根岸英一

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根岸 英一
根岸 英一(2010年)
人物情報
生誕 1935年7月14日(80歳)
満州国の旗 満州国新京
居住 満州国の旗 満州国
日本の旗 日本
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
国籍 日本の旗 日本
出身校 東京大学
ペンシルベニア大学
学問
研究分野 化学
研究機関 シラキュース大学
パデュー大学
博士課程
指導教員
アラン・R・デイ
主な業績 根岸カップリング
主な受賞歴 ノーベル化学賞(2010年)
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ノーベル賞受賞者 ノーベル賞
受賞年:2010年
受賞部門:ノーベル化学賞
受賞理由:有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリング

根岸 英一(ねぎし えいいち、1935年7月14日[1][2] - )は、日本化学者2010年ノーベル化学賞受賞。パデュー大学特別教授 (H.C. Brown Distinguished Professor of Chemistry)。

経歴[編集]

1935年昭和10年)、満洲国新京特別市(現在の中華人民共和国吉林省長春市)にて誕生[1][2]。翌1936年(昭和11年)、南満洲鉄道商事会社に勤めていた父の転勤に伴い、濱江省哈爾濱市(現在の黒竜江省ハルビン市)に転居して少年時代を過ごした。1943年(昭和18年)、父の転勤で日本統治時代の朝鮮仁川府(現在の大韓民国仁川広域市)、次いで京城府城東区(同ソウル特別市城東区)で過ごした[3][4]

第二次世界大戦後の1945年(昭和20年)11月、東京都目黒区引き揚げ、親戚一同と過ごしたが[4]、深刻な食糧不足などを解消するため、神奈川県高座郡大和町(現大和市南林間へ転居して、大和小学校及び新制の大和中学校へ進学した[5]。満洲国時代に内地の同世代の児童より1年早く小学校に就学したため、神奈川県立湘南高等学校に進学しようとする際に、高校から年齢が1歳若く入学できないと通知されたため、大和中学校の教諭約10人が交代で高校を説得して入学許可が下り[5]、同校に入学した際は同級生より1歳年下の14歳だった[6]。高校のクラブ活動は合唱部に所属し、絵画部にも所属した。絵画部の2学年上に石原慎太郎が在籍していたが、レベル差を感じて根岸は絵画部を短期間で退部している[7]。高校在籍当初は成績優秀な生徒ではなかったが、2年へ進級した後に猛勉強した結果、2年2学期から卒業まで学年トップかトップタイの成績を修め、1953年(昭和28年)3月に湘南高等学校を卒業(28回生)[8]。同年17歳で東京大学に入学。大学受験時はプレッシャーにより体調は最低で、東京大学の入試に落第したときは東京芸術大学楽理科指揮科なら楽器演奏のできない根岸でも入学できると考えていた[7]

大学3年の時、胃腸障害をこじらせて一時入院し、1年留年1958年(昭和33年)東京大学工学部応用化学科卒業。東京大学工学部出身者としては初めてのノーベル賞受賞者である[9]。在学中に「帝人久村奨学金」を受給した縁もあり[10]、同年4月に帝国人造絹絲(現帝人)へ入社[8]。その後、1960年(昭和35年)に帝人を休職してフルブライト奨学生としてペンシルベニア大学博士課程へ留学し、1963年(昭和38年)にPh.D.を取得した。博士課程での指導教授はアラン・R・デイ

Ph.D.取得後は帝人中央研究所に復帰するが学界の研究者への転身を決意[11]。日本の大学での勤務を希望していたが職場が見つからず[12]1966年(昭和41年)に帝人を休職(辞表を提出したが帝人が慰留したため休職扱い)してパデュー大学博士研究員となる。このときの指導教授はハーバート・C・ブラウン1979年ノーベル化学賞受賞)。1968年(昭和43年)、パデュー大学助教授助教扱い)、1972年(昭和47年)、シラキュース大学助教授に就任して帝人を正式に退職。1976年(昭和51年)、シラキュース大学准教授に昇格し、1979年(昭和54年)にブラウン教授の招きでパデュー大学へ移籍し教授に就任。同年のブラウン教授のノーベル賞受賞式には随伴者の一人として式典に出席した[13]1999年平成11年)からパデュー大学ハーバート・C・ブラウン化学研究室特別教授の職位にある。

2011年(平成23年)、母校ペンシルベニア大学から名誉博士号 (Doctor of Science) を授与された[14]。また2010年(平成22年)10月には、古巣である帝人から「帝人グループ名誉フェロー」に招聘され、就任している[15]。加えて、独立行政法人(現・国立研究開発法人科学技術振興機構の総括研究主監に就任し、同機構が日本における活動拠点となっている[16]2014年(平成26年)3月、母校の東京大学から名誉博士号を授与された[17]

在米歴は50年を超え、家族は妻、2女と4孫。妻は湘南高校の同級生の妹。趣味はスキー。

業績[編集]

有機亜鉛化合物と有機ハロゲン化物とをパラジウムまたはニッケル触媒のもとに縮合させ C-C 結合生成物を得る根岸カップリングを発見。この業績により、鈴木章リチャード・ヘックと共に、2010年(平成22年)10月6日ノーベル化学賞受賞が決まった[18]。この受賞に関し、根岸は「夢見たことがかなった。50年間思い続けていれば夢はかなう」とし、日本の若者も海外に打って出るべきだとコメントした。また有機アルミニウム化合物有機ジルコニウム化合物クロスカップリングに用いうることも最初に報告している。根岸はこのカップリング技術の特許を取得していない。その理由として「特許を取得しなければ、我々の成果を誰でも気軽に使えるからと考え、半ば意識的にした」と述べている[19]

その他、二塩化ジルコノセンを還元して得られる Zr(C5H5)2根岸試薬とも呼ばれ、多置換ベンゼンの合成などに用いられる。

また、2010年(平成22年)のノーベル賞受賞の功績により、平成22年度文化功労者に選出されると同時に文化勲章も受章した[20][21][22]

原発に頼ることをやめるべき.....。東大の先生は東電に買収されています。そうすると公平にものを言えなくなる。だから、絶対に買収されてはいけません。私は買収されていないから、どこでも何に対しても自由に発言できるのです。

根岸英一 、週刊現代 2011年5月11日号

受賞・栄典[編集]

ストックホルム大学でのノーベル賞受賞講演(2010年)

国立研究開発法人科学技術振興機構根岸 英一 総括研究主監の経歴」等を参照。

  • 1960-1961 Fulbright-Smith-Mund Fellowship(フルブライト奨学金)
  • 1962-1963 Harrison Fellowship at University of Pennsylvania(ペンシルベニア大学ハリソンフェローシップ)
  • 1987 Guggenheim Fellowship
  • 1996 A. R. Day Award(アラン・R・デイ賞)
  • 1997 日本化学会賞[23]
  • 1998 Herbert N. McCoy Award(ハーバート マッコイ賞)
  • 1998 American Chemical Society Award for Organometallic Chemistry(アメリカ化学会有機金属化学賞)
  • 1998-2000 Alexander von Humboldt Senior Researcher Award(アレクサンダー・フォン・フンボルト財団上席研究賞)
  • 2000 Sir Edward Frankland Prize Lectureship(エドワード・フランクランド講演賞)
  • 2003 Sigma Xi Award, Purdue University
  • 2007 Yamada-Koga Prize(山田-古賀賞)
  • 2010 文化功労者[20]・文化勲章[21]
  • 2010 ノーベル化学賞[18]
  • 2010 ACS Award for Creative Work in Synthetic Organic Chemistry(アメリカ化学会有機合成化学賞)
  • 2011 アメリカ芸術科学アカデミー会員
  • 2014 米国科学アカデミー会員[24]

脚注[編集]

  1. ^ a b “ノーベル化学賞に鈴木、根岸氏”. 琉球新報. (2010年10月6日). オリジナル2010年11月30日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20101130201753/http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-168485-storytopic-1.html 2010年10月6日閲覧。 
  2. ^ a b “(私の履歴書)根岸英一(2) 1年早く就学 8歳まで満州で生活 遊びに熱中、冬はスケート”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2012年10月2日). http://www.nikkei.com/article/DGKDZO46760710R01C12A0BC8000/ 2015年8月30日閲覧。 
  3. ^ 根岸英一教授「韓国、ノーベル科学賞受賞の条件は整った」(2) 中央日報 2011年07月22日閲覧
  4. ^ a b 私の履歴書)根岸英一(3) ソウルに転居 仲間連れ内緒で遠出 無鉄砲な性格、子供時代も、日本経済新聞、2012年10月3日
  5. ^ a b (私の履歴書)根岸英一(4) 林間の地 自然が好奇心満たす 曲折経て湘南高校に進学、日本経済新聞、2012年10月4日
  6. ^ 湘南高校出身のノーベル賞・根岸さん、同級生らから喜びの声/神奈川 神奈川新聞、2010年10月7日
  7. ^ a b (私の履歴書)根岸英一(6) 湘南高校時代 2年生で奮起し勉強 体調不良乗り越え東大に、日本経済新聞、2012年10月6日
  8. ^ a b 湘南の先輩がノーベル賞受賞!!、神奈川県立湘南高等学校、2010年10月6日速報
  9. ^ 根岸英一先生ノーベル化学賞受賞について(工学系研究科・工学部)、東京大学工学部
  10. ^ 根岸博士(奨学生OB)からのメッセージ、公益財団法人帝人奨学会
  11. ^ (私の履歴書)根岸英一(10) 帝人に復帰 大学で「優」連発、自信に 新製品阻まれ学会へ転進、日本経済新聞、2012年10月10日
  12. ^ ノーベル化学賞:根岸さんうっすら涙「来るものが来た」、毎日新聞(電子版)、2010年10月7日
  13. ^ (私の履歴書)根岸英一(18) 古巣へ再び 新規分野の開拓、志す 恩師のノーベル賞に歓喜、日本経済新聞、2012年10月18日
  14. ^ Penn's 2011 Honorary Degree Recipients、University of Philadelphia, March 22, 2011
  15. ^ ノーベル化学賞受賞の根岸英一氏が帝人グループ名誉フェローに就任しました 帝人プレスリリース、2011年1月11日
  16. ^ ノーベル賞受賞者 根岸英一 氏がJSTの総括研究主監に就任、独立行政法人科学技術振興機構プレスリリース、2011年6月15日
  17. ^ 根岸 英一博士 東京大学名誉博士称号授与式と記念講演会 開催報告、東京大学工学部、2014年3月13日
  18. ^ a b “ノーベル化学賞に鈴木名誉教授と根岸氏”. 産経新聞. (2010年10月6日). オリジナル2010年10月6日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20101006181652/http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/101006/acd1010061854009-n1.htm 2010年10月6日閲覧。 
  19. ^ “根岸・鈴木氏、特許取得せず…栄誉の道開く一因”. 読売新聞. (2010年10月7日12時46分). オリジナル2010年10月9日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20101009103442/http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20101007-OYT1T00571.htm 2010年10月8日閲覧。 
  20. ^ a b 平成22年度 文化功労者 文部科学省、2010年(平成22年)11月3日発令
  21. ^ a b 平成22年度 文化勲章受章者 文部科学省、2010年(平成22年)11月3日発令
  22. ^ 文化勲章の喜び「じんわりと」 ノーベル賞の2人も受章 朝日新聞、2010年10月26日
  23. ^ 日本化学会 各賞受賞者一覧”. 日本化学会 (2010年1月22日). 2010年10月7日閲覧。
  24. ^ National Academy of Sciences Members and Foreign Associates Elected. National Academy of Sciences, April 29, 2014

関連項目[編集]

外部リンク[編集]