河津掛け

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河津掛河津掛け(かわづがけ)とは、相撲決まり手柔道投技のひとつである。 旧称蛙掛け(かわずがけ)。

相撲での河津掛け[編集]

相手が外掛け切り返しで攻めてきたところを逆に相手の内股に脚を掛け、腕を相手の首に巻いて自分の後方に倒す。

大相撲では、あまり見ることの無い、珍しい決まり手の一つだが、関脇陸奥嵐1975年7月場所11日目、対大関魁傑[1])や、大関貴ノ浪が得意としていた技だった。

最近では、2012年3月場所5日目で、前頭16枚目隆の山が同14枚目に勝った一番がある。

十両の取組でもあまり見かけない技であり、2014年3月場所2日目に9枚目蒼国来が10枚目青狼に対して決めたのが、3年ぶりの十両における河津掛けの記録だった。

特に貴ノ浪の場合、大相撲注目の大一番で2度もこの決まり手で勝利している。1度目は1994年1月場所、当時関脇だった貴ノ浪が、まだ一度も勝てていなかった横綱に対し、土俵際で奇襲の河津掛けを打つと曙が思わず横転、初めて曙に勝利した。この場所貴ノ浪は13勝2敗の好成績をおさめ、場所後大関昇進を果たした。2度目は1996年1月場所千秋楽、同じ二子山部屋の横綱貴乃花との優勝決定戦で、貴乃花の外掛けを土俵ギリギリに詰まりながらも左脚一本で残し、捨て身の右河津掛けによって貴乃花に勝利、貴ノ浪自身初めての幕内優勝を果たした。

柔道での河津掛[編集]

柔道での河津掛は投技の横捨身技に分類されるが、試合では講道館ルール、国際柔道連盟ルール共に禁止技である(禁止されたのは1955年5月。速く強く掛けると掛けられた方は膝を負傷することが多いため)。

なお、柔道の正式な技名は送り仮名を送らないことになっているので、河津掛と表記する。

試合で見られる例としては大内刈内股など相手の股下に脚を差し入れる技を掛けた時に脚が絡んでしまい、そのまま後に倒れ込むケースである。

河津掛は即座に反則負けとなる重大な反則であるので、これらの技を掛ける時には脚が絡んで河津掛の形にならないよう注意しなければならない。

サンボ、レスリングでの河津掛け[編集]

柔道では、禁じ手となり、技としての進化が止まってしまったが、柔道を源流とするサンボにおいては、独自の進化を遂げた。

サンボの河津掛は大内刈のように脚を絡めたあと、相手と向き合う形に踏み込み、反るように投げる。

この進化した河津掛の技術はフリースタイルレスリングでも応用されている。

プロレスでの河津掛け[編集]

プロレスでは相撲出身の力道山ルー・テーズバックドロップを河津掛で防いだことからプロレス技としても用いられるようになった[要出典]。後にジャイアント馬場によって河津掛を掛けながら相手もろとも後ろに倒れ込む河津落とし(かわづおとし)と呼ばれる技が編み出され、日本人レスラー以外にも使用者がいる。

名称の由来[編集]

書籍『大相撲大事典』によると名称は脚の形状からカエル(かわず)に由来し、かつては「蛙掛け」(かわずがけ)と呼ばれていた。「河津」の表記にかわったのは、『曽我物語』にある河津祐泰俣野景久が相撲を取った話で、俣野が河津祐泰に今でいう河津掛けを繰り出したが、江戸時代の草子において「かわずがけ」という名称に掛けた洒落によって、逆に河津祐泰が俣野に掛けている絵が流行り、それが由来ではないかと推測できるが、よくわからないとしている。

一方、書籍『日本擬人名辞典』は『曽我物語』で河津祐泰俣野景久に繰り出したことに由来するという[2]

参考文献[編集]

和良コウイチ『ロシアとサンボ -国家権力に魅入られた格闘技秘史』(2010年6月、晋遊舎)ISBN-10 4863911343 ISBN-13 978-4863911345

脚注[編集]

  1. ^ Mutsuarashi vs. Kaiketsu : Nagoya 1975 (陸奥嵐 対 魁傑) Youtube
  2. ^ 宮武外骨編『日本擬人名辞典』附録4頁(成光館、1930)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]