内閣総理大臣の一覧

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内閣総理大臣の一覧(ないかくそうりだいじんのいちらん)は、日本行政府の長である内閣総理大臣を務めた人物の一覧である。

日本の歴代内閣の一覧については、「日本国歴代内閣」を参照。

内閣総理大臣の一覧[編集]

所属政党

      無所属       憲政党立憲同志会       立憲政友会       憲政会       立憲民政党       大政翼賛会       日本進歩党       日本民主党日本自由党(1945年 - 1948年)民主自由党自由党(1950年 - 1955年)

      自由民主党       日本社会党       日本新党       新生党       民主党(1947年 - 1950年)民主党(1998年 - 2016年)

内閣総理大臣官邸が公表している内閣総理大臣一覧表に基づく[1]

内閣総理大臣 内閣 在任期間 備考 出典
在任日数 在任期間 通算期間

明治時代 (1868年 - 1912年)[編集]

001 イトヒ伊藤博文いとう ひろぶみ 伊藤博文 第1次伊藤内閣 1885年12月22日- 1888年4月30日 861日 861日
002 クロタ黑田清隆くろだ きよたか 黒田清隆 黑田内閣 1888年4月30日- 1889年10月25日 544日 544日
[4]
0 サンシ三條實美さんじょう さねとみ 三條実美 三條暫定内閣 1889年10月25日- 1889年12月24日 (60日)
[5]
003 ヤマカ山縣有朋やまがた ありとも 山縣有朋 第1次山縣内閣 1889年12月24日- 1891年5月6日 499日 499日
[6]
004 マツカ松方正義まつかた まさよし 松方正義 第1次松方内閣 1891年5月6日- 1892年8月8日 461日 461日
[7]
005 イトヒ伊藤博文いとう ひろぶみ 伊藤博文 第2次伊藤内閣 1892年8月8日- 1896年8月31日 1,485日 2,346日
[8]
0 クロタ黑田清隆くろだ きよたか 黒田清隆 第2次伊藤内閣 (1896年8月31日- 1896年9月18日) (18日) 544日
006 マツカ松方正義まつかた まさよし 松方正義 第2次松方内閣 1896年9月18日- 1898年1月12日 0482日 0943日
[7]
007 イトヒ伊藤博文いとう ひろぶみ 伊藤博文 第3次伊藤内閣 1898年1月12日- 1898年6月30日 170日 2,516日
  • 藩閥政権
  • 長州藩
  • 衆議院解散(第5回
  • 新党結成に関する元老間の不一致により辞任
[8]
008 オオク大隈重信おおくま しげのぶ 大隈重信 第1次大隈内閣 1898年6月30日- 1898年11月8日 132日 132日
[9]
009 ヤマカ山縣有朋やまがた ありとも 山縣有朋 第2次山縣内閣 1898年11月8日- 1900年10月19日 711日 1,210日
[6]
010 イトヒ伊藤博文いとう ひろぶみ 伊藤博文 第4次伊藤内閣 1900年10月19日- 1901年5月10日 204日 2,720日
[8]
0 サイオ西園寺公望さいおんじ きんもち 西園寺公望 第4次伊藤内閣 1901年5月10日- 1901年6月2日 (23日) 内閣総理大臣臨時兼任(枢密院議長)[注 4]

桂園時代の始まり

011 カツラ桂太郎かつら たろう 桂太郎 第1次桂内閣 1901年6月2日- 1906年1月7日 1,681日 1,681日
012 サイオ西園寺公望さいおんじ きんもち 西園寺公望 第1次西園寺内閣 1906年1月7日- 1908年7月14日 920日 920日
[12]
013 カツラ桂太郎かつら たろう 桂太郎 第2次桂内閣 1908年7月14日- 1911年8月30日 1,143日 2,824日
[11]
014 サイオ西園寺公望さいおんじ きんもち 西園寺公望 第2次西園寺内閣 1911年8月30日- 1912年12月21日 480日 1,400日
[12]

大正時代 (1912年 - 1926年)[編集]

015 カツラ桂太郎かつら たろう 桂太郎 第3次桂内閣 1912年12月21日- 1913年2月20日 62日 2,886日
[11]
016 ヤマモ山本權兵衞やまもと ごんべえ 山本権兵衛 第1次山本内閣 1913年2月20日- 1914年4月16日 421日 421日
[13]
017 オオク大隈重信おおくま しげのぶ 大隈重信 第2次大隈内閣 1914年4月16日- 1916年10月9日 908日 1,040日
[9]
018 テラウ寺内正毅てらうち まさたけ 寺内正毅 寺内内閣 1916年10月9日- 1918年9月29日 721日 721日 [14]
019 ハラタ原敬はら たかし 原敬 原内閣 1918年9月29日- 1921年11月4日 1,133日 1,133日
  • 立憲政友会総裁
  • 衆議院議員選挙法改正で選挙権資格引き下げ[15]
  • 在任中に暗殺
[15]
0 ウチタ内田康哉うちだ こうさい 内田康哉 原内閣 1921年11月4日- 1921年11月13日 (9日)
020 タカハ高橋是清たかはし これきよ 高橋是清 高橋内閣 1921年11月13日- 1922年6月12日 212日 212日
  • 立憲政友会総裁
  • 閣内不一致により辞任
[16]
021 カトト加藤友三郎かとう ともさぶろう 加藤友三郎 加藤内閣 1922年6月12日- 1923年8月24日 439日 439日
  • 立憲政友会が閣外協力
  • シベリア撤兵
  • 山梨軍縮
  • 在任中に病死
[17]
0 ウチタ内田康哉うちだ こうさい 内田康哉 加藤内閣 1923年8月24日- 1923年9月2日 (9日) 加藤の死去に伴う臨時兼任(外務大臣)
022 ヤマモ山本權兵衞やまもと ごんべえ 山本権兵衛 第2次山本内閣 1923年9月2日- 1924年1月7日 128日 549日
[13]
023 キヨウ清浦奎吾きようら けいご 清浦奎吾 清浦内閣 1924年1月7日- 1924年6月11日 157日 157日
[18]
024 カトタ加藤高明かとう たかあき 加藤高明 加藤内閣 1924年6月11日- 1926年1月28日 597日 597日
[19]
0 ワカツ若槻禮次郎わかつき れいじろう 若槻禮次郎 加藤内閣 1926年1月28日- 1926年1月30日 (2日) 加藤の死去に伴う臨時兼任(内務大臣
025 第1次若槻内閣 1926年1月30日- 1927年4月20日 446日 446日
[20]

昭和時代 (1926年 - 1989年)[編集]

026 タナキ田中義一たなか ぎいち 田中義一 田中内閣 1927年4月20日- 1929年7月2日 805日 805日
[21]
027 ハマク濱口雄幸はまぐち おさち 濱口雄幸 濱口内閣 1929年7月2日- 1931年4月14日 652日 652日
[22]
028 ワカツ若槻禮次郎わかつき れいじろう 若槻禮次郎 第2次若槻内閣 1931年4月14日- 1931年12月13日 244日 690日
[20]
029 イヌカ犬養毅いぬかい つよし 犬養毅 犬養内閣 1931年12月13日- 1932年5月16日[注 5] 156日 156日
[23]
0 タカハ高橋是清たかはし これきよ 高橋是清 犬養内閣 1932年5月16日- 1932年5月26日 (10日) 犬養の死去に伴う臨時兼任(大蔵大臣
030 サイト齋藤實さいとう まこと 齋藤実 齋藤内閣 1932年5月26日- 1934年7月8日 774日 774日 [24]
031 オカタ岡田啓介おかだ けいすけ 岡田啓介 岡田内閣 1934年7月8日- 1936年3月9日 611日 611日
  • 挙国一致内閣(後に立憲政友会が離脱)
  • 重臣会議の推挙による初の首相
  • 二・二六事件により辞任
  • 消息不明により内務大臣後藤文夫が臨時代理
    (1936年2月26日 - 2月29日)
[25]
032 ヒロタ廣田弘毅ひろた こうき 廣田弘毅 廣田内閣 1936年3月9日- 1937年2月2日 331日 331日
[26]
033 ハヤシ林銑十郎はやし せんじゅうろう 林銑十郎 林内閣 1937年2月2日- 1937年6月4日 123日 123日
[27]
034 コノエ近衞文麿このえ ふみまろ 近衞文麿 第1次近衞内閣 1937年6月4日- 1939年1月5日 581日 581日
[28]
035 ヒラヌ平沼騏一郎ひらぬま きいちろう 平沼騏一郎 平沼内閣 1939年1月5日- 1939年8月30日 238日 238日
[29]
036 アヘノ阿部信行あべ のぶゆき 阿部信行 阿部内閣 1939年8月30日- 1940年1月16日 140日 140日
  • 挙国一致内閣[注 6]
  • 米価引上の混乱により辞任
[30]
037 ヨナイ米内光政よない みつまさ 米内光政 米内内閣 1940年1月16日- 1940年7月22日 189日 189日
  • 挙国一致内閣
  • 陸軍との対立により辞任[注 7]
[31]
038 コノエ近衞文麿このえ ふみまろ 近衞文麿 第2次近衞内閣 1940年7月22日- 1941年7月18日 362日 943日
[28]
039 第3次近衞内閣 1941年7月18日- 1941年10月18日 93日 1,035日
040 トウシ東條英機とうじょう ひでき 東條英機 東條内閣 1941年10月18日- 1944年7月22日 1,009日 1,009日
041 コイソ小磯國昭こいそ くにあき 小磯國昭 小磯内閣 1944年7月22日- 1945年4月7日 260日 260日
  • 挙国一致内閣
  • 大政翼賛会総裁
  • 閣内不一致のため辞任[注 10]
[33]
042 ススカ鈴木貫太郎すずき かんたろう 鈴木貫太郎 鈴木内閣 1945年4月7日- 1945年8月17日 133日 133日
[34]
043 ヒカシ東久邇宮稔彦王ひがしくにのみや なるひこおう 東久邇宮稔彦王 東久邇宮内閣 1945年8月17日- 1945年10月9日 54日 54日
[35]
044 シテハ幣原喜重郎しではら きじゅうろう 幣原喜重郎 幣原内閣 1945年10月9日- 1946年5月22日 226日 226日
  • 主権喪失下(連合国軍占領下)
  • 挙国一致内閣
  • 日本進歩党総裁
  • 衆議院解散(第22回
  • 衆院選の結果を受け辞任
[36]
045 ヨシタ吉田茂よしだ しげる 吉田茂 第1次吉田内閣 1946年5月22日- 1947年5月24日 368日 368日
[37]
046 カタヤ片山哲かたやま てつ 片山哲 片山内閣 1947年5月24日- 1948年3月10日 292日 292日
[38]
047 アシタ芦田均あしだ ひとし 芦田均 芦田内閣 1948年3月10日- 1948年10月15日 220日 220日
  • 主権喪失下(連合国軍占領下)
  • 社会・民主・国協連立政権
    (日本社会党、民主党、国民協同党)
  • 民主党総裁
  • 昭電疑獄事件により辞任
048 ヨシタ吉田茂よしだ しげる 吉田茂 第2次吉田内閣 1948年10月15日- 1949年2月16日 125日 493日
[37]
049 第3次吉田内閣
1949年2月16日- 1952年10月30日 1,353日 1,845日
  • 主権喪失下(連合国軍占領下):1952年4月28日の平和条約発効まで
  • 民自・民主連立政権
    (民主自由党、民主党連立派)
    自由党政権
  • 民主自由党総裁→自由党総裁
  • 衆議院解散(第25回
050 第4次吉田内閣 1952年10月30日- 1953年5月21日 204日 2,048日
  • 自由党政権
  • 自由党総裁
  • 衆議院解散(第26回
051 第5次吉田内閣 1953年5月21日- 1954年12月10日 569日 2,616日
052 ハトイ鳩山一郎はとやま いちろう 鳩山一郎 第1次鳩山内閣 1954年12月10日- 1955年3月19日 100日 100日
[41]
053 第2次鳩山内閣 1955年3月19日- 1955年11月22日 249日 348日
054 第3次鳩山内閣 1955年11月22日- 1956年12月23日 398日 745日
  • 自由民主党政権
  • 自由民主党総裁代行委員→自由民主党総裁
  • 日ソ国交回復を花道に辞任
055 イシハ石橋湛山いしばし たんざん 石橋湛山 石橋内閣 1956年12月23日- 1957年2月25日 65日 65日
  • 自由民主党政権
  • 自由民主党総裁
  • 病気のため辞任
[42]
0 キシN岸信介きし のぶすけ 岸信介 石橋内閣 1957年1月31日- 1957年2月25日 25日 25日
  • 自由民主党政権
  • 内閣総理大臣臨時代理
    外務大臣
056 第1次岸内閣
1957年2月25日- 1958年6月12日 473日 473日
  • 自由民主党政権
  • 自由民主党総裁
  • 衆議院解散(第28回
[43]
057 第2次岸内閣
1958年6月12日- 1960年7月19日 769日 1,241日
  • 自由民主党政権
  • 自由民主党総裁
  • 日米安保条約承認に伴う辞任
058 イケタ池田勇人いけだ はやと 池田勇人 第1次池田内閣 1960年7月19日- 1960年12月8日 143日 143日
  • 自由民主党政権
  • 自由民主党総裁
  • 衆議院解散(第29回
[44]
059 第2次池田内閣
1960年12月8日- 1963年12月9日 1,097日 1,239日
  • 自由民主党政権
  • 自由民主党総裁
  • 衆議院解散(第30回
060 第3次池田内閣
1963年12月9日- 1964年11月9日 337日 1,575日
  • 自由民主党政権
  • 自由民主党総裁
  • 病気のため辞任
061 サトウ佐藤栄作さとう えいさく 佐藤栄作 第1次佐藤内閣
1964年11月9日- 1967年2月17日 831日 831日
  • 自由民主党政権
  • 自由民主党総裁
  • 衆議院解散(第31回
062 第2次佐藤内閣
1967年2月17日- 1970年1月14日 1,063日 1,893日
  • 自由民主党政権
  • 自由民主党総裁
  • 衆議院解散(第32回
063 第3次佐藤内閣
1970年1月14日- 1972年7月7日 906日 2,798日
  • 自由民主党政権
  • 自由民主党総裁
  • 沖縄返還を花道に辞任
064 タナカ田中角栄たなか かくえい 田中角栄 第1次田中内閣 1972年7月7日- 1972年12月22日 169日 169日
  • 自由民主党政権
  • 自由民主党総裁
  • 衆議院解散(第33回
[47]
065 第2次田中内閣
1972年12月22日- 1974年12月9日 718日 886日
066 ミキタ三木武夫みき たけお 三木武夫 三木内閣
1974年12月9日- 1976年12月24日 747日 747日
  • 自由民主党政権
  • 自由民主党総裁
  • 衆議院任期満了(第34回
  • 総選挙敗北・党内対立により辞任
[48]
067 フクタ福田赳夫ふくだ たけお 福田赳夫 福田内閣
1976年12月24日- 1978年12月7日 714日 714日
  • 自由民主党政権
  • 自由民主党総裁
  • 総裁選敗北により辞任
[49]
068 オオヒ大平正芳おおひら まさよし 大平正芳 第1次大平内閣 1978年12月7日- 1979年11月9日 338日 338日
  • 自由民主党政権
  • 自由民主党総裁
  • 衆議院解散(第35回
[50]
069 第2次大平内閣 1979年11月9日- 1980年6月12日 217日 554日
  • 自由民主党政権
  • 自由民主党総裁
  • 衆議院解散(第36回
  • 在任中に死去
0 イトマ伊東正義いとう まさよし 伊東正義 第2次大平内閣 1980年6月12日- 1980年7月17日 (35日)
070 ススセ鈴木善幸すずき ぜんこう 鈴木善幸 鈴木内閣
1980年7月17日- 1982年11月27日 864日 864日
  • 自由民主党政権
  • 自由民主党総裁
  • 総裁任期満了により退任
[51]
071 ナカソ中曾根康弘なかそね やすひろ 中曽根康弘 第1次中曾根内閣 1982年11月27日- 1983年12月27日 396日 396日
  • 自由民主党政権
  • 自由民主党総裁
  • 衆議院解散(第37回
072 第2次中曾根内閣
1983年12月27日- 1986年7月22日 939日 1,334日
073 第3次中曾根内閣 1986年7月22日- 1987年11月6日 473日 1,806日
  • 自由民主党政権
  • 自由民主党総裁
  • 総裁任期満了により退任
074 タケシ竹下登たけした のぼる 竹下内閣
1987年11月6日- 1989年6月3日 576日 576日
[54]

平成時代 (1989年 - 2019年)[編集]

075 ウノソ宇野宗佑うの そうすけ 宇野宗佑 宇野内閣 1989年6月3日- 1989年8月10日 69日 69日
  • 自由民主党政権
  • 自由民主党総裁
  • 参院選敗北により辞任
[55]
076 カイフ海部俊樹かいふ としき 海部俊樹 第1次海部内閣 1989年8月10日- 1990年2月28日 203日 203日
  • 自由民主党政権
  • 自由民主党総裁
  • 衆議院解散(第39回
[56]
077 第2次海部内閣
1990年2月28日- 1991年11月5日 616日 818日
  • 自由民主党政権
  • 自由民主党総裁
  • 党内対立により辞任
078 ミヤサ宮澤喜一みやざわ きいち 宮澤内閣
1991年11月5日- 1993年8月9日 644日 644日
  • 自由民主党政権
  • 自由民主党総裁
  • 解散総選挙(第40回
  • 衆院選敗北により辞任
079 ホソカ細川護熙ほそかわ もりひろ 細川護煕 細川内閣 1993年8月9日- 1994年4月28日 263日 263日 [59]
080 ハタツ羽田孜はた つとむ 羽田孜 羽田内閣 1994年4月28日- 1994年6月30日 64日 64日
  • 非自民・非共産連立政権[注 12]
  • 新生党党首
  • 内閣不信任不可避のため辞任
[60]
081 ムラヤ村山富市むらやま とみいち 村山富市 村山内閣
1994年6月30日- 1996年1月11日 561日 561日
[61]
082 ハシモ橋本龍太郎はしもと りゅうたろう 第1次橋本内閣 1996年1月11日- 1996年11月7日 302日 302日
[62]
083 第2次橋本内閣
1996年11月7日- 1998年7月30日 631日 932日
084 オフチ小渕恵三おぶち けいぞう 小渕恵三 小渕内閣
1998年7月30日- 2000年4月5日 616日 616日
[63]
0 アオキ青木幹雄あおき みきお 小渕第2次改造内閣 2000年4月3日- 2000年4月5日 (3日)
[63]
085 モリヨ森喜朗もり よしろう 森喜朗 第1次森内閣 2000年4月5日- 2000年7月4日 91日 91日
[64]
086 第2次森内閣
2000年7月4日- 2001年4月26日 297日 387日
  • 自公保連立政権[注 18]
  • 自由民主党総裁
  • 内閣支持率の低下を受け辞任
087 コイス小泉純一郎こいずみ じゅんいちろう 小泉純一郎 第1次小泉内閣
2001年4月26日- 2003年11月19日 938日 938日
088 第2次小泉内閣
2003年11月19日- 2005年9月21日 673日 1,610日
089 第3次小泉内閣
2005年9月21日- 2006年9月26日 371日 1,980日
  • 自公連立政権[注 21]
  • 自由民主党総裁
  • 総裁任期満了で退任
090 アヘシ安倍晋三あべ しんぞう 安倍晋三 第1次安倍内閣
2006年9月26日- 2007年9月26日 366日 366日
[67]
091 フクヤ福田康夫ふくだ やすお 福田康夫 福田内閣
2007年9月26日- 2008年9月24日 365日 365日
  • 自公連立政権[注 21]
  • 自由民主党総裁
  • 内閣支持率の低下を受け辞任
[68]
092 アソウ麻生太郎あそう たろう 麻生太郎 麻生内閣 2008年9月24日- 2009年9月16日 358日 358日
  • 自公連立政権[注 21]
  • 自由民主党総裁
  • 衆議院解散(第45回
  • 衆院選敗北により辞任
[69]
093 ハトユ鳩山由紀夫はとやま ゆきお 鳩山由紀夫 鳩山内閣 2009年9月16日- 2010年6月8日 266日 266日 [70]
094 カンナ菅直人かん なおと 菅直人 菅内閣
2010年6月8日- 2011年9月2日 452日 452日
  • 民国連立政権[注 23]
  • 民主党代表
  • 予算・関連法成立に伴い辞任
095 ノタヨ野田佳彦のだ よしひこ 野田佳彦 野田内閣
2011年9月2日- 2012年12月26日 482日 482日
  • 民国連立政権[注 23]
  • 民主党代表
  • 衆議院解散(第46回
  • 衆議選敗北により辞任
096 アヘシ安倍晋三あべ しんぞう 安倍晋三 第2次安倍内閣
2012年12月26日- 2014年12月24日 729日 1,095日
097 第3次安倍内閣
2014年12月24日- 2017年11月1日 1,044日 2,138日
098 第4次安倍内閣
2017年11月1日
- 2020年9月16日
1,051日 3,188日
  • 自公連立政権[注 21]
  • 自由民主党総裁
  • 病気のため辞任

令和時代 (2019年 - 現在)[編集]

099 スカヨ菅義偉すが よしひで 菅義偉 菅内閣 2020年9月16日- 2021年10月4日 384日 384日
  • 自公連立政権[注 21]
  • 自由民主党総裁
  • 総裁任期満了で退任
100 キシタ岸田文雄きしだ ふみお 岸田文雄 第1次岸田内閣 2021年10月4日- 2021年11月10日 38日 38日
101 第2次岸田内閣
2021年11月10日- (現職) 890日 926日
  • 自公連立政権[注 21]
  • 自由民主党総裁
  • は、内閣(内閣総理大臣)の代数を表す。
  • 期間、日数は、在職期間と在職日数を表す。ただし、在職期間が連続していない場合は、各次の在職日数を挙げ、最終次の在職日数の後に通算の在職日数を記載した。
  • 内閣総理大臣臨時代理、内閣総理大臣臨時兼任等も含める。

内閣総理大臣の年表[編集]

岸田文雄菅義偉安倍晋三令和野田佳彦菅直人鳩山由紀夫麻生太郎福田康夫安倍晋三小泉純一郎森喜朗小渕恵三橋本龍太郎村山富市羽田孜細川護煕宮沢喜一海部俊樹宇野宗佑竹下登平成中曽根康弘鈴木善幸大平正芳福田赳夫三木武夫田中角栄佐藤栄作池田勇人岸信介石橋湛山鳩山一郎吉田茂芦田均片山哲吉田茂幣原喜重郎東久邇宮稔彦王鈴木貫太郎小磯國昭東條英機近衛文麿米内光政阿部信行平沼騏一郎近衛文麿林銑十郎廣田弘毅岡田啓介斎藤実犬養毅若槻禮次郎濱口雄幸田中義一若槻禮次郎昭和加藤高明清浦奎吾山本権兵衛加藤友三郎高橋是清原敬寺内正毅大隈重信山本権兵衛桂太郎西園寺公望大正桂太郎西園寺公望桂太郎伊藤博文山縣有朋大隈重信伊藤博文松方正義伊藤博文松方正義山縣有朋黒田清隆伊藤博文明治

存命中の内閣総理大臣経験者[編集]

2019年令和元年)11月29日中曽根康弘が死去したことで、存命中の総理大臣経験者は全員平成以降に就任した人物のみとなった。1924年大正13年)生まれの村山富市以外、全員昭和生まれである。

2022年(令和4年)7月8日現在、安倍晋三の死去に伴い、現職者の岸田文雄を除く存命中の内閣総理大臣経験者は、以下の10名である。

氏名 在任期間 生年月日 現所属政党 現在の政治活動 写真
細川護熙 1993年 ー 1994年 (1938-01-14) 1938年1月14日(86歳) 無所属 1998年に議員を辞職し、政界引退。)
2014年東京都知事選挙に出馬、結果は落選。)
村山富市 1994年 ー 1996年 (1924-03-03) 1924年3月3日(100歳) 社会民主党 2000年衆議院解散により議員を退任、政界引退。)
森喜朗 2000年 ー 2001年 (1937-07-14) 1937年7月14日(86歳) 自由民主党 2012年衆議院解散により議員を退任、政界引退。)
小泉純一郎 2001年 ー 2006年 (1942-01-08) 1942年1月8日(82歳) 自由民主党 2009年衆議院解散により議員を退任、政界引退。)
福田康夫 2007年 ー 2008年 (1936-07-16) 1936年7月16日(87歳) 自由民主党 2012年衆議院解散により議員を退任、政界引退。)
麻生太郎 2008年 ー 2009年 (1940-09-20) 1940年9月20日(83歳) 自由民主党 衆議院議員
自由民主党副総裁
鳩山由紀夫 2009年 ー 2010年 (1947-02-11) 1947年2月11日(77歳) 共和党 2012年衆議院解散により議員を退任、政界引退。)
菅直人 2010年 ー 2011年 (1946-10-10) 1946年10月10日(77歳) 立憲民主党 衆議院議員
立憲民主党最高顧問
野田佳彦 2011年 ー 2012年 (1957-05-20) 1957年5月20日(66歳) 立憲民主党 衆議院議員
立憲民主党最高顧問
菅義偉 2020年 ー 2021年 (1948-12-06) 1948年12月6日(75歳) 自由民主党 衆議院議員

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 憲法制定に専念するため。
  2. ^ 現在の政府解釈では三條實美は代数に含まれない。
  3. ^ 伊藤が単独で総理を辞任したため。
  4. ^ 伊藤が単独で総理を辞任したため。
  5. ^ 犬養は5月15日に死去。
  6. ^ しかし、政党からの閣僚が少数で政党との繋がりが弱く、陸軍の支持を中心とする
  7. ^ 日独同盟と近衞新体制運動を巡り。
  8. ^ 外相松岡洋右更迭のため。
  9. ^ 東條英機陸相の日米交渉打切り要求を巡る。
  10. ^ 中国和平工作を巡る閣内不一致。
  11. ^ 日本新党、日本社会党、新生党公明党民社党新党さきがけ社会民主連合の7党と、参院会派の民主改革連合による連立政権。
  12. ^ 新生党、公明党、日本新党、民社党、自由党の5党と、衆院会派の改革の会、参院会派の民主改革連合による閣内与党と、新党さきがけ、新党みらい、社会民主連合が閣外協力。
  13. ^ 日本社会党、自由民主党、新党さきがけによる連立政権。
  14. ^ 自由民主党、日本社会党(1996年に社会民主党に改称)、新党さきがけによる連立政権。
  15. ^ 社会民主党、新党さきがけが閣外協力、第18回参院選前に閣外協力解消。
  16. ^ 自由民主党、自由党による連立政権。
  17. ^ 自由民主党、自由党、公明党による連立政権。
  18. ^ a b c d 自由民主党、公明党、保守党による連立政権。
  19. ^ 脳梗塞発症により、2000年4月3日より執務不能。
  20. ^ a b 自由民主党、公明党、保守党(保守新党に改称)による連立政権。
  21. ^ a b c d e f g h i j k 自由民主党、公明党による連立政権。
  22. ^ 民主党国民新党社会民主党による連立政権。
  23. ^ a b c 民主党、国民新党による連立政権。

出典[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]