セトゥーバル
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| 所属する県 | セトゥーバル県 |
| 面積 | 171.9 km² |
| 人口 | 120,117人 |
| 人口密度 | 699人/km² |
| 所属する教区数 | 8 |
| 自治体首長 | {{{presidente}}} |
| 住民呼称 | {{{gentílico}}} |
| 都市の休日 | 9月15日 |
セトゥーバル(ポルトガル語でSetúbal)は、セトゥーバル県の県都であり、リスボン都市圏の最南端に位置するポルトガル第4の都市である。ポルトガル第9位の人口を誇る。
1860年9月15日に、ペドロ5世に、セトゥーバルは公的に都市であると認められたことから、この日を都市の休日としている。
目次 |
概要 [編集]
セトゥーバルは、サド川の北岸に位置し、リスボンから約40km南に位置する。
20世紀初頭、セトゥーバルは、ポルトガルの漁業、特にイワシ漁の中心地に発展した。また、ポルトガルを代表する工業都市でもあり、やや衰退気味ではあるが造船業や自動車工業も盛んである[1]。また、重工業に代わり、手付かずの自然が残されているアラビダ自然公園やイルカのコロニーが点在するサド川、セトゥーバルに所属しないが、サド川の南岸に松林と砂浜が拡がる風光明媚な土地であるトロイア半島への観光拠点へと成長している。
また、モシュカテルという名前のワインの産地としても有名である。
歴史と文化遺産 [編集]
セトゥーバルに残る歴史的建造物は、15世紀から16世紀にかけて建設されたイエスの教会_(セトゥーバル)(en:Monastery of Jesus of Setúbal)がまず、挙げられる。ポルトガルの後期ゴシック建築を代表する建築物の1つであり、ジェロニモス修道院の建築にも従事したディエゴ・ボイタックも建設に当たっている。
en:Igreja de São Julião (Setúbal)
セトゥーバルにおいて重要な教会であるサン・ジュリアン教会もまた、セトゥーバルを代表する建築物である。正確な建立時期は明らかではないが、16世紀には現在の姿になっていたとされている。
セトゥーバルには、スペイン、ポルトガル、イギリスの抗争の歴史のあとも残されている。その代表例が市街地から西に約1.5km離れたところにあるサン・フィリペ城である。1590年に建設されたこの城は、ポルトガルを併合したスペイン国王フィリペ2世によって建設された。この城の目的は、イギリス軍からの攻撃を守るために建設された。城内の礼拝堂には、サン・フィリペの生涯を描いた18世紀のアズレージョが残る。
自然 [編集]
1976年に指定されたアラビダ自然公園は、ダルマチア周辺のアドリア海のような景観を残している自然公園である。面積は、108平方km。
人物 [編集]
セトゥーバルは多くの文化人を輩出しているが、特に有名なのが、ポルトガルを代表する詩人マヌエル・マリア・バルボサ・ド・ボカージェ(en:Manuel Maria Barbosa du Bocage)とオペラ歌手のルイサ・トディ(en:Luísa Todi)である。
また、レアル・マドリードを指揮するジョゼ・モウリーニョも輩出した。
スポーツ [編集]
ヴィトリア・セトゥーバルはセトゥーバルを本拠地とする総合スポーツクラブ。サッカー部門はスーペル・リーガに所属している。
脚注 [編集]
- ^ 『地球の歩き方 A23 ポルトガル 2006-2007』p.133、ダイヤモンド社