1967年のテレビ (日本)
| 1967年 こちらも御覧下さい |
|---|
| 社会 |
| 政治 経済 法 労働 教育 交通 |
| 文化と芸術 |
|
映画 日本公開映画 音楽 日本のラジオ 日本のテレビ 芸術 文学 出版 |
| スポーツ |
| スポーツ 日本競馬 サッカー 自転車競技 バスケ バレー 野球 相撲 競輪 |
| 科学と技術 |
| 科学 気象・地象・天象 台風 道路 鉄道 航空 |
| 地域 |
| 日本 日本の女性史 |
| 各年のテレビ(日本) |
| 1965 1966 1967 1968 1969 |
| 各年のラジオ (日本) |
| 1965 1966 1967 1968 1969 |
| ■ヘルプ |
1967年のテレビ(1967ねんのテレビ)では、1967年(昭和42年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。
主なできごと
[編集]- 民放UHF新局に予備免許交付開始
11月1日、民放UHF新局にこの年初めて予備免許が交付された。これにより、地方の多くの県で民放テレビが1局しか視聴できなかったのが、翌1968年から2局に増えるようになる。(「#予備免許」の項も参照)
- 全面カラー化に向け、カラー番組が増加し始めた年
この年はNHK及び民放キー局・準キー局を始め、様々な面にて、全体的にカラー放送の増加・発展の動きが本格的に始まった年だった。
- NHK
- ニュース・天気予報では、午後9時と正午のニュース、そして天気予報(いずれも全国放送の部分)を秋からカラー化。NHK大阪放送局でも、11月1日からローカルニュースのカラー放送及びカラーフィルムによる報道取材を開始した。
- 最新型カラーカメラの開発・導入。
- カラー番組の増加に伴い、この年、全トランジスター化の最新型スタジオカラーカメラを導入、8月1日に稼働を開始。同カメラは、NHKが今まで使用していた真空管式のそれらに比べ、色彩感・解像度・S/N比等画質を改善し、安定度を向上させ、従来のモノクロスタジオカメラ並に小型・軽量化させたことから、このカメラはその後NHKにて数多く導入され、NHKテレビの全面カラー化への大きな礎の1つとなった。
- 独自に開発したマルチアルカリ光電面使用イメージオルシコンを使用した高感度カラーカメラを開発、この年に使用を開始。これにより、今まで不可能だった低照度照明でのカラー番組の制作が漸く可能となった。これを受け、スポーツや舞台等の中継でカラー放送が増加。[1]
- 民放
- 4月にNET系が漸く一斉にカラー放送を開始。
- NETは4月3日に、毎日放送・九州朝日放送が2日前の1日にそれぞれカラー本放送を開始。いずれもこの年のカラー放送は、カラーフィルム制作によるもののみで、3社共翌年からスタジオカラーカメラ及びカラー中継車を使った番組制作を開始。
- キー局及び準キー局で、スタジオカラーカメラ及びカラー中継車を使った番組制作を開始する局が増加。
- これらを使ったカラー番組は1965年まで民放では日本テレビと同系列の読売テレビ程度だったのが、前年からTBSがスタジオでは本格的に開始したのに続きこの年はカラー中継車も新たに導入、ボクシングの世界タイトルマッチを中心としてカラー中継番組が一気に増加。更にこの年はフジテレビと同系列の関西テレビが共にスタジオカラーカメラ及びカラー中継車を導入、それらを使った番組制作を開始。更に両局は、この年の終わり頃から競馬中継のカラー制作を開始した(NHKでは前年からカラー化)。また、朝日放送(当時TBS系)では、同局の人気看板番組『てなもんや三度笠』にて、スタジオカラーカメラでの本格的な番組制作を開始した(同局のカラー中継車導入・稼働開始は翌年から)。
- 静岡放送が、大都市ではない地方局で初めてカラー中継車を導入。
- 同時にスタジオカラーカメラも導入し、同社の15周年記念番組を皮切りにそれを使ったカラー番組制作を開始した。
- 日本テレビがカラー放送開始10周年「カラーキャンペーン」を実施。
- 日本に於いてのカラーでの衛星中継が開始。
- 最初の同中継は、前年の大晦日(1966年12月31日)からこの年始めにかけてのNHK総合の恒例の年末年始番組『ゆく年くる年』で、年始に入り日本時間の午前0時09分から、日米初のカラー衛星中継として、米ニューヨークのロックフェラーセンター前から生放送された。
- 前年から一部の局で使用開始の、放送用ハイバンド2インチVTRがこの年から日本の各局で本格的に導入・稼働が開始。
- 1964年に発表された、従来(ローバンド)より高画質録画・再生ができる新規格のハイバンドVTRが、前年のNHK、中国放送、TBSに続き、この年数多くのテレビ局で導入・稼働を開始、カラー録画・編集に於いて性能と実用性の高さも、カラー放送の増加に貢献した(「2インチVTR」の項を参照)。
尚、この年からは、1971年にほとんど全部の番組がカラー化されるまで、毎年のようにカラー番組の増加が目立っていく様になる。全体的な傾向から見ると、先ずは、ゴールデンタイムやスポーツ中継、海外のフィルム制作番組を中心に、カラー化が進んでいる。又、全面カラー化される以前は、普段はモノクロ放送の番組でも、一部の回のみカラー放送となるケースもあった。更に民放では、カラーテレビを製造・販売している会社がスポンサーになっている番組が、いち早くカラー化されるケースが多かった。この年の一社提供番組でも、TBS『東芝日曜劇場』が一部の回にてカラー制作を開始、フジテレビ『ズバリ!当てましょう』(松下電器提供)が毎回カラー放送となっている。複数社提供番組でも、関西テレビの特撮ドラマ『仮面の忍者 赤影』のスポンサーの一社に同製造・販売会社があり、その会社の存在が番組をカラー制作にする決め手となった経緯がある(「仮面の忍者 赤影 (1967年のテレビドラマ)#企画経緯」の項を参照)。
- テレビ番組
- 6月26日、イギリス・英国放送協会(BBC)をキーステーションに、5大陸・14か国の放送局が参加した、世界初の多元衛星中継番組『われらの世界』を同時放送。日本ではNHKが参加し、同総合テレビで放送。日本からは札幌・東京・高松から中継。イギリスからは、ロンドンのEMIレコーディング・スタジオにて、ビートルズが当時の未発表曲である「愛こそはすべて」のレコーディング・セッションの模様が中継された。
- 10月31日、吉田茂元首相(10月20日没)の国葬を、東京・日本武道館からNHK総合(カラー)・民放各局(モノクロ)にて中継。
- その他、以下のレギュラー番組が放送を開始。
- NHK:『きょうの健康』、『趣味の園芸』、『NHK慈善大相撲(→ NHK福祉大相撲)』(初回からカラー)
- NET:『象印スターものまね大合戦』
- 中部日本放送(CBC):『天才クイズ』
- カラー放送化
- この年から各局で本格的にカラー番組が増加し始めるようになった。ここでは、前述の記載以外のことについて記す。
- NET系が4月からカラー放送を開始したことにより、『魔法使いサリー』、『特別機動捜査隊』、『皇室アルバム』(毎日放送制作)、『野生の王国』(毎日放送制作)等のフィルム・アニメ番組がカラー化された。
- 又、NETはカラー放送開始を機に、淀川長治の映画解説による今までの『土曜洋画劇場』が日曜日に移動し、『日曜洋画劇場』となってカラー放送化(但し、モノクロ映画の場合はモノクロ放送)。淀川の解説と共に、テレビ朝日時代に渡って局の看板番組となる。淀川の死後も番組は続き、その後不定期期間も含め2017年2月12日まで放送され、映画番組としては放送期間が日本の歴史上最長を記録した。
- NHK総合、前年10月25日に19時のニュースがカラー放送を開始したのを受け、全国各地で主要なニュースの報道取材については、その地域のNHKがモノクロ取材しかない場合でも別途カラーフィルムでの取材も開始し、ニュースを始めカラー放送の番組に於いて放送。またこれを受け、年末にその1年間のニュースをダイジェストにして振り返る『ニュースハイライト』が、この年からカラー放送となる。
- その他、以下の主なレギュラー番組が年内に毎回カラー放送となる(年内開始番組・特別番組等を除く)
番組関係のできごと
[編集]1月
[編集]- 1日
- NHK総合
- 昨年大晦日からの恒例の年越し放送『ゆく年くる年』内で、年明けの午前0時09分から、米からの衛星(宇宙)中継の部分のみ、日米衛星中継初のカラー放送を実施。その未だ現地時間で大晦日という米からは、ニューヨーク・マンハッタン・ロックフェラーセンター前からの生中継がカラーで放送された。番組はこの部分のみカラー、他の国内中継は全てモノクロだったため、この回は番組異例の「パートカラー放送」となった。[2][3]
- 年始特集『世界を結ぶ宇宙時代』をカラーで1時間半に渡り放送。本格的な宇宙通信時代を迎えたことから、宇宙通信開発技術の歴史的な歩みと、世界を結ぶ放送の意義を認識する為、ニューヨークからのカラー衛星中継を録画した映像を交えて放送。番組には、作家のアンドレ・モロア、ロンドン大学教授のアーノルド・J・トインビー、東大宇宙航空研究所長・宇宙開発推進本部長の高木昇、そして当時TBS社長の今道潤三がゲスト出演した。[4][5][6]
- 大河ドラマ『三姉妹』放送開始( - 12月24日)[4][7][8][9]。
- TBS系、『いま世界は明ける』を放送。ニューヨーク・ロンドン・パリを結んで、衛星2段4元中継を実施。[4][10]
- 日本テレビ及びTBS、この年から共に、会社会長の年頭の挨拶(日本テレビ:正力松太郎、TBS:足立正)がカラー放送となる[11]。更にTBSでは、朝6時45分の『カリフォルニアの日系農家』から『会長挨拶』『日本舞踏「女車引」』までの3番組(連続45分間)が続けてカラー放送となる[注 2][11]。同局がこれだけ複数の番組が続けてカラー放送となるのは、東京オリンピック等を除いてはこれまで例がなかった。
- NHK総合
- 2日 - TBS系で正月演芸番組『初笑いうるとら寄席』を放送開始。当初は『初笑いウルトラ寄席』というタイトルで1月2日に放送、1972年から1月1日放送に変更しタイトルも改題、1978年より元の1月2日放送に戻り、1984年まで継続した。
- 3日
- 4日 - NHK総合、『時の動き』で、フィルム構成による「公害病の周辺」を放送[16](名古屋ではこの時間、ローカルで『新春経済放談』を放送)。[4]
- 5日 - NHK総合、『海外取材番組』で「北極圏」が放送開始( - 2月9日、全5回。カラー放送)。[4]
- 8日 - NET(後のテレビ朝日)系で『象印スターものまね大合戦』放送開始(象印マホービン一社提供)[4]。玉置宏の司会で、1977年7月17日まで続く人気番組となる[17]。
- 10日 - NHK教育、『教養特集』で、教育テレビ放送開始8周年記念として、「社会教育における放送の役割」を放送。[4][18]
- 15日
- NHK教育、クラシック音楽番組『テレビリサイタル』にて、シューベルト作曲の連作歌曲集『冬の旅』を、全曲としてはテレビに於いて世界初放送。去年の秋に「第2回ベルリン・ドイツ・オペラ公演」の一員として来日した歴史的名バリトン歌手、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウが、ピアノのイエルク・デムスと共に東京文化会館で公演した同曲のリサイタルを収録したのを放送。[19][20]
- TBS系、『東芝日曜劇場』が10周年記念カラー放送として、『女と味噌汁 その6』(1965年から始まった連続シリーズ)を、局初のスタジオカラーカメラを使用したテレビドラマ(カラーVTR使用)として制作・放送。[21][22]
- 23日 - 信越放送、同月29日投票の「第31回衆議院議員総選挙」の選挙運動期間中に於いて、衆議院選挙では初めて立候補者の立会演説会をテレビ放送。[4][10]
- 27日 - この日「インテルサットII 号系 F2(2号B)」による日米間の通信用静止衛星が開通。記念番組が各局で放送される。
- 28日 - 日本テレビ系、カラーニュース番組『NNNワイドニュース』にて、この日から毎週土曜日に、米NBCに特設スタジオを設置し、10分程度の衛星中継枠を設け、それによる海外ニュースを同スタジオから生で特派員リポートを放送[25]。しかし回線難のため、翌月25日に4回で打ち切られた。[4][10]
- 29~30日 - NHK総合・民放各局、この日行われた「第31回衆議院議員総選挙」の開票速報を放送。[4]
2月
[編集]- 4日 - NHK総合、NHK厚生文化事業団主催による、心身障がい児福祉支援のチャリティーイベント『第1回NHK慈善大相撲』(日本相撲協会後援)を、蔵前国技館からカラー中継[4][26][27]。この回はイベントの純益金840万円余を心身障害児施設に寄付した[4][26]。以後毎年恒例となり、イベント名(及び番組名)が1975年に現在の『NHK福祉大相撲』に変更したり、途中中断もあったものの再開、2025年現在もイベント及びそれに伴うテレビ番組共に継続中(同項目も参照)。
- 7日 - 日本テレビ系、初のプロボクシング衛星中継『世界ヘビー級王座統一戦 カシアス・クレイ(後のモハメド・アリ) 対 アーニー・テレル 戦』を、米テキサス州ヒューストンのアストロドームから放送。この統一戦は、衛星を通じて世界56カ国に同時中継、約1億人が見たと言われている。[4][28][29]
- 9日 - TBS系、『現代の主役』で、「日の丸」を放送(構成:寺山修司、制作:萩元晴彦)。[4]
- 11日 - フジテレビ系、商品の値段当てクイズ番組『ズバリ!当てましょう』(松下電器(後のパナソニック)一社提供)が、この日「カラーで当てましょう」という題で、フジテレビ自社制作初のスタジオカラーカメラ(&カラーVTR使用)による番組として初のカラー放送を行う[30][31][32]。尚同番組は、翌々週の25日の放送分から毎回カラー放送となる[33]。
- 12日 - TBS系、カラーのニュース・ドキュメント番組『これが世界だ』で、日本電波ニュース記者の現地取材による「北ベトナム」を放送。[4][34]
- 16日 - NHK総合、『海外取材番組』で、「大都市」が放送開始( - 4月20日、全10回。カラー放送)。[4]
- 20~24日 - NET系、『木島則夫モーニングショー』で、5日間に渡りハワイから衛星中継を行う。[4]
- 26日 - TBS系、カラー報道特別番組『中国核実験の記録』(中国国営八一映画製作所撮影)を放送。1964年10月16日午後3時(中国時間)に、新疆省ロブノールで鉄塔の上に核爆弾を乗せて爆破、同国初の核実験(コードネーム「596」)を成功させてから延べ3回の核実験の模様をまとめ、前年11月から中国各地で上映・テレビ放送を行ったカラー映画『毛沢東思想の勝利 ― わが国の三回の核実験の成功を歓呼する』をこの番組にて海外で初公開。更に同実験の映像は、中国以外ではこの放送が世界初公開となる。[4][35][36]
3月
[編集]- 1日 - フジテレビ系、同局の開局8周年記念の1つとして、この日の朝のワイド番組『小川宏ショー』が特別にカラーで生放送。これが、同局制作に於いて初のカラー生放送となった。この日は、1967年のパリのニューモードのファッションショーや、絵による子供の性格や知能テストの紹介等が放送された。[37]
- 2日 - フジテレビ、東京都知事選挙を前に『知事候補の対決』(美濃部亮吉・松下正寿)を放送。[4]
- 3日
- NHK総合、この日開催の『第8回NHK杯ジャンプ大会』の録画中継放送[38]に於いて、スキージャンプ競技に於いて初のカラー中継を行う。又、録画ではあったものの、北海道からの全国カラー中継もこれが初めてであった。[39][40]
- フジテレビ系で開局8周年記念番組として、当時のフジテレビ系番組出演者による『世紀のバラエティ』をカラーで放送[41][42]。期首特番『オールスター春秋の祭典スペシャル』(1978年春 - 1982年秋)の母体となる。
- 5日 - NHK総合、全国放送では『寄席中継』を放送する時間帯に、東京ローカルでは独自に番組を差し替え、東京都都知事選を前に立候補予定の美濃部亮吉・松下正寿・阿部憲一の各候補が出席して、『都知事選に約束する』を放送(ラジオ第1と同時)。[4][43]
- 7日 - TBS系、昨年自社の番組『おはようニッポン』で一躍人気者となったイタリアの人形ネズミ「トッポ・ジージョ」による人形劇『トッポ・ジージョ』が放送開始( - 9月26日)。[4]
- 19日 - NHK総合、NHK学園高等学校第1回卒業式の実況中継番組『この日のために』を、東京・千葉・帯広・松山・長崎を結んで放送。[4][45][46]
- 20日
- 21日 - NHK総合にて様々な放送記念祭特集番組が放送。
- カラーフィルム構成による番組『日本の稲作』を放送[49]。当番組は、1965年6月から取材を開始、日本の稲作への関わりと本質等を伝え、同年11月23日に同名タイトルの番組をカラーで放送[50]。その後も1967年2月まで更に取材を行い、前回放送分とその後の追加取材の分を入れて再度60分のカラーフィルム番組として再編集して放送。この再編集版は後にベルリン農事番組コンクールに参加、黄金の穂賞を受賞した。[4][51][52][53]
- カラーフィルムリレー『移りゆく国土』を放送。北は深い雪に覆われている北海道の宗谷岬から、鹿児島県奄美群島の沖永良部島まで、各地の春の模様やそこに生きていく人々の姿を描いた、全国20の放送局で全編カラー取材を行った番組。[54][55]
- 27日
- NHK総合で、1956年4月14日から放送されていたクイズ番組『私の秘密』(当時はクイズコンプレックス枠『クイズアワー』内で放送)が、この日の放送をもって10年の幕を下ろす(終了時カラー放送)。なお『クイズアワー』もこの日の放送をもって廃枠になったため、残った『ジェスチャー』(終了時カラー放送)は翌4月の改編からは同月3日放送開始のバラエティコンプレックス枠『ファミリーショー』(カラー放送)に内包される( - 1968年3月25日)。
- NETが、1週間後に正式なカラー放送を開始する前に、翌週にカラー化する番組予告のみに於いて同放送を行う。[注 3]
- この日は、アニメ『魔法使いサリー』で、翌週放送される第18話「パパはにせもの」の予告が、同番組初のカラーで放送された。
- 29日 - NHK総合、『ウ・タント国連事務総長記者会見』を国連本部から中継録画で放送[4][57]。この会見でウ・タント総長は、激化するベトナム戦争の平和的解決に向けた立場を強調した。
- 29日~4月7日 - 東京12チャンネル、毎日放送からの同時ネットで、第39回選抜高等学校野球大会の全試合を中継。[58]
4月
[編集]- 1日 - 毎日放送・九州朝日放送両局がカラー本放送を開始。[59][60][61][62]
- 2日
- 3日
- 4日 - TBS系、歌謡番組『TBS歌のグランプリ』放送開始。TBS系列の5社連合に加盟している全局(TBS、北海道放送、中部日本放送、朝日放送(当時TBS系準キー局)、RKB毎日放送)による共同制作。東京のTBS Gスタジオだけでなく、共同制作をしている各局から最新情報を含めての中継も織り交ぜていた。当初はモノクロ放送だったが、TBS Gスタジオが既にカラー放送に対応していたこともあり、6月6日[71]から月1回カラー放送を実施、9月5日からは毎回カラー放送となる[72]。
- 5日 - 関西テレビ・フジテレビ系で、東映制作によるカラー特撮ドラマ『仮面の忍者 赤影』(横山光輝原作)が放送開始。日本初のカラー製作によるテレビ時代劇となった( - 1968年3月28日)。
- 6日 - TBS系、『チャコちゃんシリーズ』第5作となる、ドラマ『チャコねえちゃん』放送開始( - 1968年3月28日、全52回。出演:四方晴美 ほか)[4]。この第5作から、宮脇康之(現在宮脇健)演じる「ケンちゃん」が初登場し、以後1976年の『フルーツケンちゃん』まで10作に渡って『チャコちゃんシリーズ→ケンちゃんシリーズ』に出演。また家族役に佐藤英夫・高田敏江・賀原夏子が復帰する。
- 7日 - NHK総合、クラシック音楽番組『NHKコンサートホール』で、当時のソ連から来日した、「モスクワフィルハーモニー管弦楽団演奏会」(指揮:キリル・コンドラシン)の東京文化会館での公演を放送。曲目は、ロシアの大作曲家であるチャイコフスキーの代表曲の1つ、交響曲第6番「悲愴」。[4][73]
- 8日
- 9日
- NHK教育、『現代科学講座』で、「情報の科学」が放送開始。経営と情報、通信と情報、コンピューター工学、社会活動と情報等、1年間に渡り全52回放送。[4]
- TBS系「タケダアワー」のカラー特撮ドラマ『ウルトラマン』(円谷プロダクション制作)がこの日最終回(第39話)。ウルトラ兄弟の長兄・ゾフィー(CV:浦野光)が初登場。
- NET→テレビ朝日系、淀川長治の映画解説による、今までの『土曜洋画劇場』が日曜日に移動し、この日から『日曜洋画劇場』となってカラー放送化(但し、モノクロ映画の場合はモノクロ放送)。淀川の解説共に、全国朝日放送→テレビ朝日時代に渡って同局の看板番組となる。淀川の死後も番組は続き、その後不定期期間も含め2017年2月12日まで放送され、映画番組としては放送期間が日本の歴史上最長を記録した。
- 九州朝日放送、前日(8日)に八幡市民会館で行われた、福岡県知事選の立会演説会を、県選管の不許可の方針を排して中継録画したのをこの日に1時間番組として放送。[4]
- 10日 - 東京12チャンネル(後のテレビ東京)、この日から平日18:45に海外アニメ再放送枠『マンガのくに』を開始、当初は15分枠だったが、1977年4月から30分枠に拡大、1980年3月限りで一旦休止、同年10月から国産アニメ再放送枠に変更し再スタート、1989年9月28日まで22年続く人気番組となった。
- 11日 - NHK教育、『教養特集』で、「百年の潮流」が放送開始(全13回)。[4]
- 14日 - NHK総合、ドイツの「バイロイト音楽祭」初の海外公演が日本で実施、同音楽祭世界初のテレビ放送として、『バイロイト・ワーグナー・フェスティバル』を放送。内容は、大阪フェスティバルホールでモノクロ高感度カメラを使用して収録した、ワーグナー作曲の楽劇『トリスタンとイゾルデ』のハイライトで、 ピエール・ブーレーズ指揮、NHK交響楽団 ほかによる演奏[4][75]。尚同公演の全曲は、教育テレビで同月16日(第1・2幕)・23日(第3幕)の2回に渡って放送された[76][77]。
- 16日
- 20日 - 飛行機の日ソ共同運航が開始。これを受け、NHK総合が『特別番組 - 日ソ空の新時代』を、TBS系が特別番組『ソビエトから初の5元宇宙中継 - いま結ぶモスクワ・東京』を放送。共に日ソ共同運航による日航一番機のモスクワ到着を衛星中継した。これはまた、東欧圏から日本への初の同中継でもあった。[4][79][80][81]
- 26日 - TBSが初代6号中継車(カラー仕様)を導入(カメラには、前年Gスタで導入されたのと同じフィリップス社製(型番:PC-60)のカラーカメラを4台使用)。導入日当日にこの中継車を使い、自系列で、川崎球場からのプロ野球ナイター中継「大洋×巨人」をカラーで放送。これを機に、自社でのカラー中継車を使った番組制作を、本格的に始める。[21][82][83]
- 27日 - NHK総合、『海外取材番組』で「東南アジアの農業開発」が放送開始( - 6月8日、全7回。カラー放送)。[4][84]
- 28日 - NHK総合、「モントリオール万国博覧会」が日本時間のこの日から開幕するのを受け、普段朝6時の放送開始時間を早めて、朝5時30分から特別番組『幕あける万国博覧会 ~カナダ・モントリオールから(衛星)中継~』を放送。[4][85][86]
- 30日 - TBS、前述の初代6号中継車の導入を受け、プロボクシング中継のカラー放送を本格的に開始。この日は自系列にて『東芝日曜劇場』をお休みして、世界ジュニアウェルター級タイトルマッチ「サンドロ・ロポポロ 対 藤猛」の試合を、蔵前国技館からカラーで中継[4][22][87][88][89]。試合は藤がロポポロを2Rでノックアウト(KO)勝ち。試合後のTBSのインタビューで、ハワイ生まれで日系3世の藤は、片言の日本語で『オカヤマのおバアちゃん、(僕が勝った瞬間を)見てる?』『ヤマトダマシイ』等のコメントをし、これが当時の流行語になった(彼の項目も参照)[90]。この中継は関東地区にて39.9%の視聴率を記録した(ビデオリサーチ調べ)[15]。
5月
[編集]6月
[編集]- 7日 - NHK総合、特別番組『中東動乱のゆくえ』を放送。番組には、前アラブ連合大使の倭島英二や、外交評論家の林三郎らが出演した。[4][94]
- 15日
- 22日 - NHK総合、ドキュメンタリー『黒い画面 ―BOAC機事故追跡―』を放送。1966年3月、富士山付近で墜落、乗客乗員全員が死亡したBOAC機事故の現場に偶然残されていた、乗客の8ミリカメラのフィルムには、離陸から墜落の瞬間までが映っており、そのフィルムの解析、特に墜落の一瞬を示す黒い画面の解析によって、事故原因を乱気流と結論するまでの推理と実証の過程を克明に描いた番組。後にこの番組は第1回放送批評懇談会賞を受賞した。[4][96][97]
- 26日 - NHK総合、イギリス・英国放送協会(BBC)をキーステーションに、NHKを含め5大陸・14か国の放送局が参加した世界初の多元衛星中継番組『われらの世界』を放送。午前3時55分から6時3分まで(日本時間)世界同時中継で放送した。番組では5大陸、14か国、31中継点を4つの衛星で結び、24か国で受信。日本では札幌・東京・高松から中継[4][98][99][100]。イギリスからの中継では、ロンドンのEMIレコーディング・スタジオにて、ビートルズが当時の未発表曲である「愛こそはすべて」のレコーディング・セッションを6分間にわたり披露した[注 4][101]。
7月
[編集]- 1日 - NHK総合、この日から、毎日19時半台の全番組(この月からカラー化された『ある人生』、『現代の映像』を含む)がカラー放送となる。[4][102]
- 3日 - TBS系「ブラザー劇場」でSFファンタジーホームドラマ『コメットさん』(九重佑三子主演)が放送開始(4ヶ月後の11月13日(第20回)放送分からカラー化、1968年12月30日終了)。1978年には大場久美子主演でリメイクされている。
- 4日 - フジテレビ系 プロボクシング・世界バンタム級タイトルマッチ「ファイティング原田×ベルナルド・カラバロ」を中継。関東地区にてこの年のボクシング中継としては最高の57.0%の視聴率を記録(ビデオリサーチ調べ。この年の総合視聴率でも第2位)[15]。
- 6日 - NHK総合、『海外取材番組』で、「ナイル」が放送開始( - 8月3日、全5回。カラー放送)。[4]
- 13日 - フジテレビ系、『小川宏ショー』にて「全国指名手配犯人公開捜査」を放送。これによって、放送の2日後に1人逮捕された。[4]
- 20日・8月6日 - NHK、同月13日に東京文化会館で収録した、当時来日中のソ連国立レニングラード・バレエ団の公演「白鳥の湖」(チャイコフスキー作曲)[注 5]を、この日の総合テレビでハイライトを[103]、翌月6日に教育テレビの『芸術劇場』にて全曲を[104]共にカラーで放送[4]。撮影には、NHKが独自に開発した高感度カラーカメラを使用。これにより、低照度照明でのカラー番組の制作が漸く可能となった。[1]
- 26日 - 中部日本放送(後のCBCテレビ)が、敷島製パン一社提供によるクイズ番組『天才クイズ』が放送開始(中京ローカル、 - 2004年9月25日)。[注 6][106]
8月
[編集]- 2~24日 - フジテレビ系『小川宏ショー』が、この期間中「夏休み子ども特集」を編成。[107]
- 10日 - NHK総合、『海外取材番組』で「教育の時代」が放送開始( - 9月28日、全7回。カラー放送)。[4]
- 21~28日 - 日本テレビ、カラー放送開始10周年を記念し、「カラーキャンペーン」と題してカラー記念番組等を編成。28日は同局の開局14周年記念も併せての放送となった(この項の番組は全てカラー)。[108]
- 21~25日は、16時30分から30分間「カラーキャンペーン特別番組」を放送。21日は10年間の様々な出来事をカラーで振り返り、カラー放送の将来を展望する『カラー・テレビ10年のあゆみ』[109]、22日は色が人間心理にもたらす作用を4部構成のバラエティーで示した『色は魔術師』[110]、23日はバラエティー形式のミュージカル『七色の夢』(出演:ペギー葉山・梓みちよ・ジュディ・オング・山崎唯 ほか)[111]、24日は人体内をカラーで見る『人体をカラーでのぞく』[112]、最終日の25日はカラーCMのアピール等について取り上げた『買うも買わぬも色しだい』[113]をそれぞれ放送。[108]
- 一般特別番組では、26~28日に渡り『ミス日本ビューティー・コンテスト』(26日)[114]、『爆笑珍芸大行進』(27日)[115]等を放送(詳細は「#特別番組」の項を参照)。[108]
- 28日の開局14周年記念日には、カナダのモントリオール博を米NBC記者がリポートした『NBCカラースペシャル「私の見たカナダ万国博」』、『よみうりランドめぐり』、『カラー・テレビ時代』等が放送された(詳細は「#特別番組」の項を参照)。[108][116]
- 又、同期間中は通常のモノクロ番組の中でも3番組が特別にカラー放送となり、『だんいくまポップスコンサート』が26日の放送回が[114]、『レッツ・ゴー・キング』『2時ですこんにちは』が28日の放送回が共にカラー放送となった。[108][117]
- 26日・9月2日 - TBS系、米ABC放映のテレビドラマ『逃亡者』の最終話(カラー)[注 7]がこの日と翌月2日の2回に分けて放送[4]。これらの放送時刻には、1952~4年にNHKラジオ第1で放送されたラジオドラマ『君の名は』の様に、銭湯がガラ空きになったり、町から人が消えたなどの逸話が残されている。当時発売されたTVガイドによると、日本での最終話の視聴率は、前編が24.5%、後編(最終回)が31.8%であった(番組の項目も参照)。
- 27日~9月4日 - NHK総合、「1967年ユニバーシアード東京大会」の模様を中継放送(開会式を始め一部中継はカラー放送)[4][118]。この日夕方に国立競技場で行われた開会式のカラー中継[119](当初26日開催予定だったが雨天でこの日に順延)では、夕方の中継ということで、撮影にNHKが開発した高感度カラーカメラが使用された[1]。
- 27日 - NHK教育、『芸術劇場』の前半にて、作:大江健三郎、作曲:芥川也寸志によるオペラ(歌劇)「「暗い鏡」―ヒロシマのオルフェ―」を放送(出演:成田絵智子 ほか)[120]。後に翌1968年のザルツブルクテレビオペラ賞コンクールにて、審査員特別賞を受賞する。[4]
9月
[編集]- 2日 - NHK、第5次イタリア歌劇団公演が、この日から同月23日まで実施。この日の初日公演「ヴェルディ作曲 歌劇『ドン・カルロ』全曲」を、NHK総合のゴールデンタイムの時間帯にカラーで即日録画放送[121]。尚同歌劇団公演は、この年の公演から全てカラー収録による放送となり、撮影には、NHKが開発した高感度カラーカメラが使用された。[4][122]
- 10日 - いずれもNHK総合
- 24日
- 26日 - 読売テレビ・日本テレビ系で長谷川町子原作のホームコメディドラマ『意地悪ばあさん』(主演:青島幸男→古今亭志ん馬 (6代目)→高松しげお)放送開始( - 1969年9月25日)[4]。1981年にはフジテレビ系で青島主演によりリメイクされた。
10月
[編集]- 1日
- TBS系「タケダアワー」で円谷プロ制作の特撮ドラマ『ウルトラシリーズ』の第3弾『ウルトラセブン』放送開始(カラー放送。全48話[注 8] - 1968年9月8日)。
- RKB毎日放送をはじめJNN九州6局[注 9]でローカルドキュメンタリー『九州再発見』開始[4]。九州電力が利益の地域社会還元を企図[127]。後年のJNN九州ブロックネット番組[注 10]の礎となる。
- 信越放送(SBC)、今までネット受けのみだったカラー放送[注 11]が、この日から自社送出に於いても開始。これを記念し同月6日まで、自社制作を含む15本(時間にして、延べ10時間半を超える)のカラー記念番組を放送(詳細は「テレビ番組」の「特別番組 信越放送ローカル自社送出カラー開始記念」の項を参照)。この日は朝8時15分から、自社制作でのローカルカラー放送番組第1弾として『善光寺御開帳』[注 12]を放送。[注 13][133][134]
- 4日 - NET系、米ABC放映のカラーテレビ特撮ドラマ『インベーダー』 放送開始(全43話)。[4][135]
- 5日 - NHK総合、『海外取材番組』で「小さな国々」が放送開始( - 11月2日、全5回。カラー放送)。[4]
- 7日 - TBS系土曜19時30分枠で、ロート製薬一社提供・大橋巨泉主演のコメディドラマ『こりゃまた結構』放送開始( - 12月30日)[注 14]。以後、巨泉は同枠でロート製薬提供の『お笑い頭の体操』→『クイズダービー』の司会を務め、1990年3月に卒業するまで22年間にわたってTBSの土曜夜の顔として親しまれてきた。
- 10日 - TBS系、体育の日特番として、バラエティー番組『健康賛歌』を14時から1時間半に渡り放送。「体育の日」にちなみ、各地で行われる行事や祭典を、東京(TBS)・新潟(BSN)・長崎(NBC)・北海道(HBC)・福岡(RKB)・名古屋(CBC)・大阪(ABC)の全国7局から中継して放送。番組には当時TBSの田英夫を始め、プロボクサーの沼田義明、プロゴルファーの陳清波、プロスキーヤーの三浦雄一郎等のスポーツ選手、ハナ肇とクレージーキャッツ・林美智子・梓みちよ・田辺靖雄・奥村チヨ・ジャニーズ等の著名芸能人の他、政治家の田中角栄も出演した。[136]
- 12日
- 21日
- 25日 - NHK総合、カラー教養番組『生活の知恵』[注 15]で、月に1回放送の「くらしの中の100年」シリーズが放送開始。この日の第1回は「牛肉」が放送された。[4][143]
- 30日 - TBS系でカラー報道特番『ハノイ -田英夫の証言-』を放送。ベトナム戦争が激しくなる中、TBSは7月、日本のテレビとして北ベトナムに初めて取材班を送った。1ヶ月にわたり北ベトナムを見てきた田が自分の取材した結果をスタジオから伝える内容だったが、北ベトナムの表情を「微笑みを浮かべて戦っていた」と田が報告したことに論議を呼び、翌11月7日、自民党がTBSの今道潤三社長(当時)に抗議した。[注 16][4]
- 31日 - 吉田茂元首相(10月20日没)の国葬が東京・日本武道館(千代田区北の丸)で催され、NHK・民放各局で特別番組を編成[4]。NHK総合はカラーで、民放はモノクロで中継放送した[注 17][145][146]他、フジテレビではこの日の全番組をCMなしで放送した[4][147]。尚、NHKはこの中継のカラー撮影では、独自に開発した高感度カラーカメラを使用した[1]。
- 月内 - 財団法人・民間放送教育協会の初の制作番組として、文部省委託の消費者教育番組『かしこい消費者』を放送。
11月
[編集]- 1日 - 静岡放送、導入したばかりのカラー中継車を初めて使用して、開局15周年記念番組を、静岡市の静岡駿府会館(後の静岡市民文化会館)からカラー中継[注 18][148]。大都市ではない地方局のローカル番組に於けるカラー中継車を使った番組は恐らくこれが初めて。
- 4日 - フジテレビ系で、日本初の単発特別番組枠『テレビグランドスペシャル』放送開始( - 1968年3月、1970年4月 - 1972年9月)。記念すべき第1回は『オールスター紅白大運動会』。
- 7日 - NHK総合、特別番組『宇宙中継「ソビエト革命50周年」 ~モスクワ赤の広場から~』を放送。モスクワ赤の広場での「ソ連革命50周年パレード」をNHKが取材した映像を、大西洋・太平洋の2段衛星中継を経由して録画したのを放送。この映像は、NHKからTBS・日本テレビ・NET各局に配信された。[4][149][150]
- 9日 - NHK総合、『海外取材番組』で「50歳のソビエト」が放送開始( -1968年1月4日、全8回。カラー放送)。[4]
- 12日 - 関西テレビ・フジテレビ系列、先月から稼働開始したカラー中継車を使い、『競馬中継』でのカラー放送を重賞レースを中心に開始(この日は京都競馬場からの『第28回菊花賞』の中継)。[151][152][153]
- 16日
- NHK総合、小笠原・沖縄返還関連の佐藤栄作総理大臣とリンドン・ジョンソン米大統領(いずれも当時)による日米首脳会談を受け、特別編成を実施(この会談では、小笠原返還が決定したものの、沖縄返還は決まらなかった)。[4]
- TBS系、プロボクシング・世界ジュニアウェルター級タイトルマッチ「藤猛×ウイリー・クワルトーア」を、蔵前国技館からカラーで中継[157]。関東地区にて47.9%の視聴率を記録(ビデオリサーチ調べ)[15]。
- 23日 - NHK総合、『NHKリポート』で、この日が勤労感謝の日の祝日であることから、特集「現代日本人の勤労観」を放送。[4][158]
- 26日 - TBS系「東芝日曜劇場」のカラー第3作で、この年の芸術祭参加作品ドラマ『鳥が…』が放送。[注 19][159][160][161]
- 28日 - 関西テレビ・フジテレビ系、自社のスタジオ収録では初のスタジオカラーカメラによる制作番組で、この年の芸術祭参加作品ドラマ『そしてあしたは』を放送[162]。
12月
[編集]- 8日 - NHK総合、特別番組『金星にいどむ ―ソビエトの宇宙開発― ~ソビエト中央科学スタジオ制作“ハロー金星”の記録から~』を放送。[4][163]
- 14日 - いずれもTBS
- 16日 - TBS系で『第9回日本レコード大賞』の模様を生中継。大賞はジャッキー吉川とブルーコメッツの「ブルー・シャトウ」。
- 17日 - TBS系(当時)・朝日放送が、この日放送の『てなもんや三度笠』第294話「熱田の絵師」にて、自社制作において初のスタジオカラーカメラ(カラーVTR使用)による番組を制作・放送。[注 21][165][166][167]
- 24日
- 30日 - NHK総合、年末にその1年間のニュースをダイジェストにして振り返る『ニュースハイライト』が、この年の『1967年ニュースハイライト』からカラー化。[170]
- 31日
- NHK総合、『第18回NHK紅白歌合戦』放送(カラー)[170]。平均視聴率76.7%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)[171]。
- TBS系、ベルリンとローマを結ぶ衛星中継『いま語ろう、世界の若もの』を放送。[4]
その他テレビに関する話題
[編集]- 2月20日 - NHK徳島放送局、UHF大電力放送の技術上の諸問題について実験、調査を行うため徳島教育テレビジョン実験局開局。日本初のUHF大電力局(第38チャンネル、映像出力最大30kW、空中線は双ループ16面3段、全方向、水平偏線)[4][172]。7月26日、電波技術審議会は実験結果のデータを総合して大電力のUHFの送受信とも技術的には可能、と答申。UHF親局免許を可能とした。翌年2月20日に本放送開始[173]。
- 3月23日 - NET、カラー放送化の為の郵政省(関東電波管理局)の落成検査に合格(本免許取得)。3日後の26日にマスターのカラー化工事を完成・火入れ式を施行[56]。翌日には番組予告のみのカラー放送を開始。
- 4月1日
- 4月3日 - NET、カラー本放送を開始(在京民放局では4局目)。[4][56][67]
- 4月10日 - 経営悪化のため前年から放送時間を5時間半に短縮していた東京12チャンネル(後のテレビ東京)が営業活動を再開、放送時間を9時間に拡大。番組は在京キー局やNHKから調達。翌日からはプロ野球ナイター中継を開始。6月5日には11時間40分、10月2日には15時間となる。[4][175]
- 6月10日 - 任意団体・民間放送教育協議会(当時、NETの学校放送をネットする13社が加盟。1961年6月21日設立)が、文部省(後の文部科学省)の認可により、財団法人・民間放送教育協会(民教協。後に公益財団法人)として再発足(事務局はNET内に置く。加盟32社に)。[注 22][4]
- 6月20日 - 山陰放送がカラー放送を開始。[178]
- 8月1日 - NHK、カラー番組の増加に伴い、全トランジスター化の最新型スタジオカラーカメラの初運用を、先ず放送センターのT-605スタジオにてこの日から開始。最新型のそれは、今までの真空管式のそれらに比べ、色彩感・解像度・S/N比等画質を改善し、安定度を向上させた。[179]
- 9月13日 - 琉球立法院、沖縄放送協会設立法案を与党単独で可決。23日、初代会長に琉球放送常務川平朝清の任命を決定。10月2日、沖縄の公共放送として正式発足。12月22日に宮古、12月23日に八重山で放送開始。[4][180][181] [注 23]
- 10月1日 - 山口放送がカラー放送を開始[132]。東京12チャンネルと沖縄2社(沖縄テレビ放送・琉球放送)を除く民放全社でカラー放送実施。[注 13][4][127]
- 11月1日 - 郵政省、テレビ1640局に再免許、UHF新局15社16局に予備免許。[4]
- 11月14日 - 郵政省、東京12チャンネルに従来認めなかった娯楽番組を認める(全体の20%)。[4][147]
商号変更
[編集]既成局のカラー放送開始
[編集]UHF親局初の予備免許
[編集]当時の郵政省による「テレビジョン放送用周波数の割り当て計画」の大幅修正により、UHFのうち、従来中継局のみ使用している第45チャンネルから第62チャンネルに加え、親局用として第33チャンネルから第44チャンネルの使用が新たに開放、同一地区内のUV混在と広域放送圏内の民放県域局開設を認めた(10月13日)[4]。これによりUHF第1次チャンネルプランで新規UHF局の予備免許が下りる。なおこの時のテレビ単営民放については、“JO*H”のパターンで揃えられた。
予備免許が下りた日及び主な局は、以下の通り[182][183]。同一市区町村内で移転した場合は現所在地(2025年時点)の記述を略す。
| 放送対象地域 | 呼出符号 | 交付時社名 | 本社所在地 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 北海道 | JOHH-TV | 北海道テレビ放送株式会社 | 札幌市豊平区 | 現所在地:同市中央区 |
| 長野県 | JOLH-TV | 株式会社長野放送 | 長野市 | |
| 新潟県 | JONH-TV | 株式会社新潟総合テレビ | 新潟市(中央区)[注 24] | 後の社名:株式会社NST新潟総合テレビ |
| 富山県 | JOTH-TV | 富山テレビ放送株式会社 | 富山市 | |
| 石川県 | JOIH-TV | 石川テレビ放送株式会社 | 金沢市 | |
| 静岡県 | JOQH-TV | 株式会社静岡ユー・エッチ・エフテレビ | 静岡市(駿河区) | 後の社名:株式会社テレビ静岡 |
| JORH-TV | 同上、浜松局に対する交付 | |||
| 中京広域圏 | JOCH-TV | 中京ユー・エッチ・エフ・テレビ放送株式会社 | 愛知県名古屋市昭和区 | 後の社名:中京テレビ放送株式会社。
現所在地:同市中村区 |
| 岐阜県 | JOZF-TV | 株式会社ラジオ岐阜 | 岐阜市 | 後の社名:株式会社岐阜放送 |
| 三重県 | JOMH-TV | 三重電波放送株式会社 | 津市 | 後の社名:三重テレビ放送株式会社 |
| 京都府 | JOBR-TV | 株式会社近畿放送 | 京都市中京区 | 後の社名:株式会社京都放送。
現所在地:同市上京区 |
| 兵庫県 | JOUH-TV | 兵庫テレビ放送株式会社 | 神戸市長田区 | 後の社名:株式会社サンテレビジョン。
現所在地:同市中央区 |
| 岡山県[注 25] | JOOH-TV | 岡山放送株式会社 | 岡山市(北区) | |
| 香川県[注 25] | JOVH-TV | 株式会社新日本放送[注 26] | 高松市 | 後の社名:株式会社瀬戸内海放送 |
| 佐賀県 | JOSH-TV | 佐賀放送株式会社 | 佐賀市 | 後の社名:株式会社サガテレビ |
| 鹿児島県 | JOKH-TV | 鹿児島テレビ放送株式会社 | 鹿児島市 |
| 放送対象地域 | 呼出符号 | 業態 | 交付時社名 | 本社等所在地 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 徳島県 | JOXB-TV | NHK | 徳島教育テレビジョン | 徳島市 | 実験局を減力して実用化 |
| 香川県 | JOHP-TV | NHK | 高松(総合)テレビジョン | 高松市 | |
| JOHD-TV | 高松教育テレビジョン | ||||
| 佐賀県 | JOSP-TV | NHK | 佐賀(総合)テレビジョン | 佐賀市 | |
| JOSD-TV | 佐賀教育テレビジョン | ||||
| 長崎県 | JOWH-TV | 民放 | 株式会社テレビ長崎 | 長崎市 | |
| 熊本県 | JOZH-TV | 民放 | 熊本中央テレビ株式会社 | 仮事務所:熊本市(中央区)[注 27] | 後の社名:株式会社テレビ熊本 |
視聴率
[編集]- 第18回NHK紅白歌合戦(NHK総合、12月31日)76.7%
- プロボクシング・世界バンタム級タイトルマッチ「ファイティング原田×ベルナルド・カラバロ」(フジテレビ、7月4日)57.0%
- 連続テレビ小説 おはなはん(NHK総合、1月19日)55.7%
- プロボクシング・世界バンタム級タイトルマッチ「ファイティング原田×ジョー・メデル」(フジテレビ、1月3日)53.9%
- 連続テレビ小説 旅路(NHK総合、10月7日)52.9%
- ゆく年くる年(NHK総合、12月31日)49.0%
- プロボクシング・世界ジュニアライト級タイトルマッチ「フラッシュ・エロルデ×沼田義明」(TBS、6月15日)48.5%
- プロボクシング・世界ジュニアウェルター級タイトルマッチ「藤猛×ウイリー・クワルトーア」(TBS、11月16日)47.9%
- ニュース(台風22号関連)(NHK総合、9月13日 7:00-7:20)44.4%
-
- 即日開票をかえりみて(第31回衆議院議員総選挙)(NHK総合、1月30日)43.5%
- カメラリポート(NHK総合、9月13日)43.5%
- スタジオ102(NHK総合、9月13日)43.2%
- ウルトラマン(TBS、3月26日)42.8%
- プロボクシング・世界ジュニアライト級タイトルマッチ「沼田義明×小林弘」(TBS、12月14日)41.9%
- ザ・ガードマン(TBS、9月22日)40.5%
- てなもんや三度笠(TBS、1月1日)40.4%
- プロボクシング・世界ジュニアウェルター級タイトルマッチ「藤猛×サンドロ・ロボポロ」(TBS、4月30日)39.9%
- 即日開票当選者当確者写真紹介(第31回衆議院議員総選挙)(NHK総合、1月30日 7:20-8:00)39.0%
- メキシコ国際スポーツ大会フラッシュ(NHK総合、10月28日 8:05-8:13)38.1%
-
- 新春スターかくし芸大会(フジテレビ、1月1日)37.5%
- ひょっこりひょうたん島(NHK総合、10月23日)37.5%
テレビ番組
[編集]テレビドラマ
[編集]- NHK
- 日本テレビ系
- 二人だけの祭(カラー)[184]
- エプロンおばさん(主演:藤村有弘)
- あいつと私
- ローンウルフ 一匹狼(主演:天知茂)
- 遠山の金さん(主演:六代目市川新之助)
- ある日わたしは(カラー)[185]
- うちのヨメはん(カラー)[185]
- グリーン・ホーネット(カラー)- 米作品[184]
- 0022アンクルの女(カラー)- 米ABC作品[185]
- ジャングルパトロール(カラー)[185]
- ポールブライアン(原題:Run for Your Life)(カラー)(よみうりテレビ)- 米NBC放映作品[186]
- TBS系
- 太陽のあいつ(カラー)[187]
- 娘たちはいま(主演:吉永小百合)- 『ナショナル劇場』枠
- 三木のり平のおお!ポン人(主演:三木のり平)
- 青島幸男のおお!ながら君(主演:青島幸男)
- レモンのような女(主演:岸恵子)
- 愛妻くんこんばんは(出演:長門勇 他)
- ちょっとまってパパ(主演:江利チエミ)
- フジテレビ系
- おーい!わが家(主演:八代目松本幸四郎)
- 青春(主演:関口宏)
- 眠狂四郎
- 市子と令子(第1シリーズ)(主演:梓みちよ、十朱幸代)
- なかよし(出演:倍賞千恵子、栗原小巻、佐藤オリエ、山本圭 他)
- スパイ大作戦(カラー) - 海外作品
- うどん(関西テレビ) - 最終回視聴率49.3%(関西地区)を記録。
- そしてあしたは(カラー)(関西テレビ)- 11月28日。関西テレビの自社スタジオでは初のスタジオカラーカメラによる制作番組。昭和42年度芸術祭参加。[162]
- NETテレビ系
子供向けドラマ
[編集]- NHK
- 日本テレビ系
- 意地悪ばあさん (テレビドラマ)(主演:青島幸男)(よみうりテレビ)[190]
- TBS系
- 窓からコンチワ(出演:大橋巨泉 他)
- こりゃまた結構(出演:大橋巨泉 他)
- チャコねえちゃん(主演:四方晴美、宮脇康之)
- 負けたらあかんぞ!(朝日放送)(主演:大村崑)
- ドタンチ親子(朝日放送)(主演:長門勇、白木みのる)
- フジテレビ系
- NETテレビ系
テレビアニメ
[編集]- 冒険少年シャダー(カラー)(日本テレビ)[185]
- 日曜まんが劇場(日本テレビ) - 劇場アニメ分割放送枠[185]
- キャプテン・ファドム(カラー)(日本テレビ) - 米作品[185]
- 黄金バット(カラー)(よみうりテレビ)[191][192]
- パーマン(TBS)
- 冒険ガボテン島(TBS)
- スカイヤーズ5(TBS)
- 悟空の大冒険(カラー)(フジテレビ)
- マッハGoGoGo(カラー)(フジテレビ)
- リボンの騎士(カラー)(フジテレビ)
- ドンキッコ(フジテレビ)
- ちびっこ怪獣ヤダモン(フジテレビ)
- おらぁグズラだど(フジテレビ)
- ピュンピュン丸(第1期 第12話まで[注 29])(カラー)(NETテレビ)
- 宇宙怪人ゴースト(カラー)(NETテレビ) - 海外作品[63]
- キングコング(カラー)(NETテレビ) - ビデオクラフト社と東映動画による日米合作[63]
- 001/7親指トム(NETテレビ)- ビデオクラフト社と東映動画による日米合作
- スーパースリー(NETテレビ) - 海外作品
- かみなり坊やピッカリ・ビー(毎日放送)
特撮番組
[編集]- キャプテンウルトラ(カラー)(TBS)
- 仮面の忍者 赤影(カラー)(関西テレビ)
- 神州天馬侠(朝日放送)
- 主演:黒田賢
- コメットさん(11月13日放送回(第20話)からはカラー)(TBS)
- 主演:九重佑三子
- 光速エスパー(カラー)(よみうりテレビ) - 東芝一社提供[185][190]
- 出演:三ツ木清隆 他
- 忍者ハットリくん+忍者怪獣ジッポウ(NETテレビ)
- ウルトラセブン(カラー)(TBS)
- 怪獣王子(カラー)(フジテレビ)[193]
- 出演:及川広信、北浦昭義、フランツ・グルーバー 他
- ジャイアントロボ(NETテレビ)
- 出演:金子光伸 他
- タイムトンネル(カラー)(NHK総合) - 米20世紀フォックステレビ制作(米ABC放映)[194]
- 原潜シービュー号 海底科学作戦 (東京12チャンネル) - 海外作品
- インベーダー 第1シーズン(カラー)(NETテレビ) - 米ABC放映作品[4][135]
- 宇宙家族ロビンソン 第2シーズン(TBS) - 海外作品
バラエティ番組
[編集]- ファミリーショー(カラー)(NHK)[195]
- 昭和とんちんかん(日本テレビ)
- ゴールデン・ショット→大爆発!ダイナマイトサウンズ(日本テレビ)[185]
- レ・ガールズ(カラー)(日本テレビ)[185]
- 土曜日の恋人(カラー)(日本テレビ)[185]
- トップスター ファンファンショー(よみうりテレビ)
- スターもびっくり ものまね大行進(よみうりテレビ)
- カアちゃんがんばれ(よみうりテレビ)
- ドリフターズドン!(TBS)
- 植木等ショー(7月6日開始。10月5日よりカラー化[196])(TBS)
- マイ・チャンネル!(朝日放送)
- スター芸能大会→対抗・スターかくし芸(フジテレビ)
- しろうと芸能大賞(フジテレビ)
- 万国びっくりショー(フジテレビ)
- お笑い世論調査(フジテレビ)
- 爆笑ヒットパレード(フジテレビ)
- 演芸スターショー(NETテレビ)
- 凸凹モンタージュ合戦(NETテレビ)
- 演芸まんがショー(毎日放送)
- トクホンイブニングショー おしどり作戦(毎日放送)
- 街ぐるみワイドショー(東京12チャンネル)
演芸番組
[編集]クイズ番組
[編集]- みんなでホームラン(カラー)(NHK総合)[197]
- 爆笑大学 ただ今授業中(朝日放送)
- インスピレーションクイズ(NETテレビ)
- ファミリー・クイズ(毎日放送)
- 天才クイズ(中部日本放送)[106]
音楽番組
[編集]- 音楽の花ひらく(カラー)(NHK総合)[198]
- ひるの軽音楽(カラー)(NHK総合)[199]
- ひるの民謡(カラー)(NHK総合)[200]
- だんいくまポップスコンサート(8月26日のみカラー[注 30][114])(日本テレビ)[184]
- クローズアップショー 今宵のスター(カラー)(日本テレビ)[184]
- レッツ・ゴー・キング(8月28日のみカラー[注 30])(日本テレビ)[185]
- クラウン 山田太郎と共に(日本テレビ)[185]
- 歌う仲間たち(カラー)(日本テレビ)[185]
- TBS歌のグランプリ(4月4日開始。6月6日[71]、7月11日[201]、8月22日[202]、及び9月5日以降はカラー[72]。)(TBS)
- チエミとともに(TBS) - 『ちょっとまってパパ』開始までのつなぎ番組
- 歌のバカンス(TBS)
- 7時だ、とび出せ!!(TBS)
- ビクター ゴー・ゴー!ゴー!!(隔週カラー)(TBS)
- コンビでいこう!(朝日放送)
- 若さで歌おう ヤアヤアヤング!(フジテレビ)
- 今週のヒット速報(フジテレビ)
- リッカー スクラム歌合戦(フジテレビ)
- ダークです・うたいます・うたの心を(毎日放送)
- 芥川也寸志のコンサート・コンサート(カラー)(TBS) - 8月26日放送[114]
- NHK第5次イタリア歌劇団公演(カラー)(NHK総合及び教育)[122]
芸能番組
[編集]トーク番組
[編集]- おしゃれジョッキー(カラー)(日本テレビ)[184]
- わらいえて芸能百年史→芸能わらいえて 目で見る百年史(毎日放送)
ドキュメンタリー番組
[編集]紀行番組
[編集]趣味・教養番組
[編集]報道・情報・ワイドショー番組
[編集]- 園井啓介セブンショー→セブンショー(フジテレビ)
- NET(→ANN)夜のワイドニュース(NETテレビ)
- ティータイムショー(九州朝日放送)
子供向け番組
[編集]- 木馬座と遊ぼう(カラー)(日本テレビ)[185]
- (チャオ!)トッポ・ジージョ(TBS)
- ちびっこNo.1(NETテレビ)
映画番組
[編集]単発特別番組枠
[編集]- テレビグランドスペシャル(第1期)(フジテレビ)
特別番組
[編集]- 初笑いウルトラ寄席(TBS) - 1月2日。第1回[注 32]
- カラーミュージカル「シンデレラ」(カラー)(TBS) - 米CBS制作。1月3日。[14]
- 報道特別番組『中国核実験の記録』(カラー)(TBS) - 2月26日(中国国営八一映画製作所撮影)[4][35][36]
- 世紀のバラエティ(カラー)(フジテレビ) - 3月3日[41][42]
- 日本の稲作(カラー)(NHK総合)- 3月21日[49](1965年11月23日の同名番組(カラー)に追加取材を加えた上で再編集したもの)。ベルリン農事番組コンクール黄金の穂賞受賞。[4][51]
- フィルムリレー「移りゆく国土」(カラー)(NHK総合) - 3月21日(全国20の放送局がカラー取材した、フィルムリレー番組)[54]
- 開幕迫るモントリオール博(カラー)(毎日放送)- 4月1日(毎日放送及び九州朝日放送初のカラー放送番組)[62]
- こどもと家庭におくる夕べ(カラー)(NHK総合) - 5月5日 こどもの日特集[208]
- われらの世界(NHK総合) - 6月25~26日
- 日本テレビカラー放送開始10周年記念「カラーキャンペーン」番組(兼開局14周年記念を含む。全てカラー)[108]
- 信越放送(SBC)ローカル自社送出カラー開始記念(全てカラー)
- SBC自社制作
- 他社製作映画
- 礎 -梓川電源開発の記録- - 10月2日。1967年、岩波映画製作所製作。同年教育映画祭最高賞、第19回東京都教育映画コンク-ル金賞、第2回青少年映画賞受賞。文部省特選。[214][215]
- 生きている海岸線 - 10月2日。1967年、学習研究社(後の学研ホールディングス)製作。[214][216]
- コラーサ号の記録・孤独の海の101日 - 10月2日。[214]
- 時代劇「若さま侍捕物帖 紅鶴屋敷」 - 10月4日。1958年、東映映画。[217]
- 地震予知への道 - 10月4日。1967年、岩波映画製作所製作。当時頻繁に起きていた松代群発地震の影響を受け、文部省の企画で制作。[217][218]
- 時代劇「任侠清水港」 - 10月6日。1957年、東映映画。[219]
- 長野県の砂防 - 10月6日。長野文化センター制作。[219]
- その他、日本テレビカラー放送開始10周年記念番組(前述)からは、『人体をカラーでのぞく』(10月3日[211])、『爆笑珍芸大行進』(10月4日[217])、『コロムビア歌謡大行進』(10月5日、1時間編集版[220])、『色は魔術師』(10月6日[219])が放送。
- 健康賛歌(TBS) - 10月10日、体育の日特番。全国7局から中継。[136]
- ハノイ -田英夫の証言-(カラー)(TBS) - 10月30日
- 静岡放送開局15周年記念番組(カラー)(静岡放送)- 11月1日(静岡市の静岡駿府会館から中継。自社初導入のカラー中継車を使った初中継放送番組[注 18]。)[148]
- オールスター紅白大運動会(フジテレビ) - 11月4日。第1回
- 史上最大のクイズ(フジテレビ) - 11月11日[221]
- 爆笑ベストセラー(フジテレビ) - 11月25日[221]
- 第9回日本レコード大賞(TBS) - 12月9日
- ザ・タイガース・チャリティー・ショー(フジテレビ) - 12月16日[222]
- グループサウンズのクリスマス(日本テレビ) - 12月21日[223]
- 年忘れ!グループサウンズ・フェスティバル(日本テレビ) - 12月28日[223]
- 第18回NHK紅白歌合戦(カラー)(NHK総合) - 12月31日[224]
- クレージーキャッツ1967年重大ニュース(カラー)(日本テレビ) - 12月31日[223][224]
- 1967年ヒットソングスター大行進(カラー)(TBS) - 12月31日[224]
- さよなら1967年オール・グループサウンズ大会(フジテレビ) - 12月31日[224]
既存番組のカラー化
[編集]年内開始番組を除く
- ゆく年くる年(NHK総合) - 去年12月31日からの放送で、この年始め(1月1日)の午前0時09分から、米ニューヨーク・マンハッタン・ロックフェラーセンター前からの衛星生中継部分のみカラー(カラーによる日米初の衛星中継)。[2][3]
- 会社会長年頭の挨拶(日本テレビ及びTBS) - この年から[11]
- 兼高かおる世界の旅(TBS)- 1月3日放送の新春カラープレゼント「太陽とドラム」[14]、そして4月2日放送分(#0344「山あいの王都」)から一部[注 33]を除き毎回カラー放送。
- NHK特派員報告(NHK総合) - 4月11日までは随時[225]、その次の5月2日はモノクロ[226]、更にその次の5月9日からは毎回カラー放送(但し回によっては、パートカラーの場合あり)[227](番組の項目も参照)。
- NHK特派員だより(NHK総合) - 6月までは随時、7月2日からは毎回カラー放送。[228][229]
- 東芝日曜劇場(TBS)- 1月15日の「女と味噌汁」を皮切りに、一部の放送回をカラー化。(この年は、他に9月24日(「おたふく物語」 同年大晦日再放送)、11月26日(「鳥が…」)がカラー放送。)
- ズバリ!当てましょう(フジテレビ) - 2月11日[31]、及び2週後の2月25日の放送分からは毎回カラー放送[33]。
- 小川宏ショー(フジテレビ) - 3月1日、フジテレビ開局8周年記念として、特別にカラーで生放送。[37]
- NHK杯ジャンプ大会(NHK総合) - この年の第8回大会(3月3日放送)から[39][40]
- 新日本紀行(NHK総合) - 3月20日「南房総」[47]、及び2週後の4月3日「五島列島」からは毎回カラー放送[48]。
- テレビ体操(NHK総合) - 4月3日から毎回。[230][231]
- こんにちは奥さん(NHK総合) - 4月3日から毎回。[195][232]
- 魔法使いサリー(NET) - 4月3日から毎回[63]。1週間前3月27日では、次週予告のみカラー化されている。
- 皇室アルバム(毎日放送) - 4月3日から毎回。[63]
- スター千一夜(フジテレビ) - 4月3日から5月8日までの毎週月曜日、及び12月17日[233]がカラー放送。
- ザ・ヒットパレード(フジテレビ) - 4月4日より毎回。[234]
- 生活の知恵(NHK総合) - 4月5日から毎回。[142]
- 特別機動捜査隊(NET) - 4月5日から毎回。[63]
- 野生の王国(毎日放送) - 4月6日から毎回。[63]
- かわいい魔女ジニー(毎日放送) - 4月8日(第31話)より毎回。[注 34][63][189]
- 自然のアルバム(NHK総合)- 4月9日「冬鳥帰る」からは毎回カラー放送[66](前年に12回カラー化。同番組の項目又は「1966年のテレビ (日本)#既存番組のカラー化」を参照)。
- TBS自社制作のスポーツ中継 - 4月26日のプロ野球ナイター中継を皮切りに、同月30日のプロボクシング中継等随時。[注 35][21][82][235]
- ミュージックフェア(フジテレビ) - 5月1日より毎回。[236]
- ある人生(NHK総合) - 7月1日から毎回。[237]
- 現代の映像(NHK総合) - 7月7日から毎回。[238]
- おはよう・にっぽん(TBS)- 8月15日(この日は「終戦特集」)のみ
- 2時ですこんにちは(日本テレビ)- 8月28日のみ[注 30][108][117]
- NHKイタリア歌劇団公演(NHK)- この年の第5次公演から全面カラー化。[122]
- 天気予報(NHK総合) - 東京発(全国放送含む)のみ、10月から。[239]
- アベック歌合戦(読売テレビ)- 10月9日に初カラー放送。以後この年は11月20日、12月11日がカラー放送。
- 関西テレビのスポーツ中継(関西テレビ(フジテレビ系全国ネット含む))- 10月21日(プロ野球日本シリーズ「阪急 対 巨人」の第1戦)から随時。[151]
- 午後9時のニュース(NHK総合) - 11月1日から。[240]
- ニュースの焦点(NHK総合) - 11月1日より毎回。[241]
- 正午のニュース(NHK総合) - 11月20日から。[240]
- 競馬中継(フジテレビ系列)- 11月12日の「菊花賞」の中継から、主要重賞を中心に随時(中山・東京の各競馬場開催では、同年12月24日の有馬記念から毎週カラー化。関西では1969年4月に毎回カラー化)[151][152][153]。
- てなもんや三度笠(朝日放送)- 12月17日(第294話:「熱田の絵師」)より毎回。[167]
- ニュースハイライト(NHK総合)- この年の『1967年ニュースハイライト』から(この年は12月30日放送)[170]
- オールスター大行進(この年は1967年ヒットソングスター大行進)(TBS) - この年の放送(12月31日)から[224]
- ローカルニュースのカラー化(兼:カラーフィルムによる報道取材開始)
参考文献
[編集]- 日本放送協会総合放送文化研究所 放送史編修室 編『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年9月10日。[243]
- 日本放送協会総合放送文化研究所 放送史編修室 編『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年9月15日。[244]
- 日本放送協会 編『放送五十年史』日本放送出版協会、1977年3月10日。
- 日本放送協会 編『放送五十年史 資料編』日本放送出版協会、1977年3月10日。
- NHK 編『放送の五十年 昭和とともに』日本放送出版協会、1977年3月30日。
- 「NHK大河ドラマ大全」(NHK出版、2011年)
- NHKは何を伝えてきたか-NHKテレビ番組の50年
- NHKアーカイブスカタログ―テレビ番組放送記録+番組小史 1953〜2008
- テレビドラマデータベース
など
脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ 回によってはカラー・モノクロ混合のパートカラーの場合あり。
- ↑ 『カリフォルニアの日系農家』の前番組で、TBSの当時毎年恒例の元日放送開始の最初の番組『迎春』のこの年の放送(6時35分開始)は新聞表記ではカラー放送だったものの、実際にはモノクロ放送で[12]、同番組は翌1968年の元旦の放送からカラー化されている[13]。
- 1 2 ちなみに1984年に全国朝日放送(当時のテレビ朝日の正式社名)が発行した「テレビ朝日社史 : ファミリー視聴の25年」の402ページでは、同局は同月23日に(関東電波管理局の)カラー放送化の落成検査に合格し、3日後の26日にマスターのカラー化工事を完成し、同日に火入れ式を行い、翌月(4月)の3日にカラー放送を開始したと記載されている。即ち、この予告編が放送された時点では既に、カラー本放送の落成検査に合格して、同免許を取得した状況で放送していることとなる。[56]
- ↑ 日本進行役の宮田は「こちらはロンドン、今は夜です。ロンドンのスタジオでは今ビートルズが新しいレコードを吹き込んでいるところです」と紹介した。
- ↑ 演奏は管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団、指揮:ヴィクトル・シュイロコフ。
- ↑ 当初はモノクロ放送で番組開始。翌1968年1月31日にカラー化[105]。
- ↑ このドラマは全120話で、初回から90話までがモノクロ、91話からはカラーとなっている。
- ↑ 実際は全49話だが、第12話が欠番のため1話削減。
- ↑ RKB毎日放送、長崎放送、熊本放送、大分放送、宮崎放送、南日本放送。
- ↑ 『窓をあけて九州』『電撃黒潮隊』など。
- ↑ 同局はそれによるカラー放送を、東京オリンピック開催直前である1964年9月11日に試験放送を[128]、同年10月1日に本放送を開始している[129][130]。
- ↑ 同年春に行われた御開帳の模様を、SBCがカラーフィルムで収録したもの。
- 1 2 NHKホームページの「放送史年表 -詳細版- 1967年」(NHK放送文化研究所)の「民間放送」欄の10月1日に記述に「信越放送、山口放送、カラー放送開始。 東京12チャンネルおよび沖縄地区をのぞく民放全社がカラー放送実施」とある[4]が、これは書籍「NHK年鑑'68」の「年誌」の商業放送欄の10月1日の記述(39ページ)の引用で[131]、実際に信越放送は1964年10月1日に同本放送を開始している(当時カラーはネット受けのみ対応)[129][130]。尚、山口放送についての同放送開始日は表記通りである[132][127]。
- ↑ 巨泉は前作『窓からコンチワ』(ハウス食品一社提供、4月1日 - 9月30日)に続き主演を務めた。
- ↑ 同番組はこの年の4月5日放送分からカラー化された。[142]
- ↑ 芸術祭参加番組。放送五十年史資料編 805頁 日本放送協会編
- ↑ この国葬の模様は、武道館内部ではNHKが代表取材として3台のカラーカメラを使用して中継、民放にもその映像・音声を分岐して放送が行われた。又、NHKでは武道館の外では4台のカラーカメラを使用、更に、青山通りと大磯の吉田邸からは共にモノクロで中継し、カラー中継車、モノクロ中継車を各々2台、計4台の中継車を使用して放送した[144]。尚、当日の朝日新聞朝刊9ページのテレビ番組表では、NHK総合はカラーなのに対し、日本テレビ、TBS、フジテレビ、NET、東京12チャンネルの中継はモノクロ放送だった。
- 1 2 導入したカラー中継車には、米GE社製のプランビコン式輝度分離型のスタジオカラーカメラ(型番:PE-250)3台にアンペックス社製のハイバンドVTR VR-1200Mが備え付けられ、その後、1970年5月にSBSが社屋を移転するまで、自社制作に於いて、局外の中継・録画だけでなく、局内のスタジオカラー番組制作の副調整室(サブ)としても使われた。
- ↑ 文化庁の芸術祭賞一覧の中の「昭和42年(1967年)度(第22回)芸術祭賞一覧」の中に、このドラマが受賞した記載はないが[139]、TBSが2002年1月に刊行した社史本「TBS50年史」の235~6ページ及び放送番組センターの放送ライブラリーでの当番組の受賞歴の欄には共に、第22回芸術祭奨励賞受賞と記されている(共に出典を参照)。
- ↑ 当初は1966年5月15日に第20話として放送する予定だったが「怪獣が出ないうえにストーリーが難解」という理由で本放送が見送られていた(この時は放送日程を1週ずつ繰り上げとし、7月10日には次作『ウルトラマン』(1966年7月17日 - 1967年4月9日、全39回)の事前特番として『ウルトラマン前夜祭 ウルトラマン誕生』(杉並公会堂で収録)を急遽放送した)。
- ↑ 朝日放送が2000年に刊行した「朝日放送の50年 Ⅰ 本史」内の「Ⅴ.大淀時代はじまる 4.カラー化とテレビ番組」内の「トップは『てなもんや三度笠』」(162~3ページ)及び「朝日放送の50年 Ⅱ 番組おもしろ史」の「藤田まこと、売り出す! 『てなもんや三度笠』」(51~61ページ)内に於いての「カラー番組の第1号に」に、その際の模様が記されている。但し、後者の文書内にカラー初放送の日付が12月7日と記されているが、この日は木曜日で、番組を放送する日ではないので誤り。正確には、「朝日放送の50年 Ⅰ 本史」内の該当部分及び「朝日放送の50年 Ⅲ 資料集」の年表項目の1967年の「朝日放送の動き」(300ページ)に記されている「12月17日」(この日は番組を放送する日曜日)が正しい。更に「朝日放送の50年 Ⅰ 本史」内の該当部分には、初カラーの第294話が同年11月10日にABCホールにて収録されたとあり、カラー・カメラは1969年6月までNEC製のそれが入るまでは、当時キー局のTBSも使用していたフィリップス社製のプランビコン式を使用していたと記されている。
- ↑ 設立発起人会は前年の12月7日。民放の公共的使命をいっそう認識し、特に教育放送を重視しようという要望が高まり団体を強化することになり再発足を決めた。主務官庁である文部省は民教協の活動を育成する方針をたて、1967年度下半期の教育テレビ放送実施委託費約5,300万円(内訳は社会教育番組制作費にネット料、電波料含めて約5,000万円、番組調査研究費約300万円)を計上、国会審議を経て決定された。[177]
- ↑ 略称はOHK。同じ略称を使用する岡山放送(1968年設立、1969年開局)とは無関係。
- ↑ 演奏所(スタジオ)となる放送センターは当時長岡市に置かれた。
- 1 2 岡山県と香川県を民放テレビに限り同一エリアとしたのは1979年から。
- ↑ 後のMBS毎日放送グループが、1951年9月のラジオ開局時から1958年5月末まで、同じ「新日本放送」の名称で放送を行っていたが、それとは別の会社である。但し東阪のテレビ腸捻転ネットが解消されるまでは、同じANN系列であった。
- ↑ 開局時から運用されている本社演奏所は飽託郡北部町に置かれたが、同町は1991年に熊本市に編入され、北区に属する。
- ↑ 当初『夢みるアン』として放送開始される予定だった。
- ↑ 第2期(第13話から)は、1969年末に放送を開始している。
- 1 2 3 日本テレビカラー放送開始10周年記念「カラーキャンペーン」による特別カラー放送。[108]
- 1 2 3 モノクロ映画の場合は、モノクロで放送。
- ↑ 後年『初笑いうるとら寄席』に改題。
- ↑ 「ナッソーの魅力」(#357 1967年7月16日放送)、「スコットランドの想い出」(#362 1967年8月20日放送)、「第18次取材ハイライト U.S.A.」(1967年9月10日放送)はモノクロ放送
- ↑ この番組を制作している米NBCでは、第1話からカラーで制作・放映されている。
- ↑ フィリップス社製(型番:PC-60)のカラーカメラを備えた中継車(同局初代6号、カラー仕様)を導入したことにより、本格的なカラー中継が実現した。
出典
[編集]- 1 2 3 4 5 6 7 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、204~5頁。NDLJP:2474365/126。
- 1 2 「放送史年表 -詳細版- 1966年」(NHK放送文化研究所)(2025年8月15日閲覧)
- 1 2 NHKクロニクル『リレー中継「ゆく年くる年」』アナログ総合 1966年12月31日(土) 午後11:45 〜 1967年01月01日(日) 午前00:45
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 「放送史年表 -詳細版- 1967年」(NHK放送文化研究所)(2025年4月7日閲覧)
- ↑ NHKクロニクル『世界を結ぶ宇宙時代 ~一部ニューヨークからカラー宇宙中継(録画)~』アナログ総合 1967年01月01日(日) 午後00:15 〜 午後01:44
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、128頁。NDLJP:2474364/85。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修室『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、134~5頁。NDLJP:2474364/88。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、144頁。
- ↑ 『放送の五十年 資料編』, p. 634、800.
- 1 2 3 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、43頁。NDLJP:2474364/33。
- 1 2 3 朝日新聞 1967年1月1日 朝刊8ページ 元日放送分のテレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ↑ 「【TBSスパークル】1967年1月1日 迎春(東京空撮)」(TBSスパークル映像ライブラリー YouTube公式ホームページ)(2025年8月18日閲覧)
- ↑ 「【TBSスパークル】1968年1月1日 迎春(羽田空港・首都高速)」(TBSスパークル映像ライブラリー YouTube公式ホームページ)(2025年8月18日閲覧)
- 1 2 3 4 朝日新聞 1967年1月3日 朝刊9ページ 1月3日テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- 1 2 3 4 5 6 7 あの時の視聴率 1967年 ビデオリサーチ
- ↑ NHKクロニクル『時の動き 「公害病の周辺」 ~フィルム構成~』アナログ総合 1967年01月04日(水) 午後10:30 〜 午後10:50
- ↑ 九州朝日放送三十年史 資料編108頁 九州朝日放送株式会社編
- ↑ NHKクロニクル『教養特集 「社会教育における放送の役割」 ―教育テレビジョン放送開始記念―』アナログ教育 1967年01月10日(火) 午後08:00 〜 午後08:59
- ↑ NHKクロニクル『テレビリサイタル~東京文化会館で録画~ バリトン独唱 ディートリッヒ・フィッシャー・ディスカウ 歌曲集「冬の旅」全曲 シューベルト作曲』アナログ教育 1967年01月15日(日) 午後09:00 〜 午後10:25 イエルク・デムス ピアノ伴奏
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、153頁。NDLJP:2474364/97。
- 1 2 3 株式会社東京放送『TBS50年史』株式会社東京放送、2002年1月、254~5頁。
- 1 2 3 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、338頁。
- ↑ NHKクロニクル『宇宙中継「通信用静止衛星きょう開通」 ~東京経団連会館,ワシントン・ヒルトンホテルから中継~』アナログ総合 1967年01月27日(金) 午前10:03 〜 午前11:00
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、97頁。NDLJP:2474364/69。
- ↑ 日本テレビ50年史編集室(編集)『テレビ夢50年 経営編』2004年、46頁。
- 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、178頁。NDLJP:2474364/110。
- ↑ NHKクロニクル『慈善大相撲 のつどい「横綱三段構え」「横綱稽古指導」 「きめ技解説」「お楽しみ歌くらべ」 ~東京・蔵前国技館から中継~』アナログ総合 1967年02月04日(土) 午後02:10 〜 午後03:20
- ↑ 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、182, 534頁。NDLJP:11954641/104,NDLJP:11954641/283。
- ↑ 日本テレビ放送網(株)『大衆とともに25年. 沿革史』(1978.08) 47ページ (渋沢社史データベース)(2025年8月16日閲覧)
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、45頁。NDLJP:2474364/34。
- 1 2 朝日新聞 1967年2月11日 朝刊P.9及び夕刊P.12 テレビ・ラジオ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ↑ フジ・メディア・ホールディングスの株主用決算報告書に記載。
- 1 2 朝日新聞 1967年2月25日 朝刊P.9 テレビ・ラジオ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ↑ 朝日新聞 1967年2月12日 朝刊P.9 テレビ・ラジオ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- 1 2 朝日新聞 1967年2月26日 朝刊9ページ テレビ・ラジオ欄 番組紹介記事「「『中国核実験の記録』 三回の準備・訓練・成功」TBSテレビ 前 9・00」(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
- 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、47頁。NDLJP:2474364/35。
- 1 2 1967年3月1日 朝日新聞朝刊 P.9 テレビ欄 番組紹介欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)、及び同日読売新聞朝刊 P.10 テレビ欄(読売新聞ヨミダス歴史館で閲覧)
- ↑ NHKクロニクル『第8回NHK杯ジャンプ大会 ~札幌市大倉ジャンツェで録画~』アナログ総合 1967年03月03日(金) 午後03:05 〜 午後04:00
- 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、103, 188頁。NDLJP:2474364/72,NDLJP:2474364/115。
- 1 2 NHK札幌放送局 (1984). 札幌とともに半世紀ーNHK札幌放送局のあゆみ
- 1 2 1967年3月3日 朝日新聞 朝刊 P.9 テレビ欄 番組表及び記事「ヒット番組とその出演者中心に構成 ●世紀のバラエティ●」(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- 1 2 1967年2月22日 読売新聞朝刊 P.10 テレビ欄記事「世紀のバラエティー フジテレビ・開局8周年の記念番組」(読売新聞ヨミダス歴史館で閲覧)
- ↑ NHKクロニクル「1967年3月5日 総合テレビ 番組表」
- ↑ NHKクロニクル『都知事選に約束する』(東京ローカル) アナログ総合 1967年03月05日(日) 午後00:15 〜 午後00:58
- ↑ NHKクロニクル『実況中継「この日のために」 ―あすをみつめて総集編― ~東京・千葉・帯広・松山・長崎を結んで~』アナログ総合 1967年03月19日(日) 午前10:40 〜 午前11:29
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、48, 82頁。NDLJP:2474364/36,NDLJP:2474364/62。
- 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修室『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、87頁。NDLJP:2474364/64。
- 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修室『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、90頁。
- 1 2 NHKクロニクル『日本の稲作 ~フィルム構成~』アナログ総合 1967年03月21日(火) 午前09:00 〜 午前09:59
- ↑ NHKクロニクル『日本の稲作 ~フィルム構成~』アナログ総合 1965年11月23日(火) 午前10:30 〜 午前10:59
- 1 2 NHKアーカイブス 放送史『日本の稲作』(2026年1月23日閲覧)
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、128~9頁。NDLJP:2474364/85。
- ↑ NHKクロニクル『日本の稲作 ~フィルム構成~』アナログ総合 1967年03月21日(火) 午前09:00 〜 午前09:59
- 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、82, 98頁。NDLJP:2474364/62,NDLJP:2474364/70。
- ↑ NHKクロニクル『移りゆく国土 ~フィルムリレー~』アナログ総合 1967年03月21日(火) 午後01:00 〜 午後02:00
- 1 2 3 4 5 6 全国朝日放送株式会社総務局社史編纂部 編『テレビ朝日社史 : ファミリー視聴の25年』全国朝日放送、1984年2月1日、136, 402頁。NDLJP:12276014/218,NDLJP:12276014/484。
- ↑ NHKクロニクル『宇宙中継 「ウ・タント国連事務総長記者会見」』アナログ総合 1967年03月29日(水) 午前07:20 〜 午前07:40
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、51頁。
- 1 2 3 株式会社毎日放送 会社紹介 沿革(毎日放送公式ページ)(2024年9月6日閲覧)
- 1 2 3 毎日放送50年史編纂委員会事務局『毎日放送50年史』株式会社 毎日放送、2001年9月1日、482頁。
- 1 2 3 株式会社九州朝日放送 会社概要 沿革(九州朝日放送公式ページ)(2024年12月17日閲覧)
- 1 2 3 1967年4月1日 朝日新聞 大阪版及び西部版 共に朝刊P.9 テレビ欄 (朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 全国朝日放送株式会社総務局社史編纂部 編『テレビ朝日社史 : ファミリー視聴の25年』全国朝日放送、1984年2月1日、377頁。NDLJP:12276014/459。
- 1 2 3 4 放送五十年史資料編 800頁 日本放送協会編
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、142頁。NDLJP:2474365/91。
- 1 2 3 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、128頁。NDLJP:2474365/84。
- 1 2 3 tv asahi 社史(テレビ朝日のサイト。2024年7月9日閲覧)
- ↑ 全国朝日放送株式会社総務局社史編纂部 編『テレビ朝日社史 : ファミリー視聴の25年』全国朝日放送、1984年2月1日、136, 377頁。NDLJP:12276014/218,NDLJP:12276014/459。
- ↑ 熊本日日新聞 昭和50年3月28日14頁(ラジオ•テレビ欄)
- ↑ 九州朝日放送三十年史 360〜363頁 九州朝日放送株式会社編
- 1 2 朝日新聞社 聞蔵IIビジュアル 1967年6月6日 東京 朝刊 9P
- 1 2 朝日新聞社 聞蔵IIビジュアル 1967年9月5日 東京 朝刊 9P
- ↑ NHKクロニクル『NHKコンサートホール~東京文化会館で録画~ ―モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団演奏会― 交響曲 第6番 ロ短調「悲愴」チャイコフスキー作曲』アナログ総合 1967年04月07日(金) 午後09:40 〜 午後10:29
- 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、126頁。NDLJP:2474365/83。
- ↑ NHKクロニクル『バイロイト・ワーグナーフェスティバル 楽劇「トリスタンとイゾルデ」ワーグナー作曲~ハイライト~ ~大阪フェスティバルホールで録画~』アナログ総合 1967年04月14日(金) 午後09:40 〜 午後10:29
- ↑ NHKクロニクル『バイロイト・ワーグナー・フェスティバル 楽劇「トリスタンとイゾルデ」ワーグナー作曲(第一幕,第二幕) ~第10回大阪国際フェスティバルから~』アナログ教育 1967年04月16日(日) 午後09:00 〜 午後11:55
- ↑ NHKクロニクル『バイロイト・ワーグナー・フェスティバル 楽劇「トリスタンとイゾルデ」ワーグナー作曲―第3幕― ~第10回大阪国際フェスティバルから~』アナログ教育 1967年04月23日(日) 午後09:00 〜 午後10:20
- ↑ NHKクロニクル『報道特集 「革新都知事の登場と日本の政治」』アナログ総合 1967年04月16日(日) 午後10:10 〜 午後10:50
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、20~21頁。NDLJP:2474365/25。
- ↑ 株式会社東京放送『TBS50年史』株式会社東京放送、2002年1月、242頁。
- ↑ 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、219、338頁。
- 1 2 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、246,338頁。
- ↑ 朝日新聞 1967年4月26日 朝刊9ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、20, 96頁。NDLJP:2474365/25,NDLJP:2474365/68。
- ↑ NHKクロニクル『宇宙中継「幕あける万国博覧会」 開会式の模様 ~カナダ・モントリオールから中継~』アナログ総合 1967年04月28日(金) 午前05:30 〜 午前06:10
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、20頁。NDLJP:2474365/25。
- ↑ 株式会社東京放送『TBS50年史』株式会社東京放送、2002年1月、240頁。
- ↑ 朝日新聞 1967年4月30日 朝刊9ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、21頁。NDLJP:2474365/25。
- ↑ jiji.com『「ボクサーを語ろう」 写真特集 「藤 猛(1)」』(時事通信社のサイト)(2025年8月20日閲覧)
- ↑ NHKクロニクル『憲法記念日特集 「土地の私権はどこまで制限できるか」 ―憲法第29条と社会の要請―』アナログ総合 1967年05月03日(水) 午後09:30 〜 午後10:59
- ↑ NHKクロニクル『ドキュメンタリー特集(1) 「開眼」 ~フィルム構成~』アナログ総合 1967年05月04日(木) 午後10:30 〜 午後11:09
- ↑ NHKクロニクル『ドキュメンタリー特集(2) 「鳥はなぜ戻らない」 ~フィルム構成~』アナログ総合 1967年05月05日(金) 午後10:30 〜 午後11:09
- ↑ NHKクロニクル『特別番組「中東動乱のゆくえ」』アナログ総合 1967年06月07日(水) 午後09:25 〜 午後10:00
- ↑ 朝日新聞 1967年6月15日 朝刊9ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ↑ NHKアーカイブス 放送史『黒い画面-BOAC機事故追跡-』(NHKアーカイブスのサイト)(2025年8月22日閲覧)
- ↑ NHKクロニクル『黒い画面 ―BOAC機事故追跡―』アナログ総合 1967年06月22日(木) 午後10:30 〜 午後10:59
- ↑ NHKアーカイブス 放送史『宇宙中継 われらの世界』(NHKアーカイブスのサイト)(2025年8月22日閲覧)
- ↑ “番組表検索結果詳細 宇宙中継「われらの世界」 —OUR WORLD—〜5大陸14か国を結んで〜”. NHKクロニクル. 日本放送協会. 2023年9月30日閲覧。
- ↑ 日本放送協会 編『20世紀放送史 上』日本放送出版協会、2001年、556頁。
- ↑ 大村 2017, p. 238.
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修室『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、28頁。NDLJP:2474365/29。
- ↑ NHKクロニクル『レニングラード・バレエ団公演 「白鳥の湖」(ハイライト)チャイコフスキー作曲 ~東京文化会館で録画~』アナログ総合 1967年07月20日(木) 午後09:40 〜 午後10:29
- ↑ NHKクロニクル『芸術劇場 バレエ「白鳥の湖」(全曲)チャイコフスキー作曲 ~東京文化会館で録画~』アナログ教育 1967年08月06日(日) 午後09:00 〜 午後11:00
- ↑ 朝日新聞 1968年1月31日 名古屋版 朝刊P.9 及び同日夕刊P.8 共にテレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- 1 2 朝日新聞 1967年7月26日 名古屋版 朝刊P.8 及び同日夕刊P.8 共にテレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、33頁。NDLJP:2474365/31。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 読売新聞 1967年8月19日 夕刊P.12 記事 娯楽『日本テレビ カラー開始十周年に』(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
- 1 2 読売新聞 1967年8月21日 朝刊P.7 テレビ欄番組表及び記事『カラーキャンペーン特別番組み(その1) カラーテレビ10周年 「皇太子ご成婚」など』(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
- 1 2 読売新聞 1967年8月22日 朝刊P.10 テレビ欄(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
- 1 2 読売新聞 1967年8月23日 朝刊P.10 テレビ欄番組表及び記事『特別番組み カラーミュージカル「七色の夢」バラエティー形式で』(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
- 1 2 読売新聞 1967年8月24日 朝刊P.7 テレビ欄番組表及び記事『人体内カラー探訪 カラーキャンペーン特別番組み』(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
- 1 2 読売新聞 1967年8月25日 朝刊P.10 テレビ欄(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
- 1 2 3 4 5 読売新聞 1967年8月26日 朝刊P.10 テレビ欄番組表(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
- 1 2 読売新聞 1967年8月27日 朝刊P.10 テレビ欄番組表(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
- 1 2 読売新聞 1967年8月28日 朝刊P.7 テレビ欄番組表及び記事『日本テレビ開局14周年 多彩な記念番組み』(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
- 1 2 読売新聞 1967年8月28日 朝刊P.7 テレビ欄番組表(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、34, 112, 206頁。NDLJP:2474365/32,NDLJP:2474365/76,NDLJP:2474365/127。
- ↑ NHKクロニクル『1967年ユニバーシアード東京大会 「バスケットボール」「フェンシング」「柔道」 「開会式」』アナログ総合 1967年08月27日(日) 午後04:10 〜 午後06:49
- ↑ NHKクロニクル『芸術劇場 オペラ「暗い鏡」―ヒロシマのオルフェ― 文楽「花上野誉の石碑」―志渡寺の段―』アナログ教育 1967年08月27日(日) 午後09:00 〜 午後11:00
- ↑ 朝日新聞 1967年9月2日 朝刊9ページ テレビ欄 記事「ドン・カルロ 初日をカラー録画で放送 イタリア歌劇団公演」(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- 1 2 3 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、34, 162, 204~5頁。NDLJP:2474365/32,NDLJP:2474365/101,NDLJP:2474365/126。
- ↑ NHKクロニクル『自然のアルバム 「南宇和の海」』アナログ総合 1967年09月10日(日) 午前07:20 〜 午前07:34
- ↑ NHKクロニクル『特別番組「脱線の謎にいどむ」 ~北海道上川郡新得町国鉄車両走行安定試験所から中継~』アナログ総合 1967年09月24日(日) 午前11:00 〜 午前11:50
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、104頁。NDLJP:2474365/72。
- ↑ 朝日新聞 1967年9月24日 朝刊8ページ 9月24日テレビ欄 番組記事「日曜劇場 おたふく物語 36歳で舞込んだ縁談 童心を失わぬ下町の女」の記事に記載。(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- 1 2 3 4 放送五十年史資料編 803頁 日本放送協会編
- ↑ 信濃毎日新聞 1964年9月7日 夕刊 P.8 テレビ欄記事「東京五輪 SBCもカラー放送」(信濃毎日新聞データベースにて閲覧)
- 1 2 信越放送の歩みSBC信越放送ホームページ(2025年8月23日閲覧)
- 1 2 信濃毎日新聞 1964年10月1日 朝刊 テレビ欄(信濃毎日新聞データベースにて閲覧)
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、39頁。NDLJP:2474365/34。
- 1 2 3 山口放送 会社概要「山口放送のあゆみ」(山口放送ホームページ)(2025年8月23日閲覧)
- ↑ 信越放送50年史編纂委員会『信越放送の50年』信越放送株式会社、2001年10月18日、75頁。
- ↑ 信濃毎日新聞 1967年9月29日及び同年10月1日 共に朝刊 P.7 テレビ欄(信濃毎日新聞データベースにて閲覧)
- 1 2 朝日新聞 1967年10月4日 朝刊 P.9 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- 1 2 信濃毎日新聞 1967年10月1日 朝刊 P.7 テレビ欄 番組表及び記事「各地の行事や体育祭典 民放7局中継構成するショー『健康賛歌』(SBC 午後2:00)」(信濃毎日新聞データベースにて閲覧)
- ↑ NHKクロニクル『ドキュメンタリー 「子牛誕生」~昭和42年度芸術祭参加~』アナログ総合 1967年10月12日(木) 午後09:40 〜 午後10:39
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、87, 365頁。NDLJP:2474365/63,NDLJP:2474365/216。
- 1 2 “昭和41年度(第21回)〜昭和50年度(第30回)芸術祭賞一覧” (PDF). 文化庁. p. 2. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “アイウエオ|NHK放送史”. 日本放送協会. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ 関西テレビ放送株式会社総務局社史編集室 編 編『関西テレビ放送10年史』関西テレビ放送株式会社、1968年12月1日、93, 670頁。NDLJP:12274682/121,NDLJP:12274682/721。
- 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、197~8頁。NDLJP:2474365/122,NDLJP:2474365/123。
- ↑ NHKクロニクル『生活の知恵 「くらしの中の100年」 ―牛肉―』アナログ総合 1967年10月25日(水) 午後07:30 〜 午後07:59
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、206頁。NDLJP:2474365/127。
- ↑ 朝日新聞 1967年10月31日 朝刊P.9 テレビ・ラジオ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ↑ “映像と資料で振り返る 55年前 吉田茂元総理の「国葬」は”. NHKニュース (NHKオンライン). (2022年9月7日) 2022年9月7日閲覧。
- 1 2 3 放送五十年史資料編 805頁 日本放送協会編
- 1 2 静岡放送『静岡放送20年史』静岡放送、1973年2月8日、136~7, 286頁。NDLJP:12274613/75,NDLJP:12274613/150。
- ↑ NHKクロニクル『宇宙中継「ソビエト革命50周年」 ~モスクワ赤の広場から~』アナログ総合 1967年11月07日(火) 午後07:30 〜 午後07:59
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、99頁。NDLJP:2474365/69。
- 1 2 3 関西テレビ放送株式会社総務局社史編集室 編 編『関西テレビ放送10年史』関西テレビ放送株式会社、1968年12月1日、93頁。NDLJP:12274682/121。
- 1 2 日本中央競馬会総務部(編集)『日本中央競馬会20年史』1976年、185頁。
- 1 2 朝日新聞 1967年11月12日 大阪版朝刊 P.11 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
- ↑ NHKクロニクル『特別番組「宿願かなった小笠原返還」』アナログ総合 1967年11月16日(木) 午後00:15 〜 午後00:44
- ↑ NHKクロニクル『宇宙中継「日米首脳会談終わる」 日米第2回会談 共同声明発表 木村官房長官にきくほか 座談会』アナログ総合 1967年11月16日(木) 午後05:35 〜 午後06:00
- ↑ NHKクロニクル『特別番組「明暗をわけた小笠原・沖縄」』アナログ総合 1967年11月16日(木) 午後07:30 〜 午後07:59
- ↑ 朝日新聞 1967年11月16日 朝刊9ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ↑ NHKクロニクル『NHKリポート 「現代日本人の勤労観」』アナログ総合 1967年11月23日(木) 午前10:30 〜 午前11:54
- ↑ 株式会社東京放送『TBS50年史』株式会社東京放送、2002年1月、235~6頁。
- ↑ 放送番組センター 放送ライブラリー「テレビ番組「東芝日曜劇場 『鳥が…』」」(2025年9月7日閲覧)
- ↑ 朝日新聞 1967年11月26日 朝刊9ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- 1 2 関西テレビ放送株式会社総務局社史編集室 編 編『関西テレビ放送10年史』関西テレビ放送株式会社、1968年12月1日、93, 670, 672頁。NDLJP:12274682/121,NDLJP:12274682/721,NDLJP:12274682/723。
- ↑ NHKクロニクル『金星にいどむ ―ソビエトの宇宙開発― ~ソビエト中央科学スタジオ制作“ハロー金星”の記録から~』アナログ総合 1967年12月08日(金) 午後10:30 〜 午後11:00
- ↑ 朝日新聞 1967年12月14日 朝刊9ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ↑ 朝日放送社史編修室『朝日放送の50年 Ⅰ 本史』朝日放送株式会社、2000年3月31日、161~3頁。
- ↑ 朝日放送社史編修室『朝日放送の50年 Ⅱ 番組おもしろ史』朝日放送株式会社、2000年3月31日、58~9頁。
- 1 2 朝日放送社史編修室『朝日放送の50年 Ⅲ 資料集』朝日放送株式会社、2000年3月31日、300頁。
- ↑ 朝日新聞 1967年12月24日 朝刊 P.9 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
- ↑ 『優駿』1968年6月号、p.76
- 1 2 3 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、84頁。NDLJP:2474365/62。
- ↑ 『放送の五十年 資料編』, p. 595.
- ↑ 徳島新聞 1967年2月20日付朝刊2頁 広告(NHK徳島)
- ↑ 放送五十年史 795〜798頁 日本放送協会編
- 1 2 株式会社中国放送『RCC20年のあゆみ』株式会社中国放送、1972年、71頁。NDLJP:12239213/71。
- 1 2 3 放送五十年史資料編 801頁 日本放送協会編
- 1 2 高知放送開局三十周年記念行事実行委員会 社史小委員会 編『高知放送三十年史』株式会社 高知放送、1984年3月1日、579頁。NDLJP:12276182/604。
- ↑ 放送五十年史資料編 251、252頁 日本放送協会編
- 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、27頁。NDLJP:2474365/28。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、198頁。NDLJP:2474365/123。
- ↑ 『放送の五十年』, p. 829.
- ↑ 『放送の五十年 資料編』, p. 803、805.
- ↑ https://dgba.ehoh.net/TV_Radio_start.htm
- ↑ 『放送の五十年 資料編』, p. 135.
- 1 2 3 4 5 6 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、471~2頁。NDLJP:11954641/251。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、472~3頁。NDLJP:11954641/252。
- ↑ 読売テレビ社史編集委員会 編『近畿の太陽 : 読売テレビ10年史』読売テレビ放送株式会社、1969年3月21日、459頁。NDLJP:12274683/512。
- ↑ 朝日新聞 1967年4月27日 朝刊 P.9 テレビ欄 番組表 及び 番組紹介記事「青春トリオを中心に 新番組 太陽のあいつ」(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ↑ 「発掘!歴史に埋もれたテレビCM」(高野光平著、光文社新書、2019年)241-242頁
- 1 2 朝日新聞大阪版 1967年4月8日 朝刊P.9 テレビ欄(朝日新聞クロスサーで閲覧)
- 1 2 讀賣テレビ社史編集委員会 編『近畿の太陽 : 読売テレビ10年史』讀賣テレビ放送株式会社、1969年3月21日、460頁。NDLJP:12274683/513。
- ↑ 読売テレビ社史編集委員会 編『近畿の太陽 : 読売テレビ10年史』読売テレビ放送株式会社、1969年3月21日、458頁。NDLJP:12274683/511。
- ↑ 朝日新聞大阪版 1967年4月1日 朝刊P.9 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
- ↑ 朝日新聞 1967年10月2日 朝刊 P.9 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ↑ NHK放送史「タイム・トンネル」(NHKアーカイブスのサイト)(2024年4月16日閲覧)
- 1 2 朝日新聞 1967年4月3日 朝刊10ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
- ↑ 朝日新聞 1967年10月5日 朝刊9ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、120頁。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、157頁。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、158頁。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、160頁。
- ↑ 朝日新聞社 聞蔵IIビジュアル 1967年7月11日 東京 朝刊 9P
- ↑ 朝日新聞社 聞蔵IIビジュアル 1967年8月22日 東京 朝刊 9P
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、147頁。
- ↑ 株式会社中国放送『RCC20年のあゆみ』株式会社中国放送、1972年、35頁。NDLJP:12239213/35。
- ↑ 信濃毎日新聞 1967年10月1日 朝刊 P.7 テレビ欄(信濃毎日新聞データベースにて閲覧)
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、130頁。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、131~2頁。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、124頁。
- ↑ 読売新聞 1967年8月27日 朝刊P.10 及び同月28日 朝刊P.7 共にテレビ欄番組表(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
- 1 2 信濃毎日新聞 1967年10月1日 朝刊 P.7 テレビ欄(信濃毎日新聞データベースにて閲覧)
- 1 2 信濃毎日新聞 1967年10月3日 朝刊 P.7 テレビ欄(信濃毎日新聞データベースにて閲覧)
- ↑ 信濃毎日新聞 1967年9月29日及び同年10月3日 共に朝刊 P.7 テレビ欄(信濃毎日新聞データベースにて閲覧)
- ↑ 放送番組センター 放送ライブラリー『氷塔に挑む ギャチュン・カン登頂』1965年01月05日(火)16:00~16:55 信越放送(SBC)(2026年4月4日閲覧)
- 1 2 3 信濃毎日新聞 1967年10月2日 朝刊 P.5 テレビ欄(信濃毎日新聞データベースにて閲覧)
- ↑ 映像記録.jp 記録映像データ詳細表示「礎 -梓川電源開発の記録-」(2026年4月4日閲覧)
- ↑ 国立科学博物館 産業映画 暫定100選「生きている海岸線」1967年 フィルム所蔵:学習研究社(2026年4月4日閲覧)
- 1 2 3 信濃毎日新聞 1967年10月4日 朝刊 P.7 テレビ欄(信濃毎日新聞データベースにて閲覧)
- ↑ 国立科学博物館 産業映画 暫定100選「地震予知への道」1967年 フィルム所蔵:岩波映画製作所(2026年4月4日閲覧)
- 1 2 3 信濃毎日新聞 1967年10月6日 朝刊 P.7 テレビ欄(信濃毎日新聞データベースにて閲覧)
- ↑ 信濃毎日新聞 1967年10月5日 朝刊 P.7 テレビ欄(信濃毎日新聞データベースにて閲覧)
- 1 2 テレビグランドスペシャル
- ↑ 中村俊夫 (2015年12月13日). “「GSバッシング」の真っ只中で行なわれたザ・タイガースのチャリティー・コンサート。”. 大人のミュージックカレンダー. 2017年7月9日閲覧。
- 1 2 3 “Julie on TV broadcast /1 1966-1969”. Fou de Julie/Annex. 2020年5月18日閲覧。
- 1 2 3 4 5 朝日新聞 1967年12月31日 朝刊10ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ↑ 朝日新聞 1967年4月11日 朝刊9ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
- ↑ 朝日新聞 1967年5月2日 朝刊9ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
- ↑ 朝日新聞 1967年5月9日 朝刊9ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、89~90頁。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、94頁。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、109頁。
- ↑ https://www.web.nhk/tv/an/tv-taisou/pl/series-tep-6Q257N6M74#faq テレビ体操 よくあるご質問「テレビ・ラジオ体操の歴史を知りたい」(NHKのサイト)](2024年11月30日閲覧)
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、197頁。NDLJP:2474365/122。
- ↑ 1967年12月17日 朝日新聞東京版夕刊 テレビ欄
- ↑ 1967年4月4日 朝日新聞東京版(縮刷版)
- ↑ 朝日新聞 1967年4月26,30日 共に朝刊9ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ↑ “ABOUT MUSIC FAIR”. フジテレビ=. 2024年4月8日閲覧。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、131頁。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、92頁。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、89頁。NDLJP:2474365/64。
- 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、74頁。NDLJP:2474365/57。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、74, 197頁。NDLJP:2474365/57,NDLJP:2474365/122。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'68』日本放送出版協会、1968年、89, 330頁。NDLJP:2474365/64,NDLJP:2474365/199。
- ↑ NHK nenkan - Google Books
- ↑ NHK nenkan - Google Books