日本のモノレール

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本項では日本のモノレール(にほんのモノレール)について詳述する。

概要[編集]

日本においてモノレール鉄道に分類され、法令上、鉄道事業法に基づく「鉄道(懸垂式鉄道/跨座式鉄道)」と軌道法に基づく「軌道(懸垂式モノレール/跨座式モノレール)」が存在する。ただし、これは建設時期により適用された法令が異なるためでありシステム上特段の差はない。初期に開通した路線(湘南モノレールまで)は鉄道事業法(旧地方鉄道法)が適用された。北九州モノレール以降に開通した路線は、いわゆる都市モノレールとして道路整備と一体化して建設された事から、「路面電車の高架化」という解釈により軌道法が適用されている。ただし、特定施設内の移動手段の性格が強いディズニーリゾートラインについては鉄道事業法が適用されている。

2009年現在では、モノレールには新交通システムのような鉄道と軌道の混在路線はない。

日本のモノレール路線[編集]

鉄道事業法および軌道法に基づく日本のモノレール営業路線は下記の通りである。

事業者名 所在地 方式 路線名 名称 路線延長 開業年 事業
種別
備考
東京モノレール 東京都 跨座式:アルヴェーグ式 羽田空港線 東京モノレール 17.8 km 1964年 鉄道 快速運転あり
東京都交通局 東京都 懸垂式:上野式 上野懸垂線 上野動物園モノレール 0.3 km 1957年 鉄道 施設内路線
2019年休止
多摩都市モノレール 東京都 跨座式:日本跨座式 多摩都市モノレール線 多摩モノレール 16.0 km 1998年 軌道
千葉都市モノレール 千葉県 懸垂式:サフェージュ式 1号線 千葉モノレール 3.2 km 1995年 軌道
2号線 12.0 km 1988年 軌道
舞浜リゾートライン 千葉県 跨座式:日本跨座式 ディズニーリゾートライン ディズニーリゾートライン 5.0 km 2001年 鉄道 施設内路線
湘南モノレール 神奈川県 懸垂式:サフェージュ式 江の島線 湘南モノレール 6.6 km 1970年 鉄道
小田急電鉄 神奈川県 跨座式:ロッキード式 向ヶ丘遊園モノレール線 向ヶ丘遊園モノレール 1.1 km 1966年 鉄道 2000年休止、2001年廃止
よみうりランド 東京都
神奈川県
跨座式:アルヴェーグ式 よみうりランドモノレール よみうりランドモノレール 2.9 km[1] 1964年 鉄道 施設内路線
1978年廃止
ドリーム開発
(ドリーム交通)
神奈川県 跨座式:東芝式 ドリームランド線
(モノレール大船線)
ドリームランドモノレール 5.3 km 1966年 鉄道 1967年休止、2003年廃止
名古屋鉄道 愛知県 跨座式:アルウェーグ式 モンキーパークモノレール線 犬山モノレール 1.2 km 1962年 鉄道 2008年廃止
名古屋市交通局協力会 愛知県 懸垂式:サフェージュ式 東山公園モノレール 東山公園モノレール 0.5 km 1964年 鉄道 施設内路線
1974年休止・廃止
大阪モノレール 大阪府 跨座式:日本跨座式 大阪モノレール線(本線) 大阪モノレール 21.2 km 1990年 軌道
国際文化公園都市モノレール線(彩都線) 6.8 km 1998年 軌道
日本万国博覧会協会 大阪府 跨座式:日本跨座式 万国博モノレール 万国博モノレール 4.3 km 1970年 鉄道 施設内路線
1970年廃止
大阪万博会期内のみ
姫路市交通局 兵庫県 跨座式:ロッキード式 姫路市営モノレール 姫路市営モノレール 1.6 km 1966年 鉄道 1974年休止、1979年廃止
スカイレールサービス 広島県 懸垂式:ロープ駆動懸垂式 広島短距離交通瀬野線 スカイレール 1.3 km 1998年 軌道
北九州高速鉄道 福岡県 跨座式:日本跨座式 小倉線 北九州モノレール または
小倉モノレール
8.8 km 1985年 軌道
沖縄都市モノレール 沖縄県 跨座式:日本跨座式 沖縄都市モノレール線 ゆいレール 17.0 km 2003年 軌道

歴史[編集]

ドイツヴッパータールヴッパータール空中鉄道に刺激され、日本でもいくつかのモノレールの建設案があった。しかし、ほとんどは実現しなかった。大阪で行われていた交通電気博覧会で1928年に運用された懸垂式のモノレールが、日本で最初のモノレールである。

また、一時期は軌道と接触する箇所が少なければ高速運転ができると考えられたため、東京 - 大阪間に新幹線の代わりに高速モノレールを敷こう、などという発案も現れた。だが、実際には高速運転時の安定性を考えると技術的に不可能という事で、立ち消えになった。

戦前[編集]

却下された会社のうち複数に関わった人物がおり、内藤義雄[2]は高架単軌道、東京単軌鉄道、京阪神単軌高架鉄道、羽田航空電鉄に、有吉喜兵衛[3]は江ノ島懸垂電車、上野懸垂電車、豊島懸垂電車に、それぞれ名前が見られる。

大阪交通電気博覧会内の「空中飛行電車」(大阪府)
1928年の10月から12月にかけて[4]天王寺公園および旧住友邸(のちの慶沢園)で開催された「大礼奉祝交通電気博覧会」[5]において懸垂飛行鉄道合資会社により「空中飛行電車」の名称で短期間試験運行されたものが、日本での最初のモノレールである。モノレールは3つの展示拠点を結ぶ交通システム[6]として計画されたものだったが、初めての工事ゆえ遅々として進捗せず、さらに監督官庁の折衝も難航したため10月1日の博覧会初日に間に合わず、開業したのは閉会間際の11月28日であった。乗車賃は入場料よりも高かったが連日満員だったという。座席は14、車両機器の詳細は特許出願中のため知らされなかった[7][8]
江ノ島電気鉄道(神奈川県)
片瀬江ノ島を結ぶモノレール。江ノ島電気鉄道[注 1]が1928年7月3日付けで免許を取得していたが、沿線の反対や資金調達の問題から、実現しなかった[9][10]
  • 1927年3月28日および8月30日 江ノ島電気鉄道が鉄道省に鉄道敷設申請[10]
  • 1928年7月3日 江ノ島電気鉄道[11]に対し鉄道免許状下付(鎌倉郡川口村片瀬-同郡同村江島間 懸垂)[12]。延長、0.89km(44鎖)[9]
  • 1928年9月 ドイツより実地調査を終えた技師が帰国[9]
  • 1928年11月2日 鉄道敷設権の江ノ島懸垂電気鉄道への譲渡を鉄道省が許可[注 2]
  • 1928年11月7日 起業目論見変更を鉄道省が認可。起点を片瀬停留場(現・江ノ島駅)に変更。延長、1.09km(54鎖)[9]
  • 1928年11月30日 江ノ島懸垂電気鉄道から日本懸垂電気鉄道に名称変更[13][14]
  • 1929年4月10日 起業目論見変更を鉄道省が認可。終点を稚児ヶ淵に変更。延長、1.41km(70鎖)[9]
  • 1929年6月28日 日本懸垂電気鉄道を空中電気鉄道[注 3]に名称変更[15]
  • 1929年 増田淳・稲葉健三がランゲン式モノレールの資料をもとにワーレントラス鉄橋「片瀬 - 江ノ島空中電車橋」を設計[16][17]
  • 1935年6月28日 空中電気鉄道が会社解散決議[9]
  • 1935年9月12日 鉄道起業廃止を鉄道省が許可[18]
高架単軌道(東京都)
上野公園で行われた大正博覧会向けに建設が計画されたもの。区間は上野公園 - 浅草六区間。1913年7月9日に申請されるも、日照権などの反対で1914年9月14日に取り下げられた[19]。発起人総代の内藤義雄は東京単軌鉄道、京阪神単軌高架鉄道、羽田航空電鉄にも関与している。
東京単軌鉄道(東京都)
当時の深川区相川町(現・江東区永代)から隅田川沿いに押上鐘ヶ淵経由で北千住までを結ぶ路線で、1923年3月26日に申請していたが、河川沿いには荷降ろしが多く、邪魔になること、乗降の危険がある事で1924年6月30日に却下される。発起人総代の内藤義雄は京阪神単軌高架鉄道、羽田航空電鉄にも関与している[20]
江ノ島懸垂電車(神奈川県)
前述の江ノ島電気鉄道とは別物。片瀬東浜と江ノ島を結ぶ路線で、1927年3月16日に申請していたが、江ノ島電気鉄道との兼ね合いで、1928年7月3日に却下された。発起人の有吉喜兵衛は上野懸垂電車、豊島懸垂電車にも関与している[21]
小樽高架電気軌道(北海道)
1927年11月21日小樽市内の4路線を申請していたが、路面電車の計画や街の美観の問題から、1929年3月26日に却下された[22]
上野懸垂電車(東京都)
1928年11月2日上野動物園の間で計画し、5年の短期路線として申請していた(モノレールの宣伝用と思われる)が、美観上の問題、事業体の経営能力の問題から、1929年5月17日に却下された。発起人有吉喜兵衛、半澤玉城は豊島懸垂電車にも関与している[23]
日本飛行鉄道(東京都・神奈川県)
1929年3月27日に、新宿淀橋)から高井戸稲田大和座間寒川を経由して平塚まで結ぶ路線を申請していたが、大部分が小田急電鉄小田原線と重複するため、1929年6月29日に却下された。発起人に元東京市電気局長の長尾半平がいた[24]
日本懸垂電気鉄道(大阪府)
1929年3月28日に、梅田から住吉公園のあたりまでを結ぶ路線を申請していたが、地下鉄3号線や水上交通の邪魔になるという理由で、1931年4月11日に却下された。前述の江ノ島電気鉄道(神奈川県)(江ノ島懸垂電車→日本懸垂電気鉄道→空中電気鉄道)と同一会社[25]
京阪神単軌高架鉄道(京都府・大阪府・兵庫県)
1929年5月10日に、大阪市東淀川区から京都市の七条大橋までと、神戸市までを結ぶ路線を申請していたが、既存の路線と重複する事が多い事や経済不況の状況から、1931年10月28日に却下された。発起人の伯爵有馬頼寧、内藤義雄は羽田航空電鉄にも関与している[26]
豊島懸垂電車(東京都)
1929年5月15日豊島園への輸送目的で懸垂式電車を新宿と豊島園の間の路線を申請していたが、一部が河川(妙正寺川)上にある路線のため、治水の問題、それに豊島園以外の利用に対する利便性が少ないため、1931年4月7日に却下された。発起人有吉喜兵衛、半澤玉城は上野懸垂電車にも関与している[27]
新宿と豊島園との鉄道路線については、申請68年後の1997年(平成9年)12月19日都営地下鉄大江戸線練馬 - 新宿間が開業して実現された。
日本遊覧飛行鉄道(静岡県)
1931年3月6日熱海対島村(現・伊東市南部)間の路線を申請していた(懸垂式レイルプレーン[28])が、建設中の国鉄伊東線や既設の定期旅客自動車との競合や不況での資金調達難を理由に、同年12月24日に却下された[29]
羽田航空電鉄(東京都)
1931年3月20日蒲田羽田の間の路線を申請していたが、京浜急行電鉄穴守線(現・空港線)との競合を理由に、同年10月20日に却下された。発起人のトップに伯爵有馬頼寧の名がみられる。総代の内藤義雄は高架単軌道、東京単軌鉄道、京阪神単軌高架鉄道にも関与している[30]

戦後[編集]

1950年代から1960年代にかけて、鉄道車両メーカーをはじめとした民間企業により様々な方式のモノレールの開発が盛んにおこなわれた。これは、モノレールが軌道系交通機関に代わる「次世代の交通機関[31]」として期待されていたためである。その後、各企業が開発した各方式の実用実験的な役割を兼ねた短距離路線が各地に登場した[31]。しかしながら、需要に限りがあることや、開発元企業の撤退[注 4]などを背景として、遊園地動物園などの行楽施設の施設内路線や、専ら行楽施設へのアクセスのみが目的の短距離路線は、そのほとんどが休止または廃止に追い込まれている。また、中長距離のモノレール路線の構想[32]も存在したが、結果的に実現には至っていない。

1972年都市モノレールの整備の促進に関する法律(都市モノレール法)が施行されると、1974年には「都市モノレール建設のための道路整備事業に対する補助制度」(インフラ補助制度)が整備され、これ以降、都市モノレールの補助を受けた路線が各地で開業している。先述の通り、道路の一部としてモノレールを整備するものであることから、都市モノレールの補助適用路線は路面電車と同様の軌道法に基づく軌道路線となっている。

日本のモノレールの経営状況[編集]

全国のモノレールの黒字額及び赤字額を示すと、以下の様になる。▲は赤字を示す(リゾートラインとスカイレールは除く)。

名称 事業者名 会計年度 純損益 利益剰余金 出典
千葉モノレール 千葉都市モノレール 2016年度 約5億8958万円 約62億4885万円 [39]
上野動物園モノレール 東京都交通局 2014年度 約1,000万円 約1億6200万円 [40]
東京モノレール 東京モノレール 2016年度 約8億6400万円 約168億8400万円 [41]
多摩モノレール 多摩都市モノレール 2019年度 約1億7100万円 約81億700万円 [42]
湘南モノレール 湘南モノレール 2012年度 約7,335万円 ▲約2億2,514万円 [43]
大阪モノレール 大阪モノレール 2019年度 約16億6559万円 約94億5384万円 [44][45]
北九州モノレール 北九州高速鉄道 2019年度 ▲約1960万円 約3億9127万円 [46]
ゆいレール 沖縄都市モノレール 2019年度 約2億1631万円 ▲約125億1064万円 [47]

日本のモノレール路線申請[編集]

鉄道事業法および軌道法に基づく日本の主なモノレール営業路線申請は下記の通りである。

事業者名 区間 路線延長 事業種別 申請時期 結果 結果時期 方式 備考
高架単軌道[19] 上野公園 - 浅草公園第六区 1.75 軌道 1913年7月9日 取下げ 1914年9月14日 懸垂式:ランゲン式 -
東京単軌鉄道[20] 深川区相川町八番地河岸 - 北千住 14.3 鉄道 1923年3月26日 却下 1924年6月30日 懸垂式:ランゲン式 -
江ノ島懸垂電車[21] 片瀬東浜 - 江ノ島 0.65 鉄道 1927年3月16日 却下 1928年7月3日 懸垂式 懸垂電車協会のIビーム式。
江ノ島電気鉄道[9][10] 片瀬 - 江ノ島 0.89 鉄道 1927年3月28日→
1927年8月30日再申請
免許 1928年7月3日 懸垂式:ランゲン式 複線。未開業のまま1935年9月12日廃止。
小樽高架電気軌道[22] 錦町 - 色内町
色内町 - 稲穂町
色内町循環
奥澤町 - 長橋町
1.5
0.4
5.5
5.1
軌道 1927年11月21日 却下 1929年3月26日 懸垂式:ランゲン式 複線。
上野懸垂電車[23] 上野停留所 -上野動物園 0.85 鉄道 1928年11月2日 却下 1929年5月17日 懸垂式 懸垂電車協会のIビーム式。
日本飛行鉄道[24] 淀橋町 - 平塚町 56.3 鉄道 1929年3月27日 却下 1929年6月29日 懸垂式 -
日本懸垂電気鉄道[25] 北区梅田町 - 住吉区浜口町 11.5 鉄道 1929年3月28日 却下 1931年4月11日 懸垂式 複線。
京阪神単軌高架鉄道[26] 大阪市東淀川区今里町 - 京都市下京区七条大橋西詰
大阪市東淀川区今里町 - 神戸市天王橋
48.3
40.2
鉄道 1929年5月10日 却下 1931年10月28日 懸垂式:ランゲン式 複線。
豊島懸垂電車[27] 淀橋町角筈(新宿駅西側) - 下練間村北宮ヶ谷戸(豊島園) 8.9 鉄道 1929年5月15日 却下 1931年4月7日 懸垂式 懸垂電車協会のIビーム式。
日本遊覧飛行鉄道[29] 熱海町 - 対馬村梅ノ木平 24.9 鉄道 1931年3月6日 却下 1931年12月24日 懸垂式:レールプレーン -
羽田航空電鉄[30] 蒲田町(蒲田駅) - 羽田町 5.0 鉄道 1931年3月20日 却下 1931年10月20日 懸垂式:ランゲン式 -
東京都交通局[48][49] 動物園内(上野公園内) 0.3 鉄道 不明 免許 1957年6月22日 懸垂式:上野式 上野懸垂線。単線。2019年11月1日休止。
大山登山鉄道[50][51] 大山新玉橋 - 大山雲井橋(伊勢原市) 約2 鉄道 1956年8月22日 取下げ 1961年3月15日 懸垂式 -
大和観光[52][53][54] 羽田空港 - 新橋 14.2 鉄道 1959年10月19日 取下げ 1961年1月14日 懸垂式 「日本高架電鉄」に改称後、懸垂式の申請を取下げ、アルヴェーグ式で再申請。
北海道不動産[55][56][51][57] 相生町 - 霧降滝(日光市) 4.0 鉄道 1960年4月15日 取下げ 1962年5月25日 跨座式:ロッキード式 単線。
名古屋鉄道[58][56][49] 犬山遊園 - 動物園前 1.4 鉄道 1960年12月1日 免許 1961年6月3日 跨座式:アルヴェーグ式 モンキーパークモノレール線。単線。2008年12月28日廃止。
大阪南地興業[56] 大黒橋 - 日本橋 約1 鉄道 1961年3月以前 不明 1961年8月以前 不明 -
広島モノレール観光[56][59][49][57] 比治山公園(環状線) 1.5 鉄道 1961年3月以前 不明 1967年4月以降 跨座式:アルヴェーグ式 単線。
日本高架電鉄[60][56][49][57][54] 羽田空港 - 新橋 14.2 鉄道 1961年1月14日 免許 1961年12月26日 跨座式:アルヴェーグ式 東京モノレール羽田空港線。複線。浜松町 - 新橋間は未開業のまま1966年1月31日廃止。
名古屋鉄道[59][49][57] 長良橋 - 養老滝
宇佐 - 羽島
32.1
11.1
鉄道 1961年3月 不明 1967年4月以降 跨座式:アルヴェーグ式 複線19km、単線24.2km。
日本モノレール電鉄[61][51] 大手町 - 三鷹 22.1 鉄道 1961年3月14日 取下げ 1961年8月8日 跨座式 -
日本電波塔[62][51][59][49][57] 浜松町 - 東京タワー 1.2 鉄道 1961年4月1日 取下げ 1968年10月16日 跨座式:アルヴェーグ式 単線。
全日本モノレール電鉄[59][49][57][63] 清滝 - 嵐山(京都市) 4.8 鉄道 1961年9月以前 不明 1967年頃 懸垂式 単線。
日本モノレール[59][49] シャボテン公園 - 富戸(伊東市) 4.5 鉄道 1962年11月以前 不明 1967年頃 懸垂式 -
全日本モノレール電鉄[59][49][63] 東銀座 - 晴海 3.8 鉄道 1962年11月以前 不明 1967年頃 懸垂式 複線。
日本エアウェイ開発[64][51][59][49][57] 大手町 - 三鷹市 22.1 鉄道 1961年8月16日 取下げ 1967年1月30日 懸垂式:サフェージュ式 複線。
日本エアウェイ開発[65][51][59][49] 大手町 - 五井町(市原市) 49.6 鉄道 1961年11月 取下げ 1967年1月30日 懸垂式:サフェージュ式 -
日本エアウェイ開発[66][51][59][49] 蒲田 - 山下公園(横浜市) 23.4 鉄道 1962年6月以前 取下げ 1967年1月30日 懸垂式:サフェージュ式 -
日本高架電鉄[67][59][49] 蒲田 - 羽田空港 4.1 鉄道 1962年3月20日 取下げ 1968年8月27日 跨座式:アルヴェーグ式 -
東邦観光開発[68][49] 田原 - 和田浜(熱海市) 2.0 鉄道 1962年4月17日 却下 1963年12月21日 跨座式:東芝式 -
熱海モノレール[69][59][49][70] 熱海駅前 - ロープウェイ前 2.07 鉄道 1962年5月7日 免許 1963年12月21日 跨座式:アルヴェーグ式 未開業のまま1989年2月解散。
日本エアウェイ開発[71][51][59][49] 大森 - 長島町(江戸川区) 51.4 鉄道 1962年6月 取下げ 1967年1月30日 懸垂式:サフェージュ式 -
日本高架電鉄[72][59][49] 横浜 - 羽田空港 17.4 鉄道 1962年9月17日 取下げ 1968年8月27日 跨座式:アルヴェーグ式 -
関東レース倶楽部[73][49] ゴルフ場 - 西生田(音楽堂前) 1.8 鉄道 1961年3月以降 免許 1962年10月19日 跨座式:アルヴェーグ式 よみうりランドモノレール。単線。1978年12月1日廃止。
湘南モノレール[74][59][49] 江ノ島 - 片瀬 0.77 鉄道 1962年10月以前 取下げ 不明 懸垂式:サフェージュ式 -
姫路市交通局[75][59] 姫路駅 - 手柄山南 1.96 鉄道 1963年1月17日 免許 1964年11月4日 跨座式:ロッキード式 姫路市営モノレール。単線。1974年4月11日休止。1979年1月26日廃止。
日本モノレール[59] 片瀬海岸 - 江ノ島 約1 鉄道 1963年12月以前 不明 1967年頃 不明 -
名古屋市交通局協力会[76] 動物園 - 植物園(東山公園内) 0.49 鉄道 1962年11月以降 免許 1963年5月8日 懸垂式:サフェージュ式 東山公園モノレール。単線。1974年6月1日休止。1974年12月18日廃止。
成田山モノレール観光[77][59] 成田 - 成田山門前 1.0 鉄道 1963年12月以前 却下 1965年1月 跨座式:アルヴェーグ式 -
日本ドリーム観光[78][79][59] 大船 - ドリームランド、六合 - ドリームランド→
大船 - ドリームランド
8.7→
5.3
鉄道 1963年9月以前→
1964年再申請
免許 1964年7月28日 跨座式:東芝式 ドリームランドモノレール。単線。1967年9月27日休止。2003年9月18日廃止。
関東レース倶楽部[80][59] 読売ランド - 音楽堂前 1.1 鉄道 1962年11月以降 免許 1964年6月29日 跨座式:アルヴェーグ式 よみうりランドモノレール延伸・環状化。単線。1978年12月1日廃止。
成田観光開発[81][82][59] 新成田 - 新勝寺 2.4 鉄道 1964年7月以前 免許 1965年1月26日 跨座式:ロッキード式 未開業のまま1969年2月解散。
浜松モノレール[83] 浜松 - 池川 約2.5 鉄道 不明 取下げ 1965年12月以前 不明 -
京葉モノレール[31] 西船橋 - 蘇我 約22 鉄道 1964年頃 不明 不明 不明 -
鳴沢村山梨県[84][85] 境野 - 鳴沢氷穴 6.2 鉄道 1964年9月頃 取下げ 1968年10月以前 跨座式 仮称「富士五湖台観光モノレール」。
湘南モノレール[86] 大船 - 片瀬東浜 7.45 鉄道 1964年9月11日 免許 1965年10月29日 懸垂式:サフェージュ式 湘南モノレール江の島線。単線。湘南江の島 - 江の島海岸間は未開業のまま1986年2月25日廃止。
日本単軌鉄道[31] 新白浜 - 白浜温泉 約5 鉄道 1965年頃 不明 不明 不明 -
小田急電鉄[87] 向ヶ丘遊園駅前 - 向ヶ丘遊園正門 1.1 鉄道 1965年頃 免許 1965年4月30日 跨座式:ロッキード式 小田急向ヶ丘遊園モノレール線。単線。2000年2月13日休止。2001年2月1日廃止。
日本モノレール[31] 横浜 - 新横浜 約7 鉄道 1965年頃 不明 1967年頃 不明 -
日本万国博覧会協会[88] 万国博覧会会場内(環状線) 4.3 鉄道 1968年4月5日 免許 1968年6月27日 跨座式:日本跨座式 万国博モノレール。単線。1970年9月13日休止。1970年9月15日廃止。
国際空港電鉄[89][90][91][92][93] 西船橋 - 新東京国際空港 50.8 鉄道 1970年2月14日 不明 不明 不明 複線。
大井モノレール[70] 大井町 - 大井埠頭 2.4 鉄道 1972年7月25日 取下げ 1982年1月25日 跨座式 -
北九州高速鉄道[94] 小倉(平和通) - 志井車庫前(企救丘) 8.4 軌道 1976年2月 特許 1976年12月6日 跨座式:日本跨座式 北九州モノレール小倉線。複線。
千葉都市モノレール 千葉 - 千城台、中央港 - 都町→
千葉 - 千城台、中央港 - 県庁前
17.5→
15.5
軌道 1978年11月24日→
1980年10月29日再申請
特許 1981年3月5日 懸垂式:サフェージュ式 千葉都市モノレール1号線千葉都市モノレール2号線。複線。
大阪高速鉄道 大阪国際空港 - 南茨木 13.3 軌道 1981年3月26日 特許 1982年3月31日 跨座式:日本跨座式 大阪モノレール本線。複線。
沖縄都市モノレール 高良 - 首里汀良町→
那覇空港 - 汀良(首里)
10.9→
12.9
軌道 1982年9月27日→
1995年9月12日再申請
特許 1996年3月22日 跨座式:日本跨座式 沖縄都市モノレール線。複線。
東京モノレール 羽田整備場 - 新東ターミナル 6.0 鉄道 不明 免許 1985年7月24日 跨座式:アルヴェーグ式 東京モノレール羽田空港線延伸。複線。
多摩都市モノレール 多摩センター - 上北台 16.0 軌道 1987年5月20日 特許 1987年12月26日 跨座式:日本跨座式 多摩都市モノレール線。複線。
大阪高速鉄道 南茨木 - 門真市 7.9 軌道 不明 特許 1990年7月3日 跨座式:日本跨座式 大阪モノレール本線延伸。複線。
大阪高速鉄道 万博記念公園 - 大阪大学病院前 2.6 軌道 不明 特許 1993年1月27日 跨座式:日本跨座式 大阪モノレール彩都線。複線。
北九州高速鉄道 小倉 - 平和通 0.4 軌道 不明 特許 1994年6月27日 跨座式:日本跨座式 北九州モノレール小倉線延伸。複線。
大阪高速鉄道 大阪大学病院前 - 東センター 6.5 軌道 不明 特許 1995年9月26日 跨座式:日本跨座式 大阪モノレール彩都線延伸。複線。彩都西 - 東センターは未開業のまま2019年3月19日廃止。
スカイレールサービス SR瀬野(みどり口) - SRセンター(みどり中央) 1.3 軌道 1995年12月22日 特許 1996年7月29日 懸垂式:ロープ駆動懸垂式 広島短距離交通瀬野線。複線。
舞浜リゾートライン 舞浜一番地(環状線) 5.0 鉄道 不明 免許 1997年6月27日 跨座式:日本跨座式 ディズニーリゾートライン。単線。
千葉都市モノレール 県庁前 - 中央博物館・市立病院前 3.6 軌道 1998年 特許 2000年2月4日 懸垂式:サフェージュ式 千葉都市モノレール1号線延伸計画。仮称「末広ルート」。複線。未開業のまま2008年8月7日廃止。
沖縄都市モノレール[95] 首里 - 浦西 4.1 軌道 2011年8月30日 特許 2012年1月26日 跨座式:日本跨座式 沖縄都市モノレール線延伸。複線。
大阪高速鉄道[96] 門真市 - 瓜生堂 8.9 軌道 2018年7月11日 特許 2019年3月19日 跨座式:日本跨座式 大阪モノレール本線延伸。複線。建設中。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 現在の江ノ島電鉄線は当時東京電燈が経営していたが若尾幾太郎が1926年江ノ島電気鉄道を設立し1927年東京電燈の取締役となり1928年に鉄道線を東京電燈より譲り受けている。
  2. ^ 発起人和田喜次郎は元江ノ島電気鉄道取締役「鉄道敷設権譲渡」『官報』1928年11月8日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  3. ^ 社長の辰澤延次郎は元江ノ島電気鉄道取締役『地方鉄道及軌道一覧 : 昭和10年4月1日現在』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  4. ^ ロッキード式、東芝式など。

出典[編集]

  1. ^ a b 佐藤信之 『モノレールと新交通システム』グランプリ出版、2004年、37頁。ISBN 9784876872664 
  2. ^ 職業無職、信用度不詳(身元調査書「京阪神単軌高架鉄道大阪市東淀川区今里町―京都市下京区七条大橋西詰、大阪市東淀川区…」12頁、発起人身元調「羽田航空電鉄蒲田町羽田町間敷設願却下ノ件」10頁)
  3. ^ 資産180円、信用度相当信用アルモノト認ム(「有吉喜兵衛出願江島懸垂電車却下ノ件」14頁)、職業印刷及活字鋳造並会社役員、資産31000円内外、信用稍薄(「上野懸垂電車鉄道敷設願却下ノ件」6頁)、職業東京ホテル会社重役、資産住宅地家屋ナシ神奈川県ニ時価2万5千円ノ土地動産15万円、信用度相当アリ(豊島懸垂電車淀橋町下練馬村間鉄道敷設願却下ノ件9頁)
  4. ^ 本来は11月30日が閉会のところ博覧会が好評につき会期が12月2日まで延期となった。「逓信省告示第2733号」『官報』1928年12月3日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  5. ^ 交通電気博覧会事務局(編)『交通電気博ポスター選集』(日本広告学会、1928年)pp.2-3「ポスター図案懸賞募集規定」(国立国会図書館デジタルコレクション)
  6. ^ 『交通電気博ポスター選集』 pp.38-39「余興及特種施設」(国立国会図書館デジタルコレクション)
  7. ^ 山本光次 編『交通電気博覧会誌 : 大礼奉祝』大礼奉祝交通電気博覧会残務事務所、1929年、303-304、390-391頁
  8. ^ 写真が掲載「大阪市電気博覧の空中電車動く」『大阪朝日新聞』1928年11月29日夕刊(聞蔵)
  9. ^ a b c d e f g 「起業廃止及会社解散決議ノ件」『第一門・監督・二、地方鉄道・イ、免許・空中電気鉄道(元江ノ島、日本懸垂電気鉄道)・起業廃止・昭和三年~昭和十年』(国立公文書館デジタルアーカイブで画像閲覧可)
  10. ^ a b c 「起業廃止及会社解散決議ノ件ニ対シ免許状其ノ他返納ノ件」『第一門・監督・二、地方鉄道・イ、免許・空中電気鉄道(元江ノ島、日本懸垂電気鉄道)・起業廃止・昭和三年~昭和十年』(国立公文書館デジタルアーカイブで画像閲覧可)
  11. ^ 『日本全国諸会社役員録. 第36回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  12. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1928年7月5日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  13. ^ No.3「商号並事務所々在地変更届ノ件」『第一門・監督・二、地方鉄道・イ、免許・空中電気鉄道(元江ノ島、日本懸垂電気鉄道)・起業廃止・昭和三年~昭和十年』(国立公文書館デジタルアーカイブで画像閲覧可)
  14. ^ 「我国最初の懸垂鉄道」1929年6月30日中外商業新報(神戸大学附属図書館新聞記事文庫)
  15. ^ 『鉄道統計資料. 昭和4年 第3編 監督』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  16. ^ 福井次郎「橋梁設計技術者・増田淳の足跡 (PDF) 」『土木史研究 論文集』Vol.23、2004年、165 - 175頁
  17. ^ 福井次郎「忘れられた橋梁技術者・稲葉健三 (PDF) 」『土木史研究 講演集』Vol.36、2016年、161 - 172頁
  18. ^ 「鉄道起業廃止」『官報』1935年9月16日(国立国会図書館デジタルコレクション)
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  20. ^ a b 「東京単軌鉄道敷設願返付ノ件」『第十門・地方鉄道及軌道・六、敷設請願却下・巻一・大正四年~大正十三年』(国立公文書館デジタルアーカイブで画像閲覧可)
  21. ^ a b 「有吉喜兵衛出願江島懸垂電車却下ノ件」41-64頁図面あり『 第十門・地方鉄道及軌道・六、敷設請願却下・巻四十二・昭和三年』(国立公文書館デジタルアーカイブで画像閲覧可)
  22. ^ a b 「小樽高架電気軌道敷設願却下ノ件」『 第十門・地方鉄道及軌道・六、敷設請願却下・巻五十一・昭和四年』(国立公文書館デジタルアーカイブで画像閲覧可)
  23. ^ a b 「上野懸垂電車鉄道敷設願却下ノ件」24-41頁図面あり『 第十門・地方鉄道及軌道・六、敷設請願却下・巻五十三・昭和四年』(国立公文書館デジタルアーカイブで画像閲覧可)
  24. ^ a b 「日本飛行鉄道敷設願却下ノ件」35-39頁図面あり『 第十門・地方鉄道及軌道・六、敷設請願却下・巻五十八・昭和四年』(国立公文書館デジタルアーカイブで画像閲覧可)
  25. ^ a b 「日本懸垂電気鉄道梅田町浜口町間鉄道敷設願却下ノ件」『第一門・監督・九、却下・イ、地方鉄道・巻二・昭和六年』(国立公文書館デジタルアーカイブで画像閲覧可)
  26. ^ a b 「京阪神単軌高架鉄道大阪市東淀川区今里町ー京都市下京区七条大橋西詰、大阪市東淀川区今里町―神戸市天王橋附近間鉄道敷設願却下ノ件」『第一門・監督・九、却下・イ、地方鉄道・巻十一・昭和六年』(国立公文書館デジタルアーカイブで画像閲覧可)
  27. ^ a b 「豊島懸垂電車淀橋町下練馬村間鉄道敷設願却下ノ件」『第一門・監督・九、却下・イ、地方鉄道・巻二・昭和六年』車両図面あり26-33頁、国立公文書館デジタルアーカイブで画像閲覧可)
  28. ^ 図面があり車体は流線型で前後にプロペラを装備「日本遊覧飛行鉄道熱海町伊東町対島町間敷設願却下ノ件」40-46頁
  29. ^ a b 「日本遊覧飛行鉄道熱海町伊東町対島町間敷設願却下ノ件」『第一門・監督・九、却下・イ、地方鉄道・巻十六・昭和六年』(国立公文書館デジタルアーカイブで画像閲覧可)
  30. ^ a b 「羽田航空電鉄蒲田町羽田町間敷設願却下ノ件」『 第一門・監督・九、却下・イ、地方鉄道・巻九・昭和六年』(国立公文書館デジタルアーカイブで画像閲覧可)
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  88. ^ 「(財)日本万国博覧会協会申請の地方鉄道業免許について」運輸省鉄道局、1968年6月27日
  89. ^ 「二月の十四日でございますが、新空港まで参りますモノレールの申請が東京陸運局に出てまいりました。したがいまして、それにつきましての陸運局の検討結果を待ちまして、運輸省といたしましても慎重に検討いたしたいと考えております。」運輸省鉄道監督局長 町田直の発言、第63回国会 衆議院運輸委員会第4号、1970年2月25日
  90. ^ 「モノレールでございますが、これは西船橋から空港を結ぶ五十キロばかりの線でございますが、現在申請がございまして、そしてこれは東京陸運局においていま調査中でございます。」運輸政務次官 山村新治郎 (11代目)の発言、第63回国会 衆議院地方行政委員会第8号、1970年3月19日
  91. ^ 「モノレールの建設申請 西船橋 - 空港結ぶ 48年4月に開通 空港電鉄 知事に協力求める」サンケイ新聞、1970年2月26日朝刊千葉版
  92. ^ 「モノレール申請」読売新聞、1970年2月26日朝刊、15頁
  93. ^ 「運輸と経済」1970年7月号、交通経済研究所、90頁
  94. ^ 「北九州高速鉄道(株)申請の小倉線小倉・志井車庫前間軌道業の特許について」運輸省鉄道監督局民営鉄道部監理課、1976年12月6日
  95. ^ 「沖縄都市モノレール株式会社に係る軌道運輸事業の特許について」国土交通省鉄道局都市鉄道課、2012年1月25日
  96. ^ 「大阪高速鉄道株式会社申請の軌道事業の特許について」国土交通省鉄道局都市鉄道政策課および近畿運輸局鉄道部監理課、2019年3月18日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]