語り部

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語部(かたりべ)とは、昔から語り伝えられる昔話民話神話歴史などを現代に語り継いでいる人を指していう。

古代の日本においては、品部職業部として、また現代の日本においては、話芸を中心とするタレントについて「現代の語り部」というような紹介の仕方もよく見受けられる。また、若干ニュアンスは異なるが、語り手と呼ぶ場合もある。

古代職掌としての語部[編集]

かたりべかたらいべ、とも。古代の日本において、おそらくは漢字の輸入される以前の文字による記録が発達していなかった時代の御阿礼(みあれ、神の誕生)や御贄(みにえ)貢進の寿詞(よごと)として、また文字記録がおなわれる時代となっても、王権の古伝承を語り伝え宮廷の儀式で奏上する専門の品部として置かれていた。現在、確認される語部の分布が、東は遠江(とおとうみ)、美濃、西は出雲、備中(びっちゅう)の範囲を出ず、早い時期に宮廷の儀礼に入れられたと考えられている。

日本で文献学的に確認できるのは古事記における稗田阿礼出雲国風土記における安来郷の語臣猪麻呂[1]とされる。

具体的な語部の奏上は『延喜式(えんぎしき)』にもみられ、践祚大嘗祭の折に、伴宿禰佐伯宿禰が、美濃より8人、丹波より2人、丹後より2人、但馬より7人、因幡より3人、出雲より4人、淡路より2人の語部を率いて古詞(ふるごと)を奏した、とある。内容については「其(そ)の音、祝詞(のりと)に似たり」とあるだけで詳らかでないが、おそらくは皇霊の始源や継承の由来にわたる伝承であったと考えられる[2]

語部の伝承方法は一族による相伝であり、秘匿することも可能であったため、現在でも宮中秘儀の律順などでは語部による伝承を正統としている。やがて後世になると、暗誦の工夫として語調を調えたり音程に乗せて歌謡としたりなどした。後世に偽書とされているホツマツタヱなどはこれを成文化したものと考えられる。

このように、語部の伝える内容は儀式や神事などの意味合いを強くしていたが、やがて国外から諸宗教が入ると古来伝統のものは祝詞、民間に下りたものは祭文詞章語りものと呼び方や意味合いを変えて発展していくことになる。

現代の語り部[編集]

原廣司(はら ひろし)
冨田松鶴(とみた しょうかく)
  • 2003年 「語り部の会」を設立する。
  • 2004年 「語り部宗家冨田流」を設立し、代表を務めている。
  • 2005年 文化庁後援により、国立劇場にて語り部公演実施。

出典・注記[編集]

  1. ^ 三浦佑之. “王権(おうけん)”. 2013年1月27日閲覧。 “大久間喜一郎ほか編『上代説話事典』雄山社 1993.5を引用”
  2. ^ 井上辰雄『古代王権と語部』教育社刊、1979年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]