大村智
| 大村 智 (おおむら さとし) | |
|---|---|
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| 生誕 |
1935年7月12日(83歳) (現・韮崎市) |
| 居住 |
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| 国籍 |
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| 研究分野 | 化学 |
| 研究機関 |
山梨大学 北里大学 |
| 出身校 |
山梨大学学芸学部 東京理科大学大学院理学研究科修士課程 |
| 指導教員 |
丸田銓二朗 中西香爾 都築洋次郎 |
| 主な業績 |
ロイコマイシンの構造を解明 アベルメクチンの発見 イベルメクチンの開発 |
| 影響を 受けた人物 |
加賀美元男 マックス・ティシュラー 秦藤樹 |
| 主な受賞歴 |
日本学士院賞(1990年) コッホ・ゴールドメダル(1997年) アーネスト・ガンサー賞(2005年) テトラヘドロン賞(2010年) ガードナー国際保健賞(2014年) 朝日賞(2015年) ノーベル生理学・医学賞(2015年) |
| プロジェクト:人物伝 | |
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大村 智(おおむら さとし、1935年7月12日[1] - )は、日本の化学者(天然物化学)。北里大学特別栄誉教授。2015年ノーベル生理学・医学賞受賞。
微生物の生産する有用な天然有機化合物の探索研究を45年以上行い、これまでに480種を超える新規化合物を発見し、それらにより感染症などの予防・撲滅、創薬、生命現象の解明に貢献している。
また、化合物の発見や創製、構造解析について新しい方法を提唱、実現し、基礎から応用までの幅広く新しい研究領域を世界に先駆けて開拓している。
研究以外では、北里研究所の経営再建、女子美術大学への支援や私費による韮崎大村美術館の建設、学校法人開智学園名誉学園長を務めるなど貢献業績がある。
目次
概要[編集]
山梨県北巨摩郡神山村出身。天然物化学分野の研究に従事した。アベルメクチンを発見し、それを基にイベルメクチンの開発に取り組んだ。イベルメクチンは抗寄生虫薬として活用されるようになり、寄生虫感染症の治療法確立に貢献した。また、アベルメクチン以外にも、生涯にわたり170を超える新たな化学物質を発見している。これらの功績から、2001年には日本学士院の会員に選定され、2012年には文化功労者となっている。2015年には、日本人で3人目となるノーベル生理学・医学賞を受賞した[2]。
また、社団法人時代の北里研究所においては副所長や所長を歴任し、研究所の財政再建に尽力するとともに、メディカルセンター(現・北里大学メディカルセンター)の設置を推進した。同法人の立て直しに道筋を付けるとともに、学校法人北里学園との統合を果たし、新たな「学校法人北里研究所」の発足に漕ぎ着けた。そのほか、教育分野では学校法人女子美術大学の理事長を2度にわたり務め、学校法人開智学園の名誉学園長を務めた[3]。そのほか、自身のコレクションを基に韮崎大村美術館を設立し、その館長を兼任している[4]。 座右の銘は「至誠天に通ず。」
来歴[編集]
生い立ち[編集]
山梨県北巨摩郡神山村(のちの韮崎市)の農家に、5人兄弟の2番目の長男として生まれた。耕作や家畜の世話などの家業に従事していたため、高校卒業まで、勉強はほとんどしていなかったというが、後年農作業が勉強になったと述懐している。また、高校では、スキー部と卓球部で主将を務めるなどスポーツに熱中し、国民体育大会の選手にも選出されるほどだった。高校ではスキー部だけでなく、韮崎スキークラブにも入部し、そこで山梨県スキー連盟役員・山寺巌氏と出会っている。山寺巌の指導を受けてクロスカントリーに励み、県主催の第7回山梨県スキー選手権大会長距離高校生の部で3位入賞している[5][6][7][8]。
1954年、山梨県立韮崎高等学校を卒業後[9]、山梨大学学芸学部(現・教育学部)自然科学科へ進学した。大学では丸田銓二朗に師事し、クロマトグラフィーを習得したものの、成績は不振だった[10]。1958年、山梨大学学芸学部自然科学科を卒業した[11]。
大学卒業後、理科の教諭を志したが、地元山梨での採用がなかったため、埼玉県浦和市(現・さいたま市浦和区)に移住[12]、東京都立墨田工業高等学校定時制に5年間勤務し、物理や化学の授業で教鞭を執った[10][13]。学業に熱心に励む高校生に心打たれ、もう一度勉強し直したいと考え、1960年、東京教育大学の研究生となり、中西香爾に師事した[10]。中西香爾の紹介で1960年、東京理科大学大学院理学研究科都築洋次郎の研究室に所属し[14]、高校教諭として働きながら1963年、東京理科大学大学院理学研究科修士課程を修了した[11][15]。大学院の修士課程を終えるのに2年ではなく3年を要したのは、大学院1年目で取り組んだ実験が、横浜国立大学の篠田耕三教授と同じテーマで先に論文が発表され、そこで、東京理科大学の森信雄講師の下、大学院2年目からオキシ酸分子内の水素結合を調べる研究に変更したためである[16]。
研究者として[編集]
1963年、文部教官として採用され、山梨大学の工学部発酵生産学科の助手となり、加賀美元男研究室でブランデーの製法の研究に従事した[15]。1965年、山梨大学を退官し、社団法人である北里研究所にて技術補として採用された[11]。小倉治夫の下で抗生物質を研究し、ロイコマイシンの構造を解明した。1968年、北里研究所での「Leucomycinに関する研究」により東京大学から薬学博士の学位(論文博士)を授与され、北里大学薬学部助教授に就任した。また1970年には「ロイコマイシン、スピラマイシン及びセルレニンの絶対構造」により東京理科大学から理学博士の学位を授与されている。理学博士の学位取得後、20年間に渡り東京理科大学薬学部非常勤講師を務めている[17]。
1971年には、ウェズリアン大学の客員教授も兼任することになった[11]。これはカナダの国際会議で知り合ったアメリカ化学会会長のマックス・ティシュラーに対して留学を打診し、採用に至ったものである。メルク・アンド・カンパニーからの研究費も獲得することに成功した[15]。
アメリカで研究を続けようと考えていたが、退職する秦藤樹の研究室を引き継ぐために帰国することになった。日本に帰国し、1973年に北里研究所にて抗生物質研究室の室長に就任した[18]。また、メルク・アンド・カンパニーとの共同研究を開始した[10]。1975年、北里大学薬学部教授に就任した。その間大村研究室は多くの研究者を育て、31名の大学教授と120名の博士を輩出した[10]。
法人の経営再建[編集]
財政が悪化していた北里研究所(当時は社団法人)を再建するため、1984年に北里大学の教授を辞職し、北里研究所の理事として副所長に就任した。経営学と不動産学を学び、北里研究所の再建に尽力した。1989年には、大村の提案により「北里研究所メディカルセンター」(現・北里大学メディカルセンター)を設立した。設立に際しては、大蔵省からの埼玉県北本市の国有地土地取得と、反発する地元医師会との折衝役を務めた。1990年には、北里研究所の所長に就任した。また、1985年からは、北里学園の理事も務めていた[11]。北里研究所の再建に道筋を付けた上で、学校法人北里学園との統合を果たし、法人の名称を「学校法人北里研究所」に変更した[10]。統合を果たした2008年、北里研究所の所長を退任した。なお、学校法人となった北里研究所においては、2008年から2012年6月にかけて名誉理事長を務め、2012年からは顧問を務めている。
なお、北里大学では再び教鞭を執っており、2001年には大学院の研究部門である「北里生命科学研究所」にて教授に就任し、初代所長も2003年まで兼務した。また、北里大学の大学院教育部門である「感染制御科学府」においても、2002年から2007年まで教授を務めた。これまでの功績により、2007年には北里大学より名誉教授の称号が授与された。その後も、北里生命科学研究所の特任教授として、特別研究部門である天然物創薬推進プロジェクトのスペシャルコーディネーターを務めた[19][20]。2013年には、北里大学の特別栄誉教授となった。
北里グループ以外の教育研究機関においては、ウェズリアン大学にてマックス・ティシュラーの名を冠した「マックス・ティシュラー教授」を2005年より兼任している[11]。また、学校法人女子美術大学の理事長を1997年から2003年までと2007年から2015年5月までの2度にわたって務めた[11]。その功績により、2015年に同法人より名誉理事長の称号を贈られた。そのほか、1995年には山梨科学アカデミーを設立し、翌年には社団法人化を果たした。また、2005年には武田乃郷白山温泉を開設し、2007年には韮崎大村美術館を開設している。
研究業績[編集]
45年余にわたり独創的な探索系を構築し、微生物の生産する有用な天然有機化合物の探索研究を続け、これまでに類のない480種を超える新規化合物を発見した。一方、それらに関する基礎から応用にわたる幅広い分野の研究を推進した。遺伝子操作による初めての新規化合物の創製、マクロライドを中心とした一連の生物有機化学的研究と有用化合物の創製、工業的にも重要な抗寄生虫抗生物質イベルメクチン生産菌の遺伝子解析など、いずれも世界に先駆けた研究であり、新しい研究領域を切り開いてきた。
発見した化合物のうち25種が医薬、動物薬、農薬、生命現象を解明するための研究用試薬として世界中で使われており、人類の健康と福祉の向上に寄与している。加えて100を超える化合物が有機合成化学のターゲットとなり、医学、生物学、化学をはじめ生命科学の広い分野の発展に多大な貢献をしている。
その中の抗寄生虫薬イベルメクチンは、熱帯地方の風土病オンコセルカ症(河川盲目症)およびリンパ系フィラリア症に極めて優れた効果を示し、中南米・アフリカにおいて毎年約2億人余りの人々に投与され、これら感染症の撲滅に貢献している。さらにイベルメクチンは、世界中で年間3億人以上の人々が感染しながらそれまで治療薬のなかった疥癬症や沖縄地方や東南アジアの風土病である糞線虫症の治療薬としても威力を発揮している。
その他、生命現象の解明に多大な寄与をしているプロテインキナーゼの特異的阻害剤スタウロスポリン、プロテアソーム阻害剤ラクタシスチン、脂肪酸生合成阻害剤セルレニンなどを発見した。また、大村が発見した特異な構造と生物活性を有する化合物は、創薬研究のリード化合物としても注目されており、新規抗がん剤などが創製されている。
北里大学北里研究所建物前のオンコセルカ症の大人を導く子供の像は、大村のイベルメクチン発見を讃えてブルキナファソの彫刻家が制作したもので[21]、オンコセルカ症撲滅キャンペーンのシンボルであり[10]、同様の等身大の銅像が世界保健機関本部、カーター・センター、メルク・アンド・カンパニー、世界銀行本部、ブルキナファソの世界保健機関アフリカオンコセルカ症制圧プログラムに建てられている[22][23]。
「線虫の寄生によって引き起こされる感染症に対する新たな治療法に関する発見」により、ウィリアム・キャンベルと共に2015年ノーベル生理学・医学賞を受賞した。
大村研究室により発見された化合物のうち、実用化された医薬品や試薬は25種類にも及ぶ。
- アベルメクチン (Avermectin) - 抗寄生虫作用
- アトペニン (Atpenin) - 抗寄生虫作用
- セタマイシン (Setamycin) - 抗寄生虫・抗菌作用
- ナナオマイシン (Nanaomycin) - 抗菌作用
- ロイコマイシン (Leucomycin) - 抗菌作用
- ネオキサリン (Neoxaline) - 抗菌・抗がん作用
- プルマイシン (Prumycin) - 抗菌・抗がん作用
- マジンドリン (Madindoline) - 抗炎症作用
- ビルストマイシン (Virustomycin A) - 抗ウイルス作用
- スタウロスポリン (Staurosporine) - 抗がん作用
- マクロスフェリド (Macrosphelide) - 抗がん作用
- フトキサゾリン (Phthoxazolin) - 抗がん作用
- カズサマイシン (Kazusamycin) - 抗がん作用
- ビネオマイシン (Vineomycin) - 抗がん作用
- アンドラスチン (Andrastin) - 抗がん作用
- ハービマイシン (Herbimycin) - 抗がん・除草作用
- ピリピロペン (Pyripyropene) - 殺虫・酵素阻害作用
- ラクタシスチン (Lactacystin) - 酵素阻害作用
- フナレノン (Funalenone) - 酵素阻害作用
- エラスニン (Elasnin) - 酵素阻害作用
- アリスガシン (Arisugacin) - 酵素阻害作用
- アミデプシン (Amidepsine) - 脂質代謝
- ケルレニン(セルレニン)(Cerulenin) - 脂質代謝阻害作用
- トリアクシン (Triacsin) - 抗生物質
- 1233A(ヒメグルシン)(Hymeglusin) - 脂質代謝阻害作用
研究外活動[編集]
美術に造詣が深く、14年間にわたり女子美術大学理事長を務めた(2015年7月から同大学名誉理事長)。同大学に妻・文子の名を冠した「大村文子基金」を私費で設立[24]。女子美生の留学資金(女子美パリ賞・ミラノ賞)と美術活動費(美術奨励賞)を支援している。また、美術作品の著名な収集家であり、特に女性作家の作品収集に積極的で2007年に私費5億円を投じて故郷の山梨県韮崎市に韮崎大村美術館を建設し、1800点を超える蒐集作品と共に韮崎市に寄贈し初代館長を務めている。また、山梨県の科学技術の振興を目指して(社)山梨科学アカデミーを創設し、現在名誉会長を務めている。
また1983年開学の開智学園(埼玉県)では自らが学校名を命名して当初から名誉学園長を務めており[25]、開智学園では理系最優秀生徒に対して「大村賞」を授与し表彰を行っている[26]。
家族・親族[編集]
開智学園の系列の開智国際大学では実弟の元三菱マテリアル取締役[27]大村泰三が客員教授を務める[28]。毎日新聞東京本社統合デジタル取材センター記者の大村健一[29]は親戚に当たる。なお、親族には該当しないが、毎日放送アナウンサーの山中真[30]は、大村泰三の甥になる。
略歴[編集]
- 1935年 - 山梨県北巨摩郡神山村にて誕生。
- 1954年 - 山梨県立韮崎高等学校卒業
- 1958年
- 1960年 - 東京教育大学研究生
- 1963年
- 1965年
- 北里研究所入所
- 北里研究所技術補
- 1968年
- 1970年 - 理学博士(東京理科大学)。論文は「ロイコマイシン、スピラマイシン及びセルレニンの絶対構造」
- 1971年 - ウェズリアン大学客員教授
- 1973年 - 北里研究所抗生物質研究室室長
- 1975年
- 北里大学薬学部教授
- メルク・アンド・カンパニーとイベルメクチンのロイヤリティ契約を締結。
- 1981年 - 北里研究所監事
- 1984年
- 北里研究所理事
- 北里研究所副所長
- 1985年 - 学校法人北里学園理事
- 1990年 - 北里研究所所長
- 1993年 - 女子美術大学理事
- 1997年 - 女子美術大学理事長
- 2001年 - 北里大学北里生命科学研究所教授
- 2002年 - 北里大学大学院感染制御科学府教授
- 2003年 - 女子美術大学名誉理事長
- 2005年
- ウェズリアン大学マックス・ティシュラー教授
- 山梨県総合理工学研究機構総長
- 2007年
- 北里大学名誉教授
- 女子美術大学理事長
- 2008年 - 北里研究所名誉理事長
- 2013年 - 北里大学特別栄誉教授
- 2015年 - 女子美術大学名誉理事長
- 2016年 - 東京理科大学特別栄誉博士
- 2018年 - 山梨大学が大村智記念学術館を開館(7月19日)[31]
学術賞[編集]
- 1985年 - ヘキストルセル賞(米国微生物学会)
- 1986年 - 日本薬学会賞
- 1988年 - 上原賞(上原記念生命科学財団)
- 1990年 - 日本学士院賞
- 1991年 - チャールズ・トム賞(米国工業微生物学会)
- 1995年
- 藤原賞
- 米国工業微生物学会功績賞
- 日本放線菌学会特別功績功労賞
- 1997年 - コッホ・ゴールドメダル(ドイツ)[32]
- 1998年 - プリンス・マヒドン賞(タイ)
- 2000年
- 2002年 - 坊ちゃん賞(東京理科大学理窓会)
- 2005年 - アーネスト・ガンサー賞
- 2007年 - ハマオ・ウメザワ記念賞 (Hamao Umezawa Memorial Award)(国際化学療法学会)
- 2008年 - 発明奨励功労賞(発明協会)
- 2010年 - テトラヘドロン賞
- 2011年 - アリマ賞(国際微生物連合)
- 2012年 - ノーマン・R・ファルンスワース研究業績賞(米国生薬学会)
- 2014年 - ガードナー国際保健賞[33]
- 2015年
- 2016年 - バイオインダストリー協会特別名誉賞[36]
栄典・顕彰[編集]
- 1992年 - 紫綬褒章
- 2000年 - 山梨県韮崎市名誉市民
- 2002年 - 山梨県県政特別功績者
- 2008年 - 仏レジオンドヌール勲章(シュヴァリエ章)
- 2011年 - 瑞宝重光章[37]
- 2012年
- 文化功労者
- 山梨県イメージアップ大賞
- 2015年
- 2016年
- 2017年 - 世田谷区名誉区民[41]
科学アカデミー会員[編集]
- 1992年 - ドイツ自然科学アカデミー・レオポルディーナ会員
- 1998年 - 日本化学会名誉会員
- 1999年 - 米国科学アカデミー外国人会員
- 2001年 - 日本学士院会員
- 2002年 - フランス科学アカデミー外国人会員
- 2003年 - 日本細菌学会特別名誉会員
- 2005年
- ロシア科学アカデミー会員
- 日本放線菌学会名誉会員
- 英国王立化学会名誉会員
- ヨーロッパ科学アカデミー会員
- 2006年 - 中国工学アカデミー外国人会員
- 2009年 - 日本農芸化学会名誉会員
著書[編集]
単著[編集]
- 『人生に美を添えて』 生活の友社 2015年
- 『人をつくる言葉』 毎日新聞出版 2016年
- 『自然が答えを持っている』潮出版社 2016年
- 『人間の旬』 毎日新聞出版 2016年
- 『ストックホルムへの廻り道 私の履歴書』 日本経済新聞社 2017年
共著[編集]
- 『時代が求める後藤新平』「後藤新平と北里柴三郎」 藤原書店 2014年
関連項目[編集]
- メルク・アンド・カンパニー (Merck & Co) - 米国での共同研究先企業[42]
- イベルメクチン(抗寄生虫薬)
- ウィリアム・セシル・キャンベル
- スタウロスポリン
- ラクタシスチン
- セルレニン
脚注[編集]
- ^ “韮崎市名誉市民”. 韮崎市 (2013年3月25日). 2015年10月5日閲覧。
- ^ Satoshi ?mura - Factsthe Nobel Foundation
- ^ “大村先生”. 開智学園高等部. 2015年10月12日閲覧。
- ^ “韮崎大村美術館 館長あいさつ 大村智”. 韮崎大村美術館. 2015年10月12日閲覧。
- ^ 「農家育ち、定時制教師から研究者へ ノーベル賞大村さん」朝日新聞2015年10月6日
- ^ 馬場錬成『大村 智 2億人を病魔から守った化学者』中央公論新社、2012年、ISBN 978-4-12-004326-0
- ^ 元高校教師、スキーで国体出場も 学んだ「人まねをしないことの大切さ」…有言実行の大村流人生 産経ニュース 2015年10月5日
- ^ 「ノーベル賞:微生物の仕事をいただいた…大村さん一問一答」毎日新聞 2015年10月05日
- ^ 高等教育の明日 われら大学人〈23〉世界的な有機化学者で北里研究所名誉理事長 大村智さん(76) 教育学術新聞 2484号 日本私立大学協会
- ^ a b c d e f g 「 新しい微生物創薬の世界を切り開く 」JT
- ^ a b c d e f g 大村智北里研究所顧問・北里大学名誉教授が文化功労者に 北里大学 2012年11月1日
- ^ 「支えてくれたのが浦和」 ノーベル賞・大村さんに県民栄誉章産経新聞2016年2月19日
- ^ 「大村智さんの原点 墨田工業高校定時制の教え子たち」apital2015年10月 7日
- ^ 至誠天に通ず. 東京: 実業之日本社. (2015). 2017年6月17日閲覧
- ^ a b c 「人間発見」日本経済新聞2010年7月14日
- ^ 【私の履歴書】大村智(08)油まみれの手――生徒に感銘、再び研究へ 日本経済新聞 2016年8月8日付
- ^ [from ストックホルム「これからは人材の育成に努力します」大村先生が語った受賞後の活動]TUSToday 2015.12.18
- ^ 「【ノーベル賞受賞】大村智氏、常識破りの発想で治療薬開発 」産経ニュース2015.10.5
- ^ 「天然物創薬推進プロジェクト北里大学
- ^ 「大村智北里研究所顧問・北里大学名誉教授が文化功労者に」北里大学
- ^ 国際貢献北里生命科学研究所
- ^ Satoshi Ōmura | People | THE KITASATO INSTITUTE
- ^ http://www.cartercenter.org/documents/doc237.html The Carter Center - River Blindness News
- ^ “100周年記念大村文子基金”. 女子美術大学洋画研究室. 2015年10月12日閲覧。
- ^ 大村智先生のノーベル賞受賞をお祝いして (PDF) 開智学園総合部 2015年10月5日
- ^ “東京新聞:大村さんが名誉学園長の「開智学園」 児童・生徒から歓声:埼玉(TOKYO Web)”. 東京新聞. 2015年10月12日閲覧。
- ^ About株式会社 NejiLaw
- ^ 開智学園名誉学園長 大村智先生がノーベル賞を受賞しました
- ^ ノーベル賞:おめでとう、智おじさん【大村健一】(『毎日新聞』2015年10月5日付記事)
- ^ 大村のノーベル生理学・医学賞受賞発表当日(2015年10月5日)に山中がtwitterの公式アカウントから発信したツイート
- ^ 「大村智氏学術館 来月19日に完成 山梨大」『日本経済新聞』朝刊2018年6月2日(首都圏経済面)2018年6月6日閲覧。
- ^ “Träger der Robert Koch Medaille in Gold seit 1960” (ドイツ語). Robert-Koch-Stiftung e.V.. 2009年11月7日閲覧。
- ^ Recipient of the Canada Gairdner Global Health Award, 2014
- ^ 朝日賞 2014(平成26)年度 受賞者一覧
- ^ ノーベル賞:医学生理学賞に大村智氏ら3人
- ^ 大村 智 氏にバイオインダストリー協会特別名誉賞を贈呈
- ^ 【政府】11年「春の叙勲」‐森田氏に旭重、大村氏が瑞重 薬事日報 2011年6月20日
- ^ 文化勲章受章者一覧
- ^ 平成28年度名誉都民候補者
- ^ 平成28年度東京都名誉都民顕彰式及び東京都功労者表彰式について
- ^ 世田谷区名誉区民の顕彰について
- ^ 熱帯救った日本の菌 大村智さんの発見、抗寄生虫薬に[リンク切れ] - 朝日新聞デジタル 2013年6月24日版
外部リンク[編集]
- 韮崎大村美術館
- Satoshi Omura
- 大村智 - KAKEN 科学研究費助成事業データベース
- 研究者リゾルバーID:1000090050426、論文一覧(CiNii)
- 大村智 - Researchmap
- 大村智 - J-GLOBAL
- サイエンティスト・ライブラリー No.64「新しい微生物創薬の世界を切り開く」 - 季刊「生命誌」掲載記事のWeb版
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