人工呼吸器
人工呼吸器(じんこうこきゅうき、英: Mechanical ventilator)は、人工呼吸を自動的に行うための医療機器である。
目次
歴史[編集]
かつては首から下の全身を機械の中に入れ、その機械の中を陰圧(1気圧以下の気圧)として胸腔に空気が吸入されるようにすると言う「鉄の肺」が一部の病院で使われていた。これは大掛かりな設備であり、受けられる患者も限られていた。
やがて気管挿管が一般的になると、その挿管チューブを介して空気を出し入れする現在の方式が広まっていった。
現在では呼吸の状態を様々な形で持続的に測定する機能のついたもの、呼吸器の離脱を自動的に進めて行くもの、在宅人工呼吸に使用する小型で医療従事者以外でも操作できるもの、マスクを使用し気管挿管の必要ないもの(非侵襲的人工呼吸)まで実に様々な種類が使われている。しかし、それぞれに操作が異なり、また独自の動作モードや作動原理を持ったものが特に新しい機種に多く、医療事故の一因ともなる。その一方で、医療事故を防ぐための機能もまた新しい機種ほど備わっているのも事実である。
通常、私たちが意識せずに行っている自発呼吸では胸郭が拡大することによって胸腔内に陰圧をつくり、気管を通して空気(ガス)が入ってくる。 従って、空気を吸い込んだ時に肺内及び気道内の圧上昇は通常おこらない。一方、人工呼吸はガスを肺内に機械的に押し込む。 この方法には,胸郭外を陰圧にすることによって胸郭をひろげガスを入れる方法と、 気管に挿管チューブを入れその気道からガスを入れる方法がある。 一般的には治療器具として認知されているが、人工呼吸器は病気を治療するものではなく、むしろ人体にとっては負担になる。しかし生命を維持するために呼吸は欠かせないため、その負担を許容して人工呼吸器が使用される。 逆に言えばその負担を許容しない状況、例えば既に末期的な疾患を抱える患者が急変した場合などは家族の意思を確認した上で、人工呼吸器を使用せず出来るだけ苦痛を与えないよう最期を迎える事を選択する場合もある。
家族の同意なしに人工呼吸器を外して死なせることは殺意の有無にかかわらず、人工呼吸器を外した者が殺人罪、自殺関与・同意殺人罪、殺人幇助罪となる。家族の同意を得て人工呼吸器を外し、死なせた場合は殺人罪の適用外となる。
適応[編集]
用手人工呼吸の適応となる心肺蘇生とは違い、様々な病態によるあらゆる呼吸不全がその適応となる。その原因は何か、急性期か慢性期かによって使用する機種や動作モードも異なってくる。
換気経路の種類[編集]
人工呼吸器に行われる換気経路は一般に以下の3つの場合がある。
- 気管挿管
- 緊急時、または手術時における最も迅速・確実な気道確保である。しかし常に抜去事故の危険をはらんでおり、また肺炎(下記)の危険もあることから長期に及ぶ場合には気管切開に移行する。
- 気管切開
- 主に2週間以上の長期に渡る経気管による人工呼吸管理に用いられる。在宅での管理に向く。家族も訓練を受ければ気管吸引や呼吸器の操作などが出来る。死腔が少ないという利点もある。
- マスク
- 非侵襲的陽圧換気(Non-invasive positive pressure ventilation:NIPPV)に対して用いられる。着脱が容易であり、睡眠時無呼吸症候群などの場合のように患者による自己管理も可能である。しかし長期に装着しつづける場合、マスクの圧迫により褥瘡を生じる。
他に特殊な状況下において喉頭穿刺などの方法がある。
動作設定の種類[編集]
人工呼吸器の動作モードは以下がある。
- CMV (Continuous mandatory ventilation) - 調節呼吸
- IPPV(intermittent positive pressure ventilation) - 間欠的陽圧換気
- 最も原始的な換気様式であり、患者の呼吸努力を検知せず、ただ決まった容量の空気を定期的に強制換気する。麻酔下にある患者に使用する。それ以外では、脳死状態或いは完全な呼吸麻痺の患者にしか適応が無い。自発呼吸が少しでもある患者に使用すると十分な換気が出来ない。
- SIMV (Synchronized intermittent mandatory ventilation) - 同期的間欠的強制呼吸
- 患者の呼吸努力を検知するとPS(下記)にて換気補助し、一定時間以上それが無い場合には強制換気する。呼吸不全の患者に対する一般的な換気法である。
- PSV (Pressure support ventilation)
- 患者の吸気努力を呼吸器が感知すると、圧をかけて空気を注入する。通常はPEEP+5~15cmH2Oである。
- CPAP (Continuous positive airway pressure) - 持続的気道陽圧法
- 常に一定のPEEP(下記)を加えたままにする換気法。呼吸器から離脱する過程にある患者や自発換気は充分であるが酸素化に障害がある患者に使用する。通常はそれにPSVを併用する。自発呼吸のないまま一定時間が経つと強制換気を行うが、強制換気はあくまで非常手段でありアラームが鳴る、と言う点がSIMVとの違いである。
- BIPAP (Biphasic positive airway pressure)
- Bi-Level、Bi-Ventとも呼ばれる。高圧相と低圧相の2つの圧を設定できるCPAPのことであり、実際上は高圧相が吸気圧、低圧相がPEEPとなる。SIMVと似た動作であるが、自発呼吸が強制換気の吸気相でも可能な点で異なる。
換気の種類[編集]
呼吸不全の患者においては、「吸気圧」と「1回換気量」、「吸気時間」と「一定時間(例えば1分間)」はそれぞれトレードオフの関係にある。旧世代の人工呼吸器はそのうち2つを固定し、残りのひとつのパラメータを犠牲にするという様式が殆どであった。これが以下の2つである。
- VCV (Volume-controlled ventilation)
- 1回換気量の低下はCO2の貯留と、呼吸器離脱の失敗を意味する。そのためあらかじめ決めた換気量を決められた吸気時間で注入する。ただし、気道内圧が安全限界に達した場合はその限りでない。
- PCV (Pressure-controlled ventilation)
- 気道内圧の上昇、ことに酸素分圧の上昇は肺傷害をもたらす。気道内圧の安全限界が低い患者においては、一定の圧で空気を注入し、一定時間内に目標の吸気が得られなくても制限時間に達したら呼気相に転じる。
しかし現在では、優先するパラメータをひとつ決めれば、それ以外のパラメータを柔軟に変える(吸気時間を延長するなど)によって呼吸器離脱や肺傷害防止を図る方式が各社から発売されている。だが新機種のため割高なのと、アルゴリズムが複雑なため各社とも独自のものを打ち出しており統一性が無いのが現状である。
- PEEP (Positive end-expiratory pressure)
- 肺胞の虚脱を防ぐため、気道内圧を大気圧より高い状態に保つ機能である。通常は大気圧+3~10cmH2Oで充分であり、それ以上高いと息を吐き出すことが出来なくなってCO2貯留による呼吸性アシドーシスを起こす。患者が急激に息を吸ったりした場合は呼吸器が追いつかず、設定されたPEEPが保てないことがある。
主な商品[編集]
人工呼吸器は実に様々な物が売られており、年を追うにつれて新たな付加機能を備えたものが発売されている。
- アコマ
- ART-21EX
- ARF-900EII
- ネルコア・ピューリタン・ベネット
- ベネット7200 - 基本的な換気モードを一通り具えている。
- ベネット7200ae
- ベネット740/760 - 構造上Air配管不要で使用可能
- ベネット840 - グラフィックモニター装備。Bilevelという独自のモードを持つ。新生児~対応可能
- アダルトスター
- アダルトスター2000
- インファントスター
- iVent201
- ニューポートメディカル 小児での実績と使いやすさを特徴とする
- E100
- E150
- E200
- e500
- e360
- HT50
- Dräger Medical
- Evita XL
- Evita 4
- Evita 2dura
- Savina
- Babylog8000plus
- Oxylog3000
- Oxylog2000
- Oxylog1000
- ベアーメディカルシステムズ(総輸入元:IMI[1])
- ベアー1000
- ベアーカブBP2001
- ベアーカブ750vs
- ベアーカブ750psv
- バードプロダクツ(総輸入元:IMI)
- バード8400STi
- V.I.P.バードフローシンク
- T-Bird
- VELA
- AVEA
- ベアー1000
- パルモネティックシステムズ
- LTV1200
- LTV1150
- レスピロニクス
- BiPAP ビジョン
- BiPAP シンクロニー
- BiPAP ハーモニー
- BiPAP フォーカス
- エスプリ
- トリロジー100
- トリロジー200
- トリロジーO2
- チェスト(BREAS)
- Vivo30
- Vivo40
人工呼吸器設定の実際[編集]
人工呼吸器の使用は呼吸不全のとき、あるいは全身麻酔の手術における場合など多数認められる。疾患や状況、患者のバックグラウンドによって適切な設定は変わりえる。呼吸不全における人工呼吸器の設定について纏める。あくまでも無難な設定を示す。
人工呼吸器の初期設定と挿管[編集]
2008年現在、大抵の人工呼吸器にはSIMVモードがあり、プレッシャーサポートがついているためそれを前提とする。患者の体格や病態によって適切な人工呼吸器の設定というものが存在し、集中治療の分野では様々な研究がされている。しかし、気管内挿管が必要な場合、それらの評価を行う時間やデータが不足している場合も多々ある。適切な設定値を求めるあまり気管内挿管が遅れるようでは意味がないので無難な量を纏める。想定しているのは体重が60Kgの成人である。挿管前に準備するものとしてはサクションキット、アンビューバッグかジャクソンリース、SpO2モニター、心電図モニター、呼吸器以外に扱える酸素配管などを確認しておく。
| パラメータ | 設定値 |
|---|---|
| 換気モード | SIMV |
| FiO2 | 1.0 |
| 一回換気量 | 450ml |
| PEEP | 5cmH2O |
| ピーク気道内圧 | 40cmH2O以下 |
| 吸気フロー | 60l/min |
| 呼吸数 | 15回/min |
| PS | 10cmH2O |
その他設定が必要ならば、トリガー感度は-1~-2cmH2Oまたは2~3l/minとし、呼気・吸気比は1:1~3とする。アラームの設定は気道内圧上限が40cmH2O,気道内圧下限は10cmH2O,呼吸回数上限は30回/minであり換気量下限は設定換気量の60%とする。気管内挿管を行う際に必要なこととしては、全身麻酔である。意識障害があれば不要なこともあるが、鎮痛、鎮静、筋弛緩が必要であり、鎮痛はオピオイドで鎮静は静脈麻酔薬で筋弛緩は筋弛緩薬で行う(厳密な意味ではオピオイドには鎮静作用もあるのだが簡略化する)。
- 鎮静
プロポフォールやミダゾラム(ドルミカム)が好まれる。ミダゾラムは同じベンゾジアゼピン系の中でも副作用がジアゼパム(セルシン)よりも少なく、半減期が2~4時間と短いのが好まれる理由である。静注で行うのなら、初回投与はドルミカムならば5mg、セルシンならば10mg程度である。オピオイドを併用すると鎮痛、鎮咳作用によって挿管は容易になるが呼吸抑制が顕著にでるため注意が必要である。静注で併用するのならばフェンタニル0.05mg程度ば無難である。
- ディプリパン原液を2ml/hより開始 。
- ドルミカム10A(100mg/20ml)を1ml/hから開始 。体動を認めたら1mlフラッシュする。
- ドルミカム5A(50mg/10ml)+生食40mlを3ml/hで開始 。体動を認めたら3mlフラッシュする。
- ドルミカム8A(80mg/16ml)+ケタラール(筋注用)2000mg(2A)+生食14mlを2ml/hから開始 。体動を認めたら2mlフラッシュする。
- 鎮痛
- レペタン2A(0.4mg/4ml)を生理食塩水で50mlとし2ml/hで開始。体動を認めたら2mlフラッシュする。
強オピオイドを利用した場合は弱オピオイドを併用すると効果が減少するため注意が必要である。但し、これはアゴニストとパーシャルアゴニストを併用した時の現象であるため鎮痛効果は同一レセプターに作用していれば弱オピオイドと強オピオイドの中間となる。体動の原因が鎮静不足か鎮痛不足かによってフラッシュする薬物は変わってくるため、他の処方との整合性を図るべきである。
- 筋弛緩
ベクロニウム(マスキュラックス)を用いる場合が多い。マスキュラックス10mgを蒸留水10mlで溶解し1mg/mlとして使用する場合が多い。マスキュラックスは0.08mg/Kgが初回使用量となるため5mg程度から使用し、効果を見て8~10mg程度使用する場合もある。それ以外にはマスキュラックス2mgとサクシン(スキサメトニウム)50mgを併用し静注するという方法もある
初期治療[編集]
挿管を行い、人工呼吸器につなげば呼吸不全による死亡は防ぐことができるため、原因精査を行う時間を稼ぐことができる。
- 鎮静の維持
鎮静は血圧を下げない範囲で深めにかける。疼痛原因が特になければドルミカム5A+生食40mlで2ml/hr程度あれば十分である。
- 血圧が低めになったら
血圧が少しでも低めになったら昇圧剤、カテコラミンを開始する。ドパミンであるカタボンHi(600mg/200ml)は体重50Kgにて1ml/hrで1γ(1μg/Kg/min)となるように設定されているため7ml/hrあたりから開始する。
- 輸液
血圧が低めならばラクテックを100ml/hrで血圧が正常であればソルデム3Aで60ml/hrで維持をする。
- アシドーシスが存在すれば
不足HCO3-(mEq/l)=体重(Kg)×0.2×B.Eより計算し、半分量を投与しpHをみながら追加していく。7%メイロン20mlでは17mEq/lであり、8.4%メイロン20mlでは20mEq/lである。
- 聴診で喘鳴が聴こえたら
ソルコーテフ200mgの投与を行う。
- 発熱が認められたら
速やかに血液培養を行い、第三世代のセフェム系抗菌薬の投与を開始する。
ここまで行えば、重症患者に対して最低限の維持ができるので採血、X線写真、心臓超音波検査、腹部超音波検査を行い、治療に向けた計画を作成する。FiO2が1.0の場合は3時間もすると肺胞障害が始まるといわれている。人工呼吸器を用いた長期管理を行う場合は、設定の調節が必要となる。それらは内部リンク呼吸困難を参照のこと。
生体への影響[編集]
本来の人間の呼吸は吸気時に胸腔内が陰圧(1気圧以下)になり、呼出時に陽圧(1気圧以上)となる。しかし人工呼吸器を装着している場合、胸腔内は常に陽圧となる。胸腔内にある大静脈や肺の血管が圧迫され、循環の妨げになる。また生体にとって陽圧をかけて肺にガスを送り込むことは無理やり肺を押し広げるため、非生理的なことであり装着時間に比例してダメージも大きくなる。
- 循環の障害
- 血液は体内を一巡する毎に必ず肺を通る。その肺の血管が圧迫されれば、全身の循環が妨げられる。殊に心不全の患者においては著明に血圧が低下する。
- 腎機能の障害
- 上記に対する反応として、人体は循環血液量が「足りない」と判断し、水分を体に溜め込もうとするため乏尿が起きる。
- ガス交換の障害
- 肺の血管が圧迫されれば肺の血流は低下し、せっかく人工呼吸器によって充分に換気してもその酸素を血管内に取り込むことが出来ない。殊に間質性肺炎や喫煙、急性呼吸窮迫症候群などによって肺が硬化した患者においては吸気圧を高くしなければ換気できないため、治療に難渋する。
合併症[編集]
- 人工呼吸器関連肺炎 (ventilator-associated pneumonia:VAP) - 気管挿管によって喉頭蓋が開いたままの状態となるため、唾液や嘔吐した胃内容物などが気管に入りやすい。本来は気管挿管関連肺炎と言うべきであるが、非侵襲的人工呼吸においても、胃に空気が多量に入ることによって嘔吐し、それを誤嚥することはありえる。
- 圧外傷
- 緊張性気胸
- 酸素傷害
- 脳圧亢進
関連項目[編集]
外部リンク[編集]