アドルフに告ぐ

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アドルフに告ぐ
ジャンル ストーリー漫画
歴史漫画パラレルワールド
サスペンス
漫画:アドルフに告ぐ
作者 手塚治虫
出版社 文藝春秋
掲載誌 週刊文春
レーベル 文春コミックス 他
発表号 1983年1月6日号 - 1985年5月30日号
巻数 文春コミックス全5巻 他
テンプレート - ノート
プロジェクト 漫画
ポータル 漫画

アドルフに告ぐ』(アドルフにつぐ)は、手塚治虫による日本歴史漫画作品。

概要[編集]

1983年1月6日から1985年5月30日まで、『週刊文春』(文藝春秋)に連載された。1986年(昭和61年)度、第10回講談社漫画賞一般部門受賞。

第二次世界大戦前後の時代、ナチスの支配下にあったドイツと、戦前の日本を舞台に、「アドルフ」というファーストネームを持つ3人の男達(アドルフ・ヒトラー(本書での表記は「アドルフ・ヒットラー」)、アドルフ・カウフマンアドルフ・カミルの3人)を主軸とし「ヒトラーがユダヤ人の血を引く」という機密文書を巡って、2人のアドルフ少年の友情が巨大な歴史の流れに翻弄されていく様と様々な人物の数奇な人生を描く。

作品の視点は主にカウフマンとカミル、狂言回しである日本人の峠草平の視点から描かれている。ヒトラーが登場する場面は、峠草平とカウフマンの目から見た描写と、終盤にとどまる。ストーリーが展開し、ベルリンオリンピックゾルゲ事件日本やドイツの敗戦、イスラエルの建国など、登場人物たちは様々な歴史的事件に関わる事になる。『陽だまりの樹』と並び非常に綿密に設定された手塚治虫の後期の代表作。

生前の手塚が対談で語ったところによると、当初は空想的・超現実的傾向の強い作品を構想していたが、週刊文春側の要請で「フレデリック・フォーサイスタイプ」の作品になった[1]。また、途中の休載や単行本の総ページ数の制約により、中東紛争の歴史を背景にラストに至る必然性を描写したり、登場人物であるランプや米山刑事などの「その後」について予定していたドラマなどはすべてカットされることになった[2]

あらすじ[編集]

1983年イスラエル。1人の日本人男性がひっそりと墓地の一角に佇み、ある墓の前に花を供えた。彼の名は峠草平。40年前、3人の「アドルフ」に出会い、そしてその数奇な運命に立ち会うことになった彼は、全ての終わりを見届けた今、その記録を1冊の本として綴ろうとしていた。

1936年8月、ドイツは、ベルリンオリンピックに湧いていた。協合通信の特派員であった峠草平のもとに、ベルリン留学中の弟・勲から1本の電話が入る。翌日、勲のもとに駆けつけた草平だったが、勲の姿はなかった。調査の末に勲の惨殺死体を発見した草平は、勲の遺したメモと白い粉を頼りに殺害犯の謎を追って奔走する。草平は勲の恋人を名乗るローザと出会い、真実を求めようとする。しかしこれは勲の隠した秘密を追うゲシュタポの罠であり、ローザはゲシュタポ極東主任・ランプの娘だった。

その頃日本の兵庫県神戸市に二人のドイツ人少年が住んでいた。一人は日独混血のアドルフ・カウフマン、もう一人はユダヤ人のアドルフ・カミル。境遇が異なる二人は親友同士であったが、ナチスによるユダヤ人迫害は二人の関係にも影を落としつつあった。ある日カミルは「ヒトラーがユダヤ人である」ということを盗み聞きしてしまう。カミルの残したメモからこのことを知ったカウフマンは、父ヴォルフガングにそのことを告げてしまう。ナチス最大の機密であるその情報を追っていたヴォルフガングは激昂し、逃げた息子を追って阪神大水害の街中に出て肺炎にかかり、病死してしまう。ヴォルフガングの遺言でドイツに戻り、アドルフ・ヒトラー・シューレに入ったカウフマンは、反ユダヤ主義が国是となったナチス・ドイツで成長していく。当初は反ユダヤ主義に対する違和感を感じていたカウフマンだったが、不法入国者として逮捕されていたカミルの父を任務で射殺することとなり、ヒトラーの側近く仕えるなど出世の道を歩んでいく。その一方でユダヤ人の少女・エリザに好意を抱き、ユダヤ人狩りから逃れさせるために、親友カミルが住む日本に亡命させている。

一方でドイツから帰国した草平は、弟の恩師である小城から連絡を受ける。勲が死の直前に小城に送った文書は「ヒトラーがユダヤ人の血を引く」ということの明確な証拠だった。しかし特別高等警察に監視されていた小城と接触したことで、草平は特高の赤羽警部に追われることとなってしまう。そのさなか、カウフマンの母・由季江は草平と出会い、思いを寄せるようになる。文書を狙って来日したランプをかわした草平は、文書を由紀江の友人である本多大佐の息子芳男に託した。しかしゾルゲ事件に関与していた芳男は、父の手によって殺害される。

1944年、カウフマンはヒトラー暗殺未遂事件に関与したとされるエルヴィン・ロンメル元帥をかばったことから失脚し、ユダヤ人の強制移送に従事することとなる。カウフマンに目をつけたランプは、機密文書奪回のためにカウフマンを日本に向かわせる。日本に戻ったカウフマンは、エリザがカミルと婚約していたこと、母・由季江が草平と結婚していたことを知る。激しい怒りに捕らわれたカウフマンはエリザを犯し、カミルと決裂してしまう。いよいよ激しくなる戦火の中、カウフマンは文書の捜索を続けるが、神戸大空襲によって由季江は妊娠したまま植物状態となる。ようやく文書を発見したカウフマンだったが、その日はヒトラーの自殺が日本で報道された日であった。

戦後、パレスチナに逃亡したカウフマンはパレスチナゲリラのもとに匿われ、家族を持つ。しかしその家族はイスラエル軍の「アドルフ・カミル」率いる部隊によって殺害される。激怒したカウフマンは街中にカミルへの通告を貼り付ける…。

登場人物[編集]

主人公[編集]

峠 草平(とうげ そうへい)
本作の主人公の1人で狂言回し[3]。協合通信のドイツ特派記者。1911年茨城県新治郡土浦町(現在の土浦市)出身。W大[4]陸上部の元花形選手。スポーツマンらしい正々堂々とした、一本気でおおらかかつタフな性格の持ち主。弟の復讐としてローザを強姦し自殺に追い込むなど冷酷な一面を見せることもあるが、硬派な言動から多くの女性に想いを寄せられている。
ドイツに留学している弟の勲がおり、ベルリンオリンピックに湧くドイツで取材中、勲から掛かってきた一本の電話が彼の人生を大きく変える事になる。勲を殺された挙句、文書を巡って特別高等警察拷問され、協合通信を辞めさせられ、どん底の生活に追い込まれる。それでも弟の無念を晴らすために奔走するも、結局無駄に終わった。カウフマンの母親である由季江と、とあることで知り合い彼女の店でボーイを務め、やがて再婚相手となる。相思相愛の夫婦関係を築くが、カウフマンの歪みを深める一因を作った。神戸大空襲での負傷による後遺症で聴覚障害者になってしまい、終戦直後に由季江との間に娘が産まれるも、間もなく由季江と死別した。終戦後、ベルリンオリンピック時に知り合った新聞記者に「君しかいないんだ!」と乞われて復帰。その記者の勤め先に入社し、作家記者となった。
アドルフ・カウフマン
本作の主人公の1人。ドイツ人外交官にして熱心なナチス党員のヴォルフガングを父に、日本人の由季江を母に持つハーフの少年。1928年生まれ。元々は大人しく繊細な性質で、日独混血である事にコンプレックスを抱きながら育った。
神戸キリスト教学校へ通い、神戸の山本通りで裕福な暮らしを送る一方、下町のユダヤ人のパン屋の息子で同名のカミルとは親友であった。しかし、父親の強い要望によりアドルフ・ヒトラー・シューレ(AHS)への入学が進められ、抵抗を試みるも、ある秘密からカミルを守った結果、ドイツ本国へと送られてしまう。カミルとの強い友情と、再会を胸に日本を発つが、AHSでの教育は徐々に自身をナチズムに染めていく。ヒトラー・ユーゲントとしての活動の中、裕福なユダヤ商人の娘であるエリザと出会い、彼女に一目ぼれしたことをきっかけに日本への亡命計画を立案し、エリザにカミルを頼るように言い含めると、強引に実行させた。
その一方で優秀生としてヒトラーに面会し、彼に大いに感銘を受け、ナチズムとヒトラーへの傾倒を深めていく。さらには列車内で中国人のスパイを捕まえる手柄を立て、小さな英雄として二度目の面会と表彰を受け、ヒトラーから秘書になるように命じられる。ヒトラーの身近で仕えるうち、その人柄、そしてある重大な秘密を知ることとなったカウフマンは、ヒトラー個人への思い入れを深めていく。やがて筋金入りのSD(親衛隊保安部)幹部となった彼は任務を冷酷に遂行してゆくが、ヒトラー暗殺計画でヒトラーの狂気を知り、尊敬していたエルヴィン・ロンメル元帥の死を通じ、自身の在り方に疑問を抱くようになる。ロンメルの逮捕に躊躇したことから、左遷させられてユダヤ人の絶滅強制収容所への移送に従事するが、ランプによって秘密文書に関する新たな任務に抜擢される。
ヒトラーの出生についての秘密文書を求めて終戦間際にUボートで来日、親友カミルと、片思いであったエリザと再会するも、エリザとカミルが婚約したことを知って激怒、エリザを強姦した挙句、カミルと絶交する。唯一の肉親である母の由季江にも縁を切られながら、峠や小城を拷問にかけ、カミルを追い詰めて秘密文書を探し当てるが、当日の新聞で祖国の敗戦とヒトラーの死を知り、全てに絶望することとなる。
終戦後はユダヤ人による執拗なナチスの残党狩りに追われ、ヨーロッパ中を逃げ回っていた。レバノンの荒野で行き倒れ寸前になっていたところをアリ・モルシェード達パレスチナゲリラに拾われ、共に「黒い九月」のメンバーとしてイスラエルと戦う。アラブ人の妻を娶り娘をもうける。ささやかな安らぎの中でわが身を振り返り、子供に「正義」と「人殺し」を教える恐ろしさを痛感していた。しかし1973年、妻子は街中で起こった戦闘の巻き添えで殺され、そのイスラエル軍部隊を指揮していた将校がかつての親友だったカミルだと知り、カミルへの復讐と決闘を決意。「アドルフに告ぐ」というタイトルのビラを発行し、各地に貼り出す。この行動により組織の調和を乱す存在としてアリ達に危険視され、カミルとの決闘の場[5]へとやって来たアリ達を待ち伏せし皆殺しにした。国家の「正義」に翻弄された自身を自嘲気味に振り返った後、現れたカミルに復讐の想いをぶちまけ、一対一で戦った果てに敗れ、無残な最期を遂げた。
アドルフ・カミル
本作の主人公の1人。ドイツから神戸へと亡命したユダヤ人であり、元町でパン屋「ブレーメン」を営む一家の息子。1928年生まれ。日本で生まれ育ち、地元の公立学校に通っており、流暢な関西弁を話すことができる。自分の信念を貫き、何事も簡単には諦めない、逞しい精神の持ち主。
ハーフであることが原因でいじめの対象となったカウフマンをかばったことから、彼と親交を深め、親友となる。偶然、父親たちの秘密会議を漏れ聞いた事から、ヒトラーの秘密に触れ、結果的に本人の知らぬところでそれがカウフマンとの別れを呼ぶこととなってしまった。やがてその秘密をめぐる事件に巻き込まれ、恩師の小城と共に命がけの活躍をする事となる。
その後ドイツに渡ったカウフマンとは戦時下の通信規制により疎遠になるが、カウフマンの手配で日本に亡命したエリザ・ゲルトハイマーを預かり、共に暮らすうちに恋仲となる。大戦末期、来日したカウフマンと再会するも、カウフマンが嫉妬に狂ってエリザを強姦したことを知り激怒、彼と絶交する。
神戸大空襲で母親のマルテと家財を失い、戦後はエリザと共にイスラエルへ亡命。そこでイスラエル軍の軍人となり、アリ達ゲリラ曰く「ナチス以上の残虐」を行う。戦時中、ドイツ軍に捕らえられた父のイザークがカウフマンに殺害されていたことを知り、復讐を決意。一対一での決闘の末にカウフマンを射殺する。その後カウフマンの目を閉じさせ「あの世でパパにあやまってこい…また来世で会おう」と告げる[6]1983年に軍を退役した直後、シーア派パレスチナゲリラによるテロに巻き込まれて死亡する。

主人公の近親者及び主要人物[編集]

峠 勲(とうげ いさお)
草平の弟。ベルリン大学に留学している。共産主義の学生活動を行っていたが、付き合っていたローザ・ランプ(アセチレン・ランプの娘)によってゲシュタポに密告されて殺され、遺体も社会から抹消された。しかし死ぬ前に、入手していたヒトラー出生の秘密についての文書を小城に託していた。
小城 典子(こしろ のりこ)
アドルフ・カミルや峠勲の恩師である小学校教師。同人誌で反戦詩を発表したために「アカ」の疑いをかけられて特高にマークされ、彼らから過酷な拷問を受けていた。勲から送られた文書を預かり、それによって草平、カミルと共にナチスの文書を巡る陰謀に巻き込まれる事となる。
ヴォルフガング・カウフマン
アドルフ・カウフマンの父。ヘッセン州出身。表向きは神戸駐日ドイツ総領事館職員だが、その正体は目的のためなら殺人や拷問も厭わない非情なスパイである。東京大使館のリンドルフ一等書記官に頭が上がらない。非常に強権的で威圧感溢れる人物であり、繊細な性格の持ち主である息子のアドルフは常に父に怯えていた。
第一次大戦時に帝政ロシアの捕虜となり、そこでランプと知り合った事が、後にナチスへ入党するきっかけとなったようである。第一次大戦終戦後はドイツへ帰国し、日本へ留学した際に由季江と知り合った。由季江と結婚した後も機密文書の行方を追っていたが、鉄砲水にあったことを切っ掛けに肺炎にかかり、帰らぬ人となる。ヴォルフガングの遺志で息子のアドルフがアドルフ・ヒトラー・シューレに入学後、亡き父が腕利き情報員としてドイツでは有名であると知り、驚きの手紙を母に出していた。
峠 由季江(とうげ ゆきえ) / 由季江・カウフマン(ユキエ・カウフマン)
アドルフ・カウフマンの母。美しく心優しい一方、儚げで繊細だが、芯は気丈な性格。強権的な夫のヴォルフガングと不仲となっており、既に彼との夫婦関係は冷めていた。
夫であるヴォルフガングと死別した後、あるきっかけで峠と知り合いとなる。後に神戸の自宅でドイツ料理店「ズッペ」を始め、ボーイとなった峠と再婚し相思相愛の夫婦となるが、峠との再婚がカウフマンの歪みを深める一因になってしまった。帰国した息子との再会を喜ぶも、ナチスとヒトラーに忠誠を誓って狂気に奔り、カミル等を痛めつける息子の姿にショックを受け勘当するが、息子の心を理解しようとしなかったことに深く後悔していた。峠との間に子供を身篭るも、それから間もなく神戸大空襲によって瀕死の重傷を負う。峠の願いを聞き届けた本多大佐の手配で設備の整った阪大病院へと送られるが、植物状態となってしまう。終戦後に帝王切開で娘[7]を出産するも、ほどなくして死亡する。
イザーク・カミル
アドルフ・カミルの父。神戸元町で妻のマルテと共にパン屋「ブレーメン」を営んでいる。同胞のユダヤ人がヨーロッパで弾圧されている現状に心を痛めていた。神戸のユダヤ人社会における反対勢力から脅迫を受けるが、その決意を変えることなく、ミールユダヤ神学校の学生500人を日本に亡命させるためリトアニアに向かう。だが、当初の話と違って一般人を亡命させるよう依頼され、途方に暮れる中、混乱した現地で財布と身分証をすられてしまう。ついには密入国の難民の疑いをかけられ逮捕。ドイツに送検され、ユーゲントにおいてアドルフ・アイヒマンの意向によりアドルフ・カウフマンに射殺される。射殺の直前、カウフマンに気付いて助けを求めたが、運悪くエリザの件と自身の出自により微妙な立場に置かれていたカウフマンには、アイヒマンの命令通りに射殺することしかできなかった。この件について事情を聴かれたカウフマンは「神戸の親友のおやじさんだが、ここにいるはずがない」とアイヒマンに語り、その存在を否定している。
マルテ・カミル
イザーク・カミルの妻でアドルフ・カミルの母。不在中の夫イザークに代わり、息子アドルフと共にパン屋を営んでいた。恰幅のいい体形で、見た目から受ける印象通りのおおらかで優しい性格。アドルフ・カウフマンの手配で亡命してきたエリザを快く迎え入れ、以後は実の娘のように接し、二人いることが多くなる。後にエリザがアドルフ・カウフマンから暴行を受けた際にも、彼女と息子の将来を否定することなく支え続けたが、空襲に巻き込まれ死亡。
エリザ・ゲルトハイマー
ドイツ在住の裕福なユダヤ人一家の娘で、家族構成は両親と弟。祖先に中国人の血が混じっていることもあり、東洋風の雰囲気と黒髪の持ち主である。
ヒトラー・ユーゲントに所属していたアドルフ・カウフマンに一目惚れされ、彼の手引きで、ユダヤ人狩りが本格的に行われる前にと日本への亡命計画を進める。しかし家族(とりわけ父親)はヘルマン・ゲーリングとコネがあり、お目こぼしに預かっていたことから危機感に乏しく、亡命も既得権益を手放すことになると躊躇していた。エリザの必死の懇願により一家は亡命に踏み切るが、彼女以外の家族は何かと待遇に不満を漏らし、結局は財産の整理にかこつけて舞い戻ったところを逮捕されてしまう。皮肉にも、この結果カウフマンはフリッツが言うところの「ユダヤ人の娘に惚れて、ユダヤ人の肩を持つ裏切り者」としての嫌疑を逃れることが出来た。
亡命後は神戸で暮らし、アドルフ・カミルと婚約する。しかし、文書抹消のため潜水艦で来日したカウフマンがカミルとの婚約に激怒。婚約の撤回を要求され拒否するも、諦めきれないカウフマンに騙され、彼に強姦されてしまう。そのことがカミルに発覚し、2人の友情が破綻する要因になった。戦後はカミルと結婚しイスラエルに渡る。その後は息子を産み、1983年にカミルと死別した後、イスラエルを訪問した草平と再会する。
アドルフ・ヒットラー
実在の人物。本作におけるキーマンで、ナチス・ドイツ総統。極めてヒステリックで、自分の考えに没頭すると周りが見えなくなる厄介な男。本作ではユダヤ人の血が入っているという設定であり、ユダヤ人を根絶やしにせんとしながらも自身の血に苦悩する。
戦況の悪化から物語途中から精神的な均衡を失い疑いをかけた部下を次々と粛清する。史実でも大戦末期から精神衰弱気味になり、1945年4月30日に総統地下壕で妻のエヴァ・ブラウンとともに自殺したが(アドルフ・ヒトラーの死)、本作では同日、自殺直前にランプに撃たれて死亡している(ランプが自殺に見せかける形に偽装したため、ボルマン以外の人物は自殺したと考えている)。
アドルフ・アイヒマン
ナチス親衛隊中佐(作品初登場時は大尉)。ドイツによるホロコーストの実行者の一人で実在の人物。
ユーゲントにいたカウフマンを含めた混血児たちに対して「純粋なアーリア人でないからこそ、よりたくさん努力しなければならない」と称してユダヤ人を的にした殺人訓練を課した。カウフマンにイザークを射殺させるが、初めて人間を撃つカウフマンが手間取って急所以外の場所に弾を撃ち込むなど上手くいかないのに対し「1人殺すのに弾を無駄にするな! 次は1発で仕留めろ!」と叱責する。その後、カウフマンの左遷先の上官(この時の階級は少佐)として再会を果たす。「総統が狂っていることは知っている。部下も正気では務まらない」との考えをカウフマンに語った。なお、再会時にカウフマンから訓練当時の事について言及されたが、アイヒマン本人は覚えていなかった。
史実では大戦終結後にバチカンなどの助けを受けてアルゼンチンに逃亡した後、イスラエル諜報特務庁に捕えられイスラエルで処刑されている。

その他の人物[編集]

赤羽(あかばね)
特別高等警察の鬼刑事。草平が持つ重要書類を奪うべくあらゆる卑劣な手段を駆使し峠を苦しめる。怒りが頂点に達した草平ともみ合ったときに頭を負傷しに障害を負ったため、免職され精神病院に入院したが、脱走。峠から文書のありかを聞き出すため、カミルと小城を捕獲するようにカウフマンから命令され、2人を捕えて峠の目の前で拷問を行う。ちょうどそこにアメリカ軍機が来襲し、空襲に巻き込まれて死亡。
キャラクターの基本設定は、手塚治虫漫画のスター・システムにおけるアセチレン・ランプと並ぶ悪役キャラのハム・エッグである[8]。後述のランプに比べれば多少はコメディ色があるものの、本作では基本的に滑稽さを封印し、執拗で頑迷な特高刑事を演じている。
アセチレン・ランプ
ゲシュタポ極東諜報部長。「氷の心臓を持つ男」との異名を持つ冷酷非道な男。ヒトラー出生の秘密についての文書を追っている。
娘ローザが自殺した原因が草平にあることを確信し、その仇討ちのためにも執拗に文書と草平を追う。日本に帰国した彼と例の文書を追って日本までやって来るが、足を負傷し任務に失敗して帰国する。この時、草平を殺害しようと襲撃するも、返り討ちに遭って重傷を負わされた挙句に民家の2階から投げ落とされたが、気絶せず立ち上がり、草平から「化け物」と称された。
ドイツに帰国後、親衛隊将校となったアドルフ・カウフマンに出会い、暗殺未遂事件にあったことで半ば錯乱状態にあったヒトラーがカウフマンを反乱分子の一味と思い込んだため、あわやカウフマンが危機に陥った時に助け舟を出した。その後、ロンメルの逮捕に異を唱えたために左遷させられていたカウフマンを抜擢し草平の抹殺と文書の抹消(焼却)を依頼するものの、この件でカウフマンから本心では「要は失敗の尻拭いじゃないか」と見下されていた。自身は第二次世界大戦末期のベルリン陥落直前までベルリンに残っている。ヒトラーの遺言で遺言執行人、そして次期ナチス党首に指名された党官房長のマルティン・ボルマン総統地下壕にいるユダヤ人(アドルフ・ヒトラー)の殺害を命令され、遂行する。その後の消息は描かれていない。
赤羽刑事役のハム・エッグとともに、手塚漫画の二大悪役スターであるアセチレン・ランプが、滑稽さを封印して出演[9]。多少はコメディシーンのあるハム・エッグと異なり、ひたすら冷酷で怪物的なタフさを持つゲシュタポ将校を的確に演じている。
仁川(にがわ)
刑事。妻は関東大震災の際に濡れ衣を着せられ、暴徒に虐殺されている。そのために「真実」を追い求めて職務に励んでいる。草平を追及した後、彼の言葉に耳を傾けて良き協力者となるが、ランプに射殺される。
仁川 三重子(にがわ みえこ)
仁川の娘。草平のことが気になっていたが、本多芳男と互いに一目ぼれし、恋仲となる。父親をドイツ人(ランプ)に殺害されたためドイツを憎んでいる。父の殉職後、草平と同居していたが、芳男が死んだことを知り、彼が目を離した間に家出。太平洋戦争後、小城の故郷で再会する。
お桂(おけい)
戦死した恋人の故郷(小城と同郷)で居酒屋を営んでいる。身体に刺青のある任侠肌の女。本人の回想場面以外では「おかみ」と呼ばれている。重傷を負って警察に追われていた草平を助け、介抱するうちに恋心をいだき、三重子に対して密かに対抗心を持つ。家出して仁川の死んだ地(小城の故郷)に赴いていた三重子を保護し、戦後は共に草平と再会する。
米山
兵庫県警刑事。芸者・絹子(本名本多サチ。芳男の叔母)殺しでアドルフ・カウフマンの父であるヴォルフガングの周りを捜査する。Q大陸上部出身。大学は違うが峠の先輩に当たる。峠に一連の出来事について小説に書くように勧める。
ドクトル・リヒャルト・ゾルゲ
実在の人物。ソ連情報部の第1級スパイだが、ナチス党員のドイツの新聞記者として日本に派遣され、ソ連のためにスパイ活動を行う。コードネームは「ラムゼイ」。
本作では、防諜責任者の土肥原賢二大将に目をつけられ、日本の警察に身柄を拘束される。取り調べの末、取調主任の大橋秀雄を前に自分が身も心も疲れ果てて、完全に折れてしまったことを恥じる思いを露わにしながら、自らがスパイであることを自供する。
本多(ほんだ)
大阪憲兵隊司令部付大佐。由季江とはヴォルフガングとの結婚前から顔馴染みであり、彼女に恋心を抱いていた。職務に忠実な軍人であり、建国にかかわった満州国を「王道楽土」として強い思い入れを抱いている。ゾルゲ事件の発覚後、息子の芳男が組織の末端としてスパイ行為を働いていたことを知り、芳男を自ら射殺する(表向きは自殺)。
敗戦後、連合国軍から戦犯として処刑されることを覚悟する。植物状態の由季江を見舞い、その時峠にねぎらいの言葉を述べた後「由季江と2人きりにさせてくれ」と頼み、由季江にキスをしたのち、自宅で小刀及びピストルで自決した。
本多 芳男(ほんだ よしお)
本多大佐の一人息子。ゾルゲ機関の一員として活動、コードネームは「ケンペル」。仁川三重子と恋人関係となる。親しかった中国人が日本人に惨殺された過去の経緯、および共産主義運動に傾斜していた叔母(本多サチ)の影響から、大佐の息子という立場を活用し、ソ連のために日本軍についてのスパイ行為をしている。
ゾルゲ機関の一員としてソ連のために日本軍についてのスパイ行為をしていたが、ゾルゲの逮捕により発覚。本多家の名誉を守るため、父である本多大佐によって殺害される(表向きは自殺)。
マルティン・ボルマン
実在の人物。ナチス党官房長。ヒトラーの前では忠実な部下を演じていたが、密かに後継者の座を狙っている(史実のボルマンは能力は高いが、他の幹部たちからの評判が悪く人望に至っては壊滅的であり、1944年に妻への手紙にはヒトラーが自分を必要としてくれなくなったら政治家を辞する事を書いていたとされる)。
本作ではベルリン陥落の際に、ヒトラーが後継者である総統の座を自分ではなくカール・デーニッツに、首相をゲッベルスに指名する一方で、自分が彼等より格下の党大臣に指名されたことに憤り、ランプにヒトラー処刑を命じる。作中ではその後は描かれていないが、史実では部下と共にベルリン脱出を図るも失敗、青酸入のカプセルを噛み砕いて自決したものと見られている。ただし、死体の確認は発見された1972年にずれ込み、1998年のDNA鑑定で確定したため、連載当時の1980年代はボルマンの生存を信じていた人もいる時代でもある。
アドルフ・ホイジンガー
実在の人物。作中ではホイジンガー将軍として登場。ヒトラー暗殺計画時に「シュタウフェンベルク大佐が怪しい」と証言したカウフマンを暗殺者の一味と誤認したヒトラーの命令で彼を逮捕しようとしたが、ランプに妨害される。そればかりかランプに反逆者の一味であると告発され、逆にカウフマンに逮捕された。史実よりも大分、肥満気味な人物として描かれている。
史実ではヒトラー暗殺計画を知っていたが、一切参加はせずに、彼自身も会議室で爆発に巻き込まれて負傷しているが、本編中では負傷した様子はない。3日後に病院で療養中にゲシュタボに逮捕されたが証拠不十分により罪に問われることはなく、大戦末期には国防軍地図部長に任命される。戦後も生き残り、ドイツの再軍備に尽力し、戦後ドイツ連邦軍初の大将と連邦軍総監に任命される。
ヨーゼフ・ゲッベルス
実在の人物。ドイツ宣伝相。ヒトラーに非常に心酔していた人物として知られているが、本作ではベルリン陥落直前のヒトラーの命令を「世迷い言」とし、破り捨てるなどの描写がある。この時の命令は「急死したルーズベルトに比べて穏健派であるトルーマンと講和し、ナチス・ドイツとアメリカが力を合わせて共通の敵(ソ連)と戦う」といった、まさしく非現実的なものであった。作中ではその後は描かれていないが、史実ではヒトラーの死んだ翌日に妻と子供たちと共に一家心中を行い、自殺した。
ハンス・クレープス
実在の人物。作中ではクレプス将軍と呼ばれるドイツ軍最後の総参謀長。大戦末期のベルリン市街戦の最中、シュタイナー将軍がベルリンを包囲している赤軍を排除できていないことに関して(史実では部隊が軽武装しか保有していなかったため、戦闘拒否している)、まだ何も報告が無いことをヒトラーに伝え、一方的に怒鳴り散らされ、擁護したボルマン諸共激怒されている。ヒトラー死亡直後にも死体を運び出している。
作中ではその後は描かれていないが、史実では首相となったゲッベルス及び党大臣ボルマンに任命され、ソ連への全権大使として条件付き降伏に関する交渉を行うが、ソ連軍は無条件降伏を要求して決裂。総統地下壕に帰還後、ボルマンから交渉失敗の責任を追及され、多くの関係者が総統地下壕から脱出する中、残留する道を選ぶ。直後のゲッベルス一家の心中後に自殺した。
トラウドル・ユンゲ
実在の人物。ヒトラーの秘書官で、ヒトラーの遺言状作成の際には彼がタイプを行った。本作では眼鏡を掛けた細身の男性として描写されるが、史実は女性である。また、ヒトラーの死後は彼がヒトラーとエヴァの死体にガソリンを掛けているが、史実ではガソリンを掛けて焼却を行ったのはオットー・ギュンシェ(本作ではガソリンを用意させる場面で登場)であるとされている。史実では戦後も生き残り、ヒトラーや総統地下壕の最期についての証言を遺した。
ユリウス・シャウブ
実在の人物。ヒトラーの副官で親衛隊大将。ベニート・ムッソリーニがレジスタンスに殺害されたことに驚き、ボルマンと共にヒトラーに報告する。
史実では戦後も生き残り、本職だった薬剤師に戻っている。
フリッツ・ボーデンシャッツ
AHS時代のカウフマンの同級生。日本人との混血児でありユダヤ人との関係があるカウフマンをからかっては喧嘩をしていた。カウフマンがエリザと密会した場面を盗撮した写真をネタに強請るが、その一方で「あのユダヤ人娘との付き合いは止めないとろくな事にならない」と一応忠告するなど、仲はそこまで険悪ではなかったようである。ヒトラー暗殺未遂事件の際に反乱分子の一人として拷問を受け、カウフマンをクリスマスプレゼントを交換し合った仲と呼んで助けを請うが「次の同窓会では会えそうにないな」と見捨てられ粛清される。
エルウィン・ロンメル
実在の人物。ドイツ陸軍元帥。ヒトラー暗殺未遂事件の際に反乱分子の一人とみなされた。アフリカ戦線で物量で上回る連合軍を苦戦させ、「砂漠のキツネ」の異名を持つドイツの英雄で名将だったため、さすがのカウフマンもこれに異議を唱え極秘に電話で本人に警告したが、暗殺未遂事件の関与は否定するもヒトラーに失望していたため、あえて自宅に留まった。ヒトラーの命令で毒を呷り、粛清された。表向きは事故死として公表される。史実ではカナダ軍のスピットファイアの攻撃で頭部に重傷を負って療養中に、反逆罪での裁判か自決かを選ぶよう強要されて服毒死し、戦傷死と公表された。

史実との相違点[編集]

現実の歴史を題材にとって描かれた本作ではあるが、史実との相違点として以下の点が挙げられている。ただし、この作品はあくまでもフィクション作品であり、手塚の歴史漫画においても『火の鳥』鳳凰編の橘諸兄吉備真備の関係など、話の都合上、意図的に史実を改変しているとおぼしきものも存在する。

ヒトラーユダヤ人説とヒトラーの人となりについて[編集]

本作は「アドルフ・ヒトラーユダヤ人の血を引いている」という説を前提として創作されたものである。ヒトラーの父アロイスが父親のわからない私生児であり、またナチスの高官であったハンス・フランクニュルンベルク裁判で絞首刑になる直前に著した『死に直面して』の中で「ヒトラーの祖母がグラーツのユダヤ人の家で家政婦をしていた時に生んだ私生児がヒトラーの父であった」と記述したことから、この説は信憑性を持って語られるようになった。

手塚は、例えば『火の鳥』でも騎馬民族が弥生時代に入植し日本の支配層に入ったとする「騎馬民族征服王朝説」など、しばしば流行の学説を作品に取り入れて作品を作っており、この設定もその一環と推測される(騎馬民族征服王朝説も現在では否定されている)。手塚自身は本作の執筆終了後、『キネマ旬報』に連載していたエッセイの中で「最近、その父親、つまりアドルフ・ヒットラーの祖父にあたる人間は、ユダヤ人フランケンベルガーだった、という説がつよくなってきたそうである。もし事実だとすれば、ヒットラーは存命中必死にこの汚点をかくそうとしたであろう。これはぼくの「アドルフに告ぐ」の物語のひとつのテーマになっている」と記している[10]。しかしこの仮説は手塚が連載を始めるかなり前にヴェルナー・マーザーグラーツ大学ニコラウス・プレラドヴィッチドイツ語版教授が行った調査などで否定され、現在ではほとんど支持する専門家はいない。ヒトラーの祖母クララがいた時代には、グラーツではユダヤ人は追放されており、存在していなかった。

また、作中でヒトラーはウィーン時代極貧生活を送っていたとされるが、実際は親の遺産や恩給を受給し、絵画や絵巻書の製作でそこそこの生活が出来ていた。貧しかったのは食生活だけで、下宿先の夫妻が食事を勧めても自分で入手した物以外は口にしなかったとされる。

悪化する戦況の中、ロンメルに原爆開発による戦況逆転を語る場面があるが、実際はヒトラーは原爆には「ユダヤ人の科学」として関心を示さなかったとされている(ナチスを逃れアメリカに亡命したアインシュタインはじめ、原爆の理論には著名なユダヤ人の科学者が多く関わっていた)。

実際の第二次世界大戦下のドイツや日本との差異[編集]

  • SDに所属できる一般親衛隊隊員は純粋アーリア系であることを家系の3代以上前まで遡って証明することが絶対条件の一つで、日系ハーフであるカウフマンが入隊することは原則不可能だった(親衛隊 (ナチス)#親衛隊員についてを参照)。そのことを意識してか、手塚は作中でカウフマンを「ヒトラーのお気に入りのため異例の抜擢をあずかった」という但し書きのような描写を付け加えている。一方、ゲシュタポ隊員である駐日ドイツ大使館のリンドルフ一等書記官が、腕きき諜報員のヴォルフガング・カウフマンやオイゲン・オット大使を若いながら威圧するなど、親衛隊幹部は若くても出世が早いという表現は事実に即している。
  • ヒトラーユーゲントがユダヤ人の家屋を破壊し、さらには処刑する場面が登場するが、実際に「ヒトラーユーゲントが」「組織的に」ユダヤ人迫害へ関与した事実は無い(団員個々人の行為に関してはこの限りではない)。
  • 真珠湾攻撃を行う空母「赤城」が建造当初の三段飛行甲板に描かれているが、実際の真珠湾攻撃時点での「赤城」は、すでに全通飛行甲板一段に改装されていた。
  • カウフマンは北極回りのルートの潜水艦で日本に戻っているが、当時の技術水準では潜水艦が北極海の氷の下を突破して航海することは不可能である[11]。史実の遣日潜水艦作戦大西洋インド洋経由でおこなわれた。また、潜水艦同士の戦闘描写があるが、第二次世界大戦において実際に潜航中の潜水艦同士が交戦した事例は、1945年2月9日にイギリス潜水艦「ヴェンチャラー」がU-864英語版を撃沈した一例英語版しかない。また、使用された潜水艦はU103とされているが、史実のU103が日本に派遣された記録はない。

ヒトラー以外の実在人物に関する相違点[編集]

  • 開戦前にホワイトハウスフランクリン・D・ルーズベルトが直立しているが、実際のルーズベルトは小児マヒの後遺症で立つ事ができず車椅子を使用していた(ただし、ルーズベルトの車椅子姿をとらえたメディアはほとんど無い)。
  • また、ルーズベルトが真珠湾攻撃をあらかじめ察知していたが敢えて奇襲を許した旨の描写があるが、これは現在にいたるまで日本などで議論されているものの、それを示す確証は無く、否定する専門家も多い(真珠湾攻撃陰謀説を参照)。
  • ヒトラーの秘書トラウデル・ユンゲがメガネをかけた男性軍人として描かれているが、実際には非軍人の女性である。

実際のユダヤ人文化・歴史との差異[編集]

  • カミルは神の名「エホバ」を連呼するが、神の名יהוה‎ラテン文字形表記:YHWH、あるいはJHVH、IHVH他)を「エホバ(Yehowah、Jehovah、Iehovahなど)」と発音したのは歴史的にはユダヤ人ではなく中世以降のキリスト教であり、近現代のユダヤ教で神の名前を直接口にすることは畏れ多いと憚られ、結果正しい発音が忘れ去られたことにより歴史的にユダヤ人がどのように発音していたかは不明である。当然にように近現代のユダヤ人はカミルのようにエホバを連呼することはない。また、カミルはユダヤ人になる方法として「エホバの神を信仰すること」とカウフマンに教えているが、カウフマンがキリスト教徒であると仮定するならば、同じ(旧約聖書の神を信仰している以上、この説明だけではユダヤ教改宗としては足りない(詳細はヤハウェを参照)。
  • ラストでカウフマンはカミルに対して安息日である土曜日の正午に決闘に来るようにビラを貼り、カミルも応じるが、ユダヤ教徒が安息日に労働を行うことは原則禁じられている(ただし、決闘を労働と見なさなければその限りではない)。
  • パレスチナ問題が戦後になってユダヤ人が移住してから始まったとしているが、実際にはパレスチナへのユダヤ人の入植(シオニズム)はそれ以前の19世紀末から開始されている。またパレスチナでは1929年嘆きの壁事件を始め、戦前の1930年代後半の段階ですでに入植したユダヤ人・パレスチナ人・駐留イギリス軍の間で三つ巴の内戦が展開されていた。さらに大戦中からイスラエル独立までイギリスは白書政策に基づきパレスチナへのユダヤ人の移住を厳しく制限していた(一応、登場人物らが入植したのは1948年のイスラエル建国後とただし書きがある)。
  • カウフマンがパレスチナ人女性と結婚しているが、非ムスリムの男性がムスリムの女性と結婚する場合は必ずイスラム教に改宗しなければならない。しかし、カウフマンがイスラム教に改宗していることを窺わせるような描写は無い。
  • カミルがイスラエルでシーア派テロによって殺されたと述べられているが、イスラエル国内にシーア派はいない(隣国レバノンにはシーア派の武装集団ヒズボラの本拠地があるが、イスラエル国内でのテロ活動は少ない)。
  • カミルがカウフマンの遺体に向かって「来世でまた会おう」と言う場面があるが、ユダヤ教では来世や転生の考えは無く、作中でもカミル自身が仏教と比較してそのことについて言及している描写もある(ただし、日本育ちのカミルが仏教の思想に影響を受けたと考えることもできる)。

コミックス[編集]

1992年に文庫本(全5巻)で再発されて150万部を売り上げた。これが漫画文庫本が広く刊行される嚆矢となった。

2009年には文春文庫で全4巻に編集され刊行された。

ラジオドラマ[編集]

1993年3月15日TBSラジオにてドラマスペシャルとして放送された。同年、放送批評懇談会は中央からローカル局を含め1992年度に放送された全てのラジオ番組において最も優れた番組として『アドルフに告ぐ』を選び、第30回ギャラクシー賞ラジオ部門大賞を贈呈した。のちにドラマCDとしても発売された。

キャスト[編集]

など。

舞台[編集]

1994年に劇団俳優座の創立50周年記念公演として、原徹郎の脚本、亀井光子の演出で舞台化された。2007年には劇団スタジオライフが手塚治虫生誕80周年記念公演として上演した。スタジオライフは2015年7月にも戦後70年の節目として、アドルフ・カウフマン、峠草平、ヒトラーなどの主要な役を前回と同じ演者と若手俳優でのダブルもしくはトリプルキャストにする形で再演した[12]。同じ2015年6月にはKAAT神奈川芸術劇場とシーエイティプロデュースの共同制作での舞台化も行われた。

主なスタッフ・キャスト[編集]

  1994年
劇団俳優座公演
2007年[13]
劇団スタジオライフ公演
2015年[14]
KAAT神奈川芸術劇場
シーエイティプロデュース
2015年[15]
劇団スタジオライフ公演
脚 本 原徹郎 倉田淳 木内宏昌 倉田淳
演 出 亀井光子 倉田淳 栗山民也 倉田淳
アドルフ・カウフマン てらそま昌紀 山本芳樹
荒木健太朗[* 1]
成河 山本芳樹
松本慎也
仲原裕之[* 1]
アドルフ・カミル 森優介 小野健太郎
松本慎也[* 1]
松下洸平 奥田努
緒方和也[* 1]
峠草平 中野誠也 曽世海司 鶴見辰吾 曽世海司
藤波瞬平[* 1]
アドルフ・ヒトラー - 甲斐政彦 髙橋洋 甲斐政彦
ヴォルフガング・カウフマン - 寺岡哲 谷田歩 船戸慎士
由季江・カウフマン 河内桃子 三上俊 朝海ひかる 宇佐見輝
イザーク・カミル - 藤原啓児 石井愃一 藤原啓児
マルテ・カミル - 篠田仁志 吉川亜紀子 大村浩司
クライツ・ゲルトハイマー - 篠田仁志 - 曽世海司
藤波瞬平[* 1]
エリザ・ゲルトハイマー 早野ゆかり 吉田隆太 前田亜季 久保優二
絹子 - 吉田隆太 - 深山 洋貴
小城典子 木村実苗 林勇輔 岡野真那美 鈴木智久
本多大佐 滝田裕介 石飛幸治 谷田歩 牧島進一
本多芳男 若尾哲平 仲原裕之 大貫勇輔 仲原裕之
赤羽刑事 児玉泰次 奥田努 市川しんぺー 大村浩司
牧島進一[* 1]
米山刑事 - 牧島進一 - 牧島進一
仁川刑事 荘司肇 河内喜一朗 安藤一夫 -
仁川三重子 - 関戸博一 北澤小枝子 -
桑原先生 巻島康一 - - -
リヒャルト・ゾルゲ - 下井顕太郎 - -
アドルフ・アイヒマン - 大沼亮吉 斉藤直樹 -
マルティン・ボルマン - 河内喜一朗 石井愃一 -
ゲルハルト・ミッシェ - 船戸慎士 - 倉本徹
アセチレン・ランプ 松野健一 倉本徹 田中茂弘 倉本徹
エヴァ・ブラウン - 深山洋貴 彩吹真央 深山洋貴
クルツ - 政宗 - -
シャウブ - - 大貫勇輔 -
フリッツ - - 林田航平 -
カウフマンの妻 - - 西井裕美 -
アリ・モルシェード - - 薄平広樹 -
少女 - - 小此木麻里 -
リトアニアの警官 - - - 吉野雄作
江口翔平[* 1]
  1. ^ a b c d e f g h 役替わりで公演

翻訳[編集]

英語では"Message to Adolf"として翻訳された他、ブラジルやフランス、スペイン、オランダでも翻訳された。ドイツでも翻訳(Adolf)されたが、期待外れだった[16]

脚注[編集]

  1. ^ 『手塚治虫対談集―続「虫られっ話」』(潮出版社、1995年)に収録された巖谷國士との対談での発言。
  2. ^ 池田啓晶『手塚治虫完全解体新書』集英社、2002年、p174 - 175。この内容は、手塚が手塚治虫漫画全集の本作第5巻に収録した「あとがきにかえて」と題した文章(さらに初出は1985年6月に刊行された『手塚ファンmagazine vol.5』に掲載された「『アドルフに告ぐ』回想」)が元になっている。
  3. ^ 狂言回し役であることが明記されているものの、彼自身は3人のアドルフ全員と物語途中で別離(ヒトラーに至っては直接会ってすらいない)しており、最期を看取っておらず、語り部に近い立場にいる。そのため本作の一連の事件は峠草平の回想で語られている。
  4. ^ W大がどこの大学を指しているのか明確には描かれていないが、拷問された際に、早稲田大学の校歌を口ずさむ場面がある。
  5. ^ ジザール高地のナビ地区。実在しない場所でもある。
  6. ^ ラジオドラマ版では「アドルフ・カウフマン…地獄で会おうぜ」と言い哄笑した。
  7. ^ 峠夫婦の娘は「由季江」の名前を取り「由」と名づけられた。
  8. ^ ハム・エッグ|キャラクター|手塚治虫 TEZUKA OSAMU OFFICIAL
  9. ^ アセチレン・ランプ|キャラクター|手塚治虫 TEZUKA OSAMU OFFICIAL
  10. ^ 『観たり撮ったり映したり』キネマ旬報社、1987年、P225
  11. ^ これは当時の潜水艦がディーゼルエンジン蓄電池による通常動力型しかなく、長期の潜行が困難だったためである。 北極海横断潜行に世界で初めて成功したのは、1954年に就役した世界初の原子力潜水艦ノーチラス号」の航海による。
  12. ^ 舞台「アドルフに告ぐ」終戦70周年の2015年夏、再演決定!”. 手塚治虫オフィシャルサイト (2014年8月6日). 2016年8月30日閲覧。
  13. ^ 舞台『アドルフに告ぐ』公演ページ”. 劇団Studio Life公式ページ. 2016年8月30日閲覧。
  14. ^ 舞台「アドルフに告ぐ」KAAT神奈川芸術劇場”. KAAT神奈川芸術劇場公式ページ. 2016年8月30日閲覧。
  15. ^ スタジオライフ公演『アドルフに告ぐ』2015年”. 劇団Studio Life公式ページ. 2016年8月30日閲覧。
  16. ^ ベティーナ・ギルデンハルト「『他者』としての『ヒットラー』」(伊藤公雄『マンガのなかの<他者>』臨川書店 2008年pp.196-221)。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

舞台