な坂や市街地中心の狭い通りに適している[26][27]。リスボンには近代的なライトレールの路線はないが、郊外部では新たな路線も計画されている。

バス

路線バス

リスボンからの路線バスはVimeca[28] 、Rodoviaria de Lisboa[29] 、Transportes Sul do Tejo[30]、 Boa Viagem[31] 、Barraqueiro[32]などの主要な運行事業者により行われ、 市内の異なったターミナルから運行されている。

道路

リスボンからは郊外部やポルトガル各地に向けて高速道路網が伸びている。周辺部には2ª 、CRIL、 CRELの3つの環状線が通る。

橋梁

リスボンは2つの重要な橋によりテージョ川を渡った地点と結ばれている。

テージョ川に架かる3つ目の橋の基礎はすでに敷設されているが、ポルトガルやヨーロッパ全体の経済危機のため全体の計画は延期されている。

港湾

フェリー

テージョ川を渡るほかの手段としてフェリーも使われている。フェリーの運営事業者であるTranstejo-Soflusa[33]はリスボンのそれぞれ異なった地点からカシーリャス英語版セイシャル英語版モンチジョ英語版ポルト・ブランダン英語版トラファリア英語版の間はTranstejoのブランドで、バレイロへはSoflusaのブランド名でそれぞれ運航している。

教育

リスボン新大学のメインキャンパスとレクトリー。

リスボン市内にはさまざまな私立や公立の小中学校や幼稚園があり、大リスボン圏地域には聖ジュリアン学校英語版リスボン・カールッチ・アメリカンインターナショナルスクール英語版聖ドミニク・インターナショナルスクール英語版リスボンドイツ学校英語版Instituto Español de LisboaLycée Français Charles Lepierreなどのインターナショナルスクールがある。

高等教育

リスボンには、3つの主要な公立大学がある。リスボン大学はリスボンでは一番古い大学で、1911年に設立され旧リスボン大学とも呼ばれる。リスボン工科大学英語版は1930年、新リスボン大学英語版は1973年に設立され、あらゆる学問分野の学位を提供している。国が運営するISCTEリスボン英語版ポリテクニック英語版リスボン工科大学英語版がある。私立の主要な大学にはポルトガルカトリック大学英語版ルジアダ大学英語版ルゾフォナ大学英語版リスボン自治大学英語版などがあり、ほかにもさまざまな大学や機関がある。

2007 - 2008年の学期年でリスボンの高等教育機関に在籍している学生数は12万5,867人で、うち8万1,507人は公立の機関であった[34]

文化

建築

リベルダーデ通りにある、第一次世界大戦モニュメント

リスボンではロマネスク建築ゴシック建築マヌエル様式バロックモダニズムポストモダンなど豊富な建築様式を市内中で見ることができる。市内では特に上町の地区で大通りに沿って歴史的な広い並木道やモニュメントが交わっており、リベルダーデ大通り(Avenida da Liberdade)やフォンテス・ペレイラ・デ・メロ通り(Avenida Fontes Pereira de Melo)、アルミランテ・レイス通り(Avenida Almirante Reis)、共和国通り(Avenida da República)などは目を引く。

歩道

ポルトガル式歩道Calçada Portuguesa、ポルトガル風舗装)は1800年代半ばにリスボンで生まれ、この技術はポルトガル語圏に広まった。市内ではもっとも広範囲に残る技法で、すべての歩道や多くの通りはこのスタイルで作られ維持されている。ポルトガルの都市では、リスボンはExpresso紙が毎年発行する生活条件の調査でもっとも住みやすい都市と見られている[35]

祭事

アトランティコ・パビリオンは、リスボンではポピュラーで最大の多目的アリーナ

6月13日はリスボンのアントニオポルトガル語: Santo António)の祝日である。リスボンのアントニオはパドヴァの聖アントニオとして知られ、裕福なポルトガルの貴族の子として生まれたが、のちに教会博士として貧しい人々に説教をし死後、列聖され聖人となった。皮肉にもサラゴサのヴィセンテはリスボンの守護聖人としてリスボン大聖堂に残されているが、この聖人に関連づけられた祭典はない。

リスボンでは毎年、リスボンゲイ・レズビアン映画祭英語版[36] が開催されているほか、ロック・イン・リオが5回(2004、2006、2008、2010、2012年)開催されている。ロック・イン・リオは世界でも最大規模のポップやロックの祭典である。リスボンでは、リスボンアーキテクチャトリエンナーレ[37]、ファッション・リスボン[38]ExperimentaDesign[39]LuzBoa[40]などが主催されている。

スポーツ

リスボンには長いスポーツの伝統がある。ギリシャ代表が優勝したUEFA EURO 2004の決勝戦や、2001年世界室内陸上競技選手権大会、1983年と1992年に開催された欧州フェンシング選手権英語版2003年世界男子ハンドボール選手権2008年欧州柔道選手権英語版などメジャーな競技大会が開催されている。2006年から2008年にかけて、リスボンはダカール・ラリーのスタート地点でもあった。

リスボンにはUEFAスタジアムカテゴリー4に対応したスタジアムが2か所あり、エスタディオ・ダ・ルスは収容人数が6万5,000人であり、エスタディオ・ジョゼ・アルヴァラーデは5万人の収容可能がである。他にもエスタディオ・ド・レステロ英語版があり、収容人数は3万人を超える。エスタディオ・ナシオナルオエイラス英語版の近くにあり、3万7,000人を収容でき、サッカーポルトガル代表の国際試合や、カップ戦の決勝に限って大きなスタジアムが市内に建設されるまで使われていた。

また、1967年ヨーロピアンカップ決勝戦英語版も開催されている。リスボンにはゴルフや陸上、マウンテンバイクなどさまざまなスポーツ施設がある。毎年3月にはリスボンハーフマラソン英語版が開催され、9月にはポルトガルハーフマラソン英語版が開催される。

サッカー

SLベンフィカの本拠地エスタディオ・ダ・ルスは、ポルトガル最大のスタジアムである

リスボンには、リーガ・ポルトガルに所属するサッカークラブの3チームがホームタウンとしている。中でも、SLベンフィカは37度のリーグ優勝を成し遂げており、これに加えてUEFAチャンピオンズカップを2度制覇している。2019年にはインターナショナル・チャンピオンズ・カップ(ICC)で、ポルトガルのクラブとして初優勝を果たした。

リスボンで2番目に成功しているクラブはスポルティングCPであり、19回のリーグ優勝とUEFAカップウィナーズカップを1回獲得している。3つ目のクラブはベレン地区をホームとするCFベレネンセスで、リーグ優勝は1945-46シーズンの1度だけである。メジャータイトルの獲得も、1988-89シーズンのタッサ・デ・ポルトガル優勝まで遡らなければならず、完全なる古豪クラブである。

著名な出身者

リスボン市内にある、フェルナンド・ペソアのブロンズ像

ギャラリー

リスボンのパノラマ

脚注

  1. ^ Wells, John C.. “Portuguese”. 2012年6月17日閲覧。
  2. ^ 日本で広く用いられるリスボン(Lisbon)は英語由来の呼び名で、ポルトガル語ではリジュボア(Lisboa)となる
  3. ^ Censos 2011 – Resultados Preliminares
  4. ^ a b Demographia: World Urban Areas, March 2010
  5. ^ United Nations Department of Economic and Social Affairs, World Urbanization Prospects (2009 revision), (United Nations, 2010), Table A.12. Data for 2007.
  6. ^ a b ITDS, Rui Campos, Pedro Senos (2009年6月30日). “Statistics Portugal”. Ine.pt. 2009年7月8日閲覧。
  7. ^ The World According to GaWC 2010”. Globalization and World Cities Study Group and Network, Loughborough University. 2009年3月3日閲覧。
  8. ^ Inventory of World Cities”. Globalization and World Cities (GaWC) Study Group and Network. 2007年12月1日閲覧。
  9. ^ Alta Velocidade em Síntese”. Rave.pt. 2010年11月21日閲覧。
  10. ^ Bremner, Caroline (2011年1月10日). “Euromonitor International's Top City Destination Ranking”. Euromonitor International. 10 January 2011閲覧。
  11. ^ "Ranking: The richest cities in the world" – City Mayors.com
  12. ^ "Lisboa é 9ª cidade que mais recebe congressos internacionais" – Agência LUSA
  13. ^ IGP, ed. (2011) (Portuguese), Carta Administrativa Oficial de Portugal, Lisbon, Portugal: Instituto Geográfico Português 
  14. ^ World Map of Köppen−Geiger Climate Classification” (英語). 2019年1月3日閲覧。
  15. ^ Cm-lisboa.pt - Município - Relações Internacionais
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  17. ^ International Relations – São Paulo City Hall – Official Sister Cities”. Prefeitura.sp.gov.br. 2010年11月21日閲覧。
  18. ^ Intercity and International Cooperation of the City of Zagreb”. 2006–2009 City of Zagreb. 2009年6月23日閲覧。
  19. ^ GDP per inhabitant in 2004”. Eurostat. 2009年3月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年11月17日閲覧。
  20. ^ GDP per inhabitant in 2005”. Eurostat. 2012年11月17日閲覧。
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  22. ^ GDP per inhabitant in 2007”. Eurostat. 2014年11月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年11月17日閲覧。
  23. ^ Global Metro Monitor” (英語). Brookings Institution (2015年1月22日). 2019年1月3日閲覧。
  24. ^ "Avance del Plan Territorial Sectorial de la Red Intermodal y Logística del Transporte de la Comunidad Autónoma del País Vasco" – Eusko Jaurlaritza – Gobierno Vasco
  25. ^ "Pequeno Resumo Histórico de Lisboa" – Câmara Municipal de Lisboa
  26. ^ Information from Carris, Lisbon transportation company.
  27. ^ アーカイブされたコピー”. 2011年5月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年3月10日閲覧。 Details of Lisbon's trams, from Luso Pages
  28. ^ vimeca”. Vimeca.pt. 2009年7月8日閲覧。
  29. ^ Bem vindo ao site da Rodoviária de Lisboa”. Rodoviariadelisboa.pt. 2009年7月8日閲覧。
  30. ^ TST – Transportes Sul do Tejo”. Tsuldotejo.pt. 2009年7月8日閲覧。
  31. ^ Boa Viagem”. Boa-viagem.pt. 2009年7月8日閲覧。
  32. ^ Barraqueiro Transportes”. Barraqueirotransportes.pt. 2009年7月8日閲覧。
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  34. ^ Statistics on enrollment from GPEARI/Ministry of Science, Technology and Higher Education (MCES) (Excel spreadsheet, 2007/08 school year)”. Estatistics.gpeari.mctes.pt. 2009年6月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年11月17日閲覧。
  35. ^ Classificação Expresso das melhores cidades portuguesas para viver em 2007, Expresso
  36. ^ Official web-site.”. Lisbon Gay and Lesbian Film Festival. 2006年11月6日閲覧。
  37. ^ Trienal de Arquitectura de Lisboa”. trienaldelisboa.com. 2009年7月8日閲覧。
  38. ^ ModaLisboa – LisboaFashionWeek – Semana oficial da moda portuguesa”. Modalisboa.pt. 2009年7月8日閲覧。
  39. ^ Experimentadesign”. Experimentadesign.pt. 2009年7月8日閲覧。
  40. ^ Luzboa 2008”. Luzboa.com. 2009年7月8日閲覧。

外部リンク

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